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エイジ・オブ・エクスティンクション

弱肉強食。それは強者が弱者を狩り己の糧にする自然界に置いてはごく普通の摂理(ルール)だ。


「今だ!スキル、シャイニングセイバー!」


『ギャアアアア!?』


溶岩が煮え滾る大地にて、真紅の鱗を持つ巨大なドラゴンが勇者らしき人物の光り輝く剣によって討伐され、その場に横たわりピクリとも動かなくなった。


「アルフレッド様、勇者一行の凱旋だ!タイラントドラゴンを討ち取ったぞー!」


そのドラゴンを討ち倒した勇者アルフレッドとその仲間の勇者達はタイラントドラゴンの屍を荷車に載せて自国へと持ち帰り、仕留めたぞと力を誇示するように堂々と剣を掲げ獲物に足を乗せてアピールしていた。


「素敵ー!」


「我が国の英雄だー!」


凱旋するや否や人々は勇者達を歓迎し祝杯ムード一色であった。


「有能な魔女キール様がフェンリルを仕留めなさったぞ!」


「そうよ〜!皆、あたしを崇めなさい〜!」


「キール!俺と結婚してくれ!?」


「いいや、俺とだ!?」


しかし別の場所では魔女らしき女性が巨大な狼のようなモンスターを仕留めたことを猛烈にアピールし、挙って男性達は求婚やらプレゼントやらで殺到していた。


「戦士ビングが魔族の城また一つを攻め落としたぞ!」


「うおおおっ!!」


「「「ビング!ビング!!」」」


更に別の場所では二メートルはあろう大男が凱旋して吠えているの。魔族の城を討ち滅ぼしたとなれば、その戦士の咆哮に周りの人々は熱狂していた。


「皆、ありがとう!グランドレイクの英雄としてこれからもよろしく頼む!」


「魔女キールの応援をよろしくねー!」


「ビングだ!うおおおおっ!!」


この国は最強最大として名高い国家グランドレイク。そこでは勇者や賢者など多くの英雄達が様々な功績を挙げていて、国はそれを讃える祝杯をするためドンチャン騒ぎが絶えなかった。


「タイラントドラゴンは中々の相手だった…次はネメシスドラゴンだ!」


「ドラゴンスレイヤーでもあるアルフレッド様には頭が下がるわ。」


「キールもバジリスクの討伐は見事な物だったぞ。」


英雄達はドラゴンの王タイラントドラゴンを仕留めたり、死の蛇として恐れられるバジリスクを討ち取ったり、巨大なゴーレムの軍団を壊滅させたり、或いは一番大きな物として魔王軍を退けるなど世界中が認める功績を挙げていた。


英雄達も自らの功績を称えると同時に力を誇示するようにアピールをして人気を博し、そのお陰で国は大きく豊かになり、国民に取っては憧れ・人気・希望の三拍子が揃った存在だった。


「見ろよ!エクスプロージョンカノンを取得したぜ!これなら俺も英雄になれるぜ!」


「甘いわねぇ〜、私なんか剣術スキルをマスターして免許皆伝よ!」


英雄達を多く輩出するその理由は、この世界の人間達はスキルと魔法を使えることだ。体術や剣術などの物理的な技術はスキル、魔力を使用する物は魔術や魔法と呼ばれている。


「さあ、火の魔法で作ったサラマンダー焼きはいかがかなー!」


「やっぱり剣士なら剣を!あの英雄アルフレッド様も愛用している剣を鍛冶師スキルでパパッと作っちゃうよ〜!」


誰もが安易に覚えられるため魔法もスキルも人々の日常生活に浸透するのはもちろん、英雄やその道を極めた者となって富と名声を我が物にすべく人々は努力や研鑽(けんさん)を重ねてきた。


「ふっ、まだまだだな。」


「くっ…くそ…!?」


しかし華やかなだけではない。誰もが英雄になろうとするが、それは同時に自分達のライバルと競い合うことを意味していた。


「何で…何で上手くいかないんだ…!?」


「貴様の努力が足らんからだ!」


星の数ほど存在するライバル達の中で、勝者は星のように輝き敗者は石ころのように淀むだけ。この国に置いては勝敗と強弱は絶対的な価値を意味している。


「どう?!あんたに…あんたに遂に勝ったわよ!」


「そんな…こんなのズルいわよ!?」


時としては敗者がかつての勝者を屈服させ上に立ち、対する勝者…いや、今や敗者となった者は地獄のどん底へと落とされ煮え湯を飲まされる。


競争心があることは文明や己を発展させるのに良い起爆剤だが、綺麗に取り繕ってもそれは弱肉強食の世界の延長線に過ぎない。


この国は強者を多く輩出しているが常に勝敗と強弱が求められ、その強者達の中でも更に勝者と敗者が(ふるい)にかけられ序列や支配階級などが存在するようになっていた。


全ては強者や勝者が絶対であり弱者や敗者はただの隷属に成り果てるのがこの国の摂理(ルール)だ。それはタイラントドラゴンやバジリスクのようなSランクモンスター達でも同様にだ…。


「ふう…これで一通り終わりかな。たくさん食べてね。」


そんな華やかな街の外れには騎乗用の馬や家畜が飼育されている農園のような場所があり、そこには心優しそうな九歳くらいの少年が餌やりをやっていた。


「おい、能無し!」


「っ!な…何ですか…。」


すると彼を『能無し』と呼んだのは年上の学生らしき男子生徒達だった。


「役立たずの分際で質問してんじゃねぇ!いいから来い!」


「……。」


質問すら許されず少年は嫌々ながらその男子生徒達の元へと歩いていく。


「あの、何か…がっ!?」


「クソが!あんの野郎め!何だよあの態度は!?ちょっと剣が出来るからっていい気になりやがってよ!?」


近寄って来た少年を有無を言わせず暴力を振るう男子生徒。


「魔法が上手くいかないのは俺の努力が足りないだと!?ズルをしたくせに!?」


「僕らはこの『役立たずのエイン』と同列だって!?ふざけるなよ!上流階級の僕がこんな薄汚い奴と同じだなんて!」


他の男子生徒達も日頃の鬱憤を晴らすように暴行を加えている少年エインをひたすら殴ったり蹴ったりしていた。


「うっ…うううっ〜…!?」


「また泣きやがった!メソメソすんなよ!」


「泣くしか能がないのかこいつは!泣けば済むと思ってんのか!」


苦痛に耐えきれずに泣き出すエインを見た男子生徒達は滑稽だと更に暴行を加える。


「あんたら何してんの!」


「げっ、エリーシャさん…。」


見るに耐えかねたのか男子生徒と同じ制服を着た彼らより年上の女子生徒達が注意してきた。


「そんな汚い奴をあたしらの前に転がさないでくれる!本当に不愉快!」


ところがエインを擁護するどころか汚い物を見る目で見ており、通り道に存在するだけで不快感を覚えていたのだ。


「す…すみません!?くそ、何でここに…行くぞ!?」


悪態をつきながらリーダー格の男子生徒は仲間達と共にその場を後にし、暴行を受けたエインは痛みから満足に動けそうになかった。


「ちょっと邪魔なんだけど?早く消えてくんない?じゃなきゃ泣かすよ?」


「うっ…くっ…!?」


辛辣な言葉と苦痛に既に泣いていたエインだが、早くここから立ち去らないともっと酷い目に遭うことは分かっていたため這ってでも去ろうとする。


「ちっ、ゴミはゴミってことね…汚らしいくせに目の前にいんじゃないわよ!」


「うっ!?」


エリーシャの蹴りは腹に命中し、エインはあまりの衝撃に体内物を吐き出してしまう。


「うわ…汚物の分際で更に気持ちの悪いマネしてんじゃねぇよ!」


「あっ!?」


腹を蹴られた衝撃で息が出来なくなっているのにエリーシャは容赦なくエインを蹴りつける。


「ううっ…!?」


「なっ!?汚物が触るんじゃねぇよ!!」


苦し紛れに彼女の足首を掴んだエインだが、汚物として毛嫌いしているエリーシャの逆鱗に触れてしまったらしく力いっぱい蹴られて意識を失ってしまう。


「はあ、ストレス発散にわざわざこんな汚らしい場所まで来たけど…マジキモい。」


蔑みと軽蔑、嫌悪感からなる捨て台詞を吐いてエリーシャ達はその場を後にした。


「お父さん!?お母さん!?何で僕を置いていくの!?」


意識が薄れる中でエインはまだ五歳だった時、両親から見放される夢を見ていた。


「お前は我が一族の恥晒しだ!スキルも魔法も扱えないなんて前代未聞だ!」


「あんたみたいな能無しなんて産むんじゃなかったわ!?」


生みの親なのにエインは罵詈雑言を浴びせられる。まだ幼い子供に取ってその言葉の意味はあまりにも残酷であった。


「貴様らの子供はどうやら()()()()()()()()()()()()()『異端児』のようだな。」


「はっ、そのようで。検視した結果、彼には何の素質もないようです。」


この王国では五歳になると子供は定期的に集められどんなスキルや魔法の才能があるか王の謁見の元で調べられる。


しかしこの世界に置いては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とされ、エインはこの時を持って最悪の称号である『異端児』のレッテルを貼られてしまったのだ。


「このような能無しはもはや家族ではありません!すぐさま殺処分を致します!」


「ひっ!?」


言葉の意味は分からなかったが親から向けられる殺気に怯える。五歳にして親に捨て猫・捨て犬のように殺処分されるなんて余りにも残酷な仕打ちだ。


「いや、待て。其奴(そやつ)は殺すな。生かしておく。」


しかし意外にも王は殺すことを良しとはしなかった。人々がどよめく中で堂々と殺すことを止めた王はある意味ではエインの命の恩人だろう。


「下等な存在がいれば無駄な摩擦も減るし、異端児と言えども汚れ仕事としては利用価値があるはずだ。」


しかしそれもエインを生き地獄に落とすような宣言をするまでだった。ただでさえ強者やライバル達がせめぎ合う中で有能な者達が必要以上に減ったり、心が擦り減らないようにと劣情の捌け口としてエインに白羽の矢を立てたのだ。


「ではそこの異端児は街外れの家畜小屋へと左遷する!今後一切、街の立ち入りを永遠に禁ずる!」


「かわいそー。」


「家畜小屋だってよ。やったな、あんな汚い仕事しなくて済むぜ。」


「マジ感謝ー。」


よく分からなかったが向けられる視線と聞こえてくる台詞はエインの心を押し潰していた。


「それではこの契約書に手を置け。」


「さあ、早くしろ!」


王の合図で大臣が契約書らしき紙をエインの前に置き、父親が乱暴に彼の手首を掴んで押させようとする。


「痛い!?止めてお父さん!?」


「うるさいぞ赤の他人が!さっさとしろ!」


実の親子だがもうそこには情愛など微塵もなく、父親の手によってエインは契約書の円の中に手を置いて押印してしまう。


「これで契約成立だ。お前は自ら命を絶つことは出来なくなった。自殺しようとしてもこの契約がそれを防ぎ、餓死しようとしても魔力で補充される。」


押印してしまった契約書は自身の命を絶たないようにする特殊な魔法が履行される物だった。それはエインを擁護するためではなく、国民の劣等感の捌け口を失わないための呪縛も同然だった。


「さあ、その異端児を我が御前から摘み出せ!!」


「お父さん!?お母さん!?」


こうしてエインは街外れにある家畜小屋へと追放されてしまい、何度か親に会いに行こうとして国に入るも衛兵や先程の生徒達から暴行を受けることとなった。


「お父さん…お母さん…。」


「この恥晒し!追放されても私達の顔に泥を塗る気か!」


「汚らしいのよ!二度と私達の前に現れないで!」


挙句の果てにボロボロになりながらも、両親とようやく対面しても酷い台詞と鋭利な刃物を投げつけられたことで精神崩壊を起こし二度と両親と街には入るまいと誓ったのだった。


「ひゃあ〜!?」


「…!?」


聞き慣れない少女の悲鳴にハッとなって起きると、暫く気絶していたらしく太陽が高く昇って昼を過ぎていた。


「助けて〜!?」


「…?」


寝ても覚めても死ぬよりも辛い思いをしていたエインに取ってはその悲鳴はどうにも新鮮に聞こえた。


ここの国民は大抵は強いため助けを求めることはあまりない。ましてや安全圏である国内、しかも異端児である自分が住んでいるこの場所では尚更だ。


「やぁ〜ん!?」


『キャン!キャン!』


これまでのこともあり人間不信になっていたエインは恐る恐る覗いてみると、腰まで届く長い黒髪を大きな白いリボンでワンサイドアップにした十二歳の少女が子犬にスカートを引っ張られ困っていたのだ。


「……。」


「あ!すみません…助けてください!?」


何者かは知らなかったがよほど切羽詰まっているのかこちらに助けを求めてきたのだ。状況と相手が分からないことと、不信感があって戸惑っていたエインだが…。


「ほらほら、これが欲しくないかい?」


『キャン!』


エインは食べ残しを更に用意して子犬を誘い込み、スカートから口を離させる。


「よしよし、お腹が空いてたんだね。」


子犬は皿の食べ残しを無我夢中で食べ、エインは微笑ましく思いながら背中を優しく撫でる。


「はあ…はあ…あなたは命の恩人です。その猛獣からわたくしを助けてくださって。」


「猛獣…かな?」


少し大袈裟かもしれないがこの少女は本当に困っていたらしく感謝していたが、対するエインは不思議な感覚を誤魔化すために子犬を見てみるが何となく子犬には見えなかった。


「ところであなたは誰ですか?」


「僕はエインって言うんだけど…君は?」


「わたくしはキオナ。エイン、ここは何処ですか?動物や草木がたくさんありますね。」


「え…?」


彼女の名前はキオナと言い、自己紹介を終えてここが何処かなのか質問してくる。だが、ここは好き好んで来るような場所ではないし来る人も大概は自分を迫害する人間くらいなため思わず返答に困ってしまう。


「ここは…僕の住んでるところなんですけど…。」


「まあ、ここで一人で暮らされてるんですね!素晴らしい方ですね!」


「…!」


これまで罵詈雑言しか浴びせられなかったエインは初めて人から褒められたために思わず顔を赤くする。


「あら、お熱がありますの?」


「そ…そう言う訳じゃ…あの…。」


顔を赤くしていると熱があるのかと心配されてキオナに迫られるが、攻撃される以外で人が近寄って来るなんてことがなかったため思わず後退りする。


『キャンキャン!』


「ひゃあ!?またこの猛獣が!?」


「わっ!?」


餌を食べ終えた子犬が吠えてきてキオナは怖がってエインの背後に隠れる。しかし近寄られるだけで緊張していたのに、いきなり吐息が掛かるまで側に寄られてしまってエインは金縛りにあったように硬直してしまう。


「エイン、何とかしてくださいまし!?」


「あ…えっと…!?」


『キャン!』


餌をくれたことが嬉しかったのか子犬は怯えるキオナと戸惑うエインに気にせず飛び掛かってくる。


「うわっ!?」


「あう!?」


『キャンキャン!』


「うぶ…くすぐったい…!?」


驚いたエインはそのまま子犬に押し倒されそのままキオナと共に倒れてしまう。そんなエインを子犬は無邪気な様子で舐め回す。


『キャンキャン!』


「君はイタズラ好きだね。それよりもごめんなさい。大丈夫ですか?」


「ええ、少しお尻を打ちましたが問題ありませんよ。」


子犬を抱えて起き上がり、キオナの様子を見てみるも彼女は服についた土を払っており特に問題はなかったがお腹から音がしてくる。


「あ…そう言えば昼食を取っていませんでしたわ。」


「それなら…こっちに来て。」


今度はキオナが顔を赤くし恥ずかしがっていた。よくよく考えてみればエインも何も食べておらず、ちょうどいいとある所に案内する。


「ここでは食べ物は何とか手に入るんだ。野菜とか果物は好き?」


そこは小さいが菜園のような場所があり、側には小さな物置のような建物があった。


「ええ、メイドから好き嫌いは良くないと言われてましたから。」


「メイド…?まあ良いや、これはどう?」


聞き慣れない言葉に首を傾げながら彼はバナナのような果実を毟ってそれを手渡す。


「これは…?」


「僕も名前はよく分からないけどとても甘くて美味しい果物だよ。こうやって食べるんだよ。」


見たことがない果実に戸惑うキオナだが、エインも果実の名前は知らないものの美味しいと言い、お手本に皮を剥いて食べてみせる。


「ん!甘くて美味しいですね〜!」


「僕もこれ好きなんだ〜。」


常に苦痛と絶望に満ちた毎日を送っていたエインだが、初めて誰かと食べ物を分けて一緒に楽しく話したことで本来の笑顔を見せながら幸せを噛み締める。


『キャンキャン!』


「ひゃっ…この犬はどうしてわたくしを追いかけますの?」


子犬は無邪気に尻尾を振って二人の周りを駆け回っており、先程よりマシとは言えまだ怖いのか避けているキオナ。


「遊んで欲しいんだよ。ほら!」


『キャン!』


食べ終わったバナナの皮を遠くへ投げると子犬はそれを拾いに走っていく。


『キャン!』


「よしよし、こうやって物を投げて取りに行かせるのが好きって聞いたことがあるんだ。」


バナナの皮を咥えて戻って来た子犬を撫でながら受け取るエイン。


「そうだったのですか…えい!」


『キャンキャン!』


今度はキオナが皮を投げるとそれに気が付いた子犬は尻尾を振って取りに行く。


『キャン!』


「まあ、偉いですわね。」


同じように皮を咥えて戻って来た子犬を見たキオナは微笑みながら頭を撫でる。


「もう大丈夫みたいだね。」


「はい?」


「普通に触れてるよ!」


最初はあんなに怖がっていたがすっかり触れるほど慣れたことを指摘するエイン。


「エインのお陰ですよ。ありがとうございます!」


「…!」


子犬にスカートを引っ張られていたのを助けた際に不思議な感覚を覚えていたが、キオナから真正面から微笑みながら感謝されたことで再びその感覚を味わうエイン。


彼は誰かから笑顔で感謝されたことがなく、それは劣等感の捌け口にされた感謝の言葉よりも何百倍も輝いておりエインの胸の内を熱くさせていた。


『キャンキャン!』


「そう言えばこの子は名前は何と言うんですか?」


「…僕もこんなところに犬…なのかな?いるなんて知らなかったから名前はないんだけど…。」


最初はエインの飼い犬かこの辺に住まう子犬かと思っていたが普通の犬とは思えない上に、ここには家畜以外の生き物がいるとは知らなかったらしく名前は何もなかった。


「だったら私達で付けましょう!」


「名前?名前は…。」


子犬に名前を付けようと言うことで再びその姿を見てみるも、ここに来るまで色々あったのか或いはヤンチャな性格のためかあちこち汚れてボロボロな様子が際立っていた。


「ボロボロだね君は…。」


「ボロボロ…ボロボ…ロボロ……ロボ!ロボにしましょう!」


エインの言った形容詞を連呼していたキオナが『ロボ』と言う名前を口にする。


「ロボ…良いね!おいで、君は今日からロボだよ!」


『キャンキャン!』


気に入ったらしく子犬はロボと呼ばれて二人の周りを駆け回る。


「姫様ー!姫様ー!?」


すると複数人の人の声が聞こえてきて何事かとエインは振り返ると、鎧を身に着けた兵士を引き連れたショートカットヘアの女騎士がこっちに向かって来るのが見えた。


「姫様…あ!姫様!見つけましたよ!」


「リオーネ!いけない…もうバレたのね!?」


キオナと目が合った瞬間に血相を変えてこっちへ走って来る。キオナも慌てて立ち上がりエインの腕を掴んで走り出す。


「何?どう言うこと?」


「いいから早く!?」


「姫様!探しましたぞ!?」


しかし回り込んだ女騎士は二人の前に立ち塞がり、あっと言う間に周囲を他の兵士達に取り囲まれてしまう。


「キオナ…これどう言うこと?」


「無礼者!」


キオナに何事かと訊ねようとするが何故か女騎士に怒鳴られた後に一人の兵士の手によって力任せにねじ伏せられる。


「キオナ陛下と呼ばんか!?ましてや貴様は役立たずのエインではないか!その汚れた口でこの方の名前を言うだけでも不敬罪に当たるぞ!」


「陛下…姫様って、もしかしてあなたは…。」


先程から姫様だの陛下だの、明らかに一般人の位の名称ではないことに疑問を覚えていたエインはあることに気が付いた。


「頭が高いぞ!この方は我がグランドレイク王国の第四王女のキオナ姫様であられるぞ!」


「や…やっぱり…お姫様だったの…!?」


幾ら街外れに住むとは言え、王様以外の王族がいることは知っていた。しかし服装がほとんど一般的だったためまさか側にいるキオナの正体がこの国のお姫様だったとは夢にも思わなかった。


「姫様に何をした!幾ら姫様が城から脱走した身とは言え、それを良いことに無礼なことを働いたのか!」


「無礼なことって…。」


「貴様のことだ!どうせ不埒な真似をしようとしたのだろう!今すぐに極刑にしてくれる!」


とんでもない言いがかりだが、エインの悪い所しか見ていない上に決めつけをされれば言い返すどころか取り付く島もなかった。


「待って!エインは何も悪くは…!?」


「姫様は下がってください!?」


キオナは引き止めようとするが、エインを完全に悪者と決めつけているために近付けさせないようにしていた。


『グルルル…ガウ!』


「ぐあっ!?」


しかし見るに耐え兼ねたのはキオナだけではない。ロボは仲良くなったエインの危機に、兵士に足に飛び掛かって噛みつく。


「ロボ!?」


「このクソ犬!……っ!?」


拳を振り上げて子犬を殴ろうと拳を振り上げる兵士だが、視線が上に向いた際に妙な光が見えたために注意がそちらに向く。


「な…何だあれは!?」


「星…?まだ明るいのに…。」


夕暮れ近くとは言え、空には太陽とは異なる輝きを放つ星が見えた。しかもその星は不気味な光の軌跡を残しながら徐々に高度が落ちていく。


得体が知れないため糾弾するのも忘れ全員がその星の行方を追っていき、やがてその星は地平線の彼方へと消えていき静寂が訪れる。


ところが静かになったすぐその後に、ドオオオオオオオオン!と言う嵐の日の雷を上回る爆音と閃光が辺りを一気に支配し全員の意識を刈り取る。


『キャンキャン!?』


「ううっ…ロボ…あ、キオナ!…様!?」


ロボの鳴き声を聞いて意識が戻るエイン。あれだけの爆音と閃光によく鼓膜と網膜がヤラれなかったなと思いながら起き上がりキオナが無事かどうか確認する。


「あう…エイン…?」


「キオナ様…大丈夫ですか?」


「ううっ…耳がまだ痛いですわ…。」


やはり先程の爆音と閃光によって少なからずダメージを受けたらしくまだフラフラしていた。


「今のは一体…。」


「貴様は一体キオナ様に何をした!」


「えっ!?」


フラフラしているため側に寄り添っていたが、それがリオーネ達に取ってはやましいことをしていると見られてしまい怒号を投げ掛けられる。


「やはり貴様はここで処刑してくれる!」


「あわわ…!?」


「止めてリオーネ!?」


怒りを思い出したリオーネは剣を抜いてエインを始末しようとする。


「ぬっ…!?何だ…ヤケに剣が重い…!?」


ところが長年愛用してきた剣を抜いたはずなのに、まるで初めて手にしたかのように重く感じてバランスを崩してしまう。


「おかしいぞ…鎧が重くて着ていられん!?」


「どうなってるの…これくらい普通に出来るのに…!?」


周りの兵士達も鎧や武器が重くて身に着けているのが億劫(おっくう)になる。


「これも貴様の仕業か!?」


「そんな…僕は何も…。」


言いがかりもここまで来れば迷信に近いが、何をしたかと言われても答えようがない。


「リオーネ様!?大変です…モンスターの侵入です!?」


「何をバカな…モンスターくらい訳ないだろう!」


すると守衛をしていたと思わしき兵士が弱々しい声で話してくるため、(たる)んでいるぞと怒鳴りつけるが血まみれになっているのを見て唖然となる。


「そ…それが…英雄達が…城が大変なんです…とにかく戻ってください…!?」


「リオーネ!今は城に!?」


不謹慎ながらキオナはエインの始末をなし崩しに出来るチャンスと考えて城に戻るように勧告する。


「しかし姫様に酷い目に合わせた者は…!?」 


「私は何ともありません!それに今は城の危機なんですよ!あなたは王女の言うことが聞けないのですか!?」


エインを助けることもだが、それ以前にこの国の兵士が血まみれになるなんて絶対に異常事態であることは確かだ。


王女として何があったのか確認するのは当たり前だし、もしもこれで食い下がるようならリオーネはキオナに反逆することになるだろう。


「承知しました…!総員、城へ急げ!」


「「「ははっ!」」」


「命拾いしたな…!」


王女の命令は絶対なためリオーネは兵士達に呼びかけ、エインに捨て台詞を吐いて城へと戻る。


「エイン…楽しかったためですよ。あなたと会えて。」


「僕も生きていた中で、あなたと出会えたことは一生の宝物だよ。」


二人はまるでロミオとジュリエットのように名残惜しそうに別れることとなり、キオナはリオーネ達に連れられて去っていくのだった。


「さあ、君も家族の所に…。」


『クゥン…。』


ロボも家族の元へと帰そうとするが、ロボは座って寂しそうな上目遣いでエインを見ていた。


「…僕と一緒に暮らす?」


『キャンキャン!』


「ふふっ、おいで。」


手を差し伸べられたことでロボは嬉しそうに吠え、エインも一緒に暮らす新しい家族が出来たことに笑顔を零すのだった。


「何だあいつらは…。」


「分からん、あの爆発の後で現れて門番を殺したらしい…。」


時間はエイン達が目を覚ますほんの少し前のことだ。先程の爆発で気絶してしまっていた人々は目を覚まして何があったか確認していたが、モンスターが門番を殺して国に侵入したことだけは理解出来た。


『『『グルルル…!』』』


「しかしまさかリザードマンにヤラれたのか門番は?」


門には十体ほどの二足歩行のトカゲのようなモンスター達が睨み付けていた。


「しかしリザードマンにしては少し見た目が異なるような…?」


「羽毛なんて生えてたか?」


目の前のモンスターは知っている限りではトカゲ人間のモンスター、リザードマンのように見えた。


しかし頭から尻尾を水平にした姿勢をしており人間と言うよりも獣に近い体勢をしていて、全身には鳥のような羽毛が生え頭部には羽飾りがあった。


「何にしても退治した方が良さそうだね。かわいそうだけど。」


「「「きゃー!アルフレッド様ー!!」」」


黄色い声援を受けながら勇者アルフレッドがリザードマンもどき達に近寄る。


「さあ、何処からでも…っ!?」


颯爽と剣を抜こうとするがいつもより剣が重く感じて抜くのに一手間掛かってしまう。


『ギシャア!』


「おっと!?リザードマンにしては武器や魔法を使う素振りがないな…。」


知っているリザードマンはモンスターだがある程度の知識はあり、棍棒や弓矢などの武器を使うことがあれば中には突然変異して魔法などを使う固体もいる。


しかしリザードマンもどきは単純に飛び掛かったり、噛みついたりなど己の肉体一つで攻撃してくる。


「もっと歯ごたえがあると思ってたよ。残念だけどこれで退治させて貰うよ!スキル、シャイニングセイバー!!」


単純な攻撃手段に多少呆れつつも、一気に片付けようと考えてアルフレッドは自身の最強の剣術スキルを使用する。


「出たー!アルフレッド様の最強のスキル!」


「素敵ー!」


『…!?』


周りからの大歓声とアルフレッドの剣が高らかに振り上げられリザードマンもどきは一瞬躊躇う。この時は誰もがアルフレッドが圧倒的なスキルを使ってリザードマンもどき達を蹂躙するだろうと考えた。


「ぬっ…ぐっ…うわあ!?」


「「「え…?」」」


ところが振り上げた剣の重さに耐えきれなくなったアルフレッドはそのまま後ろへと倒れてしまう。これには周りもリザードマンもどきですら呆気に取られる。


「な…どうしたんだ…スキル、シャイニングセイバー!?」


周囲の人々が呆気に取られる中でアルフレッドは我が目を疑っていた。自分の剣がスキルで輝くはずなのに、光るどころか箸のように扱ってきた剣が持ち上げるのも一苦労なほどに重くなっていたのだ。


『ギシャア!』


『『『ギャギャギャギャ!』』』


「ふざけているのか?」と言いたげに、リザードマンもどき達は一斉にアルフレッドに吠える。


彼らからすればアルフレッドは遠吠えをして、自分の身の丈に合わない爪を振り上げたと思ったら産まれたての子鹿のようにフラフラとした足取りをしているのだからそう思っても不思議ではない。


「ど…どうしたんだアルフレッド様は?」


「ジョークよジョーク!アルフレッド様ってば〜!」


「は…はは…そうだよ…こんなのスキルがなくても!?うおおおっ!?」


今までにない異常事態にアルフレッドは半分正気を失った状態で剣を振り上げる。


『ギシャア!』


「うわっ!?」


だがリザードマンもどきは、がむしゃらに振り降ろされた剣をあっさりと避けアルフレッドの側面へと回り込んで飛び掛かる。


『グルアアアア!』


「は…?……ぐあああ!?」


一瞬何が起こったか分からなかったが、気が付くと腕が半分切り裂かれ、大量の血が噴水のように噴き出ており、そう認識した瞬間に激痛が走り悲鳴が自然と出てくる。


「バカな…魔力で強化した鎧も身に着けているのに…リザードマンごときに…!?」


身に着けている強そうな鎧はSランクモンスターの攻撃にも耐えられるよう魔力で強化されている。無論、腕にも装着しているがリザードマンもどきの鉤爪によって容易く腕ごと切り裂かれたのだ。


『ギシャア!』


「ぎゃあああ!?」


「「「アルフレッド様!?」」」


リザードマンもどきはアルフレッドの利き腕を傷つけ、武器を握れなくなったと判断したのかそのまま彼の首に食らいつく。


「嘘だろ…ドラゴンスレイヤーの称号を持つアルフレッド様がリザードマンなんかに…!?」


「何やってんのよアルフレッドは!?リザードマンなんてこれで充分よ!ファイヤー!」


今度は魔女のキールが魔法で攻撃しようと杖をアルフレッドに食らいついているリザードマンもどきに照準を合わせて呪文を唱える。


「え…どうして!?ヘルフレイム!?コキュートス!?」


しかし杖からは魔法が放たれることはなくシーンとしており、キールは他の強力な魔法の呪文を唱えるも沈黙したままだった。


「何で!?何で魔法が使えないの!?」


魔力は強力な魔法を十回は使えるほどにあるはずだ。それなのに魔法はいまだ沈黙しておりキールは見たことがないほどに動揺していた。


「伏せろキール!」


『ギシャア!?』


アルフレッドを襲っていた固体とは別固体のリザードマンもどきが飛び掛かって来るが、警告通りにキールが伏せると斧がリザードマンもどきを真っ二つにする。


「はあ…はあ…無事か?」


「ビング!」


「「「うおおおっ!ビング様ー!!」」」


真っ二つにしたのはビングの巨大な斧による一振りだった。


「アルフレッドを返せ!」


「か…あ…!?」


ビングは斧を振り回してリザードマンもどきを追い払いアルフレッドを引きずって助けるが、彼の身体はナイフでズタボロにされたかのような大ケガをしており虫の息をしていた。


「急いで回復魔法を!このままだと死ぬぞ!?」


「は、はい!ハイパーヒール!」


キールとは別の魔法使いが慌ててアルフレッドに駆け寄り強力な回復魔法を使う。しかし傷が癒えるどころか、その間に血がドクドクと流れ出て顔色が悪くなっていく。


「何で!?何で傷が癒えないの!?と言うか私の魔力を感知出来ない…!?」


キールだけでなく他の魔法使いも魔法が使えない…いや、自身の身体の中にあるはずの魔力を全く感知出来ないことに戸惑っていた。


「こんのぉ!くそ!?」


ビングは斧を振り回してリザードマンもどきを追い払っていたが、いつもより身体の動きが悪く徐々に鈍くなっていく。


『グククク…!』


「な…何だ…?!」


するとアルフレッドを襲ったリザードマンもどきを何かを見切ったかのような笑みを一瞬浮かべたかに見えた。


『プオ…プオ…プオ…ギシャアグククク…!』


甲高い鳴き声を発すると今まで傍観していたリザードマンもどき達がビングの周りをグルグルと取り囲むように走り回る。


『『ギシャア!』』


「ぐあっ!?離れろ!?」


跳ねるように走り回りまるでビングを挑発しているのかと思ったら、背後に回った二匹が飛び掛かりしがみついてくる。


「ぐあっ!?足が!?」


背中に気を取られている間に脹脛(ふくはらぎ)に回り込まれ噛みつかれる。足が傷つけられたビングは立っていられなくなり膝を付く。


『ギシャアアアア!』


「ぐあああ!?」


動けなくなった所で一斉にリザードマンもどき達が飛び掛かり噛み付いてくる。


『ギシャア!』


「がはっ!?この鉤爪は何だぁ…!?」


だが噛み付くだけではない。このリザードマンもどきの後ろ足にはカーブした鎌のような爪が備わっており、それをビングの筋肉質の体の肉に突き刺して引き裂いてくるのだ。


アルフレッドの身体が噛みつかれただけでズタボロになっていたのは、この鉤爪の攻撃による物だった。


『グククク…!』


「ぐがあああぁぁぁ!?」


アルフレッドを仕留めた固体がビングの左胸に足を置き、足の指を動かして鉤爪を心臓に食い込ませ断末魔を挙げさせる。


「嘘だろ…ビング様が…!?」


「アルフレッド様、どうしたら…アルフレッド様?…アルフレッド様!?そんな…!?」


もはやこうなってはビングの運命は絶望的だ。アルフレッドに助けを乞うが、もう既に事切れていたようだった。


『グククク…ギシャア!』


「「「う…うわあああ!?」」」


嘲笑うようにリザードマンもどき達は一斉に襲い掛かってくる。魔法もスキルも使えなくなっていると言う未曾有の危機に国民はパニックになる他ならなかった。


しかしこの未曾有の危機はやがて国を震撼させ、彼らの世界を一変させるような物語の序曲でしかない。


そしてこの時の出来事は()()()()魔法もスキルも使えなくなる史上最悪の事件として歴史に名を残すのだが、使えなくなった当時はリザードマンもどきの仕業ではないかと迷信が飛び交っていた。


何故ならば状況的にもメンタル的にも、こんな不可解な現象はそうでもしなければ説明が出来なかったからだ。


しかしながらそれを差し引いてもそのリザードマンもどきの愛称を聞けば関係がないとも言い切れないだろう。何故ならリザードマンもどきのその愛称は…『略奪者(ラプトル)』。

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