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生命の神秘と掟〜後編〜

『グルルル…!』


『『『ウオオオ!』』』


カレンが出産しようと言うのにルミナスの里にアクロカントサウルスが入り込み、エルフが丹精込めて育てて貯蓄した果実を食べていたシュノサウルスと睨み合う。


「よりによってこんな時に…。」


「この異世界でタイミングの良い時なんてあるのか?」


「とにかく今は静かにしてください…気付かれたら一巻の終わりです。」


動けない時に肉食恐竜が攻めて来たことに嫌悪感を露わにするも、今は静かにしていないと仲良くアクロカントサウルスの胃袋に入ることになる。


『ゴアアア!』


暫く睨み合っていた両者だったが、先に動いたのはやはり捕食者であるアクロカントサウルスだ。一頭のシュノサウルスに狙いを定め地響きのような足音を響かせながら巨大な口を開く。


『ブオオオオ!』


『ギャア!?』


「やった!攻撃が決まった!」


アンドリューサルクスを薙ぎ払ったモーニングスターのような尻尾の一撃が顎にクリーンヒットして一瞬怯ませる。


取り敢えず捕食者であるアクロカントサウルスを撃退してくれればありがたいため、外の様子を見ていたレイは興奮した様子でシュノサウルスを応援していた。


『グルルル…!』


「どうやら面の皮は厚いようだな。」


ところがクリーンヒットしてもアクロカントサウルスは頭を振って持ち直しており、そう簡単には倒れないと同じく外を見ていたシスカが呟く。


『グウウウ…!』


『ウオオオ〜!?』


もう一度振り回すも『同じ手は食わない』と言わんばかりにアクロカントサウルスは尻尾を真剣白刃取りかのように噛み付いて受け止める。


「うわっ!?」


「ひゃあ!?何ですか!?」


「うううっ〜…!?」


「カレン…!?何だこれは!?」


ツリーハウス内に鈍い重低音と地震のような衝撃が走り手術道具や薬の瓶などが散乱しパニックになる。特にカレンに取ってはこの衝撃はかなり辛く苦しそうにしていた。


『ウオオオ…!?』


『ギエエエ!』


「うわわ…!?外のドラゴンが首長ドラゴンを木に叩き付けてるんですよ!?」


外の様子を見ていたレイは、尻尾に噛み付いたアクロカントサウルスがシュノサウルスを力任せに振り回してツリーハウスのある木に叩き付けているのだと報告する。


「こんな暴れ方したらカレンさんはもちろんですが、この家だってバラバラになってしまいます!?」


「怖いよぉ〜!?」


「お兄ちゃん〜!?」


自分達の存在に気付いていないのは助かったが、それでも余波と恐怖はしっかりと伝わってくるためかなりはた迷惑だった。


『グルルル…!』


『ウオオオォォ…!?』


木に叩き付けられぐったりしたシュノサウルスの長い首にアクロカントサウルスは噛み付き、牙をメリメリと食い込ませては気道を封じ窒息させ、更にダメ出しで顎の力でゴキリと言う音をさせるとシュノサウルスは動かなくなり巨体を横たわらせる。


「いっ…殺した…!?」


「火を吹いたり、空を飛ぶんとは言え…かなりの迫力だな。」


元の世界でのドラゴンはブレスなどで獲物を焼き払って食べるが、この世界の恐竜(ドラゴン)はそのような方法は取らず己の肉体と力だけで相手を仕留めるため、一部始終を見ていたレイとシスカは圧倒されてしまう。


『グルルル…。』


「何にしても、これで暫くは何も食べなくなるだろう。」


シュノサウルスには気の毒だが、アクロカントサウルスがお腹いっぱいになれば必要以上に獲物を捕ろうとはしないはずだ。これならば暫くは時間が稼げるはずだ。


「うぐっ…!?うううっ…!?」


「カレン!」


「どうやらそろそろのようですね…温かいお湯と綺麗な布を!」


その時間とはもちろんカレンの出産が終わるまでの時間であり、アレシアは必要な物を周囲の人間に用意させる。


「エインくん、入浴場のお湯を沸かした時みたいにこれで水を沸かしてください。」


「あ、はい。」


「私達は布を用意します!」


お湯はさすがに焚き火などは出来ないため、電熱線を使って水を温めることにし他は綺麗な布が残ってないかかき集めに向かう。


「……。」


「子供が産まれる瞬間に立ち会えるのは早々ない経験だろ?」


「…僕にはよく分からないよ。放牧場でも牛や馬の子供がいつの間にかいることがあったけど…何処から来るんだろうって思ってたけど…。」


「まあ…お前の事情じゃ無理もないだろうが、子供ってのは母ちゃんのお腹から産まれるんだぜ?」


まだ九歳の時に親から捨てられ、ずっと孤独に生きていたエインに取っては目の前の状況はこれっぽっちも理解出来なかった。


しかしリュカとマーキーは良い機会だからよく知っておくと良いと言う様子で呟くのだった。


「村長、大変です!」


「どうしたのだ?」


綺麗な布を集めてきたエルフの少女達は慌てた様子で戻ってくる。


「先程のドラゴン達の戦いで避難用の通路が潰されてしまったようです!」


「なんと…そうなると遠回りにはなるが別の避難経路を使うしかあるまい…。」


アクロカントサウルスが木にシュノサウルスを叩き付けたことで木の中にある避難用の通路が潰れてしまい、逃げるには遠回りするしかないとソルラスは呟く。


「ですが今ならドラゴンは腹いっぱいだし、狩りを終えたのならここから立ち去るのでは…。」


「そいつは楽観的過ぎるな。見ろ。」


幾ら肉食でも空腹か縄張りを脅かされたり、攻撃されなければ何もして来ないと思っていたが、引き続き外を見ていたシスカだけは危機的状況が続いていることを危惧していた。


「あ…あれぇ〜…僕は幻を見ているのかなぁ…?ドラゴンが二頭になっている気がする…。」


「私も…眼鏡の度数が合ってないのかしら…。」


外を見たレイとアルロは目や眼鏡のレンズを擦って外の様子を何度も確認していた。


『グルルル…。』


『ゴルルル…。』


「…ううん、確かにアクロカントサウルスは二頭いるから見間違いじゃないよ。」


「言っちゃったよ!分かってるわよそんなこと!ドラゴンが二頭も現れたことを受け入れたくなかったのよ!」


外を見たエインは森の奥からもう一頭の身体の大きなアクロカントサウルスが来たのを見て、見間違いではないと結論づけると、エリーシャも現実逃避していただけだと開き直る。


「何でドラゴンがもう一頭現れるの…!?」


「知るか!ドラゴンに聞け!」


「しかしこれはマズいぞ…ドラゴンのような強く大きなモンスターは縄張りを重視するからな。このままだとどちらかが死ぬか引き下がるかまで争い続けるぞ。そうなったらカレンとお腹の子が…。」


一頭だけでも厄介なのにもう一頭ルミナスに現れたことにルシアンもドランも動揺するも、メリアスはこのままだと二頭が縄張り争いをしてより被害が拡大することを恐れていた。


「待って、あのアクロカントサウルスは争う気はないみたい。」


「あんた何でそんなこと分かるのよ。」


「僕は何でかモンスターや人の考えがある程度分かるんだけど、あのアクロカントサウルス達はスゴく仲が良いみたい。」


「お友達…ってこと?」


しかしながら少なくとも争いは起きないとエインが言うためトランもリリーも首を傾げていた。


『ゴルルル…!』


『グルルル…!』


「あら、本当だわ。スゴく仲が良さそうよ。」


最初に里に来たアクロカントサウルスは後から来たアクロカントサウルスと鼻先を擦り合わせ、更に目を瞑って互いに顔や首などを擦り合わせてじゃれ合っていた。


そして暫くじゃれ合った後に最初の個体は自身が仕留めたシュノサウルスを鼻先で押して、後から来た個体に差し出す素振りを見せる。


『ゴルルル…。』


『グルルル…!』


「まさかあいつ…後から来たあいつに食べさせるために?何でそんなことを…。」


「しかも何か作ってるぞ?」


後から来た個体はシュノサウルスの肉を食べ始め、最初の個体は木片や土を寄せ集めて何かを作っていた。


「ぐうううっ…!?産まれるぅ…!?」


「皆さん!今はそれどころじゃありません!破水しましたよ!」


「大変!まずはこっちに集中して!」


外の様子も気になるがカレンの方も正念場に移行しており、ほぼ全員が彼女と赤ちゃんのために奔走する。


「さあ…ひぃひぃふぅ…ひぃひぃふぅ…。」


「ひぃ…ひぃ…ふぅ……!?」


同じ境遇を分かち合える女性陣はカレンに付き添い固唾を呑んで見守り、男性陣は直視はしないように背を向けて守りを固める。


『グル…ゴルルル…。』


「…どうしたんだろう?」


後ろでは新しい生命の誕生と言う瀬戸際なのだが、エインは外にいるアクロカントサウルスの様子がおかしいことに再び外の様子を伺う。


『グルルル…!』


外には蟻塚のようなこんもりとした物体があり、後から来た個体が塚に尻尾とお尻を被せる形で地に伏せており、最初の個体は後から来た個体を守るように辺りを見回していた。


すると後から来た個体は身体を少し起こすと尻尾の付け根辺りからピンク色の管が伸びており、付け根から末端まで何かが動いて管が膨らみ、やがて下に白く楕円形(だえんけい)の物体が塚の中に落とされる。


「エイン、あれはどう思う?」


目ざとくその様子を見ていたシスカは敢えてエインに何が起きているか答えさせる。


「もしかしてあれは…アクロカントサウルスの卵?」


「ああ、どうやら奴らは友達と言うよりも(つがい)のようだな。」


グランドレイクの放牧場では鶏、この異世界に置いてはオヴィラプトルが卵を産むのは知っていたが、目の前で起きているのはアクロカントサウルスの産卵の瞬間だった。


「え、今番って言いました?」


「ああ、奴らは今目の前で産卵している。」


「おい、嘘だろ…まさか奴らまでベビーブームかよ!」


敢えて聞こえるように話していたのも事態がより深刻になっていることを伝えるためだったが、それを真っ先に聞いていた男性陣は頭を抱える。


「…?何がどう言うことなんですか?」


「あー、君はまだよく分からないだろうけど、モンスターにしても人間にしても子供が産まれる時ってとってもデリケートなんだ。」


「だからモンスターの繁殖期とかは下手に刺激しない方が良いって勧告もあるぐらいなんだ。」


母親はお腹を痛めて子供を産み落とし、立派に成長するまで育てようとする。


それは人間に置いても恐竜に置いても同じであり、出産から成長するまでの間は子供を守るために気が立っている場合が多いため下手に刺激するのは無謀とも言える。


上位ランクのモンスターの繁殖期の際は下手に攻撃して被害が甚大にならないように警告される場合もあるがこの異世界に置いてもその危険は変わらないのだろう。


「しかしそうなるとマズいぞ。繁殖期ならかなり苛立っていて、腹がいっぱいでも外敵がいるのなら是が非でも排除しようとするはずだ。」


「ぶっちゃけこれは腹が減ってる時よりも達が悪いぞ。」


以上のことから繁殖期となれば子供やそもそも動けない卵を守るために、他のことはそっちのけで命を脅かす存在を全力で排除するため、食欲や縄張り意識はまるっきり関係なくなるのだ。


「ふぐうっ…!?ううっ…!?」


「とにかく気付かれないようにしなくては…おい、布を噛ませろ。声で気付かれるぞ。」


出産の痛みでカレンは苦しそうな声を出していた。我慢出来ないのは仕方ないが、その声で勘付かれる危険性があるためせめて布を噛ませてなるべく声を出させないようにしろとシスカが勧告する。


「むぐっ…ううっ…!」


「カレン…頑張ってくれ…!」


声を出させないようにしつつも踏ん張れるようにと布を噛ませ、夫のエルフは祈るようにカレンの手をしっかりと握り締めていた。


『グルルル…。』


『ゴルルル…。』


「向こうは産卵を終えたようだね。」


メスのアクロカントサウルスは卵管を体内に戻した後に土や枯れ葉などを塚に落とした卵の上から被せる。そして産卵で体力を使い果たして横たわるメスにオスが『頑張ったな』と(いたわ)るように寄り添う。


「…カレンさん達と同じだね。」


「産まれ方や恐ろしさは全然違うけどね…。」


アクロカントサウルスとカレン夫妻を交互に見ていたエインは何処か似ていると呟き、レイも苦笑いしながら大まかな部分はそうだと認める。


「…子供が産まれる時はお父さんやお母さんがいるの?」


「え?そりゃそうで…うわ!何?」


今度はふと寂しそうに子供が産まれる際には両親がいるのかと口にすると、レイはそんなの当然だと言い掛けるがエリーシャ達に肩を掴まれ引き離される。


「あいつに両親の話はダメだって。きっとセンチメンタルになってんのよ。」


「あ…そうか…。」


レイもグランドレイク出身ならエインの境遇を知らない訳では無い。そのため失言だったと慌てて口を(つむ)ぐ。


「…お母さん…お父さん…。」


エインは恐竜にしろ人間にしろ親子の情愛を目の当たりにしたが、それなら自分の両親は何故捨てたのかと暗い過去を思い出し落ち込んでしまっていた。


「おぎゃあ…!おぎゃあ…!」


『…!』


感傷に浸っていると背後からけたたましい泣き声が聞こえ、やがてツリーハウスはおろか外にいたオスのアクロカントサウルスの耳に届くほどに大きくなる。


「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」


「はあ…はあ…私の…赤ちゃん…!」


「よく頑張ったなぁ…!俺も今日から父さんだ…!」


アレシアの腕には長く尖った耳をした赤ちゃんが抱きかかえられており、元気な産声を挙げてカレン夫妻を感動させていた。


「良かったね…ぐす…。」


「可愛い…。」


「出産は無事に終わったようだな。」


「み…皆…ちょっと…!?」


産声を挙げることは感動の瞬間なのだろうがエインは恐怖で震える声で仲間達に警告する。


「あ、あんたも見てみ…な…よ…!?」


「うん?…いいっ!?」


「ひっ…!?」


エリーシャがエインに辛気臭い顔をするなよと呼び掛けようとするが外を見て固まり、ラピスもキオナも異様な気配とその正体に凍りつく。


『グルルル…』


「アクロカントサウルスが…!?」


窓の外から大きな目玉がまばたきしながら自分達を睨みつけており、蛇に睨まれた蛙になった気分だった。


『グルルル…ゴルルル…』


「皆…身体を低くし、静かにしてて…!」


「お兄ちゃん…。」


「リリーちゃん、僕から離れないで…。」


ツリーハウスの外からアクロカントサウルスが匂いを嗅いでおり、血と腐肉の匂いが混じった吐息が入ってくる。一同はラピスの言う通り(かが)んで息を殺して潜み隠れる。


「うっ…ふぎゃああ〜!」


「ひっ!?ちょっと!?」


「あらあら〜…よしよし…。」


最悪のタイミングで泣き喚く赤ちゃんを何とかアレシアとトランが慌ててあやそうとする。しかし泣くことが仕事である赤ん坊に取って、静かにしろだなんて言って聞くような物じゃないだろう。


「ああああ〜!?ふぎゃあああ〜!?」


「あわわ…お願い泣き止んで〜!?」


「おい…何か妙に静かじゃないか?」


「え…あれ?赤ちゃんの泣き声はするけど、ドラゴンは?」


中々泣き止まないことに焦りが頂点にまで達すると、ドランは赤ちゃんの泣き声以外の物音がしないことに不気味さを覚える。


「もしかして…見逃して」


『ギエエエエ!』


ワンチャン助かったと思っていたら屋根が轟音と共に突き破られ、そこからアクロカントサウルスが大きな口を開けて威嚇してくる。


「うわああ!?遂に来やがった!?」


「別にお前らの卵なんか欲しくねぇよ!?」


「皆!こっちじゃ!?」


頼まれなくとも卵に手出しするつもりはなかったが、言葉が通じる以前にアクロカントサウルスからすればエルフ達は外敵以外なんでもなくソルラスはツリーハウスの木の中に通ずる非常口へと先導する。


「きゃあああ!?」


『ゴルルル!』


「カレン!?」


まずは身動きが取れないカレンを捕食しようとするが、夫のエルフがお姫様抱っこして身を(ひるがえ)すとベッドがアクロカントサウルスの顎によって粉々にされる。


『ゴアアア!』


「きゃあ!?」


「おぎゃあ〜!?」


頭を動かすとシーツが側にいたアレシアの足を引っ掛けて転ばせてしまう。幸いにも赤ちゃんを潰さないように彼女が守ったため事なきを得た。


「アレシア姉さん!」


「危ない!そのドラゴンは前脚が…!?」


マリーはアクロカントサウルスのことで警告するも、アレシアとエルフの赤ちゃんを守ろうと頭がいっぱいになっていたトランは突然目の前の光景が逆さまになってしまう。


『グルルル…!』


「きゃああ!?」


三本指の長い前脚がトランの足を鷲掴みにして持ち上げ、哀れ逆さ吊りにされてパンツが丸見えになってしまう。


「トランちゃんを放して!」


『ガウウ〜!』


『ゴア!?』


前脚に飛び付いたロボは噛み付き、エインは生体電流(パルス)を流したことでアクロカントサウルスは驚いてトランを手放す。


「むぎゅっ!?」


「ひゃあっ!あんた何であたしのスカートの中に入ってんのよ!?」


ところが目の前が真っ暗になったかと思えばすぐに真っ白になり、その上で柔らかく良い匂いがしたと思えばトランの罵声が聞こえてくる。


生体電流で驚いたことで放り投げられたトランはエインを文字通り尻に敷いてしまい、しかも彼は彼女のスカートの中に入り込むと言うハプニングに見舞われるのだった。


『ギエエエエ!』


「って、危ない!」


「きゃあっ!?ひゃああ〜!?」


顎が迫っていることに気付いたエインはトランのお尻を押し退けて、抱き着いてその場を転がって回避すると先程までいた場所が噛み砕かれる。


「さあ、立って!」


「はあ…はい…。」


危うく食べられそうになったトランだが、真剣な眼差しをしたエインに助けられ呆然としており、彼に手を引かれるまま非常口へと向かう。


「ふぎゃあ!?ふぎゃあ!?」


「ぐっ…絡まって取れない…!?」


『グアアアア!』


シーツが足に絡まり四苦八苦するアレシアと赤ちゃんに狙いを変えたアクロカントサウルスが雄叫びを挙げる。


「私の赤ちゃん!?」


「止めろー!?」


「産まれたばかりの子を狙うとは…卑怯だぞ!」


『ガアア…!?』


夫のエルフとラピスが剣でアクロカントサウルスの顔に切り傷を着けて怯ませる。


「おい、大丈夫か?」


「こっちだ!」


「すみません…。」


リュカがシーツを切り裂き、マーキーがアレシアに手を貸して遠くへと避難させる。


「皆の者!今すぐにここから脱出するのじゃ!」


「こっちだ!」


出産を終えたことで長居は無用だと、ソルラスは非常口からの避難を勧告する。


『ゴアアア!』


「うわあっ!?ヤバい!?」


「来ないでよ!?」


逃がしてたまるかと再び頭を振り回すと逃げ遅れたレイとエルケが噛まれそうになり、そのまま部屋の隅に追いやられ壁と顎に挟まれてしまうのだった。


「レイさん!エルケさん!何かないかな…!?」


「えっと…!?」


二人を助けようとエインとリリーはツリーハウス内に何かないか見回す。あるのは出産の時に掻き集めた綺麗な布、お湯、樽、枕が見受けられた。


「これだ!うう〜ん…!?」


エインは樽を持ち上げてアクロカントサウルスに向かって走り出す。


『ゴアアア…!』


「それ!」


口を開けたタイミングでエインは樽を放り投げて咥え込ませる。それによって一時的にだが顎の動きを封じ込める。


「お兄ちゃん、このお湯は使える?」


「貸して!えい!」


『グア!?』


リリーからお湯の入ったバケツを受け取り、それをアクロカントサウルスの目に浴びせる。触れない訳では無いが、いきなり水よりも温かいお湯を目に浴びせられ更に怯む。


「最後に…これだ!」


『ウオオオ!?』


極めつけは枕を割いて中の詰め物である鳥の羽根をアクロカントサウルスにぶつける。


お湯で濡れているために顔に貼り付き、目にも羽根がくっついたことで不快な違和感を覚え、さすがのアクロカントサウルスも頭をツリーハウスから引き抜く。


「今の内だよ!早く!」


「ありがとう!」


「助かったわ!」


逃げるなら今しかないとレイとエルケはエインとリリーが待つ非常口まで走り共に脱出する。


「木の中に通路があるとはな…。」


「嵐の日やいざと言う時はここに避難するんですよ。」


ツリーハウスは樹上に作る家屋だが、まさかその木の中に避難用の通路があるとは思わなかった。


「長老、モンスターの存在は確認出来ません。」


「よし、このまま森の中を抜けるぞ。」


メリアスが木の出口を確認し外に出ると、そこは里の反対側に面しておりその先には森の中へと続いていた。


「村長…ルミナスは…。」


「トランよ、そして皆の者よ、悲しいだろうがもはやここを捨てるしかあるまい…。」


あの通路は有事の時のために用意された物だが、アクロカントサウルスから逃げるように使ったとなればもはやここへ戻って来る見込みはないと考えていたがソルラスの言葉で確実な物となってしまった。


「でもここは私達の故郷なんだよ!今はダメでもいつか戻って…」


「これまで私達は自然の一部となるべく生きてきた。しかし魔法やスキルが消失しあのドラゴンと対峙したことで分かったことがある。」


トランはこのルミナスで産まれて育ったエルフの少女だ。故郷でもあり家でもあるルミナスをアクロカントサウルスに明け渡すだなんて信じられなかったが、ソルラスは重々しい口調で語り始める。


「私達は単純に周りの自然環境を自分の住みやすい場所に作り変えていただけで、これこそが本来の自然の在り方なのかもしれないと…。」


「それであたし達が故郷を追われる理由には…」


「元の世界でも私達の祖先はそこにいたモンスターを追い払い、樹木に勝手に住まいを作っては通路となる穴を開けた…言ってみれば逆に私達が追いやられても不思議ではない。」


トランは諦めないで欲しいと説得するも、ソルラスは自然の一部として生きるエルフならば、他の生き物やモンスターに追いやられてもそれは自然の摂理だと諭すのだった。


「でも…でも…」


「里はただの容れ物に過ぎない。そこにトランや皆の者がいればそこは我らの故郷だ。違うか?」


「…うん…。」


取り付く島もない様子に泣き出しそうになるも、大切なのは場所ではなく仲間の存在であると言われトランは涙ぐみながらも少し微笑んで頷くのだった。


「とにかく今は『キプロニアス王国』へ向かおうぞ。先に避難した者達もそこで待ち合わせすることになっている。」


「キプロニアス王国…確かドワーフとエルフの領地の間にある王都の一つで、よく二つの種族の対立を仲裁しているため官僚(かんりょう)国家としても有名ですね。」


ソルラスは避難先にキプロニアス王国を選んでおり、先に避難したエルフ達もそこにいるらしく国家情勢に詳しいキオナが詳細を述べる。


「官僚…?」


「簡単に申しますと規則やルールを遵守(じゅんしゅ)し、感情に左右されない公私分離の厳格な組織のことですわ。」


「ドワーフとエルフは大なり小なり争っているため、互いの領地の境目に建国されたキプロニアス王国は中立の立場でどちらが悪いか良いかを決めているんです。」


聞き慣れない単語にエインや他の面々も首を傾げており、貴族であるエルケや王家であるキオナはどう言う組織か噛み砕いて説明する。


「しかし宜しいんですか?そう言う国家となれば依怙贔屓(えこひいき)は言語道断であり、エルフの方々だけ(かくま)うと言うのは…。」


エルケが心配するように規則を遵守しているのなら、どちらかに肩入れするようなことは出来ないはずだ。


「あくまでもそれは法廷や規則を守るためのスタンスですし、今は緊急事態であるため許されると思います。人の命よりも重要な規則なんてある訳がないんですからね。」


規則などは人々が平和に過ごしたり人の命を守るために存在し、それを守るために人の命を(ないがし)ろにしては本末転倒だろう。だから最初に避難したエルフ達も丁重に迎えられているはずだ。


『『カロロロ…!』』


「さっきのフェンリル!」


「うげっ!こいつらを忘れてた!?」


自分達もそこへ向かおうとしたが、果樹園で出くわしたアンドリューサルクスが待ち構えていた。


『カロロロ…!』


「くそ!カレンと娘に手出しさせねぇぞ!」


本能的に弱い存在である赤ん坊と、出産のために弱ったカレンに目星をつけアンドリューサルクスが近付いてくる。


『ゴアアア!』


『ギィア〜!?』


「角の騎士の子供が!?」


ところがカレン達を守ろうと注意が集まっていたのを見計らって、アンドリューサルクスはスティラコサウルスの子供の一頭の頭に噛み付いたのだ。


『グルルル…!』


『ギィ〜!?』


大きな顎はフリルを咥え込んだことで頭部に直接ダメージは伝わらなったものの、決定打にならないためアンドリューサルクスは乱暴にスティラコサウルスの子供を振り回す。


「大変だ!」


「待て、今は彼女らを守ることだけを考えろ。」


「でも、このままだと…。」


「お前は優し過ぎる。全てを救いたいだろうがそれにだって限度はある。相手がモンスターの弱肉強食となれば尚更な。」


エインは助けようとするも、リオーネとシスカにこれが自然界の掟だと諭されるように止められる。


『カロロロ…!』


「それよりもカレンと赤ん坊を守るんだ!」


どうせ守るなら異種族とは言え人間とほとんど変わらないエルフの親子を助けるべきだと、リオーネ達はアンドリューサルクスと対峙する。


「しかし見れば見るほどフェンリルに似ているな…はあっ!」


『グアア!』


横薙ぎに剣を振るうもアンドリューサルクスは刃を顎で咥え込みメリメリと嫌な音をさせる。


「リオーネさん、私も加勢します!やあっ!」


『グウ…!?グアアアア!』


「フェンリルのような見た目だけど、動きはかなり鈍いみたいだな。」


元の世界のフェンリルならば見た目に違わず素早く避けるのだが、アンドリューサルクスの場合は身体が大き過ぎて俊敏(しゅんびん)な動きは出来ないために横腹にラピスの振り下ろされた刃が命中する。


『グアア…!』


『グウゥ〜…!?』


「お兄ちゃん…あの子が死んじゃうよ…!?」


だいぶ振り回されたスティラコサウルスの子供は次第にぐったりしていき、リリーは悲しそうにエインに呼び掛ける。


「…っ!来た!」


「はい?来たとは…?」


このままエルフの親子を守るためスティラコサウルスの子供を見殺しにするか、或いはここを任せて助けに行くか悩んでいるとエインはハッとなって何かが来たと知らせる。


『グオオオオ!』


『ギャア!?』


「角の騎士!」


森の奥から角の騎士こと角竜が飛び出してアンドリューサルクスを跳ね飛ばす。


「ちょっと何あの頭!」


「スゴいトゲ…ううん、角?」


その角竜の特徴は何と言ってもフリルにあった。長い角飾りがフリルに沿って左右に四本ずつ外側に向くように生えていた。鼻先の角もランスのように長く、フリルの計八本の角飾りと一度見たら中々忘れられないような第一印象だった。


『グオオオオ…!』


『『グウゥ〜…!』』


「スティラコサウルスだよ!」


「もしかしてあの子達のママ?」


側にスティラコサウルスの子供が寄り添い、互いに(いつく)しむように鼻先を擦り合わせて親子であることを証明していた。


『グオオオオ!』


『ブオオオオ!』


『『…!カロロロ…』』


他にも別個体のスティラコサウルスが現れ、角や角飾りだらけのフリルを振り回して威嚇してくる。それを見てアンドリューサルクスは相手にするのは不利だと判断して諦めて森の中へと消えていく。


『ブルルル…』


『ギィ〜…!』


『グオオオオ…』


『グウ〜…!』


危機が去り、子供が無事だったことにスティラコサウルスの親達は喜び合っているようだった。


「…エドワード、私…これからこの異世界でやっていけるか、この子を育てられるか不安だわ。」


「カレン…。」


しかしカレンはマリッジブルーのこともあるが、弱肉強食が強調されたこの異世界で明日を家族と迎えられるかどうか不安だと夫のエルフであるエドワードに打ち明ける。


『ブオオオオ…』


「わあ…!皆、あれを見て…!」


その時、森の外を見たエインは感嘆とした声で呼び掛けており、一同も森の外に出て彼が何を見たのか目の当たりにして唖然となる。


『ウオオオォォ…』


『キュルルル…!』


森の外は大きな川が流れていて、向こう岸にはドレッドノータスやブラキオサウルスの群れが背の高い樹木の木の葉を食べていた。


『プオオオ!』


『オオオオン…!』


草原の草をパラサウロロフスやコリトサウルスの群れが仲良く分け合うように食べていた。


『グオオオオ!』


『ブルルル…!』


先程のスティラコサウルスも今度こそ子供とハグレないように一緒に川を渡って、向こう岸にいた群れの中に子供達と共に戻るのだった。


『ブオオオオ…!』


『グオオオオ!?』


水面に馬面のカバのような生き物のコリフォドンが飛び出したことに、水を飲んでいたエンボロテリウムは驚かされる。


「何だか感動的で心を奪われますね…。」


「ぐすっ…何か俺、感動しちまった…。」


「カレン…。」


「エドワード…。」


「ああ〜…!きゃはは…!」


自然界はただ厳しく過酷な面ばかりではないと、目の前の光景は生き物の雄大さと生命の美しさを体現しているかのようだった。気が付くと誰もが心を奪われ涙ぐみ、産まれたばかりの赤ん坊でも笑顔になっていた。


「きっと大丈夫だよ。僕らは皆がいれば…!」


「…そうね。これからは一緒にこの子をこの異世界で育てましょう。」


「ああ、そうだな…。」


『ブオオオオォォォ…!』


ブラキオサウルス達はエドワードとカレンとエルフの赤ちゃんを祝福するかのように優しい眼差しを向けていた。

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