『幼君』の危険な遊戯
「はあ…はあ…まだ歩くの?」
「しょうがないよ…馬車が壊れたんだから…。」
ドレッドノータスが馬車を踏み潰すと言う置き土産を残したために、任務遂行は不可能となりジャングルの中を歩いてグランドレイクへと帰ることとなったが既に魔法使い達はグロッキーになっていた。
「仕方ない、また休憩だな。」
もう何度目かの休憩になっておりこれまで遠征に出ていた面々はまだ余裕だったが、魔法使い達のペースに合わせるために中々進めないでいた。
「ほら、ここで止まって。」
『プオオオン…。』
馬車は壊れたがパラサウロロフス達に無事だった荷物を載せて歩かせていた。
「大丈夫ですか?」
「君には…はあ…はあ…そう見えるかい…?」
「そうだよねレイくん。こんなに歩いたのは初めてかも…。」
エインは飲み物を中性的な少年魔法使いレイと馴染み深い様子の眼鏡を掛けセミロングヘアをした委員長風の魔法使いの少女に渡していく。
「海なのに海鳥がいないなんて…これじゃあ火薬作りは絶望的じゃないか。」
「これは想定外でしたね。この異世界の生き物が食べ尽くしたのかもしれませんね。」
今回の遠征は魔法に代わる銃の火薬を作るためだったが、まさか海鳥そのものがいないなんて思いも寄らなかった。
「いや、もしかすると元の世界のモンスターや獣達は転移して来なかったのかもしれませんね。」
「その根拠は?」
「これまで出会ってきたモンスター達は元の世界のモンスターと似たような外見をしていましたが明らかに別個体で一匹も…いえ、亡骸すら見当たらないと言うことは私達のように転移してないことになるかと。」
元の世界ではスライムやゴブリンやドラゴンと言ったモンスターを多く見てきたが、この異世界に転移してからは目撃情報すら入っておらず目にするのはこの異世界の固有種達ばかりだ。
死体すら見当たらないことを考えれば元の世界のモンスター達は既に淘汰されたのではなく、そもそも転移していないと考えた方が自然だった。
「人間が転移…それなら私のようなエルフやモナのような獣人も転移しているのはどう説明するんだ。」
「モンスターは基本的に本能を中心に動きますが、知的生命体…知性や理性を中心に動く我々人間や、人間に近しい外見と知性や理性を持った亜人の方々だけが転移した…と考えれば?」
転移したのが人間と言うグループよりも、人間を始めとする獣人やエルフなどの知的生命体と言うグループだったとすればメリアスの疑問にも答えられるだろう。
「じゃあ家畜はどうなるんだ?あれは人間とか亜人とかの枠組みには入らないだろ。」
「転移したのは人工物に囲われた領土、その中なら人間でなくとも転移したとか…。」
今度は家畜のことで掘り下げるも、それは人工物に囲われた国の中なら共に転移出来るのではと考える。
「元の世界の話はいい。問題は海鳥の糞をどうするかだ。」
「とにかく国へ戻ったら代用品がないかどうか調べ直しますね。」
いずれにしても海鳥の糞は手に入らないことに変わりはなく、転移の影響よりもこれからの方針を決めるべきだ。
「もう…最悪ですわ…国へ帰ったら入浴しますわ!」
「こんな時にヒステリックになるなよ。モンスターに聞こえたらどうすんだよ。」
結局、遠征が無駄足に終わっただけでなく自尊心も砕かれたために耐えきれなくなったエルケは大声で叫び出しドランは呆れながら忠告する。
「それとあんたは風呂に入れないわよ。風呂はエインの力で沸かせるんだからね。」
「何ですって…。」
「あんたの言う『無能』なら風呂を沸かすなんてこと出来ないでしょ?だから入浴なんて夢のまた夢よ。」
エルケの発言を逆手に取って入浴が出来ないと意地悪なことを言うエリーシャに彼女は次第に苦虫を噛み潰したような顔をしていく。
「…わたくしにどうしろと?」
「そうだなぁ〜?」
「あら、あれは何かしら?」
意地悪そうに何か条件と言う名の命令をしようとした矢先キャロラインが何か見つけたようだ。
「馬みたいに…いや、それ以上に随分と脚が速いな。」
「馬と言うよりも鳥みたいね。」
ジャングルの奥、木々の合間を通り抜けながら馬も顔負けの速度で走ってくるモンスター達の姿があった。
見た目は首と尻尾が細長く、よく見ると口先は嘴のようになっており、逞しくも長い後ろ脚で走る様はダチョウのようであったため馬と言うよりも鳥に似ていた。
「エイン、あれは何だ?」
「『オルニトミムス』だよ。走るのがとっても速いんだよ。」
走ってくるのは恐竜の中でも速く走れたことで有名とされている『オルニトミムス』の群れだった。
「何でこっちに走ってくるのだ?」
「まさか俺達を狙ってるのか…!?」
「ううん、オルニトミムスは雑食だけど凶暴ではないよ。」
「では…何故こちらに…!?」
凶暴でもないのにこちらに向かって走ってくる理由はよく分からないが、恐竜の中でも小型とは言え人間からすれば馬やダチョウと変わらないため近付くに連れてそのサイズに圧倒されてしまう。
『ギャア!』
『クエエエ!』
「総員、退避!?」
とにかく今は逃げる必要があり、一同はオルニトミムス達と同じ方向へ走り出す。
『ギャアギャア!』
『キィー!』
「ひゃあ!?」
「うおおおっ!?本当に速いな!?」
襲われはしなかったが『邪魔だ邪魔だ』と言わんばかりに鳴き声を上げながら側を通り抜けていくためぶつからないように気を付けて走る。
「あうっ!?」
「ルティカちゃん!」
しかし走っていたルティカは転んでしまい、エインとキオナは慌てて引き返す。
『『『ギャアギャア!』』』
「ひあああ!?」
余りの恐怖にルティカはその場に丸くなり、側をオルニトミムス達が駆け抜けていく。
「ルティカ!大丈夫ですか!?」
「姉様〜!?」
取り敢えず踏まれずに済み、エインとキオナが起こしてその場から再び走り出す。
『ギャアギャア!?』
『クエエエ!?』
「ちょ…何頭か引き返して来たけど!?」
「何で!?」
すると進行方向とは逆に走り出すオルニトミムスが来たため、ルティカを助けていたエイン達と遅れていたキャロライン、レイ、エルケ、レナ、フィオナ、それと委員長風の魔法使いの少女は来た道を引き返すことになる。
「あそこの倒木の下に!」
「ちょ…虫がいっぱいいますわよ!?」
「今はそんなことを言ってる場合じゃないですよ!?」
「うっ…アルロ、僕が虫苦手なの知ってるだろ。」
「それどころじゃないでしょレイくん!?」
エインは朽ちて倒れた木を見つけてその下に潜り込んで避難する。エルケやレイは嫌がっていたが、委員長風の魔法使いの少女アルロに諭されて渋々下に潜り込む。
「けど、何が起きたのかしら。急に引き返すなんて…。」
「何かに追われてるみたい。」
「何かって?」
『ガオオオオオン!』
オルニトミムスの行動はエインが言うには何かに追われているかららしく、レイが何に追われているのか聞こうとした矢先、地獄の底まで追跡して来そうな恐ろしい咆哮がジャングルに響き渡る。
『ガオオオオオン!』
「「「タ…タイラントドラゴン!?」」」
「…!最初は分からなかったけど…あれは『ティラノサウルス』だよ…!」
バナナ状の牙がズラリと並んだ恐ろしく大きな顎に逞しい肉体と後ろ脚、それに比べて異様に小さな前脚をしたタイラントドラゴン…ティラノサウルスがジャングルの木々を掻き分け一同の前に姿を現した。
『グオオオオ!』
『ギエエエ!』
『グルルル…!』
「この四頭のタイラントドラゴン…間違いありません!我が国を襲ったあの四頭です!?」
一頭だけでも恐ろしいのに更に三頭が木々を掻き分け姿を現したのを見て、グランドレイクを襲ったあのグループで間違いなかった。
「冗談ではありませんわ…何でドラゴンがここに?」
「きっとここは奴らの縄張りなんだ…僕らは知らず知らずの内にそこに…。」
出来れば二度と会いたくはないほどにトラウマを植え付けられたのに、よりにもよって国の外でしかも彼らのホームグラウンドで因縁の再会を果たしてしまったことにレイ達は忌々しそうにしていた。
「それだけじゃないわ。私達囲まれちゃったわよ。」
「このままだとオルニ何とかと一緒にコース料理で食べられちゃうわよ…。」
フィオナとレナの言う通り今は朽木の下に隠れているが、四頭のティラノサウルス達が四方を取り囲んだことでオルニトミムス達と共に身動きが取れなくなっていた。
『グルルル…。』
『ギャアギャア…!?』
『ゴルルル…。』
『キィー…。』
「何してるんだろう?」
「何がだい?」
エインはティラノサウルスとオルニトミムスのやり取りに何か気になることがあるらしく、レイは気を紛らわすために話を聞くことにする。
「さっきからティラノサウルスはオルニトミムスを襲わず、ここから逃さないようにしているようにも見えるんだけど…。」
「ティラ…あのタイラントドラゴンのことか。真意は分からないけど、どの道食べる腹づもり何じゃないのかい?」
取り囲んで逃さないようにしているだけなのが不思議に思うも、レイからは素っ気なく返されてしまう。
「にしてもそのティラミス?そう言う甘そうな固有名詞なの?それとも種類としての名前なの?あのタイラントドラゴンは。」
「種類だと思います、固有名詞はないですけど…。」
「こんなこと言うのも何ですが…我が国を襲ったのなら名付けておいた方が良いかもしれませんね。私やエインからすればこれで三度目ですし…。」
固有名詞などはなかったがこうも何度も出会うのではこの先名前があった方が良いだろうと考えるキオナ。
「一番大きなリーダーの個体は万力のような顎の力が特徴ですから『バイス』にしましょう。」
リーダーの個体はディノニクスを噛み潰したり、跳ね橋を力任せに降ろそうとした怪力に因んで『バイス』と名付けられる。
「バイスの側にいるのは二番目に身体が大きいため、『ドゥー』にしましょう。」
恐らく異性なのかバイスとは親しい関係にある個体は群れの中で二番目に身体が大きいため『ドゥー』とされる。
「あの稲妻のような傷を持つのは『サンダー』、残る個体はメリアスの矢を受けたため『アロー』にしましょう。」
傷だらけの個体には『サンダー』、最後の個体には『アロー』と名付けるのだった。
「キオナは名前を付けるのが得意だね。」
「あらあら、褒めても何も出ませんわよ。」
フォークやロボの名付け親もキオナであり、エインに取ってはネーミングセンスの塊にも思えた。
「…名前はともかく、ここから脱出する方法を考えようよ。」
「…そうですわね、バイス達がオルニトミムスを襲い始めた瞬間に飛び出しましょう。」
名付けたことで多少は落ち着きを取り戻した一同はバイス達が狩りを始めた瞬間に倒木から脱出することにした。
「ん?そう言えば子供は?」
「あら…そう言えば…。」
しかしここでもう一つあることに気付いた。バイス達には三頭の子供達がいたはずだが、取り囲んでいるのは大人達だけだった。
『グルルル…。』
『グククク…!』
『ゴルルル…。』
「もしかしてあれ?」
噂すれば影と言うべきか虎とほぼ同じサイズのティラノサウルス達がバイス達の側を抜けて前に出てくる。
『グアアア!』
『ギャア!?』
『ギギギ…!』
『クエエエ!?』
すると子供達はオルニトミムスの群れに向かって突撃して食らいつこうとし、対するオルニトミムスも捕まらないように走り回り躍起になっていた。
「あれ、てっきり大人が狩りをするんだと思ってたけど…。」
「もしかしてこれは…狩りの練習?」
「練習?」
「これは多分、狩りのやり方を教えるために生きた獲物をこの場に留めさせて子供に仕留めさせるのが目的なんじゃ…僕らが授業で生け捕りしたモンスターと実戦演習をするみたいに…。」
「ってことはまさか私達…子供の狩りの練習台ってこと!?」
レイはモンスターの生態には多少詳しいのか、これがティラノサウルスの狩りの練習なのではと考える。
『ギャア!?』
『グルルル…!』
早速子供の内の一体が逃げ回っていたオルニトミムスの身体に転がりながらも喰らいつき、顎の力だけで犬のオモチャのようにもみくちゃにしながら見事に仕留める。
「見つかったら私達も…。」
「あんな風にボロ雑巾みたいに…。」
隠れたから良かったものの見つかれば自分達もさっきのオルニトミムスのように子供達の練習に突き合わされオモチャのように弄ばれることになるだろう。
『グオオオオ!』
『『ギャアギャア!?』』
「逃げたくても大人のタイラントドラゴンが見張ってるし…。」
よく見てみるとティラノサウルスは四方を円を描いて逃げ場を失くすかのように取り囲んでおり、これではオルニトミムスはもちろん自分達も逃げ出す隙がなかった。
『グルルル…。』
「静かにして!」
隠れている倒木の上から幼くも恐ろしい唸り声が聞こえたため、エインは慌てて息を殺すように呼び掛ける。
『グククク…?』
「寄りにもよってここに来なくとも…!?」
匂いを嗅ぎつけたか或いは音を聞きつけたかは不明だが、ティラノサウルスの子供の一頭がタイミング悪く倒木の周辺を捜索し始めたのだ。
「ふぁ…は…は…!?」
「ちょ、ルティカちゃん!?」
更にタイミングが悪いことにルティカは鼻がムズムズし始める。
「ふぁ…は…はっく」
「ルティカ!?」
くしゃみをする寸前にキオナが慌ててルティカの鼻と口を塞ぎ、事なきを得たことで一同はホッとする。
「きゃあああ!?虫が背中にいいぃぃ!?」
したのも束の間エルケの服の中に虫が入り込み、ゾワゾワした感触にパニックになる。
「ぶっ!?ちょっと!?」
「大声出しちゃダメ!?」
レイとアルロが慌てて止めようと抑え込むがエルケは暴れ続ける。
「ちょ…皆…前…!?」
『グルルル…グアアアア!』
「ひゃああ!?バレたああ!?」
フィオナの震えた声にハッとなって前を見てみると、ティラノサウルスの子供が覗き込んでおり頭を隙間に突っ込んでガチンガチンと噛みつこうとする。
「止めて!襲わないで!」
『…!?』
生体電流で意思疎通を計るエインにティラノサウルスの子供も面食らう。すると頭上の倒木がメリメリと軋ませながら持ち上がり始める。
『グルルル…!』
「バ…バイス!?」
ティラノサウルスのリーダー『バイス』が早速名付けた名前の通り、倒木を咥えメリメリとプレス機のように噛み砕く。
『ゴアアアアア!』
「群れの中に走って!?」
ティラノサウルスの地獄の底まで聞こえるような雄叫びに腰が抜ける前に、そしてエインが言うまでもなく全員がオルニトミムスの群れの中に一斉に走り出す。
「もう…走ってばっかりですわね!?」
「これなら身体が鍛えられそうかも〜!?」
「って、その身体が食べられそうになってるのに〜!?」
再び命の危機にエルケ達は嫌気が差していたが、だからと言って足を止めれば一巻の終わりだ。
『ギエエエ!』
「うわっ!先回りされたのだ!?」
「出来ればこうして再会するのは御免でしたわ。」
オルニトミムスの群れを掻き分けて進んでいたキオナとルティカだったが子供に先回りされてしまう。
「待って!僕の友達を襲わないで!」
『…!?』
エインが両者の間に割って入り生体電流を流して意思疎通をすると、子供のティラノサウルスは戸惑う様子を見せる。
『グルルル…。』
「あ、そうか…君はあの時の…。」
「もしかしてエインが助けたドラゴンですか?」
目の前にいるのはドレイク王がティラノサウルス達を仕留めるための人質として捕らえ、生体電流を纏ったエインによって助け出されたあの子供のティラノサウルスだった。
「お願い…僕らのことを見逃して…。」
『ゴアアア…!』
恐竜に恩義があったかはどうかは不明だが、少なくとも助けてくれた恩人であるエインのことは分かるのか襲うのを躊躇っていた。
『グルアア!』
『グククク…!』
「エインくん…この子達にも話は通じる?」
「狙う気満々よ…。」
しかしながら他の子供達はフィオナとレナを追い詰めておりエインに助けを求めてくる。
『ゴアアア!』
「あの顔に傷のあるティラノサウルスとは一度戦ったことがあるけど…。」
「って、それが原因じゃありませんこと!?」
その内の一体はいじめっ子を捕食する際に顔に傷を付けられ、その後リオーネを襲おうとしたがエインと戦った過去があり説得は無理そうだった。
「あれ、レイくん達はどうしたの?」
取り囲まれたもののレイ、アルロ、キャロラインの姿が見えないことに気が付いた。
「め…眼鏡、眼鏡〜?」
「眼鏡は何処に…?」
「ちょっと二人共!?こんな時に何で眼鏡なんて落とすの!?」
共に眼鏡を掛けている者同士、キャロラインとアルロは逃げている最中に眼鏡を落としたらしくあたふたしながら探していた。
「わあっ!?ちょっとその先は!?」
「え…ぎゃあっ!?」
レナが大慌てて呼び掛けており、レイは何事かと視線を前に移して仰天とする。
『グルルル…!?』
「そっちは大人のドラゴンが待ち構えてる!?」
眼鏡を探す内に二人はオルニトミムスの群れから外に出て、寄りにもよってアローが待ち構えている場所まで知らず知らずの内に歩み寄って行ってしまう。
「「眼鏡眼鏡〜!?」」
『グククク…!?』
「ん…今のは…。」
ところがアローは眼鏡を探して徐々に近寄る二人を見ても後退りをしておりエインは違和感に気が付く。
『グルルル…!?』
「そうか!」
「何が『そうか』何ですか?」
「皆!僕に着いてきて!」
アローの様子にエインは理解したかのようにキオナ達を先導しエルケ達は首を傾げながら着いていく。
『グルルル…!?』
「ねぇ…気の所為かあのドラゴンに近付いてない?」
ところが先導しているエインの前にはキャロラインとアルロを前にして後退りしているアローの姿があった。
「気の所為と言うか間違いなく近付いていますわよね!?」
「そうだよ!アローに向かって!」
「「「はあっ!?」」」
レナの心配事は的中しており、エインはアローに向かって皆を先導していた。
「ちょっとエインくん!?気は確かなの!?」
「血迷ったのですの!?」
「わざわざ食べられに行く気なの!?」
食べられないように逃げているのに、まるっきり逆に近寄るなんて鴨がネギを背負って来るような物だ。
「冗談ではありませんわ!気が振れてしまった相手と心中だなんて…!?とにかく引き返して」
『ガオオオオオン!』
「と思ったら別のがこっちに!?」
戻りたくても今度はサンダーが迫ってきており行きも戻りも地獄だった。
「大丈夫…アローは今は口は使えないよ!」
「それはどう言う…。」
「姉様!エインの言う通りだ!こんなに近付いているのに噛み付いて来ないぞ!」
獲物が自ら来てくれるのにアローは心底迷惑そうにしており、心なしか何処か嫌そうな顔をしていた。
「アローの側を通り抜けて!出来れば左右に分かれて狙い難くして!」
「よく分かりませんが…信じていますよ!」
何か確信があるのか一同は左右に分かれ、アローの側面を通り抜けて行く。
『グククク…!?』
「本当だ…噛み付いて来ない。」
「どうなってますの?」
驚いたことにアローはエインの言う通り、噛み付きはおろか口を開くことが出来ないらしく通り抜けるエルケやレイ達を見過ごすことしか出来なかった。
「森の中に!」
「はい!」
どんなカラクリがあって通り抜けられたかは不明だが、ジャングルの中に逃げてやり過ごす必要があった。
「エイン!姫様!こっちだ!」
「メリアス!来てくれたのですね!」
崖の上からメリアス達がロープを下げており、エイン達は渡りに船と言わんばかりにロープをよじ登っていく。
『グルルル…?』
『グククク…。』
『ガオオオオオン!』
追いついたティラノサウルス達は獲物が見当たらないことにキョロキョロし、取り逃がしたと分かると恐ろしい咆哮を挙げる。
「まさか奴らとまた出くわすとはな。」
「よく…ぜぇぜぇ…あのドラゴンから…ううっ…生き残れたよね…げほ…僕ら…。」
「はあ…はあ…もうダメぇ…動けない…。」
「もう何度死ぬ思いをしたことか…。」
崖の上に登り逃げ切ったと安心するも、死の恐怖と体力の限界にレイもアルロもエルケもバタンキューと言った状態だった。
「にしても君…どうしてあのドラゴンが口が使えないことが分かったの?」
「それはね、アローが口の中にいる子達のことを心配してたのが伝わって来たんだよ。」
「口の中にいる…それはどう言うことですか?」
通り抜けられたのはアローが口を使えなかったからだが、どうしてそれを見抜けたか誰もが疑問に思っていたがエインは崖の上からアローの方を指差す。
『グルルル…。』
『『キュウキュウ…。』』
『『ギー…ギー…。』』
「まあ…!口の中に赤ちゃんドラゴンがいたのですわね!」
アローがそっと地面に顎を置き開くと、口から羽毛に覆われた四頭の赤ちゃんティラノサウルスが拙い足取りで這い出てくる。
『『キュウ…キュウ…。』』
『『グルルル…。』』
赤ちゃん達は子供達が仕留めたオルニトミムスに齧りつき共に食べ始める。
「おおっ…!何か可愛いのだ!」
「けど、いずれ大きくなって僕達の脅威になるんですよ。」
遠くから見れば愛嬌はあるが七頭でも壊滅的な被害を出したのに、あの赤ん坊が成長し頭数が増えれば間違いなく自分達の脅威になることは間違いない。
「ここはあのドラゴンの狩場のようだな。子供に狩りの練習をさせている真っ最中か。」
「となると困りましたね、ここは我が国とは中間地点に辺りますし…。」
「それって…ここを通らないと国に戻れないってことですか?」
当面の問題としてグランドレイクに戻るには関所のように存在している彼らの縄張りを通り抜ける必要がある。
「そんなの命が幾つあっても足りないよ〜!?」
「逃げるにしてもあんな命懸けの鬼ごっこをもう一度するなんて…。」
ここまで生き残ったがティラノサウルス相手では今度こそ新たなる犠牲者が出てもおくしくないし、体力面に不安が残る魔法使いが多くいるため危険度は高くなる。
「タイラントドラゴンの縄張りを通るのは余りにも危険。回り道をしなければ…。」
「けど、もうだいぶ日が高くなってるぜ。そうすると夜になっちまうぜ。」
「進むか回り道か…究極の選択ですわね。」
捕食される危険な縄張りを通るか、日暮れの危険がある回り道を通るかで決断に迷う。
「…どちらもお断りですわ!こうなったらここへ行きましょう!」
もうウンザリだと言わんばかりにエルケは大事そうにしまっていた封筒から地図を取り出す。
「この地図は?」
「魔術国家『ウィルマ』ですわ!」
「ウィルマ…!?魔術文明が最も発展した魔法使いの国じゃないか!」
ラピスやキャロラインなど何名かの者達はウィルマと聞いて、まるで都市伝説的な物を目の当たりにしたかのようなどよめきを見せていた。
「ウィルマって?」
「魔法による技術、『魔術』による文明が最も発展した国でそこにいる人々は魔法を常時発動が可能であり、空飛ぶ魔法の箒や絨毯はもちろん飛行魔法で常に空を飛ぶとされているそうです。」
つまりウィルマとは魔法使いの国であり、魔法を利用した技術がとても発展しており国民は魔法の常時発動により空を自在に飛べるとされ元の世界では大空すらも牛耳るとされていた。
「ですが、魔術はとても貴重な物だから機密漏洩を防ぐために一般には知られないように限られた人や選ばれた人にしか知られていないとされていましたが…。」
「だからこそ僕ら魔法使いに取ってはウィルマに選ばれることは最高の名誉とされるんだけど、そのために本当に国が存在しているかどうかも謎とされていたんだ。」
ウィルマには国家の機密とも言える魔術が多く存在するため、選ばれた者やウィルマの国民や王族などを除く一般の人々には知られておらず、その存在は噂の一人歩きみたいになっているのだ。
「ええ、もちろん!私は魔法の名門貴族であるためウィルマに選ばれた者であり、この地図が何よりもの証拠ですわ!」
魔法の名門貴族であるからこそエルケはウィルマに選ばれたのだと自慢気に振る舞う。
「地図を見た限りではここから遠くないですし、私の顔を立ててもよろしくってよ?」
「そうですね、よろしくお願いします。」
いずれにしてもティラノサウルスの縄張りから迂回し、尚且つグランドレイクへ帰れる足掛かりになるはずだ。ここはエルケのコネを利用する他ないだろうと満場一致となる。
「しかし無能はどうしましょうか?犬小屋なら泊めて差し上げてもよろしいですわよ?」
「ちょ…あんた何度も助けられたくせに…。」
相変わらずエインに対しては風当たりが悪い様子を見せるエルケにエリーシャは食ってかかる。
「エリーシャさん、僕は気にしないから…。」
「エイン…あなたはどうして…。」
慣れているからか、はたまた元から優しいためかエルケの心無い台詞にエインは穏やかに返すのだった。
「神よ…どうかお救いを…!?」
所変わってとある国の教会で僧侶らしき金髪のシスターが何かに怯えた様子で神に祈りを捧げていた。するとそれに答えるかのように綺麗なステンドグラスに巨大な影が映り込む。
『クアアアア!!』
「きゃあああ!?」
ステンドグラスを割り巨大な影がシスターに襲いかかる。彼女とエイン達の運命はこの神のみぞ知ると言うことなのだろうか?




