さよなら田中くん、ようこそ中田くん
今日もチャイムの音が鳴る。
その音と同時に教室に入ってきた担任の横には、初めて見る顔の生徒が立っていた。
「初めまして、今日からこの学校に転校してきました中田です。みんなと早く仲良くなりたいです」
不安と期待が入り混じった声が教室に鳴り渡る。
それと同時にクラス中からは拍手の音が鳴り響く。
「よろしくー!」
「中田くんよろしくね」
「仲良くしよう!」
それらの声を聴いて彼は安堵の表情をみせた。
「それじゃあ中田くんは…あそこの空いてる席に座ってくれ」
担任が指示した席に足を運び席に着く。
その机には「田中」と名前が記されていた、どうやら以前使っていた生徒の名前のようだ。
「田中君の席を今度は中田君が使ってる!」
生徒達からは笑い声が溢れだした、それにつられて中田も笑みを見せる。
「みんな静かに。それじゃあ早速授業始めるぞー、今日は教科書の54ページからだ」
「「「はーい」」」
それからは普通に学校生活が始まった。
授業を受け終われば休み時間。
給食を食べた後はまた授業、その後掃除をして下校。
「先生さようならー」
「さよならー」
「みんなちゃんと家でも勉強しろよ」
なんら変わりのない当たり前の光景だ。
1人教室に残り虚ろな目で佇んでいる中田を除いては。
今日1日で彼の服は泥だらけになった
彼のランドセルは切り傷でボロボロになった
彼のノートや教科書は破れて読めなくなった
彼の身体はアザだらけになった
彼の持つ希望というものはすでに無くなっていた
学力低下、学級崩壊、モンスターペアレントの増加。
それらに対して教育委員会は対策となる制度を設けた。
それが「スケープゴート制度」である。
この制度はクラスのある1人の生徒をいじめの対象とし残りの生徒の団結力、ストレスの捌け口とする事で学業への意欲を上げようとする制度である。
例えばこのクラスには彼を含めて30人の生徒がいる。
そこに29人と担任の共通の敵として1人の生徒を用意する事により彼らには仲間意識が生まれ、尚且つそれ以外のいじめは起こらなくなる。
つまりはたった1人を犠牲にする事により他の生徒と担任、学校には利点が生まれるのだ。
実際にこの制度により前述した問題は減少の一途を辿っている。
「中田くん、また明日も学校に来るんだぞ?」
「前まで居た田中は1ヶ月で来なくなったからな」
「ちゃんと来るんだぞ?な?」
「このクラスにはお前が必要なんだから」
「改めてようこそ、中田くん」
この制度は今も日本の様々な学校で行われている。
そして今も中田君の代わりとなる生徒が生まれている。
ただ残念ながら、
その当事者達はその制度を行なっている事には気付いていない。