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潭月 -たんげつ-  作者: 雨夜柊佳
夢見草
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陰湿ないじめ



彼女が目の前で泣き始めて私は呆気に取られていると彼女の横から数回しか会話をしたことのない知人が私と彼女の間に割ってきた。




「ねえ。友達泣かして楽しい?」




私はその問いかけの意図が一瞬意味がわからなかった。


この状況にオーバーヒートを起こしたかのように思考が停止してしまった。


…この世の中に友人を泣かせて楽しい人間など存在するのだろうか。


いるはずないと結論を出そうとしたが、目の前にいた。


友人である私をいじめ、苦しめた人間。


そして偽善者のふりをする人間が。


だが生憎私はそんな人間ではない。


と、10秒たらずで思考を駆け巡らせ首を振った。


そんな私を見た知人は、つまらなさそうに睨む。

まるで私が悪女であるかのように。









そして続けて口を開いた。






「けど、友達の好きな人を奪った事には変わりがないよ。」






その言葉で、たくさんの情報があったはずなのに一括削除をされた様に頭が真っ白になった。



そして、電波の悪い携帯電話のように思考が止まる。



知人らは、そんな様子に気がついていないのか放心した私の肩を揺らす。



すると、先程まで言葉の刃を突きつけていた知人が石ころを投げるかのように私を思い切り突き飛ばした。




その瞬間、泣いていたはずの彼女が私に向けたのは、気持ちが悪いほどの笑顔だった。



"痛い"よりも頭に浮かぶのは、"苦しい"だった。




ボロボロになった液晶画面様に私の心にはまた裏切られたという事実が残る。





「立ち上がりなよ。大袈裟でしょ。」





先ほど思い切り突き飛ばした知人は典型的ないじめっ子が口にするであろう言葉を紡いだ。


私を見おろす視線は嬉々としている。


立ちあがろうとしても痛くて苦しくて足に力が入らない。






「ねえ。もうやめてあげて。」


彼女が静かに声を上げた。





何回目だろうか。


彼女自ら描いたストーリーの悲劇のヒロインを演じ私が彼女のシナリオで悪女となるエンディング。








そして母親の冷たい目線…はもうどうだっていい。

何度だって舞台で悪女を演じ切って見せた。

信用されない、嫌われ者の悪女。

母親から手を焼かれる悪女。

純白な精神を持つヒロインを虐める悪女。




今回も心優しいヒロインが悪女に向かって手を差し伸べ、悪女は手をとりそして反省するストーリー。


いつだってヒロインは彼女。





彼女が手を差し出した。


無力な手に力を入れるには少し時間がかかった。


手を差し出し物語のエンディングを迎えようとした時、本のページは切り取られ新しい書き手によって修正された。







颯爽と現れて立ち上がれない私の横に跪いたことを理解した時には、花の香りに包まれ、体が宙に浮いていた。





私が状況を把握するよりも知人たちが騒ぎ立てる方が早かった。






『なんで医学部の王子が』

『あの4年の』

『五十嶺 朔くん?』

『え?あれ、お姫様抱っこじゃない?』



次々と知人らの声により、フリーズした携帯電話に与えられたのは、昨日の彼の情報だった。





「ねぇ。」




つっかえた喉からでた蚊の鳴くような声。

それは思ったよりも小さく彼の耳へ届いたかすら分からなかった。

 



周りの視線は今の私には辛かった。




注目。



それは今までずっと悪い事だったから。

彼に抱き抱えられ進む大学の構内。

頭には先ほどの事。







「うちの大学さ。一応優れた4つの学校と言われているけど、内部ではこんな子供じみた陰湿ないじめがあるなんて外部の人達は思わないだろうね。」





彼は控えめな声で言い終える頃には教室からかなり遠ざかっていた。





APRIL。




本来なら4月を意味するこの言葉。


そこに、この国のお偉いさんは4つの優れた大学の頭文字を当てはめた。




A安福大学

私が通っている

P聖プリンシブル学院

RI李寛寺大学

L瑠呂亜大学。

この4つが日本で最も優れた大学と言われている。


「ありがとう」



今度は聞こえるくらいの声を出した。


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