『角の騎士』への憧れ
『プオオオン…。』
「ここまでは順調だな。肉食のモンスターも出会わないし。」
パラサウロロフスが牽引する馬車に乗って海辺へと向かう一行は肉食生物などに襲われることなく順調に進んでいた。
「まあ、何て退屈な道のりでしょう。おまけにこんな蒸し暑いなんて冗談じゃありませんわ。」
「本当ですよ。なんたってこんな…。」
エルケを始めとする魔法使い達は熱帯の暑くジメジメとした気候に汗ばみ嫌気が差していた。
「あのねぇ、こっちは馬車無しで遠征に行ったのよ。あんたらはまだマシなのよ?」
「それは前衛職であればの話でしょう。私達は魔法使いであるため、あなた達のような体力バカではないんですのよ。」
「「「ああっ?」」」
上から目線のエルケにエリーシャは言い返すも、更なる罵倒にエリーシャだけでなく他の前衛職の者達も睨みを利かせる。
「貴様ら止めんか。今日まで生き延びたとは言え、互いに睨みを利かせる相手を間違うな。」
馬車内の空気が悪くなるもシスカの冷徹な視線に一旦は静まり返るのだった。
「…魔法使いの人達とは仲が悪いんですか?」
「ううん…そう言う訳じゃないよ。ただ、魔法を扱う人の中には相手に何もさせずに無力化するほどのエリートもいて、そう言う人は優越感から見下す傾向があるから…。」
ルシアンから話を聞くに魔法の中には相手の動きを封じたり、それこそ即死魔法などで前衛職に比べると相手に何もさせずに勝利することが多いため、悲しいことに魔法使いの中には他者を見下す者がいるのだ。
「はん、それも今じゃ意味ないわよ。スキルも魔法ももうないんだから。」
「…ちっ。」
しかしそれは元の世界での話であり、この異世界ではもはや通用しない。そのことはエルケや他の魔法使い達も認めざるを得ないため、それを聞いて苦虫を噛み潰したような顔をする。
「もういいだろ。これから我らは火薬を手に入れるために海辺に向かっているのだから言い争っている場合ではなかろう。」
こんな状況だからこそ互いの確執や軋轢は一旦忘れ、一致団結しなければこの異世界では生き残れないのはもっと嫌と言うほどに味わってきたため睨み合いはするもののそれ以上の争いには発展しなかった。
『プオオオン…。』
「よしよし、頑張ったね。」
睨み合いをしながら進んで行く内に川に辿り着き水分補給のために一休みする。エインは馬車から降りてパラサウロロフスに水をやっていた。
「またあのワイバーンもどきの縄張りじゃないわよね?」
「ううっ…思い出すだけで震えが止まらない…。」
以前のこともあり、またカルノタウルスの縄張りではないかと心配になるエリーシャ達。
『クゥン…キャンキャン。』
「ここにはカルノタウルスの匂いはしないって。その代わり魚の匂いはたくさんするって。」
ロボが辺りの匂いを嗅いでここがカルノタウルスの縄張りではないし、辺りには魚の匂いがするとエインが通訳をする。
「魚ニャ?!だったら今すぐに魚釣りをして欲しいニャ!」
猫の獣人故か魚と聞いて興奮した様子で魚釣りをしようと馬車に乗り込み釣り竿を探し始める。
「いたっ!?」
「ニャ?今のは…?」
釣り竿を探していると上に置いてあった木箱を落としてしまい、置いてあった木箱に落ちて物音を響かせるのだが何故かその木箱が痛がっていたのだ。
「木箱が喋るのか?」
「バカ、密航者だろ。中に誰か入ってんだよ。」
木箱には食糧や薬などの物資が入っているだけなのに喋る訳がないため、中に密航者がいると考えてリュカとマーキーは蓋をこじ開けることにする。
「あ…ど…どうも…。」
「「「キオナ姫!?」」」
こじ開けると中にはグランドレイクの城にいるはずのキオナが身体を丸めた状態で木箱の中に入っていたのだ。
「キオナ、またコッソリ抜け出したの?」
「えへへ…思わず乗り込んでしまいましたわ。」
随分前にもキオナは衛兵の格好をしてコッソリとエイン達の遠征に同行したことがあるが、今回は荷物の中に紛れて城から出てきたようだ。
「ちょっと…良いのこれって。」
「姫様がここにいるのはマズいんじゃ…。」
自分達の遠征はこの異世界に慣れるための訓練であるとは言え、王女であるキオナが同行して大丈夫なのかと不安になる。
「はあ…姫様、私が連れ帰りますから一緒に行きましょう。」
「うふふっ、捕まえてご覧なさい〜!」
メリアスが溜め息混じりに連れ帰ろうとするが、動きやすいカジュアルな服装であるためスルリと逃げ回り始める。
「姫様!これは遊びではないんですよ!」
「そんなの分かっていますわ!王女として遠征に王女の同行を許可します!」
「自分で自分の同行を許可しないでください!」
メリアスは追いかけながらキオナにここは危ないと諭そうとするが、キオナも負けじと職権乱用とも言えるようなことを言ってメリアスを困らせる。
「…キオナ姫って意外にお転婆なんだね。」
「うん、意外…以前の遠征にもコッソリ侵入してたって聞いてたけど、こうやって目の当たりにするなんてね。」
噂には聞いていたがお淑やかで終わるような姫様ではないと思っていたが、まさか自分達の遠征にもこうやって紛れ込んで来るとは思いもしなかった。
「あっ!?」
「いたっ!?」
逃げ回っていたキオナは別の木箱にぶつかるが、どう言う訳かその木箱からも痛がる声が聞こえてきた。
「え…あれ…この木箱からも声が?」
「どうなってんだ?」
痛がる声を再び耳にしたリュカとマーキーはその木箱を再びこじ開けてみる。
「んん…着いたのか?」
中には六歳ぐらいの短い黒髪の幼女がずっと眠っていたのか目を擦りながらのっそりと出てくる。
「…木箱に入った迷子か?」
「どんな迷子だよ。しかし何処から紛れ込んだんだ?」
「お嬢ちゃん、何処から来たの?」
何処をどう迷って木箱の中に迷い込んだかは不明だが、何者で何処から来たのか疑問に思っていたキャロラインがその幼女に視線を合わせて語り掛ける。
「待って…その子って…。」
「ルティカ!?あなた何をしてるんですか!?」
ルシアンがその幼女に何かしら見覚えがあると思ってたら、真っ先に名前を答えたのはキオナだった。
「ん…?あ!姉様!」
「「「姉様!?」」」
なんとルティカと呼ばれた幼女はキオナを見て『姉様』と言ったのだ。
「やっぱりキオナ姫の妹君…ルティカ様!?」
「それって…第五王位継承者の!?」
キオナには他にも王位継承者…つまり妹がいるとは聞いていたが、まさか目の前の密航して来た幼女がそうだとは夢にも思わなかった。
「ここで何をしているのですかルティカ!」
「姉様だけ外に出てズルいのだ!我も外に出たいのだ!」
「これは遊びではありませんのよ!危険だと言うのにこっそりとこんな所まで来るなんて!」
「姫様がそれを言うんですか…まあ、ルティカ様にも当てはまりますが…。」
さすがは姉妹と言うべきか行動力とお転婆は似通った部分があり、ルティカとキオナの言い争いもどんぐりの背比べでしかなかった。
「とにかくあなた達は私が連れ帰りますんで…。」
「ふっ、良いじゃないか。王女として命令しているのだから逆らえんだろう。」
メリアスが再び二人を国へと連れ帰ろうとするが、シスカは構わないじゃないかと不敵な笑みを見せる。
「王女だからこそこんな危険な場所には…。」
「王族の大概は逃げ腰であることが多いが、こんなに勇敢な王族は見たことがない。こんな稀有な王女は見たことがないぞ。」
確かに王族は立場上、保身のために自身の身の安全を優先するが、キオナに関しては全くの真逆であり寧ろ民達のことを知ろうとする辺り稀有と言うのも過言ではないだろう。
「しかし…。」
「それに私やお前やエインが守るのであろう?何の心配がある?なあ?」
「ええっ、そうですとも!エインがいてくれるから大丈夫です!」
シスカの援護を受けてキオナは前のめりになりながらエインの背中を押してくる。
「はあ…無茶はしないでくださいよ…。」
「やったー!」
「やったのだな!姉様!」
さすがのメリアスも折れて了承し、互いに喜ぶところもさすがは姉妹と言うべきか似通っていた。
「でもやることは探検以外にしてください!ここには何がいるか分からないんですから!モナ!」
「姫様、魚釣りはしたことがありますかにゃ?」
ここまで付いてくる行動力があるのなら周りのジャングルを探検すると言い出すかもしれないため、メリアスとモナは先回りする形で釣り竿を渡す。
「まあ、魚釣りですか!わたくし魚釣りのことは城の中で、ずっと本の中でしか知り得ませんでしたが…今ここで実際にやれるのですね!」
「魚釣りをやるぞ!やり方を教えるのだ!」
文字通りの箱入り娘みたいに大事に育てられた事もあって、魚釣りと言うレジャーは知ってても実際にやれる機会がなかったためとても嬉しそうだった。
「はあ…良かった。」
「それじゃあやり方を教えるにゃ!」
取り敢えず魚釣りなら危険はないし、メリアスも気苦労から僅かに解放される。そしてモナは釣り方を教えるために近くの石や木の根元を掘り起こす。
「魚は虫やミミズを使って釣るんですよ。これを釣り針に刺して水の中に落とします。」
「ふむふむ…。」
「魚が掛かると水面に浮いている浮きが沈みます。そのタイミングで竿を上に上げてください。」
「分かったのだ!」
モナは説明しながら実践しルティカも早速真似をして釣り針に虫を刺して水の中に落とす。
「ん…く…ウネウネして少し不快ですね…。」
「大丈夫?僕がつけようか?」
一方でミミズも見慣れないキオナは触るだけでも鳥肌が立っており、針に突き刺すことが出来ずに四苦八苦していた。それを見かねたエインが代わりに針にミミズを刺すのだった。
「ありがとうございます。」
「うん!」
「んー…お主は姉様の何なのだ?」
一部始終のやり取りを見ていたルティカはエインが自分の姉であるキオナと親しいことに疑問を覚えていた。
「僕はキオナの友達だよ。よろしくね、ルティカちゃん。」
「おう!よろしくな!」
「…さて、我々も釣りをするぞ。食糧を確保せねばならないからな。」
最初は何かしらの摩擦が起こるかと思われたが、二人はすぐに仲良くなったため杞憂に終わり、安心して自分達も釣りに専念するのだった。
「…で、いつになったら釣れるの?」
「かれこれ三十分は経過してますわ。」
「釣れねぇなぁ…。」
釣りは忍耐と言うが何時までも魚がヒットしないことに多くの者達が暇そうにしていた。
『…!ギィ〜!』
「あれ、フォーク!何処に行くの!」
魚が釣れるのを待っているかのように丸まっていたフォークは突然何処かへと走り出しエインはそれを追い掛ける。
「エイン!お待ちになって!」
「それは姫様もです!お待ちください!お前達はここにいてくれ!」
キオナはエインをメリアスはキオナを追い掛ける形でジャングルの向こう側へと走り出す。
「どうしたのかしら急に…。」
「さあな。しかしエインの連れているペットは犬は分かるけど、あの角の生えた奴は何なんだ?」
「これまでに見たことがないモンスターでしたが…。」
釣りをしながら心配するキャロラインだったが、ドランとラスコは今更ながらフォークの風変わりな見た目に物珍しそうにしていた。
「姉様達が行くなら我も…!」
「待った待った!幾らなんでもルティカ様まで行くのは危ないって!」
「何でなのだ!我も気になるのだ!」
ルティカはキオナにも負けない好奇心で付いて行こうとするが、エリーシャが慌てて止めに入ってくるため不公平だと猛反発する。
「あ、見て見て。何か引いてるよ。」
「え、おっと!?」
何とか気を逸らそうとするが丁度いいと言わんばかりにルティカの釣り竿が水面に向かって引っ張られていた。
「あわわ…!?スゴい引きなのだ…!?」
大物が掛かったのか六歳のルティカは逆に水の中に引きずり込まれそうになっていた。
「手伝うよ!?」
「えい!?」
ルシアンとエリーシャも手を貸して引くと、水面から魚が勢いよく飛び出す。
「おおっ…!釣れたぞ!」
「やったね!」
『……。』
魚が釣れてルティカは満面の笑みを浮かべて大喜びしており、ルシアンもエリーシャも共に喜び合っていたが水中から鋭い視線が向けられていたことに誰も気付かなかった。
『ギィ〜!』
「どうしたの?」
暫く行くとフォークは立ち止まって辺りを見回していた。
「おい、何をしてるんだ。単独行動は危険だぞ。」
「何かあったのですか?」
「…それが何かいるみたいなんだ。」
追いついた二人もどうしたのかと訊ねると、エインは生体電流でフォークが何かを見つけたと通訳する。
「…モンスターですか?」
「いいや…そこにいるのは誰だ!」
モンスターかと思えばメリアスは生き物ではなく、人間の気配を感じ取って怒鳴りつける。
「ううん…?人か…?」
茂みから綺麗な青い髪が見えたと思えば、中性的な美男子の青年剣士が剣を握り締めながら出てくる。
「あなたは?」
「私はラピス、アルローマのAランク冒険者だ。良かったぁ…。」
「あの…大丈夫ですか?スゴくボロボロですけど…。」
その青年ラピスはアルローマはのAランク冒険者のようだが、ランクの割に見た目や装備がかなりボロボロになっていたが、それでも麗しい見た目はそのままだった。
「アルローマ…大きなギルドや有名な冒険者などを輩出し、観光都市や商業などでも栄えている大国だったな。」
「わたくしもお父様と一緒にアルローマの王族の方とも面識があります。」
グランドレイクにも負けず劣らず巨大国家であり、特に有名なのが大きなギルドを展開し高ランクの冒険者を多く出していることだった。
「そう言うあなたは…まさかグランドレイクの第四王位継承者のキオナ姫様!?」
Aランクと言うこともあり王族のことはある程度周知していたが、まさかこんな未開のジャングルで出会うとは思わずラピスは慌ててひれ伏す。
「つまり英雄みたいな人ってこと?だったら…。」
「こんなにボロボロなのはおかしい…それは私も同意ですわ。何があったのですか?」
Aランク冒険者は英雄と見比べるとどうしても見劣りしてしまうが、それでも実力は確かなはずなのにまるで一方的にヤラれたような有様に何かしらの因果があるように思えた。
「…空から降り注いだ巨大な星と落雷のような爆発音の後でスキルと魔法が使えなくなり多くの民が襲撃して来たモンスターの犠牲になりました…。」
「…グランドレイクと同じですわね。」
「モンスターを退けた後で我々は調査のためにAランクやSランクの冒険者で編成し国を出発しました。」
アルローマもグランドレイクと同じく魔法とスキルが消失したことで、多くの国民が肉食生物に襲われ犠牲になっていた。そして多くの実力者を編成して調査に乗り出したと言う。
「当初、私達はドワーフの国であるバリオンに向かっていました。近頃、武器の納品が滞っている上にモンスターの襲撃で武器が消耗していたため調査を兼ねて向かっていました。」
考えることも経緯も同じであれば目的地も同じだったらしく、アルローマもバリオンに向かっていたようだ。
「その道中で野営をすることになり、見たことないイノシシのようなモンスターと卵を手に入れて食糧は万全でした…ところが…。」
ここまでの経緯だと自分達と同じだったが、ラピスは多少声を震わせた様子を見せ始める。
「夜に物音と悲鳴が聞こえたと思ったら見たことない巨大なモンスターが野営地を覆い尽くしたんです。」
「野営地を覆い尽くした?どれだけ大きなモンスターなんだ?」
「分かりません。暗くて全容は分からず、視界が利かない内に私以外は全滅してしまいました…。」
「まさかアルローマの高ランク冒険者達が何も出来ずに全滅したのか?」
何があったかは知らないが野営地とモンスターの全容が分からない内にラピスの仲間達は全滅させられたことにメリアス達は騒然とする。
「訳が分からない内にグチャグチャになり、私はいつの間にか道に迷ってしまい今日まで生き残っていました…。」
「一人でずっと…頑張ったんですね。」
「ありがとう…。」
こんな右も左も分からない弱肉強食が強調された野生の異世界に投げ出されるも何とか生き延びたラピスに、同じくずっと一人ぼっちだったエインは自身の境遇を重ね優しく微笑みながら宥める。
「アルローマまでは少し距離があり過ぎますし、目的地であるバリオンならまだ近そうですね…どうでしょうか、暫く私達と行動を共にしては?」
「ありがたき幸せ…。」
少し考えたキオナはラピスをいずれ向かうであろうバリオンまで同行することを許し、ラピスも願ったり叶ったりだと再びひれ伏す。
「うわああ!?」
「ひえええ!?」
「…何だ?」
その時二人の魔法使いの学生達が絶叫しながら茂みから飛び出してくる。
「釣りをして待っていろと言ったはずだぞ。」
「た…大変です!?ブラッディダイルです!?」
ブラッディダイルとはワニ型のモンスターであり、頭部に角があり常に血に飢えているため目に付いた獲物や場合によっては同類を貪り食う獰猛な生態がある。
「だったら川から離れろ、奴らは川辺から出れば動きが鈍くなるはずだ。」
ワニであるため水の中なら手強いモンスターだが、そうでない場合はその限りでもないため水から離れれば逃げるのは簡単なはずだ。
「それが…立ったんですよ!?」
「立ったって…何が?」
「立ったんだよ!そのブラッディダイルが立って今暴れてるんですよ!?」
言っている意味が分からなかった。ブラッディダイルは基本的に四本脚で腹這いになって移動するのに立っているとはどう言うことか分からなかった。
「とにかく戻るぞ!ラピス、君も来てくれ!」
「喜んで!」
よく分からないがのっぴきならない状態らしく、メリアス達は急いで川へと急ぐ。
「フォーク、行くよ!」
『……ギィ!ギィギィー!』
エインもその後に続くがフォークはついて行こうとせずに一匹で何処かへと向かって行く。
「ルティカは大丈夫でしょうか?一体何がどう言うことなのか説明して貰えますか?」
「はい、私達は釣りをしていたのですが水中からブラッディダイルが飛び出したために慌てて川から全員離れたのですが…。」
「ブラッディダイルが二本脚で立って俺らを追いかけて川から揚がったんですよ!?」
よく分からないが最初はメリアスの言う対処法を取ったが、結局二本脚で立って川から上陸したと言う。
「ぎゃあああ!?」
「ルティカ!?」
戻って来てすぐに目に入ったのはルティカが泣きながら空を飛んでいる光景だったのだ。
「え、あんなに小さいのに箒や絨毯を使わずに空を飛んでる…!?」
元の世界では空を飛ぶには基本的に空飛ぶ箒か絨毯を使うが、上級者は飛行魔法や浮遊魔法を使って空を飛ぶためラピスは六歳のルティカが魔法で空を飛んでいるのだと思い込んでしまう。
「いや、待って!ルティカちゃんの下にいるあれは…!」
『グウウウッ…!』
ルティカの真下にはワニの頭に肉食恐竜の身体をくっつけたようなモンスターがいて、魔法で空を飛ぶ彼女を捕食しようとしているのか口先がルティカに合わせて動いていた。
「ブラッディダイルが…二本脚で歩いているだと!?」
学生達の言っている意味は最初は分からなかったが、ワニ顔で二本脚で歩いていたと言うのは本当でそれ以上の形容詞がなかったためにメリアスも学生達と同じ事を呟く。
「うきゃあああ!?助けてぇ〜!?」
「彼女は飛行魔法を使えるみたいだけど、まだ幼いから上手く扱えないのか?」
「魔法もスキルも消失しているのに飛行魔法が使える…?」
その恐竜の頭上では魔法で飛行しているルティカが泣き喚いているのだが、この異世界に置いて飛行魔法だけが使えるだなんておかしい話だ。
「待って、魔法じゃないよ。よく見て。」
やっぱり魔法ではなかったらしく、エインが何が原因か指差すと恐竜の口には釣り糸が絡まっていた。
『グウウウッ!』
「ひいいっ!?釣り糸が絡まって取れないのだ〜!?」
「ルティカちゃんの釣り竿の釣り糸があのモンスターに絡まってそれに振り回されてるんだよ。」
魔法で空を飛んでると思ってたらルティカは釣り糸が口に絡まった恐竜によって振り回されていただけだった。
「そう言うことか!いずれにしてもピンチだ!待っててくれ!」
「うひゃあああ…!?」
ラピスは前に出て釣り糸を居合切りで切断する。それにより恐竜の振り回す力が失われルティカの小さな体が宙を舞う。
「危ない!」
「うあっ!?」
「大丈夫?ケガはない?」
「あ、ありがとう…なのだ。」
生体電流を纏ったエインがスライディングして落ちて来たルティカをキャッチして助ける。ルティカは目の前にエインの顔が間近にあったことに思わずドキッとなる。
『グアアアア!』
「さあ、来い!私が相手になってやる!」
「きゃー!何このカッコいい人は!?」
恐竜を前にしてもラピスは臆せず剣を抜いて対峙していた。勇ましくカッコいい様子に女子達は黄色い声を挙げていた。
『グガア!ガルア!』
「簡単には食べられないぞ!」
ガチンガチンとワニのような顎でラピスに噛みつこうとするが避けられてしまう。
「お前達のような奴らとはアルローマでも戦ってきたから弱点も把握している!お前らは前脚が極端に短いため懐に入られると弱い!」
ラピスは故郷であるアルローマでも肉食恐竜と戦っており、弱点の一つとして前脚が異様に小さいため懐に入れば攻撃が入りやすいことは知っていた。
「待って!そのモンスターの前脚に気を付けて!?」
「え……うわっ!?」
エインが警告したお陰でラピスは咄嗟に剣で防御することが出来たが、その途端に鋭い物体が剣の刃を穿った。
『グルルル…!』
「このモンスター…前脚が長い上に鋭い爪があるのか!?」
これまでに出会ったドラゴン…肉食恐竜のほとんどは前脚が小さいのが多かったが、この肉食恐竜は他と比べると長く鋭い鉤爪が備わっていた。そのためにこの恐竜は『重厚な鉤爪』と呼ばれていた。
『グガアアア!』
「危ない、ラピスさん!?」
鉤爪による攻撃でノックバックを受けたラピスにバリオニクスは噛みつこうとするがエインに掠め取られる。
『グルルル…!』
「一人で戦うと危険だぞ!ここは固まってやり過ごすぞ!」
仕切り直しと言わんばかりにバリオニクスは吠えながらこちらに向かってにじり寄って来ており、メリアス達は武器を構えて臨戦体制になっていた。
『グガアアア!』
「醜悪な見た目ですわね!魔法が使えれば一発で黒焦げにしてやれますのに!」
固まっていればおいそれと襲われはしないためエルケはこんな時でも上から目線なことを言っていた。
「その醜悪なモンスターに食べられそうだってのにそんなこと言ってる場合?」
しかしながら守られている上に食べられそうな状況なのに悠長なことを言ってる場合かとエリーシャから野次が来る。
「ですからそこは前衛職の方が何とかするのでしょう。普通、後衛職である私達は防御なんか気にせず我武者羅に突っ込むあなた達と比べるとデリケートなんですのよ。」
「おい!それは聞き捨てならないぞと俺の胸筋が唸っているぞ!」
「お前ら魔法使いはいつも人を見下したような態度しやがって!こいつらの餌にしてやろうか!」
ルマッスや他の前衛職の人間達はエルケの台詞によって、前衛と後衛とでの価値観の違いや摩擦が再燃し仲間割れを起こしてしまう。
「止めんか!今は目の前のモンスターに集中して…。」
『ギュコココ!』
仲間割れを止めさせようと後ろを振り返ったメリアスは茂みを掻き分けてバリオニクスがもう一体出てきたことに言葉を失う。
『グガアアア!』
『ギシャア!』
「おい、嘘だろ!二体もいるのかよ!」
「囲まれた!」
仲間か家族かは不明だがバリオニクスが二体となりメリアス達は取り囲まれてしまう。
「エイン…これ何とかならない?」
「やってみる…!」
エリーシャに言われてエインは生体電流を使いバリオニクスとコンタクトを取ろうとする。
『…!…グガア!』
獲物として見ていたエインからのコンタクトに、一瞬戸惑うも一蹴するかのように吠えるバリオニクス。
「ぐっ…お願い…僕らを襲わないで…!」
「何をやってますの?」
「バリオニクスに話し掛けてるんだ…襲わないでって…。」
ふざけているのかとエルケは怪訝そうに訊ねるも、エインはコンタクトを取ろうとする。
「…あれ、フォークは?」
するとここで側にフォークがいないことに気が付くも姿が何処にも見当たらなかった。
『ギュコココ!』
「エイン!危ない?!」
気が逸れたことでバリオニクスはエインに向かって突進していく。しかしバリオニクスの足音とは別にドスンドスンと言う足音と木々を薙ぎ倒す音が聞こえてくる。
『グオオオオ!』
『グガア…!?』
音が大きくなったと思ったら三本の角が森から飛び出してバリオニクスを突き飛ばしたのだ。
『ブルル…グオオオオ!』
「うおあ…!?何だこいつは…!?」
「スゴい…!?」
目の前には騎兵隊の持つランスのような三本の角と盾を彷彿とさせる丸いフリルを持つ巨大な四足獣がいたのだ。
「フォーク…!?」
「まあ…こんなに大きくなって…。」
見た目はフォークとそっくりそのまま大きくしたようでエインもキオナも思わずフォーク自身かと思ってしまう。
『ギィー!』
「って、あれ?こっちにもフォーク…?」
「じゃあ…あちらは?」
ところが茂みから見慣れた四足獣…今度こそ本物のフォークが飛び出してきたのだ。
『グオオオオ!』
「…見たところ成長した別個体のようですね。」
助けてくれた四足獣は大きさ以外はそっくりで、寧ろ成長したら丁度あれくらいになると思われ、同種の成長した別個体だと言うことになる。
「おい、嘘だろ…あんなにデカくなるのかよ!?地竜と喧嘩するぐらいはあるぞ!?」
「フォークと言うよりもランスねあれじゃ…。」
フォークと言う比較対象がエインの側にいたが、あれがあそこまで大きくなるなんて想像もしなかった。
『ギュコココ!』
『ブルル…!』
バリオニクスと四足獣…フォークと同じ恐竜である『トリケラトプス』は睨み合いをしていた。
『グルア!』
『ググッ…!』
「噛み付いた!」
先に動いたのはバリオニクスだ。フリルにワニの口を食らいつかせ、前脚の鉤爪で顔に食い込ませる。
『グオオオオ!』
『ギャッ!?』
「うおおおっ!あんなに大きなモンスターを放り投げた!羨ましいぐらいの筋力だぜ!」
トリケラトプスは脚に力を込めて自慢の角でバリオニクスを突き上げて放り投げる。
『グルルル!』
『グオア!?』
「あ!先に飛ばされた奴が噛み付いた!」
最初に突き飛ばされたバリオニクスがトリケラトプスの後ろ脚に噛み付いて動きを封じ込める。
『ギュコココ!』
『グウウウッ…!?』
「ああっ…二対一じゃ勝ち目が…。」
突き上げられたバリオニクスは前脚と後ろ脚の鉤爪を身体に食い込ませる。
『グアア…!』
「いかん!首に噛みつく気だ!」
バリオニクスはフリルの裏から見える首筋に食らいつこうと長い口を近付ける。
『グオオオオ!!』
『グウッ!?』
「襟巻きのような物で口を挟みましたわ!」
だが、トリケラトプスは前脚で地面を力強く踏み込み、その反動で迫っていたバリオニクスの口をフリルで挟み込む。
『ウオオオオ!』
『ギャア!?』
挟み込んだ後に今度は着地の反動で背負い投げのようにバリオニクスを倒す。
『ブルル…!』
『ガッ!?』
今度は後ろ脚に噛み付いたバリオニクスに尻尾による殴打で振り払う。
『ブルル…!グオオオオ!!』
『ギャア!?』
『ギュコココ!?』
振り払ってすぐにトリケラトプスはバリオニクスを二体纏めて自慢の角で川へと突き落とす。
「スゴい…強い…!」
「ああ、惚れ惚れする程だ!」
自分達の出る幕もなくトリケラトプスは二体のバリオニクスを圧倒するのだった。エインはもちろん、ラピスも何処か憧れに似たような目付きをしていた。
『グオオオオ!ブオオオオ!』
『…ギュコココ…。』
『グルルル…。』
トリケラトプスの咆哮にバリオニクス達はスゴスゴと川の中に入り泳いで下流へと逃げ去っていく。
「マジかよ今の…。」
「あんなに強いのかよ…。」
『ブルル…。』
「ちょ…こっちに来ましたわよ!?」
あまりの強さに誰もが圧巻としているとトリケラトプスがこちらに近付いてくる。
「エイン…。」
「うん…任せて。」
生体電流を纏ったエインはそっと手を伸ばしてトリケラトプスと意思疎通を行う。
「……そうか、君はフォークの呼び声に応じて来てくれたんだね。」
『ギィ!ギィ〜!』
『ブルル…。』
トリケラトプスの顔を優しく撫でるエイン。対するトリケラトプスも自ら顔を差し出すと同時にフォークの顔を舐める。
「…フォーク、もしかして君は着いて行きたいの?」
ふと思い付いたエインはフォークに視線を合わせて、トリケラトプスの仲間として着いて行きたいのかと訊ねる。
「エイン、それはつまり…。」
「フォーク…。」
それは場合によってはフォークと別れることとなり、キオナは固唾を呑んでエインとフォークを見守っていた。
『ギィ…。』
「…僕と居たいって…!ありがとう…!」
フォークは寄り添いエインと共に行きたいと伝え、それに感涙したエインはフォークを抱き締めるのだった。
「ありがとう…助けてくれて。」
『ギィ〜!』
『ブオオオ…。』
フォークからの尊敬の眼差しを受けながらトリケラトプスは一瞥した後に森の中へと帰っていく。
「それにしてもスゴいモンスターだ…!まるで騎士のようだ!私は感銘を受けたぞ!」
「はい?」
『ギィ…?』
しかしトリケラトプスに尊敬の眼差しを向けていたのはフォークだけではない。
「私はいずれ騎士になる!あそこまで強く猛々しく、そして勇ましいモンスターは他にいない!いずれ私が騎士になったら家紋としてあのモンスターを刻もう!」
「あらあら、これは本当にフォークに騎士の位を授けた方が良いかしら?」
ラピスはすっかりトリケラトプスに心酔しており、キオナもクスクス笑いながらそんなことを呟く。
後にトリケラトプスは『角の騎士』として呼ばれるようになり、人間の騎士達も勇気と強さの紋章として刻むようになるとか…。




