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Another shadow  作者: 砂城つぐみ
Dey Black
5/10

Dey Black a bad omen4

癒月司は興奮していた。顔はどうなっているだろう、もしかしたらダラシ無くニヤけている様にも見えるかもしれない。

高鳴る心臓の音が周囲に漏れている様な錯覚を感じる程に興奮していた。


「やっちまった‼︎ついに、ついに佐山先輩と番号交換しちゃったぞ、おい⁉︎あの反応見たか⁉︎有るのか?これ有るだろ‼︎俺に春が来てるだろ!おい⁉︎」


頭の中がパンクしそうだ。

「十中八九気があるだろ⁉︎俺から告白…いや、慎重に待つべきか?もう少し会話を続けてから…」

声に出さない声が頭の中をぐるぐると迷走する。

階段を駆け降りる足取りも普段より軽やかに感じる程に体に高揚感を感じる。


「これが、"恋"か‼︎」


少なからず好意はあった。可愛らしい顔に小さな背丈。セミロングで艶の有る黒髪はしなやかで細く、おまけに隣を歩けば良い香りがする。

そんな子が司に向けて脈アリの雰囲気を出している。

舞い上がってしまいそうだ。


透とたかちーが間違いなく羨ましがるだろう。どうやってこの話をしようか。

などと考えている内に一階の靴箱まで到着していた。

学年別に分かれた靴箱。校内へ入る一口は全部で4箇所あり、2年生は学校の東側手の出入口に靴箱がある。

司は急いで靴箱を開け、お気に入りのハイカットシューズを手に取り、履いている上靴を脱ぎ投げ入れる。


「この話ししたら、たかちー絶対怒るだろうなー」


それでも語らずにはいられない。春の到来を告げなくてはならない。


意気揚々、気分上々の勢いでハイカットシューズに足を突っ込み、出入口のガラス貼りのドアを勢い良く開け飛び出した。




刹那、不快感が司を襲う。

エレベーターが急上昇する時に感じる不快な浮遊感。猛スピードで前転を繰り返した時に起こる三半規管の酔いに近い。

ぐらっと視界が揺れる。

それに加えて胃の中身が込み上げてくる様な感覚。司は思わず手で口を抑えて、吐瀉するのを堪えた。

あまりにも突然の出来事に、瞼を閉じ、下に俯く。


「……ぐうぅ⁉︎」


どこかに頭をぶつけた様な痛みは無い。それなのに、苦しいと思える程の不快感に襲われる。


「…何が…どうなってんだよ、おい⁉︎」


酸味を感じる胃液を無理やり飲み込み、司は不快感で力の入った瞼を無理やりこじ開ける。


視界の先は"夜"だった。


「……は⁉︎」


意味が分からない。理解が追いつかない。頭の整理がつかない。

ホームルームが終わり、掃除をして、佐山と会話をした所までは鮮明に思い出せる。

確か時刻は3時40分を過ぎたばかりだったはず。それなのに目の前に広がる世界は夜だった。


視界は夜だと言うのに良好だった。奥に見える校門もハッキリと見える。視界の異常で無い事だけは確かだ。


「なんだよコレ⁉︎どうなってんだよ⁉︎」


一度目を擦り、再度目を開けて確認するも、視界に映るのは夜の世界。

異常だ。しかし、それ以上に異常な事は、"部活動に向かう生徒や下校している生徒が一切見当たらない事だ"。

あり得ない光景。この時間帯、普段通りであれば生徒達が必ず嫌でも目に入る。その生徒が誰一人として存在していない。


「ありえねぇ……なんだよここ⁉︎」


外の世界は異常だ。飛び出したドア、日常が送られていた校内に戻る為に司は後ろを振り返る。しかしそこに、かつて見た学校の姿は無かった。

先程触れて開けたドアは大きな物がぶつかったかの様に歪み、ガラスはあちらこちらに飛散していた。

それどころか校内も暗く、靴箱はドミノの様に崩れ、天井も至る所が朽ち、ベロっと剥がれていた。


勿論、人がいる様な形跡も無い。


焦り、焦燥、締め付けられる様な胸の痛み。脳が勝手に危険と判断しているのか、体の筋肉に異常に力が入り強張る。

暑くも寒くも無いのに背中がじわりと汗で濡れる。


「……っ⁉︎先輩⁉︎佐山先輩‼︎居るんだったら返事してください‼︎」


1分、いや2分、どっちでも良いが、先程まで話していた佐山の安否を確かめる様に司は叫ぶ。

返事は無い。静寂の間に司の叫ぶ声が反響するだけだった。


「誰か居ないのか⁉︎なぁ⁉︎透‼︎かたちー⁉︎」


いつもらな出口付近で待っている筈の二人の名前を呼ぶ。当然の様に返事は返ってこない。

何が起こっているのか全く理解出来ない。視線を誰も居ない校内から学校全体に移す。


その光景に思わず司は後退り、その場に座り込んだ。


「どうなってんだよ…⁉︎何が起こってんだよ⁉︎」


足腰に力が入らない。立ち上がる気も起きない。

目の前に広がるのは半壊した校舎。ドアや靴箱だけでほ無く、校舎全体が爆弾でも落とされた様に壊れていた。

佐山と話していた通路も、駆け降りた階段も、どこもかしこも壊され、崩れている。


今までに感じた事の無い得体の知れない恐怖が司を襲う。


「なんだよ…、俺、死んだのか⁉︎」


死後の世界なんてあるとは思っていないが、そんな事さえも考えてしまう程にあり得ない事が起こっている。

あの瞬間爆発でも起こったと言うのか。それとも、ミサイル?気を失っていたのか?それとも、あの時に何が起こって即死したのか。

頭の中がパニックで一向に纏まらない。


「――そうだ⁉︎携帯‼︎」


そんな中で一つだけ手があった。ポケットに押し込んだ携帯だ。

何らかの事故が発生していたのならニュースにも取り上げられているだろうし、何より連絡が取れる。

急いで携帯を取り出し、着信履歴の一番上にリダイヤルする。

先程電話番号の交換をした為、最終履歴は佐山の番号だ。


「………………」

無音。携帯からは何の音もしない。慌てて画面を見返すが、確かに発信画面が確認出来る。


「頼む、頼むよ⁉︎何で繋がらないんだよ⁉︎」


画面を何度も叩きながら叫ぶ。叩いても意味なんて無い事は分かっているが、そんな事でもしないと頭がどうにかなってしまいそうだ。

電波も有る、それは確認出来る。

発信画面から一向に動かない携帯を切り、検索画面を開く。


「クソっ⁉︎こっちも駄目なのか⁉︎」


操作する以前の検索画面が映る筈なのだが、一向に繋がらない。真っ白な画面の真ん中に円がくるくると周り続けるだけだった。


外界から遮断されている事を痛感する。


「……訳わかんねぇよ。何だよ⁉︎どうなってんだよ⁉︎」


何一つ理解出来ない事ばかりで語彙量が下がる。

とは言ったものの、この言葉しか司の頭には浮かんでこない。


――――――カランッ



項垂れる様に下を向いた司の耳に確かに音が聞こえた。何かが落ちた音。


「っ誰か居るのか⁉︎」


音の方向は校内からだ。そう遠くは無い。すぐ近く、靴箱付近から聞こえてきた。


「お、おい、待ってくれ⁉︎」


悲痛の叫びは虚しく響く。司は無理やり四肢に力を込めて立ち上がる。藁にも縋る勢いのまま、司は足をもつれさせながら進む。

歪んだドアの半分は完全に壊れている。押したり引いたりする必要は無く、落ちたガラス片を避ける様に校内へと入った。

空耳では無かった筈だか、朽ちた校内には人影も物音も無い。

「確か…こっちの方から音が…」


一瞬だけしか聞こえなかった音の記憶を頼りに、司は安定しない倒れた靴箱の上を渡って廊下へと向かった。そこには学校に落ちている筈のない物が有った。


「……ナイフ…か?」


柄と思われる部分には垢が染み込こみ燻んだ色をした包帯が撒かれている。ナイフと言ったが刃はボロボロで欠けている。鉄製のしっかりとし作りではなく、歴史の教科書で見た石剣の様だ。

司はその場で辺りを見渡すが気配は感じられない。


"黒"が視認出来る為、暗い場所は司にとって恐怖を感じる場所では無い。むしろ、この状況なら生きている人間が現れる方が恐ろしく感じるだろう。


ナイフにしてはお粗末なだか、何かを"持っている"だけで安心感が増す。

「……散策してみるか」


安心感からか思考が落ち着いてきた。何が起こったのかは分からない、だがここで立ち止まっていても状況は変わらない。

外は夜と共に現れた月があるお陰で見通しが良いが、校内は暗く明かりも灯っていない。校内の散策をするよりも、まずは学校全体で何が起こったのか把握する方が良さそうだ。


司は石剣を握りしめ、再び校内から外へと向かった。


「…こんな壊れ方するか、普通?」


半壊した学校を眺めて司はそう呟く。

爆発だったり、ミサイルとかなら、焼け跡がある筈だ。だが、どこにも焼け跡は見当たらないし、焼けた時に発生する煙の香りも全く無い。それどころか朽ちてカビた香りがする。

まるで、時間が進み廃墟と化して朽ちてしまった様に。


「何が起こったんだよ……」


まるで、司一人だけが遥か未来にタイムスリップしてしまったかの様な感覚。

ふと、司は考える。朽ち果てたのは果たして学校だけなのか、と。

視界は良好と言ったが、日が出ている訳ではない為、遠くを見渡す事は出来ない。校門を出た先がどうなっているのか。親、友達、育った町はどうなっているのか。


「兎に角、生存者を探そう…」


一人ではあまりにも心細い。それに、こんな状況になった理由を知っている者が生き残っている可能性は0ではないだろう、と少ない希望を胸に、司は校舎を後にゆっくりと校門へ向けて歩き出そうとした瞬間だった。


「…そこで止まりなさい」


女性の声。命令口調ではあるが突然の問い掛けに司は自分以外にも生存者が存在している事に安堵した。


「な、なあ、そこの人⁉︎生きてるよな⁉︎何が起こったんだ?気付いたらこうなって…」

「止まりなさい‼︎」


校門入り口からゆっくりと黒のスーツを身に纏った女性が現れ、司の動きを止める様に再度注告する。司はその女性を目の当たりにして息を呑んだ。


「…何だよ、それ…⁉︎」


闇に溶ける様な黒のスーツ、長いポニーテールの髪。その姿には似合わない、日本刀の様な刀に思わず司は声を出してしまう。

「……いいわ、そのまま。動かないで‼︎」


一瞬の出来事。光に照らされた影が一瞬にして伸びる様な速度で彼女は司の視線から消え、突如として彼女の姿が眼前に現れた。

脳がまるで死を告げる様に映像がスローモーションになる。


目にも止まらない速度で現れた彼女の頭上に高く振り上げられた刀が司の頭、正中線を狙って振り下ろされる。

死んだ事も無いのに、当然の様に死を感じる恐怖。ゆっくりと振り下ろされる刀に対して視線は変えられない。濃密で、鮮明な"死"。


――――――死ぬ。


雨で濡れた様な艶めかしいその刃は異常なまでに薄く、そして赤い。真っ直ぐにこちらを見つめる彼女の瞳はさながら獲物を仕留めんとする獣の様に鋭い眼光。

そんな彼女の背には眩く光る月。


――――――ああ、――綺麗だ。



死の間際、司はその姿を綺麗だと感じた。刀を振るう彼女は死を齎らす死神か、はたまま異常者か、そんな事はどうだって良い。

人生の幕を下ろすの絶頂の間に、恐怖すら忘れる程の美しさに思わず見惚れてしまった。


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