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『三』途の川に慈悲はいらない

『ウオオオォォォ…』


「本当にデカいな…さっきの首長ドラゴンも大きかったが、こいつと比べると子供にしか見えん」


「まさかこんな所で再会するとは思わなかったわ」


ブラキオサウルスやドレッドノータスが謁見(えっけん)する草原を進む一行は、彼らの大きな足に踏まれないよう注意しながら歩いていく。


特にその巨大な脚で危うく踏み潰されそうになり、プライドを踏み砕かれたエルケは用心深くなっていた。


『ブオオオオォォォ…』


「しかしこうして前会ったモンスターと見比べますと多少の差異が見られますね」


「前脚が長くて、頭も丸みを帯びてるね。あれは『ブラキオサウルス』だよ」


ブラキオサウルスとドレッドノータスの両種は大きさや体格はほとんど似ているがよく見ると違いが一目瞭然だった。


「あう…あああん〜!?」


「ふう…はあ…」


「皆、少し休ませてくれないか?」


「そうですね、一休みしましょう」


よくよく考えてみればアクロカントサウルスから逃げるのに必死で忘れていたが、カレンは出産で体力がほとんどなく、赤ちゃんもお腹が空いたのか泣き出したためここで休息を取る。


「ここら辺には凶暴なモンスターはいないな…」


「寧ろ、あのパラサウロロフスが居てくれるから危険となればすぐに分かるはずだ。ようやく間違えずに言えたな…」


周囲の安全を確認し各々座ったり、保存食などを受け取って栄養補給をする。少なくとも草食恐竜達が落ち着いているのなら危険性は余りないだろう。


「わあ…飲んでる…うふふ…」


「こっち見たら許されないからね」


休息を取るもお腹を空かせた赤ちゃんに授乳をするカレンは赤ちゃんが元気よく飲んでくれることに母親として喜ばしく思う。その中で彼女の周囲を女性陣が取り囲み男性陣の目から守ろうとしていた。


『キュオオオ…』


「はぁ〜…大きいにゃ〜…」


その中でモナはをマジマジとブラキオサウルス達を見ており何か考えているようだった。


「どうしたんですか?」


「う〜ん…あれだけ大きければ、食糧に困ることはないかにゃ〜って思って…」


「食糧って…まさかあれを仕留める気なの?」


何を考えているのかと思えば、とても大きな両種を仕留めることが出来れば肉が大量に手に入るのではと考えていたのだ。しかし相手はまるでクジラを彷彿とさせる程に身体が大きく、仕留めるにはそれ相応の覚悟が必要となるだろう。


「さすがにあれは相手したくないな…骨が折れるぞ、物理的にも言葉的にも…」


「肉なら何もあんなデカいのを仕留めなくとも、もっとああ言う鹿とかをさぁ…」


リュカとマーキーは肉を採取するのなら何も身体の大きな恐竜からではなく、草原で草を食べている立派な大きな角をした鹿を指差す。


「あれは…『オオツノジカ』だよ」


「そのままだな…でも、ちょうどいい。食糧にでも…うおっ!?」


安直な名前だと呟くドランはこっそりと忍び寄って仕留めようとする。しかし安直な名前の鹿と言うからそこまで驚異的には聞こえないだろうが、頭までの高さは人間二人分はあり、角の大きさもあってかなりの迫力があった。


「ダメだ…化け物鹿だありゃ…」


「遠くから狙った方が良いな…しかし今暴れられるのは危険だ。もっと狙いやすいのを探そう」


あれだけの大きさの鹿が大人しく仕留められてくれるとは思えない。もしも抵抗で暴れるように突進されたら守りきれないだろうと考えオオツノジカの肉は諦める。


「探すと言っても手頃なのは…あ、あれは?」


『ブウ…』


『ギュウ…』


見つけたのは小型犬ほどの小さな角竜を彷彿とさせる生き物が複数いた。頬にはイノシシのような突き出た牙が生えていた。


「『リストロサウルス』だね。あの牙で根っこを掘り返して食べるんだよ」


「捕まえやすそうね…」


『…!ギュウ!』


トランが試しに捕まえようとするがリストロサウルス達は慌てて蟻塚のような物の下へと潜り込んでしまう。


「あ、コラ!逃げるんじゃ…いいっ!?」


蟻塚に手を突っ込んでリストロサウルスを捕まえようとするが、不気味な感触に慌てて手を引いて尻餅を着いた。


「どうしたの!?」


「何これ…あたしの手を舐めてきた!?」


トランの手はネバネバした粘液が付着しており、彼女の証言からするに舌のような器官で触れられたようだ。


『ブオオオオ…』


「な…何よこれ!変なのがあると思ってたけどモンスターだったの…!?」


蟻塚が動いたと思えば装甲板のある頭部が出現し、持ち上がったかと思えば下には四本の脚があって、明らかにモンスターであることは間違いなかった。


「『グリプトドン』だよ。大丈夫、大人しいモンスターだよ。」


蟻塚だと思っていたのは巨大なアルマジロのような生き物『グリプトドン』だったのだ。粘液の正体は手を突っ込んだ時にグリプトドンが彼女の手を舐め回した際に付着した唾液だろう。


「この間の岩石トカゲみたいだね」


「ゴンちゃんみたいだね」


『ギァ〜!』


「確かに鎧がある所は似ているけど…」


『ブウウ…』


大人しい様子を見て、他の仲間達もグリプトドンを観察し始める。姿形などは浜辺のエドモントニアや、リリーの言う通りアンキロサウルスによく似ていた。


「お友達と遊んでおいで」


『ギァ!ギァ〜!』


『ブウウ…』


友達感覚で仲良くなれるだろうと考えたリリーは、腕に抱えたゴンを降ろして近付けさせてみる。最初は互いに首を傾げていたが、ゴンもグリプトドンも争うこともなく互いに寄り添う。


「やっぱりお友達だね!」


「でもこいつには耳があるぞ」


リリーは微笑ましく思っていると、ドランが両者を見比べてみるとグリプトドンには耳があるなどの決定的な差異があることに気が付く。


爬虫類の耳は哺乳類のように外に突き出ておらず、グリプトドンは哺乳類であるため、爬虫類であるアンキロサウルスと見比べると耳の有り無しがハッキリしているのだ。


『ギュウ…』


『ブゥ〜…』  


「何か下からいっぱい出てきたけど…」


するとグリプトドンの甲羅の下から、先程のリストロサウルス達がのそのそと出てきて地面を掘り返し始める。


『ギュウ…』


『ブオオオオ…』


「植物の根を一緒に食べてるよ」


掘り返した地面には植物の根っこがたくさん埋まっており、リストロサウルスはグリプトドンと共にそれを食べ始める。


「ふむ…イーロスの街のドラゴンと狼達が手を組んでいたように、彼らもまた互いに助け合っているようですね」


「どう言うこと?」


「彼らはこの鎧のモンスター…グリプトドンと言いましたか?恐らく彼らがこのモンスター達を鎧の中に庇い、このモンスター達は土を掘り返して栄養価の高い草の根を共に分け合っているのでしょう」


イーロスの街ではダスプレトサウルスとダイアウルフが互いに狩りの手助けをし、ここではグリプトドンが自慢の甲羅で守り、リストロサウルスは互いの大好物である根っこを掘り返すのを手伝い分け合っていた。


狩りの手助けもだが互いに守り合ったり餌を共有し合うのも立派な共生であり、異種間による共生関係は相利共生とも呼ばれている。


『ギュウ…!?』


『ブゥ〜…!?』


『ブオオオオ…!』


すると食餌をしていたリストロサウルス達が慌ててグリプトドンの甲羅の下に避難し、それを確認するとグリプトドンは足や尻尾や頭を引っ込めて再び蟻塚のように引き篭もる。


「え…何?何なのよ?」


「また丸まっちゃった」


「…!何か来る!」


食餌を放棄して防御態勢を取ると言うことは捕食者が来た前触れであり、エインはトランとラスコとリリーの手を引いて慌ててグリプトドンの影に隠れ、他の仲間達も茂みの中などに伏せて隠れる。


『ピュイイ〜!?』


『ピュルルル〜!?』


「さっきのオオツノジカ達だ…」


「こいつらに怯えてたの?」


その直後にオオツノジカ達が駆け抜けて行き、草食の生き物であるため別段防御するほどのことではないのではとトランは怪訝な顔を浮かべる。


「逃げろー!?」


「何なんだあいつは!?」


「…誰か追われてる?」


「声からして私達の仲間ではなさそうですが…?」


オオツノジカ達の後方から何かに追われている人の悲鳴が聞こえてくる。聞き慣れない声であるため仲間ではないことにホッとするも、それなら誰なのかとグリプトドンの甲羅の影からこっそりと伺う。


「ちくしょう!せっかく上手く行ってたのについてねぇ!?」


「無駄口を叩くな!もっと加速しろ!」


叫び声に混じってガラガラと騒がしい音も聞こえると思ったら、三人の見慣れない男性が仕切りに後方を忌々しく確認しながら馬車を走らせていた。


『ガアアア!』


「隠れて!『デルタドロメウス』だよ!」


馬車の後を追っていたのは体長が八メートルはあり、両目の上に突起物を生やした肉食恐竜だった。身体付きがシャープであるため馬車にも追いつくほどに素早く走っており、名前はエインが言うにはデルタドロメウスと言うらしい。


どっちにしても肉食であるのなら、デルタドロメウスに見つからないようにエインはトランとラスコとリリーの手を引いて甲羅の影に隠す。


「くそ!これでも喰らえ!」


『ガルル!』


馬車の後方にいた男性は矢を放つもデルタドロメウスは軽快な動きで矢を回避し馬車を追いかけ続け、更に先回りして進路上に立ち塞がって吠え立てる。


「何だよ!翼のないドラゴンのくせに何で馬よりも速く走れるんだよ!」


「知るか!こうなりゃ川に逃げてあいつを撒くんだ!地面を走るように特化してるなら追いかけて来ないだろ!」


この異世界の恐竜(ドラゴン)はほとんどが飛べない代わりに走ることに特化している。だから川に逃げればそれ以上は追跡して来ないと考えて馬車を川へと走らせる。


「あいつら川へ逃げる気か?」


「確かに地上で生きるドラゴンならば、水の中はそこまで得意ではないだろう」


グリプトドンの影から様子を見ていたが、馬車が川へと向かっているのを見て何をしようとしているかはメリアス達にも察せた。 


「うわった!?何とか川の中腹に入ったぞ!?」


「よし!俺らの勝ちだ!」


馬を駆けて何とか川の真ん中まで馬車を移動させた。デルタドロメウスは岸辺で睨んでおり、目論見通りここまでならば来ないだろうと一安心する。


『グルルル…グオオオオ!』


「はあっ!?嘘だろ!?」


「こいつ…躊躇いなしに川を走って来やがる!?」


ところが暫く睨みつけた後にデルタドロメウスは臆する様子もなく、寧ろホームグラウンドと言わんばかりに川に入り込んで水飛沫(みずしぶき)を上げて馬車に向かってくる。


「全然水の中大丈夫じゃん!?」


「もしかしてあのドラゴンは最初から川に誘い込むつもりで先回りを…」


水が苦手だったり泳げないのならば川に入れば深追いはして来ないと思っていたが、デルタドロメウスは最初から川に追い込むつもりで馬車の前に立ち塞がっていたのだ。


「おい!逃げろよ!?」


「それが馬車が何かに引っ掛かって…!?」


いずれにしても逃げなければ追いつかれるため、急いで馬を走らせようとするが、馬車の車輪が川底の石にでも引っ掛かったのか前に進みそうになかった。


『ガアアア!』


『ヒヒ〜!?』


「ヤバい!?手綱を切れ!?」


追いついたデルタドロメウスは馬の首に食らいつくと、そのままの勢いで馬を川の中に押し倒すため共に横転しないように手綱を切って馬と別離する。


『グルルル…!』


口は首筋に噛みつかせたままで、後ろ脚を身体に載せて全体重を懸ける。馬は押し倒されたことで川の中に沈められ、その上でデルタドロメウスに抑え込まれる形となって暴れていた。


「そうか…あいつは川の中に獲物を誘い込んで溺れさせるつもりなんだ」


「何でそんなことを…」


「そうすれば首に噛みつき気道を塞いで窒息させることはもちろん、溺れさせることでより手早く仕留められるからだろう」


大抵の肉食のモンスターや生き物は相手の首を狙って噛みつき、顎の力で圧迫して気道を塞ぎ窒息死させることで仕留めている。


このデルタドロメウスはそのやり方はもちろんだが、その上で川に追い込んで沈めた後に溺死させることで獲物を仕留めているようだ。


『ガアアア!』


そうこうしてる間にデルタドロメウスの脚の下で暴れていた馬は息絶えてしまい、仕留めた喜びを表すように吠えていた。


『グルルル…!』


「おい…今の内に逃げるぞ!」


「積荷を連れて行くぞ!さあ、急げ!?」


デルタドロメウスが仕留めた馬の肉を食らっている間に男達は馬車を捨てて載せている荷物を()()()()()としていた。


「やだぁ!?」


「離してよ!?」


「うるさい!早く来い!」


「なっ…!あれは先に避難させたルミナスの子供達ではないか!」


なんと彼らの言う積荷とは鎖と首輪に繋がれたエルフの少女達だった。しかも見覚えがあると思ったらソルラスが先に避難させた里のエルフ達だった。


「貴様!その子達を何処から連れ去らって来た!?そしてその子達と一緒にいた者達はどうした!?」


「メリアスお姉ちゃん!?」


「げっ!?エルフ!?」


「まさかこいつらの仲間か!?」


最悪の想像をしたのはソルラスだけじゃなかった。メリアスも先に避難させたエルフ達がどうなったか気になり弓矢を構えて男達に怒鳴りつける。


「どう言うことなの?何でルミナスのエルフの子達が…」


閉鎖的な環境にいて良くも悪くも外の世界の悪い部分を知らなかったエインに取っては、目の前で泣いているエルフの子達を無理矢理連れて行こうとする彼らのことは分からなかった。


「恐らく人攫いでしょう。彼らは主に奴隷商人や人身売買などに精通しており、人や子供を誘拐…つまり無理矢理攫っては売りさばいていると言う質の悪い人達です」


「人を攫って売る…!?」


「言っただろ。人間は時と場合によってはどんなモンスターよりも化け物になるとな。こんな異世界でもそんなつまらないことをするとはな」


キオナの話を聞いてエインは同じ人間がそんなことをするとは信じられないでいたが、シスカはさも当たり前であると言い放つと同時に軽蔑の視線を人攫いの男達に向ける。


「うるせぇ!てめぇらに言われる筋合いはねぇ!」


『グルルル…!』


「バカ!それどころじゃないぞ!?」


思わず言い争いに発展してしまったがこの川はデルタドロメウスの縄張り内であり、仕留めた馬をそっちのけで完全に目をつけられてしまった。


「ちっ、悔しいが子供達を助けるためにも今はあいつらごと助けるしかない!」


正直エルフの子供達だけ助かれば良いため、他のエルフの仲間達に手を出したであろう人攫い達は食われても構わなかったが、拘束されている以上は共に助け出さないと囮にされる危険性があったからだ。


「コラ!その子達を食べるにゃ!もう馬の肉があるんだからいいだろうにゃ!」


「近付けば…射抜くぞ!」


矢やその辺の石を放って威嚇することでデルタドロメウスの注意を引きつつも後退りさせる。


「よし、こっちだ!あいつらがあのドラゴンの気を引いている間に…!」


「や…やだ…!?」


メリアスやモナがデルタドロメウスを引き受けている間に人攫い達は嫌がるエルフの子供達を連れて、エイン達がいる岸辺ではなく川の上流へと駆けていく。


「待って!そっちじゃなくてこっちだよ!?」


「はっ!てめぇらの言う事なんか聞いてられるかよ!そのままそのドラゴンを足止めしてろよバーカ!」


下衆(げす)が…!」


道を間違えているのかと呼び掛けるエインを嘲笑うようにリーダー格の人攫いの青年は侮蔑(ぶべつ)の台詞を吐き捨てるため、メリアスから軽蔑の視線を向けられるも気にせず川の上流へと逃げていく。


『ガルアアア!』


「デルタドロメウスが人攫いの方に!?」


獲物が逃げた以上は邪魔者をこれ以上相手する気はないらしく、デルタドロメウスも川の流れに逆らうように追いかけ始め、エイン達もそれを慌てて陸地から追いかける。


『グガアアア!』


「ひいっ…ひいっ…!?」


「クソが!追いつかれる!?」


人攫いとエルフの子供達に向かってデルタドロメウスはどんどん近付いていく。


「何であいつはあんなに川の中を早く走れるのよ!?こっちは陸地を走ってんのよ!」


「馬だって川を渡るのは苦労するのに、あんなに素早く…秘訣が知りたいぐらいだよ…」


それならともかく陸上から追いかけているのにそれでも自分達が追いつけないことにエリーシャもラピスも口々に呟く。


「見たところあのドラゴンは水辺で活動しやすいよう姿を特化させているようですね。人攫い達は川の中で無駄な動きが多くて水飛沫がたくさん飛び散る一方、ドラゴンは無駄がなく水飛沫も少ないようですね」


「デルタドロメウスは川を好んで生活してるんだよ。だからあんなに早く動けるのかも」


「どっちにしても有り難くない情報だな。川は完全に奴の土俵だな」


川辺を縄張りにしているデルタドロメウスなら、無駄な動きを失くすように身体を進化させているため、主に陸上で生活する人間達に川の中で走って追いつけないこともないだろう。


「ダメだ!囮に一人捨てろ!?」


「やあっ!?止めて!?」


逃げ切れないと考えた人攫いは適当な子供の手を引いてデルタドロメウスの方へと投げ飛ばす。


「あいつら子供を囮に!」


「逃げてください!」


『グルルル…!』


「あ…!?ああ…!?」


突然のことでデルタドロメウスは一時停止し囮として突き出された子供を凝視していた。そして恐怖で凍りつきポロポロと涙を流すその子を一呑みにしようと口を大きく開ける。


「止めてえええぇぇ!!」


目の前でリリーと同い年の子が食べられそうになっているのを目の当たりにしたエインは、強い激情と生体電流(パルス)を身に纏いながら石を拾い上げてデルタドロメウスに向かって投げる。


すると投げられる直前に石にも生体電流が纏われ、それによって通常ではあり得ないほどの勢いで飛んでいき両者の合間を抜けて川にめり込む。


『ギャアアア!?』


「え…!?」


「ケガはないか?早くここから脱するぞ!」


何が起きたかは分からないがデルタドロメウスの牙が光陰矢よりも早く飛んできた物体によって圧し折られ苦しんでいたのだ。その間にシスカが突然のことで呆然とする子供を抱えて川から脱出する。


「エイン…今何をしたんですか?」


「はあ…はあ…分からないよ、無我夢中であの子を助けなきゃって思ってたら…」


見ていた周りの仲間達も、放った本人にも何が起きたか分からなかったが、少なくとも投げられた石の速度は矢より早くその威力は銃の弾丸にも引けを取らなかったことは確かだ。


「よく分からんが…助かったぞ!」


「川から上がれ!ここじゃ逃げ切れないぞ!」


人攫い達もそれを見ていたが、デルタドロメウスが悶えている今がチャンスだと陸地に上がって逃げようとする。しかし川から上がると目の前には奇妙な岩がありしかも突如として動き出したのだ。


『グアアア!』


「ぎゃあ!今度はブラッディダイルかよ!?」


「しかもこれで二本脚で立つのかよ!?」


正体は無論岩ではなく、ワニと肉食恐竜の中間と言うべき爬虫類『ポストスクス』だった。体の長さはワニと同じだが、驚くことに二本脚で立って威嚇してくるのだ。


「くそ、もう一度囮に…!?」


「きゃあ!?」


「あ!また…!止めろおおぉぉ!」


換えは幾らでも効くと言わんばからに再び子供を囮にしようと髪を引っぱって前に突き飛ばそうとするのを見て、エインは再び強い激情に見舞われ生体電流による石の投擲(とうてき)を放った。


「ぎゃあああ!?」


無論、石も生体電流を纏い飛んでいき髪を掴んでいた方の人攫いの腕に当たるのだが、なんと命中した途端に血飛沫と共に腕がちぎれたのだ。


「何だと!?」


「腕が…切れた!?」


「あ…ああ…!?そんな…!?」


余りの威力に見ていた者達は再び呆然となるも、エインだけは悪人とは言え肉体を欠損させるほどの大ケガを負わせたことにショックを受けていた。


『グオオオオ!』


「あ…ああ…!?ぐあああ!?」


気が付くと自分の腕が断たれていたことに痛みよりも先にショックが上回り遅れて苦痛が全身を襲い悲鳴を上げる人攫いを、ポストスクスは二足歩行のままで頭から噛みつき容赦なく噛み砕く。


「おい…どう言うことだよこれ…!?」


「バカ!後ろだ!?」


突然仲間の腕が吹き飛んだ後にポストスクスに頭から食われたことに呆然となる人攫いの仲間だが、もう一人の仲間が警告するも虚しく彼もまた後を追うことになる。


『グオオオオ!』


「ぐびゃあああ!?」


動揺して圧し折られた痛みから立ち直ったデルタドロメウスが追いつたことに気付かずに、背後から頭を丸(かじ)りにされてゴキリと頭と首の骨を圧し折られる敢え無く絶命するのだった。


「ひうっ!?」


「あわわ…!?」


攫われたことも大層恐ろしかったが目の前で人が頭から食われる光景を見たエルフの子供達は泣き出し、腰を抜かし、何人かは失禁までしていた。


「くそ…これじゃ俺まで!?だったらくれてやるよこんな奴ら!」


自分一人では恐怖で逃げる気力を失った子供は足手まといにしかならず、攫っておいてそのままポストスクスとデルタドロメウスの囮にすべく全員置き去りにして自分だけ助かるつもりだったが膝に矢を受けてしまう。


「ぐぎゃあ!?何しやがる!?」


「答えろ…他のエルフ達はどうした?」


矢を放ったのは当然メリアスであり、彼女は心臓を一突きするような視線で倒れた人攫いを問い詰める。


「もう大丈夫ですよ」


「皆、大事はなかったか?」


「ソルラス様!?」


「怖かったよ!?」


幸いと言うべきかポストスクスもデルタドロメウスも人攫いの仲間の二人を捕食している最中で子供の相手をしている暇はなかった。その間にキオナやソルラス達が救助を行っていた。


「さもなくば生きたままあいつらの餌にするぞ」


「そんなの言う訳が…ぎゃあ!?」


答えなければ子供を囮にしたように両者の餌にすると言うことだろう。それでなくともメリアスは怒りから至近距離による矢を放って痛めつけて動けなくさせようとしていた。


「言え!他の者達はどうした!」


「っ!待て、これは…うっ!?」


怒鳴りつけるメリアスの側で成り行きを見ていたカレンの夫はその人攫いの懐に入っている物を見て目を疑うと同時に吐き気に襲われる。


「これもしかして…耳!?」


「エルフの耳です!しかもこんなにたくさん…!?」


その人攫いが持っていたのはなんと長く尖った耳だったのだ。しかもこの特徴からしてエルフの耳であるのは間違いなく、おまけに血が固まってない辺り切断されて間もないようだ。


「このイヤリング…俺の弟がしていた物だ!まさかお前ら弟を…!?」


状況から言ってその耳はルミナスのエルフから切断したのであり、その中にはカレンの夫の弟の物も含まれていたことに彼も動揺を隠せなかった。


「俺達じゃねぇ!他の同業者共に先を越されたんだよ!?それであいつら足下を見て戦利品にこれを渡すって…!?」


「そ…そんな…うっぷ!?」


共にルミナスで平和に過ごしていたエルフの仲間達がこんな外道な人間に襲われて、こんな変わり果てた姿で再会させられてトランも吐きそうになっていた。


「じゃあ、そいつは誰だ!誰が弟を殺した!」


「そして他のエルフの仲間達はどうした!」


「知らねぇよそんなこと!?」


弟に限らず大勢の仲間のエルフ達に手を掛けたことに二人は殺気立っており、人攫いの男が知りたい情報を知らないのならばこのままトドメを刺そうとする勢いであった。


「待ってください!もう止めましょうよ!」


「何で止めるんだ!こいつらのせいで俺達の仲間が…!?」


「だからってこの人の命まで奪うことはないんじゃ…」


既に仲間の何人かの命が奪われた以上はそれなりの報復をしようとしていたが、エインは相手が悪人だからと言って命まで奪う必要はないと懇願してくる。


「お前…さっき腕を吹き飛ばした男のことを気にしているのか」


「はい、それもありますけど…何も殺さなくても…」


助けるためとは言え勢いで男の腕を吹き飛ばしてしまったことで責任を感じていることはもちろん、元から優しい性格も相まって人を殺すことに否定的になっているようだった。


「こいつは大勢のエルフを殺した奴らの仲間なんだぞ!さっきだって子供をドラゴンやブラッディダイルの囮にしたんだぞ!そんな奴、生かしておく必要なんてあるか!」


「でも…やっぱり僕は…」


思い返せば人攫い達のやってきたことはどれもこれも非人道的だ。人から恨みを買って殺されても不思議ではないような相手なのにそれでもエインはやはり人を殺すことに否定的になっていた。


「うおおっ〜!?ありがとうよ〜!?これからはもう悪いことはしない!許してくれ!?」


「本当ですか?」


それを目の当たりにした人攫いの男は涙しながら土下座し、エインに向かってこれからは罪を償う様子を見せてくる。


「ああ…そうだとも!」


「危ない!?」


すると土下座していたと思ったら一気に起き上がり、何かに気が付いたメリアスはエインを後方へと引っ張ると、彼女から柔らかい物が切り裂かれると同時に嫌な水音がしてくる。


「うぐっ…がはっ!?」


「きゃああ!?メリアスさん!?」


腹に刃が刺さったことで口から大量の血を吐き、その場に伏せるメリアスを見て敬愛している彼女が吐血したことにトランは悲鳴を上げる。


「ひゃーははは!バカめ!形勢逆転だ!」


「そんな…どうして…!?」


「やっぱりてめぇみたいなお人好しはいいカモだぜ!お陰で簡単に騙せて人質も確保だぜ!」


嘘の謝罪に騙されてエインは動揺するも、メリアスは腹を刺されて人攫いの人質にされてしまう。


「こう言う奴らは平気で人を騙したり、汚いことを平然とやったりするんだ!」


「あんたねぇ!甘過ぎなのよ!お陰でメリアスさんが人質にされたじゃないの!」


閉鎖的な環境でずっと人から虐げられていたが、その反発心から超が付くほどのお人好しになってしまったエインに取っては相手の腹の探り合いなんて最も苦手とすることだろう。


「さあ、大人しくしろ!さもないと俺がこいつにトドメを刺すぞ!」


「メリアスさん!?」


『ギィー!』


人質を取って得意気になる人攫いは徐々に離れようとするが、フォークが一瞬の隙をついて男の(すね)に突進しぶつかる。


「ぐああ!?こいつ!?まずはてめぇからハムにしてやる!?」


『ギィ!?』 


「ああっ!?フォーク!?」


痛みに悶えた男はフォークの顔面を蹴り飛ばして横たわらせる。


「…!よくも…よくもフォークを!?」


「エイン!待ってください!?」


これまでと同じくエインは強い激情に支配されるのだが、生体電流がこれまで以上に過電圧を起こしその状態で艶のある石を鷲掴みにし、キオナが止めるのも効かずに投擲する。


そして投擲された艶のある石もまた過電圧となった生体電流を纏い、これまで以上の速度でフォークを剣で殺そうとする男に向かって飛んでいく。


「あぎゃっ!?」


「エイン!?」


「はっ!?僕は…何を…!?」


過電圧を受けた艶のある石は男の頭部の上半分を木っ端微塵に吹き飛ばし、残されたのは下顎と首に繋がる部分だけで、暫く頭が消し飛んだことに動揺するように腕を動かすもやがて認めたかのように力なく横たわる。


キオナの叫び声もあってようやく冷静になるも、全ては後の祭りでありメリアスは助かるものの人攫いの男はエインの一撃によって絶命してしまった。


『グオオオオ!』


『ガルルル…!』


嫌われ者の死体はデルタドロメウスとポストスクスが奪い合うこととなり、その間に急いで川から離れるのだった。


「済まない…助かった…」


「メリアスさんが人質にされたのは僕のせいだし…何よりも僕はあの人を…」


治療を行われるメリアスはエインにお礼を述べるも、彼はこうなったのは全部自分のせいであり人を殺してしまったことに責任を感じていた。


「あの場合は仕方なかったんだ。殺されても不思議じゃなかったさ。冒険者だって襲い来る盗賊や山賊を退けるために人を殺すことを辞さない時だってある」


正当防衛などやむ得ない理由があって相手の命を奪ってしまうことは元の世界でも多々あった。特にあの場合は人を助けるために相手の命を奪うことだってあるのだからこれは仕方のないことだ。


「そうだよ…それにあたしもさっきは言い過ぎたし…あんたは立派なことをしたよ」


「人を殺すことが!ただ命を奪うことが立派なことなの!?」


トランも言い過ぎたことを謝罪する形で励まそうとするが、エインの心からの叫びに誰も否定しきれなかった。

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