White lover 2
数秒の沈黙が流れる。
――――♪
そのタイミングで雰囲気をぶち壊す様に軽快な着信音が鳴った。
「――――ひゃ、はい。ともえです⁉︎」
鳴ったのは彼女の携帯だ。内ポケットにしまった携帯を慌ただしく取り出し、噛みながらそう答えた。
「……はい、欲鬼の件は終わりました。……あの、今回の欲鬼の件なんですけど、紫影の応援は…あ、はい」
ともえと名乗った彼女は司の方を見ながら、口籠る様に通話相手に何かを訪ねた。
「……えっ⁉︎じゃあ、誰も?…あの、癒月司って名前の男の子が凶界に居るんですけど…」
二度見と言わず三度、四度と司を見返す。
「…はい、一度代わります」
ともえはそう言うと、司の方に近づき携帯電話を司の前に突き出した。
通話先は黄緑彩葉と表示されている。
「あの……、どうすれば?」
「…いいから代わって」
ともえ自身も困惑している様子が伺える。
司の携帯は一切繋がらなかった。それなのにともえの携帯は確かな通話出来ている。外部に助けを呼ぶ事も可能だろう。
互いに困惑しているが、何もしないよりも、行動した方が良い事だけは分かる。
もしかすれば、外部に助けを呼ぶ事も可能かもしれない。
「…か、代わりました癒月です」
「もしもーし、ちゃんと聞こえてる?」
「は、はい聞こえてます」
通話相手は女性。緊張感に掛ける柔らかそうな声に気が抜けてしまう。
「それは良かった。私は黄緑彩葉よろしくね。えーっと…癒月君だね。君はどこから"ここ"に入ったか分かるかな?」
ここ、とはこの場所の事だろう。電話の相手は恐らく一般人では無いのだろう。謎の赤い液体を操作し、刀や槍を扱うともえが従っている事を考えると、上司に当たる人なのだろう。
ドアを開けた瞬間に夜になり、この場に遭遇してしまった。本来なら誰も信じない出来事だか、真実を知るために偽る必要は無い。司は素直にその問いに答えた。
「その、学校からの帰りにドアを開けたら…急に」
「ん、何程ね。以前にこんな経験は?」
「…いや、ありません」
「そう。…じゃあ"いつから見えてる"?」
その質問がキッカケで司は今になって漸く気付いた。
彼女、ともえには"黒"が見えている事に。ともえは黒に触れ、黒を切り、黒を葬った。
司だけにしか見えない、司だけにしか認知してもらえない、司だけが知っている黒。
「黒が…見えてるのか…?」
「黒、何のことだい?」
「さっきの馬鹿デカい化物の事だよ⁉︎」
司は咄嗟に声を荒げてしまう。そんな司に対して電話越しの彩葉は静かにこう答える。
「ああ、あれは韞化だよ、黒なんて名前じゃない」
「…韞化?」
「その様子じゃ本当に何も知らないんだね癒月君は。ところで質問の答えが返ってきてないね。もう一度聞こうか。君は"いつから見えて"るんだい?」
何も知らない。電話越しの彩葉はそう言った。つまり、この人は黒、改め韞化が見えると言う力の正体を知っている。
「…物心付いた頃には見えてました」
知りたい。17年間生きて来て、韞化の姿が見えている人とは出会った事が無い。
だが、この人達は司同様に韞化を見る事が出来る力を持っている。
「…ほう、なるほどね」
なるほどとは言ったが彩葉は納得している様な口ぶりでは無い。
「まあ、取り敢えず場所を変えようか。ゆっくり君の話を聞きたいからさ。それに、癒月君からも質問したい事があるだろうし。…悪いけどともえに代わってもらえるかな?」
ここがどう言った場所なのか、何が起こっているのか司には分からない。理解の範疇を超えている。
たが、この人は何かを知っている。韞化の事を含めて、聞きたい事は沢山ある。
「……分かりました」
今の状況を司一人で解決する事は難しく、理解する事も不可能だ。彩葉の素直に受け取り、司は携帯を耳から離しともえに向けた。
その状況を察したのか、ともえは司から携帯を受け取り、少しだけ距離を取った。
「はい、代わりました、ともえです」
電話越しの声はここからは聞こえないが、恐らく彩葉が言っていた場所を変える話をしているのだろう。
何はともあれ少しは落ち着いた。謎は深まるばかりだが、その真実を知る事も出来そうだ。
彩葉の言葉を聞く限りなんとなくたが、切られたり殺されたりする様な雰囲気ではなさそうだろう。
「……ふぅ」
色々な事が畳み掛ける様に起こった。取り乱したり、安堵したり、不安になったりしたが、漸く本腰をいれて落ち着く事が出来そうだ。握りしめた手も脱力させる。
「…そうだ、これももう要らないか」
脱力のおかげで自分が持っていた石剣の存在を思い出した。小さな刃、ともえが使用した赤い刀とは比べ物にならない程に頼りない。
ボロボロに欠けた刃。こんなのもであの黒…韞化には到底太刀打ち出来ない。
「あれ…、そう言えばなんで俺を襲って来たんだ」
石剣同様に今になって色々と思い出し、疑問が生まれる。韞化は司には近づかない筈だ。むしろ向こうから接触してくる事なんて、初めてだ。
ともえが韞化の腕を切る前に、韞化は何をしようとしていたのか。
振り下ろされた刀は司の目線の先。つまり、韞化の腕は司の体の前にあったのだ。
ともえを狙っていたのなら、司をあの口で喰らう事も出来ただろうし、握りつぶす事も可能だっただろう。
それなのに、韞化はそれをせずにいた。考えれる事は三つ。
まず一つは韞化にそれを行う必要が無かった。韞化にとって食うにも値せず、邪魔にすらなっていなかった可能性がある。
二つ目に考えられるのはともえの存在に初めから気付いていた韞化の盾として利用されていた事だ。
ともえの刀の切れ味が異常なだけで、人間と言う盾は本来ならばかなり頑丈な筈だ。まあ、あの刀の鋭さを考えると盾にすらならないだろう。
そうなっていれば、あの腕もろとも真っ二つになっていた。考えるだけで身震いする。
そして三つ目。それは、韞化が司を捉えようとしていた、だ。ニと似ているが、盾として利用するのではなく、腕を使って引き寄せようとしていたのではないだろうか。まるで人質を取る犯人の様に。
まあ、今となってはその考えを思考した韞化はすでに居ない為、真実は分からない。考えるだけ無駄なのかもしれない。
「てか、これ切れるのかな?」
欠けた刃。先端は鋭い為、刺突能力は有るが、切れ味はどうだろう。ともえが居なければ襲われていなかったかもしれないが、もし、韞化がともえが居なくても襲って来ていた場合に司はこの石剣で対峙しなければならなかった筈だ。
後ろに立たれている事する気付かなかったのに、対峙するもクソも無いが、想像だけはしておきたい。
この頼りない石剣で韞化を傷付ける事は可能だったのか。
左手で握った石剣を立て、右手の親指をゆっくりと這わせる。切れない。痛みは有るが、物を切ると言う機能は完全に死んでいる。
「ははっ、こんなんじゃ役にもたたねぇ…⁉︎」
言葉を最後まで紡ぐ前に司は異変に気が付いた。
「な、なんだ⁉︎これどうなってんだ⁉︎」
刃を当てた右手がブレている。ブレると言うよりも、重ねていたレイヤーがズレたと表現した方が良いのだろうか。
痛みも無いし、韞化の気配も感じない。司自身に起こっている異変だ。
「何をしているの⁉︎」
司の声と異変に気付いたともえが電話を顔から離して、声を上げた。
「何って言われても分かんねぇよ⁉︎」
司は慌てて石剣を落とした。その石剣を握っていた左手にもズレが発生し始める。
「彩葉さん⁉︎すぐに来てください‼︎私が時間を稼ぎます‼︎」
携帯を仕舞う暇も惜しいのか、ともえは携帯をそのまま投げ捨た。
「ま、待てよ⁉︎説明してくれ⁉︎」
「我血刃、憑塊‼︎」
司の問い答えず、対するともえはそう言った。
ともえの構えた手から赤い液体がじわりと滲み出て、即座にあの赤い刀を形成した。