琴葉
目の前にはいまにも泣きそうな彼女が立っている。
今までのウソの表情とは違う。
…
彼女がどんな人間だったのか靄がかかって何も思い出せない。
東西線、聖プリシンブル学院駅の2番線ホーム
私と彼女は帰りがかなり遅くなり、19時50分発が発車後に駅に着いた。
「間に合わなかったね。次20時00分だって。」
私は彼女の顔を見ることができずに声を発した後…
母に連絡を入れるため、右手に持っていたスマートフォンを操作しようと視線を落とした。
…。
視線を感じて顔をあげると、彼女が泣きそうな表情でこちらを見ていた。
目が合った瞬間、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。
「…え。」
なぜ彼女が泣いているのか私にはわからない。
理由を聞いても確信には迫れないだろう。
けれど、このまま家に真っ直ぐ帰るのは違う気がした。
母には彼女と食事をして帰ると連絡した。
すぐ既読がつき、『彼女となら安心だわ。』と返信が来た。
「そこに座ろう。お母さんには連絡したから安心して。」
泣いている彼女を責める気持ちにも、無視する気持ちにもなれなかった。
私はいつから彼女と私が監視し、監視される側になったのか見当がつかなくなるぐらい月日が経ちすぎていた。
「……朔羅。たくさん苦しめてきたよね。…って、簡単に片付けられるわけないか。」
溜めていた涙を頬にこぼしながら彼女が話し始めた。
「……こ、琴葉。」
小学5年生の時から関係が拗れ、名前を呼ぶこともなくなっていた。
萩 琴葉。
私の人生で初めてできた友人だった。
聖プリンシブル学院大学初等部で出会い、はじめに声をかけてくれた。
そんな彼女とは、10年前、私が適応障害と医師から診断されたときから関係が拗れた。
「……朔羅。久しぶりに朔羅の口から私の名前を聞いた気がする。」
無理に目を細め微笑む彼女は悲しそうに見えた。
…記憶の奥に思い出していた。
小学校の授業参観。
両親が来ることを楽しみに待つ子供が多い中、彼女は1人暗い表情をしていた。
私が尋ねると両親が仕事で忙しく来れないと言っていた。
小学一年生の時から彼女の両親とは会ったことがない。
有名企業の社長さんだったと記憶しているが、彼女が両親の話をすることはなく、お手伝いさんが家に来て、ご飯などの世話をしてくれるからいいのだ、自分は寂しくないのだと言っていた。
…嘘だ。
自分では気づいてないだろうが、彼女が嘘をつく時、微笑んだその後表情が消える。
あの時も今も表情が消えていた。
「……嘘ついてるでしょ。」
彼女とは嫌というほど一緒にいた。
だから手に取るように彼女のことは分かった。
「……。…ちが…。
朔羅には隠し事なんてやっぱり無理だよね。」




