8月8日 握手
試合終了の瞬間、俺はベンチから起き上がれなくなったあの日のことを思い出していた。白峰工業高校のバッテリー、武田と梅澤が抱き合っていた。俺は目から溢れんばかりの涙がこぼれ落ち、目の前が見えなくなっていた。整列だけはと、佐藤と直江の肩をかりながらバッターボックスサークルまで足を運んだ。
挨拶が終わって、白峰工業高校の校歌が流れると、園山や高橋たちも泣き出していた。結果だけ見れば、ベスト4で過去最高の成績。監督や保護者も俺たちがここまでやれるなんて誰も思っていなかった。それなのに、俺は悔しくて悔しくて仕方がない。おそらく、この涙は負けた悔しさというより、もうこの仲間と野球ができない悔しさなんだろうと今なら思えた。
校歌が終わり、俺たちはベンチから引き上げるはずだったが、誰も帰る準備ができなかった。監督と2年生中心に片づけが行われていた。俺は、帽子を斜めにかぶり、目の前が何も見えないようにした。俺の荷物は、直江が持ってくれて、ベンチから引き上げた。ベンチから引き上げた俺たちは、野球用具のバットやヘルメットとともに野球場の外の日陰へと連れて行かれて休憩時間へと入っていた。
俺は、泣き疲れて帽子を上げて目の前を流れる川を見ていた。全く、キャプテンの機能を果たしてない俺は、ただのロボットみたいだった。園山や高橋たちも少しずつ感情を抑えられるようになってきた頃に、白峰工業高校の選手が歩いてきた。ずっと見つめていると、俺たちの方へと向かっていく。帽子を上げながら歩いてくるのは、丹生だった。そのまま、俺の近くまできて握手を求めてきた。
丹生は、"お疲れ様。お前と勝負したかったよ"と告げながら俺とハグして俺のところから去っていった。あの日の丹生は、これまでで一番カッコよく優しかった。普段は、クールであんなことをするやつじゃなかった。でも、そんなことをしてくれるアイツに出会えたのは嬉しかった。
俺たちに勝った白峰工業高校は、決勝で道和高校との対戦になった。丹生は、試合に出ることなく2対8で道和高校に敗れてしまった。テレビから丹生の泣く姿を見ることになった。勝った道和高校は、5年ぶりの甲子園となり、明後日から大会に出場する。俺の野球人生は一度閉じることにしたが、チョクチョク練習には参加することにした。後輩の直江や高和たちの成長を別の角度から見守ってほしいことを監督から伝えられた。