過去の記憶
「あなたは出来る子なの。」
この一言は幼い頃から母親に言い聞かされてきた。
この一言を聞くと、自分という存在が否定されたように思う。
言葉には、そのままの意味だけではなく真逆の意味もあるということを小学五年生の時の担任のマツダ先生が言っていた。
私は母親の言うできる子なんかではない。
マツダ先生が言っていた真逆の「できない子」の方に近い。勉強もそこそこで私は母の望む完璧な人間ではない。けど、母の言葉に飲まれ母の望む子供にならなければと足掻いてきた。
そんな私も生を受けて二十一年をむかえ、“あの日”から十年が経った。十年と聞くとあっという間だ。だが、当事者でもある私はその時の記憶が時折フラッシュバックして、洗脳のような苦すぎる日々が昨日の事のように思い出してしまう。そう今のように。
母は血走った眼で私の瞳を捉え、震える手を私の両肩に置き強い力で掴んだ。
「朔羅は普通なの。病気じゃないのよ。だからコレは必要じゃないのよ。」
母は、幼い私に言い聞かせた。その声は怒りに満ちていて同時に落胆しているようだった。母は私の両肩から手を離し、机にあるソレを手に持ち捨てた。
カサッという捨てられる音が耳にこびりついた。カーテンの隙間からこぼれる月の光に照らされた母の顔に浮かんでいるのは怪しい笑みだった。
「夢・・・・。」
ベッドの上、目を閉じたまま顔を手で覆い心を落ちつかせる。
もし、あの頃にもう一度戻って何もできない自分に嫌気が差す程の思いを経験したくは無い。
それぐらい小学生が抱えるにはつらすぎる記憶。
それぐらい痛々しい夢だった。大丈夫と自分で自分に言い聞かせる。とは言え、今でも無力でどうしようもないくらいだが。ただ自分の身体と心だけが成長して母や周りは十年前に取り残されたようだ。
顔を覆っていた手と手の間から目を開くと、カーテンの隙間から光が漏れていて朝であることに気づいた。視線をすぐ横のベッドサイドに移すとデジタル時計の赤いランプは七時を示していた。重たい体を起こし、頭を覚ますためにスマホを手に取った少し後に部屋の扉が開く音がした。
「起きてたの。朝ご飯出来てるわ。」
「分かった。すぐ行くね。」
私は無理に笑顔を作り母と目を合わせた。母が微笑み目を合わせ私の顔を確認し、扉を閉じた。その直後、階段の降りて行く音がした。