瞳を隠したヒーロー
彼の元に電報が届いていることをを知っている。内容は分からないけど、絶えず難しい顔で向き合っていたから、おそらく状況が悪いものだと見えた。仕事の話は語らないけど、きっと彼はそろそろ決心をするだろう。
聞こえるように足音を鳴らして部屋の前へ行き、ノックをする。扉を開けたら彼が着替えをしている最中だった。私を見てもそんなに驚いたりもしない。
「遅れない?」
「ああ、今行く」
部屋の窓は開けられていてカーテンが揺れていた。そこからいつも彼がエシュ城を眺めているのを知っていた。だから私は何も言わないでおいた。
子供達の朝食を並べていると二階から大人気者が降りてくる。子供達はキッチンもリビングも離れてすぐに階段へと走って向かった。
「父さん! これやって!」
「やってやって!!」
七歳のリョーヤ。六歳のルミナ。後から二歳のロタも急いでふたりを追いかけた。
リョーヤが持って行ったのはドロップサングラス。リョーヤの誕生日祝いに彼の愉快なご友人から頂いたもの。子供がかけるにはだいぶ大人びている。だけどそれを彼がかける姿が気に入ったらしい。
「こーら、たかるな。朝食ぐらい食べさせなー?」そう叱ってくれるのはアミンだ。アミンはもう十三歳で頼れるお嬢さんになった。
「だってヒーローやって欲しいんだもん!」
「ヒーローやってやって!」
下の子達は聞かない。アミンが自主的に料理皿を運びながら悪態をついている。
キッチンにやってきた彼は私に朝のキスをした。
「これから出るよ」
短く告げると下の子達に裾を引かれて行く。
どうやら朝食は食べないみたい。何か急ぎの仕事が舞い込んだのかもしれない。詮索はやめておいて私は彼を見納めておくことにした。サングラスをかけると口角をキュッと上げて爽やかに彼が笑っている。
湧き上がる三人を彼はひとくくりに抱きしめた。ルミナがロタのよだれが付くと嫌がっていたけど、彼は放そうとはしなかった。優しい声を子供達に聞かせている。
「ヒーローみたい?」
「うん! みんなの平和を守ってくれる!」
「……じゃあ、お母さんのヒーローは?」
抱擁が解かれると一斉に私の方に向く。
「僕!」「私!」「ろあ!」と、三つの可愛い手が上げられた。その後ろでヒーロー隊長の彼が満足そうに口元で笑っている。するとリョーヤが彼を振り向く。
「だから父さんは安心してヒーロー業やってて良いよ」
その途端、私と彼が同時に吹き出していた。ヒーロー業という言葉が面白くって私の方は笑っていた。きっと彼も同じだと思う。「なんだそれ」とアミンは呆れていた。
そんな日常が、私も彼も愛おしいに決まっていた。
今日は雨が降りそうだ。午前の時点で分厚い雲に空が覆われている。
「毎回すごく人気者ね。正義のヒーローさん」
玄関扉の前で最後のお別れを。笑顔を作る彼の仮面……そのサングラスを私が外したら、すぐに彼は笑顔を仕舞って冷ややかな表情になった。
「こっちの方が格好良いのに」
冷酷な瞳は相変わらず。だけどほんのり優しくなった気がする。それとも私や家族だけには、彼の内にある暖かい部分が見えているからなのか。
「綺麗……」
見惚れていると彼が近づいてキスをする。長く長くキスをするのは別れを連想させてしまう。もう二度と帰ってこないかもしれないと思うと、気を張っていても寂しくて彼の裾を掴んでいた。
唇が離れるのも惜しくなり、本当に最後に私から短くキスを送る。彼はわずかに微笑を見せてくれたけど、またすぐに真面目な顔に戻った。
「すぐ戻るよ」
「うん。ずっと待ってる」
彼が私を抱きしめてくれようとした時、後ろで扉が勢いよく開く。私たちが長くここに留まっているから子供達が飛び出して来た。
「ああ! ヒーローしてない!!」
短く彼が「あっ」と、声を出していた。バレてしまった、とでも言った感じに。慌ててサングラスをかけると子供達も満足してくれたみたい。でも、私が好きな彼の瞳はしばらくお預けか。
「行ってらっしゃ〜い!!」
彼は出かけて行った。爽やかな笑顔を見せて、子供達にも私にも大きく手を振って行った。
いつかまた。彼が帰ってくる場所がここであり、その時も大きな幸せが彼を待っているように。私はこの家で子供達と一緒に過ごしていく。
(((これにて完結です。
(((最後まで読んでいただいてありがとうございました。
この小説に登場したマーカス・トワイラーンは、現在連載している長編小説『閉架な君はアルゼレアという』にもキーキャラクターとして登場します。是非、長編小説も覗いてみてください。
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