とりかえばや王妃
マリアンヌがアリアレインと初めて真面に会ったのは、貴族学院のカフェテリアでだった。
椅子に座って必死に涙を堪えていたマリアンヌに、たった一人ハンカチを差し出してくれたのがアリアレイン。
どうぞと差し出された美しい刺繍入りの白いハンカチ。
ハッとして顔を上げたら、青い瞳と目が合って。
その色の深さに、涙も忘れて息を飲んだ。
アリアレインはまるで自身も痛みを抱えているように細めた眼でマリアンヌを見下ろし、やがて立つよう促した。そっと差し出された手は彫刻のように白く淑やかで、でも確かに血の通った暖かさを持っていた。
久しぶりに触れた人の温かさにまた泣きそうになる。
そんな自身に嘲笑を浮かべ、ありがとうと頭を下げると、アリアレインは気になさらないでと笑い。
美しい青い目をマリアンヌから少し逸らして、呟いた。
「あまりにも不愉快だったからつい、ね」
その声の冷たさに、マリアンヌの身体が意図せず跳ねる。
人前で今にも泣きそうな顔をしていたのだ。淑女らしくない行動を非難されたのだと思い、慌てて謝罪しようと見た彼女は、しかし、もうマリアンヌを見てはいなかった。
氷のような冷たさを湛えた青い目が見つめるもの。
凜として立つ彼女の視線を辿って、マリアンヌも同じ場所へ視線を向けた。
ガラスを挟んだ向こう側、カフェテリアのテラス席にテーブルを囲んで談笑している集団があった。
中心にいるのは王太子エドワードと、その隣に子爵令嬢のアンナ、他数名の男子がいる。彼らは皆、生徒会役員で王太子の親しい友人たちだ。
彼らは、陽光に照らされながら心底楽しそうに笑っている。
時折、エドワードの耳元、吐息の触れる距離で何事かアンナが囁き。エドワードはくすぐったそうに首を竦めながら、彼女の肩を宥めるように叩き、また笑う。
それはなんというか……とても柔らかくて、美しい光景だ。
美しすぎて、また泣いてしまいそうになる。
アリアレインから受け取ったハンカチを無意識にきゅっと握った瞬間、視界の端で何かが動いた。さらりと長い黒髪を揺らしてこちらを向いたアリアレインは、随分気安い口調で言った。
「ねえ、私と少し話をしない?」
聞いたくせに答える隙は与えず、アリアレインはマリアンヌの手を引いて、彼らの見えない場所へ向かった。
◆◆◆◆◆
「初めまして、と挨拶した方がいいかしら。私は……」
「存じております。アリアレイン様のことは」
「……まあそうよね、お互い未来の王妃ですものね」
未来の王妃。
そうマリアンヌはこの国の王太子、先程テラス席で学友たちと談笑していたエドワードの婚約者で。
いずれ、この国の王妃になる女性だ。
それは、目の前のアリアレインも同じ。
留学生の彼女は他国の公爵令嬢で、彼女もまた自国の王太子の婚約者。何事もなければ彼女も数年後王妃となり、何処かでまた顔を合わせることもあるだろう。
でも……同じ立場の女性が、今同じ場所にいるのはただの偶然ではないのかもしれないとふと気付いた。アリアレインは判っていて、今この時期に我が国にやってきたのかもしれない。
疑い、そうと判らないように顔をしかめたマリアンヌに、アリアレインはさも何でもないことのように告げた。
「ねぇ、マリアンヌ様。私と取引しません?」
「取引?」
「ええ、お互いあんな婚約者を持って、苦労していますでしょう?」
「あんな……?」
「お隠しにならないで。私も同じ立場ですもの、貴女の気持ちは痛いほど判ります」
同じ立場?
それは王太子の婚約者という立場のこと?
何も話せずにいるマリアンヌの緑の眼を覗き込んで、アリアレインはふふっと笑う。
「言ったでしょ、私も同じだと」
挑むようなその言葉にハッとした。
◆◆◆◆◆
公爵令嬢マリアンヌと王太子エドワードの婚約は、政略のために必要なものだった。
しかし、二人の婚約が成立したのは互いが十歳の時。時節を鑑みれば少し遅いもの。一人娘だったマリアンヌに年の離れた弟が生まれ、やっと公爵家の後継の心配がなくなって繋ぐことが出来た縁だった。
マリアンヌが選ばれた理由は公爵家の娘であること以上に、母親の血筋に理由があった。
マリアンヌの母である公爵夫人は、元はアリアレインの国の伯爵令嬢で、留学先で夫である公爵と出会い恋に落ちて、こちらに嫁いできた。母方の実家は建国以来の名門で、何度も王家の子を迎えたことがあり、伯爵家でありながら莫大な資産と高貴な血筋を持っている。そしてマリアンヌの祖父母は娘の嫁ぎ先に対して、多大な便宜を図るような人たちだった。
王家としては、その繋がりが喉から手が出るほど欲しかった。
そのためにマリアンヌを王妃に望んだのだ。
個人の繋がりを国のものにするための政略婚。
それが、それだけが私たちの関係……考えていたマリアンヌをアリアレインの静かな声が現実に引き戻す。
「我が国の王家が私を望んだのは、私の曾祖母が降嫁したこの国の王女だったからです。曾祖母の代の同盟を、私を娶ることで大切にしていると示すための政略婚です」
どちらの国も互いの血筋を自国に混ぜてより強固な繋がりを求めている。
「ですから私考えたんです。同盟の強化になるのなら、私がエドワード殿下に嫁いで、マリアンヌ様がオリバー様に嫁いでも結果は変わらないのではないかと」
「え?」
「私はこのどうしようもない気持ちを抱えたままオリバー様に嫁ぐのがとても辛いの。貴女でも私でもいいのなら、どうか私がエドワード殿下に嫁ぐことを許していただけないかしら?」
美しい青い眼が問う。
それはマリアンヌにとって雷に打たれたような衝撃だった。
◆◆◆◆◆
アリアレインの提案は、驚くほど簡単に受け入れられた。
互いの親、自国の王家に要望を伝えると、それはいい考えだと賛同された。
アリアレインの言うとおり、やはりどちらでも良かったのだ。
それほど二人を取り巻く環境は似ていて……。
<マリアンヌ>と<アリアレイン>を取り替えても何の問題もない。
トントン拍子に話は進み。
あっという間にマリアンヌは、アリアレインの国の王太子オリバーに嫁ぐことが決まり。
アリアレインが、自国の王太子エドワードの婚約者になることが決まった。
◆◆◆◆◆
「あっけないものですわね」
「ええ、私もこんなに上手くいくとは思いませんでした」
互いに高位貴族の娘で、勤勉で、両親に愛されて。
そして、自身ではどうしようもない問題を抱えていた。
こんなにそっくりな自分たちが同じ時代に生まれたのも何かの縁なのだろう。
人の手の届かぬ場所で紡がれる運命という意図を感じながら、二人の出会いの場である学院のカフェテリアでアリアレインと静かにお茶を飲んでいたマリアンヌを乱したのは、元婚約者のエドワードだった。
やってきた王子は、鮮やかな金色の髪を汗で額に貼り付けて、ハアハアと乱れた息を膝に手をついて必死に整えている。
一体どこから走ってきたのだろう?
しばらく何も話せないだろうと判りながら、マリアンヌとアリアレインは即座に席を立って、彼が顔を上げる瞬間に備えた。そうしているうちにエドワードの護衛と側近たちも追いついてきて、少し離れた場所でこちらを窺っている。
息を整えたエドワードが顔を上げた。その瞬間、二人は揃って淑女の礼をとる。
そんなもの構わずにエドワードは、マリアンヌの肩を掴んで無理矢理顔を上げさせた。
「マリー、君との婚約がなくなると父上が……」
「……っ、手をお離しください、王太子殿下」
「そんな呼び方はやめてくれ、いつものようにエドと」
「そうはまいりません。私は異国の王族へ嫁ぐ身、今妙な噂が立っては破談にされてしまいます」
そう言って目配せすれば、距離をとっていたエドワードの護衛たちがこちらに寄ってきた。気付いたエドワードはハッと瞳を瞬かせてからマリアンヌを解放し、何かあればすぐに手の届く距離で立ち止まった護衛の存在に忌々しそうな顔をする。
苛ついたときの親指の爪を噛むような仕草は昔から変わらない。
まるで懐かしいもののように元婚約者の姿を眺めながら、マリアンヌはさてどうやって話をしようかと悩んだ。まさか彼の方からやってくるとは予想していなかったのだ。
黙ったままだったエドワードが顔を上げて、マリアンヌを見る。
「そもそもどうしてこんな話に。君と私の婚約は国のために必要なものだっただろう?」
「私以上に適任の方が現れたのです」
そう言いながら未だ頭を下げたままのアリアレインに視線を移せば、エドワードはやっと彼女を視界に入れた。
「君は、オリバーの……」
「お久しぶりでございます、エドワード王太子殿下。はい、以前殿下が我が国にお越しの際にはオリバー王太子殿下と共にご挨拶させていただきました、アリアレインでございます」
「殿下の新しい婚約者でございますよ」
マリアンヌの言葉が、エドワードを激高させた。
「私は認めない!!」
「殿下、婚約は家と家の約束、個人の感情など考慮されません。ましてや、これは国を繋ぐもの。アリアレイン様は彼の国の公爵令嬢で、降嫁なさった我が国の王女殿下の曾孫でもあります。両国の同盟強化という意味では私より適任です」
「だがっ、彼女は、オリバーの婚約者だったじゃないか!」
以前会ったとき、確かにそう紹介された。
そのときの二人を思い出し、一縷の望みをかけて縋るような目をアリアレインに向ける。しかし、目に入ったのはマリアンヌが浮かべているものと変わらない酷く穏やかな、貴族令嬢の微笑みだった。
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、そちらも恙なく解消されました。我が国も両国がより深く縁を結ぶためには、私よりマリアンヌ様を王妃として迎える方が良いと判断しましたの」
ご理解いただけましたか?
小首を傾げて聞くマリアンヌが、まるで見知らぬ女に思え、エドワードは再び彼女に手を伸ばそうとした。それを護衛がやんわり止める。
幼い頃からの婚約者。
否、婚約者になる前から、彼女とはよく会っていた。
人生で一番付き合いの長い女の子。
エドワードの初恋の相手だ。
愛しい彼女といずれ夫婦となり、将来は国王と王妃となって、二人でこの国の発展に力を尽くすのだと信じて疑わなかった。
なのに、愛しい彼女は何故こんな普通の顔をして、こんな残酷なことを自分に告げるのだろう。
「そんな……君はそれでいいのか?」
エドワードのいう君がどちらか判らなかったマリアンヌとアリアレインは顔を見合わせ、二人で頷き合う。
「殿下、これは私たち二人が決めて提案したことです」
「……は?」
「私たちが、自分で決めて陛下に提案したのです」
益々訳が判らなかった。
婚約者を取り替えるよう彼女たちから提案した?
一体何のために?
だって彼女は……。
「何故、そんなことを。一緒に国を支えようと約束したじゃないか!!」
「はい、この国のため、私なりにより良い選択をしたと自負しております。今後は我が国と嫁ぎ先を結び、二つの国のより良い架け橋となれるよう……」
「違う!! 君は、私を好いてくれていたのではなかったのか!? 私たちは想い合っていたじゃないか!!」
エドワードの訴えに、マリアンヌは不敬にもはっきりと顔を歪めた。
「……何をおっしゃっているのか判りません」
「何?」
「確かに私は幼き日より殿下をお慕いしていましたが、……殿下は私を疎んでいらっしゃったではないですか」
「……え?」
「殿下はアンナ嬢を愛していらっしゃるのでしょう?」
「馬鹿な!!」
マリアンヌの話の意図は判らなくてもそれだけは力を込めて否定した。
子爵令嬢のアンナはエドワードが会長を務める生徒会の役員の一人で、子爵位でありながら、並み居る高位貴族の令息・令嬢を抜いて優秀な成績を収めている。
それに目をつけて将来の側近候補の一人として、エドワード自らが役員に抜擢した。
下位貴族の、しかも女子の異例の抜擢に、学院で心ない噂が囁かれていることも知っている。身分によって身につけるマナーの差異が<誤解>を生んだのだろう。
しかし、そういった誤解もこの先の功績で帳消しに出来ると思っていた。
彼女を選んだことこそ、純粋な政略的判断の結果。
<愛>などあり得ない。
「彼女は友人だと何度も言ったじゃないか。どうして信じてくれないんだ!! そんなに私を信用出来ないのか!!」
「はい」
事もなげに肯定されて、一瞬息が止まる。
「殿下は私の話は聞いてくださいませんでした。それなのに私には自分を信じろとおっしゃるのですか?」
「君の、話?」
「私は何度も申し上げました。どうかあの方と距離を置いて欲しいと」
「だからあれはっ、同じ生徒会役員だからっ……それを、君が嫉妬で。まさか、今度のこともそんな、くだらない」
「くだらない……殿下にとってはそうなのでしょうね。ええ、私はアンナ嬢に嫉妬しました」
「マリーっ」
「貴方のことが誰より好きだから、嫉妬して、あの女を憎みました。私ではない女が、貴方のそばで親しげに楽しげに過ごすなんて嫌ですと何度も申し上げました」
「マリー……」
「私は貴方が好きだから頑張った。貴方を支えるために必死に学んだ。でも、貴方は私ではない女ばかり気遣って、挙げ句の果てに言う科白が、友人に嫉妬するなんて醜い? こんな私は王妃に相応しくない?
好きな方の隣を我が物顔で占拠する毒婦を許す心など私は持てません。そうすることが王妃に求められるなら、なるほど私は王妃には相応しくないのでしょうね」
自分で言って納得するマリアンヌの緑の目が真っ直ぐエドワードを射貫く。
やがてその目が嘲るように細められた。
「しかし殿下はきっと、同じことを私がしても嫉妬することなく、友人と楽しそうにしているのだと笑って許してくれるのでしょう、あれ程はっきりおっしゃったのですから……。
貴方に出来るのだとしても、私には異性と親しくする好きな方を心穏やかに見守るなど無理です。嫉妬はとめられません。ですから、婚約者の座を辞退することにしたのです」
「そんな……」
マリアンヌが自分に対してそんな激情を宿しているなんて知らなかった。
知らなかったから……、政治的配慮であろうアンナとの距離感への苦言を鬱陶しいと思った。
こちらは将来を見据えてアンナをそばに置いているのに、くだらない噂に惑わされて嫉妬心を露わにするなんて恥ずかしい……とマリアンヌに対する愚痴を側近たちに零してしまった。
そしたら、私情に走るマリアンヌは危険だと言われ。
だから呼び出して、告げた。
『何度も言うがアンナは私の大切な友人だ。これ以上くだらない噂を信じて私を疑い、醜い嫉妬を晒すなら、そもそもの私たちの関係から考え直す必要が出てくる』……と。
あからさまな失望を告げたらマリアンヌは真っ青になっていた。それからは苦言もなくなり、ちゃんと判ってくれたのだと思っていたのに……。
こんなことになるなんて思ってなかった。
「すまなかった、マリー、でも本当にアンナとは何でもないんだ。距離が近かったのも、本当に何も意識していなかったからで……噂のようなことは何も」
「まあ噂もご存じの上で……随分迂闊ですのね」
溜息交じりの冷めたアリアレインの言葉に、ビクリとエドワードの肩が跳ねる。
「まあ、私は構いません。その女と殿下にどんな感情があろうとなかろうと一切気にしませんわ。お望み通り、王としての体面が保てるようこちらで差配して、おそばにいられるようにして差し上げます」
「君には関係な……」
「ありますわよ。私が貴方の妻に、王妃になるのですから」
強い青い目は何があろうとその事実が揺らがないことを訴えていた。
◆◆◆◆◆
覆らぬ絶望を前に、まだ言い訳を続ける王太子の醜態を見かねた護衛や側近に連れて行かれれるエドワードに、マリアンヌは、声ならぬ言葉でさよならと呟く。
アリアレインだけが労るような視線を向けてきた。
その青い目を見つめて、思い返す。
彼女から取引を持ちかけられた日。
アリアレインもまた、失えない情熱に失くせない執着に塗れた言葉を涙と共に零した。
『私はオリバー様が好き。幼い頃から、ずっと彼だけを想ってきた。彼の隣に並び立つためならどんな辛い勉強も頑張れた。
でも、彼はあの女に出会って変わった。あの女のことばかり気にかけて……私がどんなに必死に、やめて欲しいといっても、ただ友人なのに、嫉妬は醜いと私を非難する。どう見ても彼女はオリバー様をそういう目で見てるのに……誰も信じてくれない。あげくに兄様まで、ただの友人にまで嫉妬するなんてこれじゃあ先が思いやられるなんて、おっしゃる。
私が間違っているの? 好きな人のそばにそんな女がいて欲しくないと思うのは私が悪いの? たとえ最初はそんなつもりなくても、毎日あの近さでずっと一緒にいて、あの女になびかないと誰が保証してくれるの?
私は彼が好き。でも、あの女を気遣うあの方のそばにいるのはもう無理。辛くて辛くてこんな日々がこの先も続くなんて耐えられない』
彼のことが好きだからっ……そう言って泣きじゃくるアリアレインの言葉は鋭い刃のようにマリアンヌの胸に刺さった。
全く同じものをマリアンヌも持っている。
小動物のようなフリをして、マリアンヌの視線が怖いとエドワードの後ろに隠れるアンナの顔がどんなに醜いか、背を向けている彼らは気付かない。
気付いてと叫ぶ声も彼は無視する。
やがて流れ始めた、エドワードの秘密の恋の噂。
何度諫めても、彼はすべてマリアンヌの嫉妬故と取り合わず、変わらずアンナをそばに置く。寧ろ、心ない噂に傷つく彼女を慰め庇うために、それまで以上に親身になって……それが更に噂を助長するのだと言っても、聞き入れてくれない。
貴方が好きだから何度も何度も忠告した。
判って欲しくて訴えるマリアンヌは、エドワードの側近たちにまで、女の情念丸出しの心の狭い令嬢と蔑まれた。それを見つけた誰かが、また噂をばらまく。
『婚約者があれでは、殿下が余所に安らぎを求めるのは仕方ない』
心ない噂に傷つくのはマリアンヌも同じなのに……誰も彼女に寄り添わない。
向けられるのは、みっともなく縋りつくことへの非難だけ。
嫉妬してはいけないの?
こんなに彼を想っているのに?
毅然としていればいいと誰かが言う。
正式な婚約者は、未来の王妃は、マリアンヌなのだから何も心配はいらないと。
……そうではない。
マリアンヌはエドワードが好きなのだ。
だから彼の心が揺らぐのが怖い。
彼に距離を置かれたら淋しい。
<王太子>という器ではなく、エドワードを想うから。
彼からも同じように器ではなく、マリアンヌとして想われたいから、……辛い。
誰か教えて。
好きな人を失わない方法を。
いいえ、好きな人が奪われそうになっても平然としている方法を。
誰か教えて!!
応えてくれたのが、アリアレインだった。
どんなに蔑ろにされても。
たとえ彼が別人を想っても。
この恋心は捨てられない。
あの人が愛しい。
でも、その気持ちを現すなとみんなが言う。
なら、もう無理よ……。
同じ気持ちを二人が持っていた。
この気持ちを抱えたまま彼の隣にいることは切なくて苦しい。今この一時を飲み込み乗り越えても、彼らは何度も同じことを繰り返すかもしれない。そしたら、私たちは何度でも傷つく。
そのうち心が粉々になって、冷静な判断も出来なくなるかもしれない。
そんな弱い心で王妃など務められる?
無理だと悟ったから、マリアンヌとアリアレインは立場を交換した。
新しい婚約者に彼女たちは何の感情も抱いていない。
この先は判らないが、今は彼らがどうしようと冷静に対処出来ると断言出来る。
オリバーが親しくしていて、アリアレインの心を乱す女をそばに迎えたいと言われても、マリアンヌなら毅然と正しい対処をすることが出来るだろう。
所詮これは政略婚。
王と王妃が想い合う必要など無い。
粗末に扱われることさえなければ、ひたすらに国のために尽くすことも嫌だとは思わない。そもそもそのために必死に励んできたのだ。
恋した人のためだったことが、嫁ぐ国のために変わるだけ。寧ろ王妃としてはそちらの方が健全で望まれるものだろう。
相手が恋しい貴方でないなら、子を産みたいとも思わない。
それが原因で王に顧みられない王妃、お飾りの妻と嘲笑されても、多分平気だ。
恋しい相手だから、辛い。
恋しい相手だから、傷つく。
彼でなければ、私は傷つかない。
マリアンヌもアリアレインも気付いてしまった。
恋した人から離れてしまえば、私はもうこれ以上傷つかない。
せめて、立派な王妃になりましょう……と、居場所を交換した少女たちは淋しく微笑んだ。
読んで頂きありがとうございました。
アリアレインのところも事情はほぼ同じ。話し合わずにいたら、勝手に婚約者変更になって、今更慌ててる感じです。
誤字報告ありがとうございます。