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005 霊術師【弐】

「なんだお前ら。随分ジャンクな朝飯食ってるのう」


 事務所で朝食を摂っていると六道が現れる。事務所の隣が六道の自室だった。テーブルの上にはハンバーガーとポテト、そしてチキンナゲットが並べられている。六道はそれらを一瞥してから、ミニキッチンの横に据えられた小さな冷蔵庫を開いて、パック牛乳とバナナを取り出した。随分と健康的な朝食だ。


「フリーランスは身体が資本だ。雑な食事してると、あとで痛い目見るで」

「ふん。こっちは久しぶりの食事なの。美味しいもの優先だわ。……それにしても美味しいね、コレ」


 ミカゲは、はしたなくも大口を開けてハンバーガーをむしゃむしゃと食していく。聞けば初めて食べるのだという。え? 沙門にとってはハンバーガーなんて生まれて時からあるものだから、一瞬呆ける。


「フリーランスってなんですか?」

「ん? 言葉ぐらい聞いたことあるだろ。……そういえばお前さんはサラリーマンだったな」


 六道はどかっと、沙門の隣に座った。バナナを囓り、それを牛乳で押し込む。


「まあざっと言えば、サラリーマンは会社が仕事を用意してくれる。お給金もくれる。休日もある。その代わり、会社の言うことは聞かないとならん。そうだな?」

「そう、ですね」

「フリーランスは、仕事は自分で探す。お給金は無い。仕事をして報酬を貰う必要がある。休日は、まあ休んでもいいが、その分実入りは減る」


 そう聞くと、フリーランスのメリットは無い様に聞こえる。それを六道は鼻で笑ってから続ける。


「その代わり、誰かの命令を聞く必要は無い。全部自分で決めていい。イヤな仕事はしなくていいし、気に入らない人間と付き合う必要も無い。それがフリーランスってやつさ」

「気に入らない人間……」


 沙門の脳裏にぼんやりと怒り狂った上司の表情が浮かび上がる。ああ、それは良いな……会いたくない人間と会わなくて良いのなら、どれだけ心が平穏でいられるか……。


「まあ霊術師は基本、そう大人数でつるむような仕事じゃないからな。基本フリーランス。個人事業主さ」

「ちょっと、あんまり調子の良いことばっかり言わないでよ」


 気持ち良く演説している六道に、ミカゲが釘を刺してくる。ハンバーガーは食べ終わり、今はリスの様にフライドポテトを食べている。


「なんだよ? コイツに霊術師になって欲しいんじゃないのかよ」


 六道はニヤニヤと沙門の肩に手を回してくる。ささやかな朝食は終わり、バナナの皮と牛乳の空パックをゴミ箱に投げ捨てる。


「適性あるからお似合いだとは思うけど、騙してやらせるのは本意じゃない」

「え? オレ嘘ついてる?」

「そういうこと言うから詐欺師と間違われるのよ。フリーランスって聞こえはいいけど、仕事なかったら無職同然じゃない」


 溜息をついてミカゲが沙門を見つめる。


「サラリーマンは勤めていれば社内無職でも給料出るけど、フリーランスは収入は自分次第だからね。仕事が無ければ実入りもゼロ」

「……そうなんだ」


 沙門の顔に不安の影がよぎる。なるほど、そう虫のいい話ばかりではない。


「ま、安心しろ」


 ぐいっと。ミカゲに向きかけた顔を、六道が呼び戻す。


「そうならない様に、オレがレクチャーしてやるって話だ。霊術師としての稼ぎ方、教えてやるよ」


 あまりに爽やかな笑顔に、沙門はどうしようもない胡散臭さを感じた。だが今更会社には戻れない。ポケットの中で電源の切れたスマホをぎゅっと握り締める。


「よろしくお願いします!」

「うむ、まかせろ」


 そう言って意気揚々と高下駄を鳴らす六道を先頭に、沙門とミカゲは事務所を後にした。




  —— ※ —— ※ ——




 ぴんぽーん。


『……はい、どちら様?』

「ちわーす。ミク二・クリーンサービスでーす」

『え、クリーンサービス……? クリーニング屋さん?』

「いえいえ。幽霊とか怨霊とかを綺麗さっぱりお祓いする仕事やっておりまして、見たところお宅に良くない怨念が溜まっているのが見えましたのでね。こうしてお声がけさせてもらったんですが」

『間に合ってます(がちゃり)』



 ぴんぽーん。



『……はい』

「どもー。私、ミク二・クリーンサービスの」

『何? 用件だけ言ってよ。忙しいんだから!』

「お宅に良くない怨念が」

『ち、宗教かよ。死ね(がちゃり)』



 ぴんぽーん。


 ぴんぽーん。


 ぴんぽーん。


「……」









 気がつけば。


 日が傾き始めていた。追善市の郊外。整然と並んだ住宅地の屋根を、赤い光が染め始めている。時間は……午後四時。冬のこの時期は日が傾くのも早い。油断しているとあっという間に夜になってしまうだろう。


 沙門とミカゲは疲れ果てていた。ぽっかりと半開きになった口、それを隠そうともしない。朝からずっとこうやって一軒一軒営業して回っている。それ自体は、まあ良い。問題は、その応答の様子を聞いているだけで、精神的に疲れるのだ。沙門は痛感した。人の話を聞いてもらえないという、ただそれだけのことがこれほどメンタルにくるとは。しかも自身がやっているのでは無い。それを横で聞いているだけで、心にくる。


「なんだお前ら、まだ百軒も巡ってないじゃないか」

「ごめん。今、初めてあんたのことを尊敬したわ……」


 目の下に隈ができた様な表情でミカゲが呟く。対して六道は平然としている。その顔には営業スマイルがずっと貼り付いている。微動だにしない。鋼のメンタルだった。


「……これ続けて、本当に仕事になるんですか?」


 すっかり自信喪失した沙門が、ぼそぼそと言う。


「もちろんだ。視えてるだろ、お前にも」

「はい……」


 そう言って、沙門は改めて周囲を見回す。少し力を込めると「それ」は視えてくる。あの追善駅で視た赤い空気の渦。それには遠く及ばないものの、その赤い空気が立ち上っている住宅がぽつぽつと散在している。赤い空気は怨念の存在する証拠でもある。


「怨念が溜まっている所が視えるんなら、あとは簡単だ。怨念のあるところにトラブルあり。それを祓ってやればいい」

「……はい」


 簡単な話のはずなのに、今日一日回って玄関のドアさえ一軒も開けてもらってないのですが……。すっかり心の折れそうな沙門だった。


「これだけ飯の種が落ちてるんだぜー。ぼろい商売だと思うけどなー」


 六道だけは一人元気で、また一軒、インターホンを鳴らした。



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