弱肉強食の異世界にも施しはある
「ん…何だあれは?」
「何かこっちへ来るぞ。」
グランドレイクの国境にある石壁の上で見張りをしていた衛兵達は見慣れないモンスターが群れを成してこっちへ来るのに気が付いた。
「警戒態勢を取れ!人を集めろ!」
「にしても随分目立つ頭をしているな…何だあの突起物…。」
これまでのこともあり衛兵達は急いで人を集め、武装をした状態で迎え撃つ準備をする。その中で衛兵の何人かはモンスターの頭が一度見たら忘れないような形をしていることに興味を抱いていた。
「待て!我々だ!」
「っ!攻撃中止!メリアス様達だ!」
しかしそのモンスター達…パラサウロロフスの群れの前にメリアスが現れたことで警戒態勢は一気に解除される。
「メリアス様達、救助隊が凱旋されたぞ!」
「跳ね橋を降ろせー!」
仲間達に知らせて跳ね橋を降ろし、待ち侘びていた国民と共に救助隊を出迎えるのだった。
『プオオオオン!』
「うわっ!?な…何だこのモンスターは…!?」
「牛よりデッカイぞこいつ…。」
跳ね橋を降ろした瞬間にパラサウロロフスが甲高い鳴き声を放つため出迎えた衛兵達と集まっていた人々は驚くと同時に耳を塞ぐ。
「姫様ー!ご無事ですか!?」
「ティア!ご迷惑をおかけしましたね…。」
侍女のティアが民衆を押し退け、キオナに抱き着いてくる。
「良かった…良かったぁ…。」
身代わりをしていたとは言えその身を案じていたのだろう、無事だと確認してティアは泣き出していた。
「メリアス様…このモンスター達は…。」
「成り行きでエインが手なづけたモンスター達だ。身体が大きいため運搬に向いていると考えてな。」
「鳴き声は騒がしいが結構大人しいぞ。」
初めて見たモンスター達に戸惑うが、この異世界に転移してから初めて見る大人しい生き物との出会いだった。
「ところで狼煙の方はどうなりましたか?」
「…全員ではないが何とか保護は完了したぞ。」
当初の目的であった狼煙の調査だが、メリアスは一瞬顔を暗くした後に務めて明るい顔をしてそう答えた。
「いやはや、それでも本当に助かりましたよ。」
パラサウロロフスが引く馬車から何人かの男女が降りてくる。
「改めて…私はキャラバンの行商人の代表であるラムスと言います。」
最初に挨拶をしたのは恰幅の良い身体とフサフサした口髭、更にターバンと見ただけで行商人と分かる男性が自己紹介してくる。
「こちらは息子のテスカと姪のココロアです。」
「初めましてぇ〜。」
「よ…よろしくお願いします。」
その側にタレ目で呑気そうな少年と、金髪の髪をサイドテールにした強気な少女がいて自己紹介をしてくる。
「それとこちらには行商人やそれに動向する調査隊の仲間です。」
「私はモナ。調査隊の一人です。主にフィードワークや斥候を務めています。」
キャラバンには行商人の他に周囲の調査を行う人間も含まれておりモナはその内の一人だった。
「私はラスコ。調査隊の一人でとある国の研究員をしていました。以後お見知り置きを。」
丁寧に自己紹介をしているのはメガネを掛けたセミロングの少女だった。彼女は研究員をしているらしく服装もそれらしい白衣だった。
「俺はドラン!キャラバンの護衛をしていたんだぜ!」
逆だった赤髪に長身の剣士はキャラバンの護衛を務めていた人物だ。
「同じく護衛をしていた魔法使いのキャロラインです。」
魔法使いの格好とメガネが特徴的な女性はエインとキオナと出会ったキャロラインだった。
「…私はシスカだ。生き残ったのは我々だけだ。」
黒髪を長いポニーテールにした女性を最後に自己紹介が終わる。シスカの言うようにキャラバンで生き残ったのは彼らだけだった。
「次の街へ向かう途中で例の流星と、落雷のような爆音の後に…私達は気が付くとあの森の中にいました。そして私達全員のスキルと魔法が使えなくなり大勢の犠牲者が…。」
「そこはキャロラインさんからもお達ししていますわ。グランドレイクの王女として…心中をお察ししますわ…。」
キャロラインからも多少の経緯は聞いていたが、キオナは王女としてその人達を救えなかったことにキャラバンの人間達と共に悔やんでいた。
「何はともあれ我がグランドレイクはあなた達を迎え入れますわ。」
「ありがたき幸せ…。」
「皆の者達もよく頑張ってくれました。どうか今はゆっくり身体を休めてください。」
キャラバンの人達を励まし、救助隊にも労いの言葉を掛けて一纏めにするキオナ。相変わらずお転婆な所はあるが徐々に王女としての風格が出てきたようだ。
「エインも今回はよくやってくれました。それと改めてあなたも苦労していたのですね。」
「僕はどうってことないよ。キオナもキャロラインさんも無事で良かったよ。」
キオナはパラサウロロフスを宥めていたエインの元を訪れ、改めてイジメられた境遇を気にかけていた。
「あの人達は…どうなるの?」
いじめっ子達はエインを闇討ちしようとし、それをキオナに目撃されたことで、保身のために国家転覆罪と知りながらも彼女を始末しようとした。
更にキオナを強姦しようとしたが寸前のところでエインが助けに入り、最終的にはケラトサウルスに追いかけられ森の奥へと姿を消したのだった。
「無事がどうかは分かりません…ですがこうなった以上は彼らには遅かれ早かれ追放処分を下したと思います。」
心優しいエインはイジメられたとしても相手のことを気遣っていたが、キオナは王女として追放することは辞さなかったようだ。
「この子達はもう返して良いの?一応キャラバンの人達を壊れてない馬車で運ぶためにここまで連れて来たけど…。」
『プオオオ…。』
成り行きで手なづけて運搬の労力としてここまで連れて来たパラサウロロフス達は解放して良いのかと訊ねる。
「待ってくれ。ひょっとするとこのモンスター達は家畜になるかもしれん。」
「家畜…ですか?」
しかしそれを止めたのはメリアスだった。彼女はパラサウロロフスは家畜としての有用性があるのではと指摘する。
「この世界でこのモンスターのように大人しく飼い慣らすことが出来る種類はそうはいないはずだ。」
「確かに牛よりも大きいのにとても大人しく、労働力や機動力としても申し分ないですね。」
パラサウロロフスは牛より身体が大きいが、基本的に大人しく飼い慣らすのは容易そうだった。しかもキャラバンの移動やその他の労働力でも活躍してくれそうだった。
「それに被食者で警戒心が強い。彼らの鳴き声は周囲に警告を促す物だ。これを利用すれば外からのモンスターの襲撃を知らせてくれるはずだ。」
「なるほど…。」
あれだけ騒がしい鳴き声を出して警戒を促すのなら、侵入者や外敵の存在を自分達にも教えてくれるはずだ。
「私もこのモンスターを家畜にするのは賛成です。早速、彼らを飼育場へ。」
「分かったよ。おいで。」
パラサウロロフスをこの異世界に来てから初めての家畜として認められ、エインによって彼が住まいにしていた街外れに連れられるのだった。
「さて残る問題はこれですかね。」
「何だこのデカい蛇は…。」
「バジリスクか?」
城に戻って来たキオナ達は待っていた国民と共に、荷車に載っているティタノボアの死体を見ていた。 ステゴサウルスに頭を潰され、キャラバンを救助した後に回収して来たのだ。
姿形とサイズだけ見ればバジリスクに似ているため誰彼構わず注目が集まるのも当然だった。
「…本当にこのバジリスクを食べるのか?」
「はい。これも貴重な食糧ですよ!」
その中でティタノボアをどうするか聞いていたリオーネは提案者であるモナを引きつった顔で見ていた。なんとこのティタノボアを食べると言うのだ。
「獣人族に古くから伝わるジビエ料理に掛かればバジリスクでも美味しくなりますよ!」
獣人族は文明は持つがその多くは狩猟民族であり、古くから仕留めた獲物を捌いて調理する技術があるためこのような場面では重宝される。
「残された臓器や体内組織は私が研究させて貰いますね。」
その中でラスコは食べられない部分や解体されるティタノボアから様々な分析や研究を行うようだ。ここは未知の生物が闊歩する異世界なため、好奇心の塊である研究者からすれば冥利に尽きるだろう。
「思ったよりも硬い筋肉をしてますね…皮を剥ぐだけでも手こずりますね…。」
「ふぅむ…バジリスクと違って魔力を流す体組織ではなさそうですね…。」
包丁を入れて皮を剥ごうとするが分厚い筋肉と鱗で手こずっていた。その中で剥がされた組織を顕微鏡のような物でラスコが観察していた。
「ふう…肉を切り取るだけでも精一杯ですね。内臓は寄生虫の心配があるので食べない方が良いかと…。」
「ふむふむ…内臓や骨格は普通の獣と変わりませんが、モンスターのように魔力を練り上げる器官や魔石らしい物は見受けられませんね…。」
モナは何とか肉を骨から剥ぎ取り、内臓や食べられない部分を切り分けるのだった。そしてラスコが内臓や骨格などを逐一調べていくのだった。
「後はこれを火で通して焼けば大丈夫ですよ。」
「おおっ…久しぶりに肉が食えるぞ!」
「蛇だけど…贅沢は言わねぇぜ!肉、肉!」
解体が終わり後はシンプルに火を通せば食べられると聞いて人々は大喜びだった。食糧が手に入りにくくなり、肉を食べれずにいたため蛇肉だとしても嬉しくて騒ぎ出す。
「毒見としてまず私が…あむ…。」
まずは責任としてティタノボアを捌いたモナが肉を焼いて毒や害がないかどうか自ら食べてみる。
「うん…!少し硬いですがサッパリしてて美味しいですよ!」
「身体状況も悪くなっていませんし…問題ないようですよ。」
「お…俺にもくれ!」
「私にも!」
「待て!姫様が先だ!」
実際に食べ、更に検査して異常がないことが確認されたことで人々は挙ってティタノボアの肉を所望するのだった。
「姫様、この異世界での初めての肉ですよ。」
「エイン…遅いですね。」
リオーネも味見と毒見をした後に、肉を持って来るもキオナはエインを気にかけていた。
「あのモンスターを飼育場に連れて行っているのでしょう。」
「…ちょっと連れてきます。」
「姫様!?」
パラサウロロフスを飼育場に連れて行っていると聞いてキオナは彼と出会った場所へと赴くのだった。
『プオオオオン…。』
「良かった。思ったよりも気に入ってくれたみたい。」
エインの住処の側には畑や農場はもちろん、家畜用の飼育場や放牧場がある。そこがパラサウロロフス達の新しい住処となるも居心地が良さそうだと生体電流を読み取って知るのだった。
『ギィ!ギィ!』
『キャン!』
「そうだね…今日は色々あって疲れたねぇ…。」
パラサウロロフスが満足してるの見届けた後、彼はフォークとロボと共に破壊されたあばら屋に視線を移す。ここは元々彼が自宅として使っていたが、ティラノサウルスの襲撃の際に壊されてしまったのだ。
「昨日みたいに収納スペースで寝よう。後は何か食べたいところだけど…。」
『クゥン…。』
収納スペースは踏みつけられるも辛うじて使えたため昨日はここで寝ていたのだ。問題は食お腹が空いていることで何かないかとロボと一緒に探す。
「でしたらこれはどうですか?」
「あ、キオナにリオーネ様。それにえっと…。」
「ティアですよ。」
声を掛けられたことで振り返るとキオナとリオーネ、更に侍女のティアがやってくる。
「それは?」
「洞窟で襲って来たあの蛇の肉ですわ。」
ティアが持っている皿の上にはティタノボアの肉が載っており、キオナの提案でエインの所へと持って来たのだ。
「お腹が空いたでしょう?」
「いや、僕は良いよ。皆で食べてよ。」
確かに空腹ではあるが貴重な食糧であることは分かってるためエインは遠慮しようとする。
「あなたはもう少し食べないとダメですわ。」
「そうかな?」
「そうですよ、あなたは痩せ過ぎなんですよ。私より歳下の子供なのにこんなガリガリの腕は初めて見ましたよ。」
ティアはエインの腕を掴み、あまりにも痩せ細っていることを気の毒に思う。
「それと…あなたのこの匂いは何ですか?」
「エイン…まさか匂いを落としていないんですか?」
最初は変な臭いのする水溜りに落ち、次にティタノボアに丸呑みにされ消化液塗れになった。今更だがエインは体臭が凄まじくなっており三人共顔をしかめていた。
「そんなに臭うかな?」
「ああ、とてもな。鼻が曲がりそうだ。風呂に入っていないのか?」
「水浴びぐらいはするけど…さすがに今は水を使う訳には…。」
自分の匂いには気付き難いが、エインの場合は汚れが酷い場合は水浴びをするだけだが、資源が限られているため今は水浴びをする余裕もないと言う様子だった。
「やはり我慢出来ません!エインくん!私があなたを綺麗にします!」
「え?」
突然のことでエインは唖然とするも、ティアはエインを綺麗にすると宣言する。
「身体は痩せてますし、身なりも酷い汚れ!お世話係としてこれは見過ごせないです!」
「でも、僕はそんなことしなくても…。」
「君は良くても私が見過ごせないんですよ!それに君は姫様の身辺警護をしているのなら尚更です!」
エインは遠慮しようとするもティアは頑なに彼のお世話をしようとしていた。
「それには同意ですわ。エインは自分のことに無頓着ですわ。今だって私達から離れようとしてますし。」
「で…でも僕はその…受け入れられないんじゃ…。」
キオナや一部の人達はエインのことを認めているかもしれないが、長年蔑んできたこともあり信用していない人間だってまだ大勢いる。
前ほど酷い訳では無いが、そんなに日が経過していない上にいじめっ子達のことだってあるのだからエインが憂いているのも仕方ないだろう。
「…でしたら城へ来てください!」
「はい?」
ところがエインの気持ちを他所にキオナは思いがけない提案をしてきた。
「城ならばエインを匿いながらお世話が出来ます!それなら人目につかないですし何の心配もありません!」
城へ行けばエインを匿うことは出来るし、そこでなら思う存分にお世話が出来るはずだ。
「で…でも…。」
「むぅ…リオーネ!」
「はっ、これも姫様の命令だ。」
「うわっ!?」
躊躇うエインに業を煮やしたキオナはリオーネに命令する。前は命令でも触るのを嫌がっていたはずの彼女だが、あっさりと彼を俵担ぎするのだった。
「ちょ…何を…。」
「このまま城へ連行ですわ!」
「ちょっと〜!?」
問答無用でリオーネに担がれて城へと連行されるエインだった。ロボもフォークも連行されるエインの後を追いかける。
「こ…これは…。」
「城の入浴所…お風呂ですわ。」
連行されたエインは城の入浴所に連れられ、あばら家に住んでいた彼からすれば部屋が広いと言う概念がないため、目の前の部屋の広さと大きな浴槽に落ち着かない様子を見せる。
「まさかここで水浴びしろってこと?」
「まあ、水は出ますがお湯は全然で…それにまだ使えるとは言え水は貴重ですし…。」
「じゃあ、やっぱり何も無理しなくても…。」
やはり今は水はとても貴重なため無理して水浴びをする必要はないし、ここも場違いだとエインは早々に立ち去ろうとする。
「けど君は幾らなんでも目に余るんです!」
しかしティアが回り込んで汚れたままではダメだと仁王立ちしていた。
「でも…。」
「もう!君には何を言っても無駄なようですね!だからこうします!」
「わひゃあっ!?な…何を…!?」
それでも躊躇うエインに耐えきれなくなったティアは無理やりエインの衣服を剥ぎ取ろうとしてくる。
「さあ、姫様。外に出ましょう。ここは彼女に任せれば大丈夫です。」
「ティア、お願いしますね。」
「はい!身体の隅々まで綺麗にしてあげます!」
リオーネに連れられキオナは外に出たのを確認し、ティアは腕とスカートの裾を捲くり、石鹸やスポンジなどを用意していた。
「水浴びすればいいんですよね?だったら…。」
ティアは一歩も引かないと判断したエインは水を出してそれを頭から被り、身体の表面を服の上から擦っていく。
「ほら、これでどうですか?」
「ああ〜!ダメですよ!服を着たままじゃ綺麗になりませんよ!」
「でもいつもこうしてますけど…。」
侍女であるため温室育ちのキオナのお世話をしてきたティアに取って、エインの育った環境がどれほどだったか目の当たりにして信じられない様子を見せていた。
「とにかくもう水浴びしたので、後は自然乾燥すれば…。
「ぬぬっ…!まずは服を脱いでください!ほら、早く!」
「わあっ!?ちょ…ちょっと…!?」
そそくさと入浴所から出ようとするエインだが、そんなの許さないとティアは引きずり戻して、彼の衣服を無理やり剥ぎ取っていく。
「ほら、バンザイしてください!」
「んむむ〜!?」
まずはシャツから脱がしていくが、エインが抵抗するために中々上手くいかない。
「次はズボンです!こっちも汚れが酷いじゃないですか!」
「わあっ!?待って!?何か嫌だ!?」
次にズボンだが色々と歩き回ったことで裾辺りがかなり汚れており脱がせようとするが、やはり男の子として年上の女性に見られるのは本能的に恥ずかいのかエインは嫌がっていた。
「ふう…服は後ほど綺麗にします。その前にまずは君の身体を隅々まで洗わせて貰います!」
服を脱がせエインを生まれたままの姿にしたティアはここからが正念場だと言う様子で宣言する。
「じ…自分で洗いますよ!?」
「服の上から水を浴びれば良いと思ってる子が、綺麗に自分の身体を洗えると思ってるんですか!大人しく洗われなさい!」
これ以上は色々ヤバいと考え始めたエインだが、ティアに押さえつけられ石鹸を擦り付けて泡立ったスポンジで洗われ始める。
「うっ…くっ…ふふふ…くすぐったい…!?」
「スゴい垢に泥…ずっとお風呂入っていないせいですよ!」
スポンジと泡の柔らかさはもちろんだが、他人に優しく身体に触られることがこれまでなかったためにくすぐったくて堪らなかった。
「ちょ…止めて…本当に…くすぐったい…!?」
「暴れないでください!うわ…シラミとか付いてますよ!もうこれは頭の先から足の裏の指の間まで綺麗にさせて貰いますからね!」
「あははは!?も…もうダメ!?くすぐったいって!?」
これまで他人から暴力を振るわれることは多かったために耐性は身に付いていたが、ここまで優しい刺激は感じたことがなくさすがのエインでも耐えられなかった。
「さあ、後はこれで…。」
「わぶっ!?」
「ほら、綺麗になりましたよ!」
「ううっ…。」
全身をくまなく洗われ泡だらけになったエインは上からぬるま湯を掛けられる。身体と髪は以前と比べるとピカピカしているが、本人は精神的な何かを汚された様子を見せていた。
「もう…後は良いですよね?…あれ、僕の服は?」
「こちらのお召し物をどうぞ。」
着ていた服がないことに気が付き、訊ねてみるとティアは待ってましたと上等そうな服を差し出してくる。
「これ…もしかして王宮の服なんじゃ…。」
サイズは意外なことにピッタリだったのだが、着ているのは明らかに高級そうな衣服であり自分には不相応なのではと躊躇う。
「どうしましょうー、用意したのがこれしかありませんし…流石に裸で歩き回れば私のせいにされちゃうな〜。」
着る物をそれしか用意出来なかった、着なかったら責任を問われるとわざとらしく独り言を呟くティア。
「う…そう言う訳には…。」
「うふふ…。」
自分が服を着ないせいでティアが困るのは見たくなかったため渋々着用することとなったが、無論これはティアの策略であり侍女でありながらしたたかであった。
「さあ、食べ物はこれしかありませんが…どうぞ!」
次に案内されたのはキオナの自室だった。ディモルフォドンの襲撃で窓はベニヤ板を打ち付けて、一応のプライベートは守られているようになっている。
エインはそこでキオナから先程のティタノボアの焼いただけだが、美味しそうな肉を皿に載せて提供される。
「あの…僕は良いですからロボとフォークにも…。」
「ロボはもう既に食べさせましたし、フォークは草木しか食べませんよ?」
「じゃあ…。」
「私達は既に食べましたよ。」
やっぱり自分が頂くのは恐れ多いと遠慮し、譲渡する相手の候補を挙げるも尽く先回りされてしまう。
「それはあなたのです。誰も奪ったり、怒ったりしないので…どうか食べてください。」
「……むぐ……っ!」
エインのこれまでの境遇を考えれば施しを受けることなんて皆無だったはすだ。それを知ってるからこそキオナは許可を与える形でエインに肉を食べさせる。
そしてエインは生まれて初めて焼いた肉を口にし、口いっぱいに広がる肉汁と肉の味に目を見開くのだった。
「はぐっ…!?んぐ…!?ううっ…!?」
「貴様…まさか肉も食べたことがないのか?」
泣きながら肉を美味しそうに食べる様子を見てリオーネも意外そうな表情をしていた。
「僕は…小さい頃からあんまり食べなくて…それで今まで…。」
「…だからそんなに痩せているんですね。」
親から捨てられたのは五歳の時からだがそれ以前からあまり食べなかったらしく、それからの四年も限られた食べ物しか与えられなかったため痩せているのだと判明した。
「はふぅ…ごちそうさまでした。」
「あら、もう宜しいんですの?」
「もう気持ちだけでお腹いっぱいだよ。」
これまでのことと比べれば、一生分の施しを受けたも同然でありエインは肉を一枚平らげただけで満足だった。
「まあ、無理強いは出来ませんしね。」
「それじゃあ、僕はこれで…。」
「あら、どちらに行かれるのですか?あなたの部屋はこちらですよ。」
もう施しは受けたため早々に退散しようとしたが、キオナは首を傾げながら訊ねる。
「え?もう肉は食べたしそろそろ寝ないと…。」
「ですからこちらの部屋をお使いください。そのためにお招きしたんですよ?」
「ええっ!?そんな…僕には寝る所が…。」
まさか食事や綺麗にするだけでなく、寝床まで提供するために連れて来たとは思わなかったため、さすがにそれは受け取り過ぎだと遠慮しようとする。
「先日のタイラントドラゴンに踏み砕かれてしまったでしょう?」
「何もあそこで寝なくても別の場所で…。」
「あー、困りましたわ!そのお召し物はとても高くて汚されると私がお叱りを受けてしまいますわー。」
「うっ…。」
頑なに城で寝ようとするのは断ろうとするが、またしてもティアがエインを困らせるような独り言を大声で呟く。これは城に連れ込まれた時点でエインは詰んでしまったと言うことだろう。
「何なら寝るまで私が一緒に…。」
「姫様!それはさすがになりませぬ!?」
ある程度は妥協していたリオーネだがその発言に慌ててストップを掛ける。
「まあ、何故ですか!」
「何故も風邪もありません!嫁入り前だと言うのに男と添い寝など…!?」
「良いじゃありませんか!お父様とお母様は時折一緒に寝ていたではありませんか!」
「そ…それは…。」
歳上でこう言う夜の事情に置いてはキオナよりよく知るリオーネは、エインと寝ることを断固阻止しようとする。
「あの…ロボちゃん達も既に部屋にいますし…ここは王女様のご好意を受け取ってください。」
「は…はい。」
部屋には既にロボ達がいて、今度は何の裏表もなく話してくるティアに根負けしてエインは部屋に案内される。
「こちらになります。」
「うわぁ…。」
案内された部屋は客間ではあるがあばら家とは比較にならないほどに広くて、内装も綺麗に飾り付けされており、正しく夢のような光景にエインも言葉が出なかった。
『ギィ、ギィー!』
『キャン!』
「わあっ!ロボ!フォーク!」
部屋には話にあったように既にロボとフォークがいて、エインが入って来たことで喜びながら彼を雲のような柔らかい場所へと押し倒す。
「ベッドはそちらになります。」
「これが…ベッド?」
言われて驚くもベッドはお手製の硬い簡易ベッドではなく、雲のようなフワフワとした柔らかい感触に唖然とする。
「それでは朝になったら起こしに来ますので。」
「…ロボ、フォーク…今日は色々あって疲れたよ…。」
『クゥン…。』
『ギィ〜…。』
部屋に案内したのを確認し言伝を残してティアは部屋を後にする。味わったことのない柔らかいベッドの感触を堪能しつつ、ロボとフォークと共にエインは眠りに就くのだった。
「リオーネ!そこを退きなさい!何故エインと寝てはダメなのですか!」
「何が何でもです!良いですか!男は皆、獣なんですから!?」
エイン達が寝静まった部屋の外ではリオーネが見張っていたらしく、キオナに部屋に入ってはいけないと厳重注意していたのだった。




