episode 3
『あなたが、琴葉ちゃん?朔羅から聞いているわ。とても賢くて立派なお嬢さんだって。』
彼女の母に初めて会ったのは、小学校の三者面談の日――
その出会いこそが、私の運命を大きく狂わせていく。
「初めまして。萩琴葉です。
朔羅さんとは仲良くさせていただいています。」
私は、いつものように“優等生の仮面”をかぶって、彼女の母親に丁寧に応えた。
『……合格ね。』
何を意味するのか、正直その言葉の真意は聞き取れなかった。
それでも、私は表情を崩さなかった。
『……琴葉ちゃん、これからも朔羅と仲良くしてほしいの。
朔羅のお友達は、自分の娘のようだわ。
こんなこと言ったら、親御さんに怒られてしまうかしら。』
彼女の母親は、困ったように笑いながら、ほんの少し眉を下げた。
――この人が、“私の欲しかった母親”になってくれるというの?
正直、半信半疑だった。
…だけど、信じてしまった。
それからというもの、彼女の母親は、私に妙なことを頼むようになった。
最初のうちは、
「朔羅からの相談事は全部報告してね」
「学校で何をしているか教えて」
そんな日常の些細なことだった。
――いい母親なんだろうな。私は、そう思い込もうとした。
だけどある日を境に、言葉は次第におかしくなっていった。
「朔羅を悲しませて、そのあと依存させなさい。孤立させて、怪我をさせなさい――」
「訳のわからない男とは別れさせて」
「いじめて」
「壊して」
私は必死だった。
朔羅の母親は、私を“愛して”くれていたから。
あたたかいご飯。
優しく呼ぶ名前。
家族のように三人で囲んだ夕食。
――たとえそれらすべてが、偽りでできていたとしても。
私にとっては、“三人で食べた夕ご飯”は一生心に残り続ける。
…だけど、最後のお願いは――
『琴葉ちゃん。……朔羅、壊れてしまったみたいだから――線路に捨てましょう。』
いつも並んで食べていたダイニングテーブルが、氷のように冷たく感じた。
『……お、おばさま?』
私は、初めて“聞き返す”という小さな反抗を見せた。
『琴葉ちゃんまで、壊れて……ないわよね? 明日、よろしくね。』
朔羅の母親は、私の手を優しく握り、にっこりと微笑んだ。
私の心が冷えていくのを感じた時には、もう遅かった。
――キャァッ!
すべてが、終わっていた。
頬をつたう涙の温度だけが、現実を物語っていた。




