Dey Black a bad omen3
2年2組の掃除当番は公平になるよう、クジで選ばれている。
クラスメイトは24名。4班に分かれて、6名づつが週交代で清掃する事が決められている。
司は透とたかちーとは別の班で今月が丁度掃除当番はとして当たっていた。
掃除はホームルームが終わり、放課後に行われる為、透もたかちーも校内に居れば邪魔になる為、郊外で待って貰う事にした。
机を運び、教壇周りから清掃を始め、机を戻し、後ろを清掃する。
「やっほー癒月くん居る?」
そんな清掃最中に通路側の窓から女子生徒が顔を出してそう言った。
「…先輩、掃除中なんですけど」
「見たら分かるよ」
「じゃあ何しに来たんっすか?」
「いやー、ちょっと近くに来たから癒月くんでも見てこうかなーって思って」
「勘弁してくださいよ"佐山先輩"」
小さな背丈、セミロングの黒髪の女子生徒。そう、あの不良達から守った佐山先輩だ。
「もう、連れないなぁ癒月くんは。折角先輩が来てるんだからお話くらいしようよ」
「……いや、掃除中なんっすよ」
背中越しにクラスメイトの視線を感じる。玉響高校は男子生徒も女子生徒も学年ごとにリボンとネクタイの色が違う。その為、この水色のリボンを付けた女子生徒が3年生という事をだけは誰が見ても分かる様なシステムになっている。
低学年のクラスに現れる高学年ってだけでも目立つのに、それがましてや男子目当ての女子生徒ならば尚更目立つ。
「ふーん…。ねーねー、そこの君。癒月くん連れて行っても良い?」
「っな⁉︎先輩何言ってるんっすか?」
「ん?癒月くんには言ってないよ。ね、そこの君?良いかな?」
佐山先輩は司のクラスメイト、佐藤に向かってそう声を掛ける。佐藤と俺は同じクラスで有る以外に接点が無い。
そんな佐藤に向かって高学年が良いかと聞かれれば、返す言葉なんか分かりきってる。
「…え、ああ、いいと思います」
「あら良いの?良かったーありがとね」
佐山先輩はにこっと佐藤に笑いかけ、こっちへ来い言わんばかりに窓から離れ、教室の後ドアまで駆け寄った。
「…はぁ」
まあそうなるよな。司はため息混じりに箒を清掃道具入れに片付けに行く。
「なあ、佐藤」
「え…、何?」
「次は断ってくれよ」
「あ、ああ。次はそうするよ」
司は佐藤に念押しする。
♦︎
「やあ癒月くん。最近調子はどうかな?」
司は学生鞄を持ち歩かない主義だ。財布と携帯が有れば昼飯は買える。教材の程んどは教室に置いてある。教室から出てきた司に連れそう様に佐山は後ろで手を組んでそう言ってきた。
「世間話なら他所でやってくださいよ、俺も用事あるんで」
「むー、なにそれ。折角先輩が来てあげてるのに」
「…いや、頼んでないっすよ」
佐山はあの事件以来頻繁に司の前に現れる。最初は感謝の気持ちを伝えられた。噂が広まったのもそれが原因の一つ。
「まあ、いつも通り特に何にもないんだけど、ちょっとお話したいなーなんて思って」
司の突き放す様な返答に対して佐山はふんと鼻を鳴らして、話題を切り替える。
「話しねぇ…」
「なによぉ、嫌なの?」
「嫌っす」
「本当そう言うとこ素直よね癒月くんは、傷ついちゃうよ私?」
そう言うと上機嫌そうに佐山は笑った。一体この顔のどこが傷付いている表情なのか。
「はぁ…」
「あ、今ため息付いたでしょ!」
ため息だって吐きたくなる。事件以降何故か佐山に懐かれた司は何度かこうして放課後に連れ出された事が有る。
不良撃退の噂もあるが、実は佐山先輩と癒月は付き合っている、なんて噂も流れ出している。
佐山は小さくて可愛い。女っけの無い司も連れ回されるのも悪い気分では無い。
しかし、妙な噂は司だけでは無く佐山にも迷惑が掛かる。付き合ってもいないのに、付き合っているなんて、本人の耳には入ってほしく無い。
「ため息くらい吐きますよ、そりゃ」
「なにー?私と居るのがそんなに嫌なの?」
「嫌って訳じゃないっすけど…」
「じゃあいいじゃない。ねーねー、今日は何か用事があるの?」
佐山と話すのは決まっていつも放課後。2年生の司と3年生の佐山は階が違う。移動教室もあるが、放課後以外に顔を合わせる事は全く無い。
佐山は部活動に参加していないと以前聞いた事がある。それに商店街で不良に絡まれていたのを考えると、おそらく帰路は同じ方向だ。
どこかで離れる口実がなければ、多分この人は家路に着くまで着いてきそうな気がする。
それ故に司はいつも用事があると理由を付けて、校門前でお別れをする。いつもの決まったパターンだ。
「ちょっと連れと出かけるんですよ」
「えー、今日も?私もついて行って良い?」
「……ダメっす」
「えーまた駄目なの?」
まるで頬が膨らんで見える様に、あからさまに拗ねている。これはこれで可愛い。
「…あのさ、佐山先輩。何でいつも俺の所にくるんだ?別に用事も無いのに」
司はその表情を横目に、一呼吸置いてから質問する。
「なんで来るっのかって…分かんない?」
「分かんないから聞いてるんっすよ」
「そっか…分かんないんだね癒月くんは」
見るからに不機嫌そうな顔に変わる。笑ったり、拗ねたり、怒ったり、佐山は本当に可愛い女だ。
司自身もそう思っているし、少しながら好意もある。
ただ、踏み出せない。臆病者である。
「…ばか」
佐山は小声でそう呟いたが、司の耳にもちゃんと聞こえていた。
「あ、これワンチャンあるぞ⁉︎いや、無いのか⁉」その言葉に司の心が揺さぶられる。
声には出さない、が表情には出てしまっているかもしれない。
「ま、まあ、あれっすよ。良くない噂とかも立っちゃうからさ」
「噂?私達が付き合ってるってやつのこと?」
「……知ってるんっすね」
「まあ、クラスの子にも聞かれるからね」
内心、爆発してしまいそうだった。そして、春の訪れを感じる様な気もして来た。
「へ、へー、そうなんだ。知ってたんだ…」
「まー噂は噂、実際付き合ってもないし、私癒月くんの番号すらしらないもん。でも、まあ悪い気はしないって言うか…」
佐山は言葉の最後を濁す様に呟く。
これで佐山と会うのは何度目になるか数えていないが、両手で数えれない程には会っている。それなのに連絡先を交換したりする様なイベントは発生していない。
だが、今まさにこの瞬間フラグは立った。人間は行動する前に感情が邪魔をする。
でも――俺は…後悔したくない――――
「…交換します?」
「……えっ⁉︎」
佐山が立ち止まり、大きな瞳が、さらに大きく見える程に目を開けて驚く。
「しょ、しょうがないなー癒月くんは、そんなに交換したいならしてあげなくもないけど?」
そう言いながらもいそいそと学生鞄を漁り始める。
「じゃあ、番号言うんで一回かけてもらえます?」
「う、うん」
「じゃあ、090…………って聞いてます?」
「き、聞いてるよ。じゃあ鳴らすね?」
数秒間が空いてズボンのポケットに入れた司の携帯がブブッと振動する。
司は携帯を取り出した。時刻は3時42分。発信先は未だ登録されていない知らない番号。
「この番号であってます?」
胸の前で鳴らしっぱなしの携帯を両手で構えた佐山に向かって画面を向けて確認する。
「う、うん、合ってる」
佐山の確認が取れた司は着信を切る。そしてすぐに携帯を操作し始める。
「佐山先輩、下の名前教えて貰っていいっすか?」
「な、名前?な、なんで、そんな急に⁉︎」
「俺、登録するとき下の名前も入れる主義なんっすよ」
「なっ…、あーそ言う事ね⁉︎分かる分かる、私もそうするもん」
見るからに焦っている。揶揄うのも楽しいかもしれない。
「私ね、佐山美紅。美しいに口紅の紅で美紅」
「美しいに、紅…ね。これで合ってます?」
司は携帯の編集画面に名前を打ち込み、それを佐山に再度確認させる。
「うん、うん!合ってる」
「番号登録したらメッセージアプリの方でも表示されるんで、まあ…その、いつでも連絡して下さい」
「うん、する!今日する!いや、今からする!」
「今はいらんでしょ⁉︎てか、先輩も登録するんでしょ?俺の名前は…」
「知ってるよ。司でしょ?」
「…俺名前教えた事無いっすよね?」
知っている事が当然の様に答えられた事に対して司がツッコむ。
「えっ⁉︎あ、そう。だって癒月くんの友達がそう呼んでたから」
司を司と呼ぶのは校内でも数えれる程の人数だ。一体どのタイミングでそれを聞いたのだろう。
「まあどっちでもいいっすけどね。それじゃ連れ待たしてるんで、俺行きますね」
司の教室から出て2クラス跨いだ所にある階段に辿り着いた二人。司はさっと携帯をポケットに押し込んで、そう別れを切り出した。
「あ、そうだ。次は連絡してから来てくださいね?」
佐藤の様な二の舞は踏ませない。事前に連絡さえくれれば、誰の視線も感じず会う事が出来る。
「うん、そうする!」
「じゃあまた」
簡素な挨拶で背中越しに手を上げて司は階段を下る。
「うん、またね」
佐山もその手に応える様に大きく手を振った。