Dye Black a bad omen2
「司、それ何食うの?」
午前の授業が終わり、昼食の時間に司が取り出した紙袋を見て、そう言って話題を切り出したのはクラスメイトの御子柴透だった。
茶色く染めた髪を緩く遊ばせた、少しだけチャラい印象の男子生徒。
五十音順で並べられた席順で、司の前には透が座っている。
透とは高校で知り合い、席が近い事もあって良くして貰っている。
「中身は分からん」
「いや、司が買ったんだろ?中身くらい知ってるだろ」
「貰い物なんだよ。可愛い女の人からのな」
詳しい説明は省く。何故ならそっちの方が反応が面白いからだ。
「なっ⁉︎女から貰い物だって⁉︎おい聞いたか"たかちー"‼︎」
「その話し詳しく聞かせて貰おうか、司」
共に昼食を食べようと司の隣の席へとやって来ていた高村健治、高と治から取ってかたちーと呼ばれている単発メガネ男子が透と共に突っかかってくる。
「ふっ、まあお前らには縁の無い話しだよ」
司は揶揄う様に鼻で笑って返す。
「おい、それどう言う意味だよ⁉︎」
「いや、そのまんまの意味だよ」
吠える透を遮る様に司の机に置かれた紙袋。司は満を辞して紙袋を開け、中に手を入れた。
楕円形、チクチクと刺さる感触、そしてこの鼻腔を擽る香辛料の香り。
「とくと見よ。これが人助けをした俺の戦利品だ!」
ビニールに包まれた袋を勢い良く取り出す。
中から現れたのは茶色い衣に包まれたカレーパン。
「これは…⁉︎カレーパン。ってか、また人助けかよ‼︎」
「戦利品のカレーパンはいいんだよ、可愛かった女の話をしてくれ!」
透とたかちーが同時にツッコんでくる。
「まあな、てか落ち着けよたかちー」
そう言って司はビニールを剥いてカレーパンに齧り付いた。
ザクッと歯に当たる感触、溢れ出す香辛料の香りに、モチモチとしたパンの食感。
「あ…、これ美味いわ」
「話しを逸らすなよ司。どんな風に可愛かったんだ?教えろよ」
たかちーはパンに興味が無い様子で、その持ち主だった女性の事だけが気になる様だ。
たかちーはサイドを刈り上げたツーブロックで髪を逆立て、縁の薄いメガネ、第二ボタンまで外したラフなスタイル。左右合わせて八つも開けたピアス。
顔も悪くは無いがその格好の為、クラスの女子からは悪ぶってカッコつけてると評判が悪い。それ故が友人の女事情には五月蝿い。
「可愛いにどんな風もクソもないだろ?ただ可愛かったんだよ。手だって小さくて…」
「なんだ⁉︎手ぇ繋いだのか⁉︎……クソぉ、なんで司ばっかり良い思いしやがって」
手を繋いだとは"まだ"言っていない。それなのに話を遮る様にたかちーが畳み掛けてくる。
「そんで?今回はなにやらかしたんだ?」
悔しがるたかちーを横目に透がそう問いかける。
「やらかしたって、人助けを悪い事みたいに言うなよ」
「またまた、女に何か貰える程の事なら、やっかい事に首でもツッコんだんだろ?佐山先輩時みたいに?」
「そんなんじゃねーよ。躓いて立てなかったから、手貸してあげただけだっつーの。それに佐山先輩の事はあんまり言うなよ、…その皆んなに怖がられるから」
「またまた、そんな都合の良い展開あるかよ!それに佐山先輩の件なら皆んなに知れ渡ってるぜ?今更って感じだろ?」
「…それマジで言ってる?皆んな知ってんの?」
「いや、皆んなっての言い過ぎたかも。でも、知ってる奴は知ってるみたいだぜ?」
「…ガチで?」
「ガチで」
カレーパンを食う手が止まる。
佐山先輩と言うのは一学年上の女子生徒の事だ。今から二ヶ月くらい前に今でもこんな奴やいるんだ、って感じの不良二人組に口説かれ、困っている所を司が助けた事がある。
漫画みたいな出来事だか、あの時の先輩はかなりヤバい状況だった。
確かあの時は商店街の店と店の間の路地に連れて行かれそうになっていた。佐山先輩の体は小さく、とても男二人の男性を相手に逃げれる様な状況ではなかった。
暴行が行われれば流石に誰かが駆け付けるのだろうが、街行く人は見て見ぬふり。触らぬ神に祟り無し状態だった。先輩も恐怖のあまり、声も出せず怯えた顔で手を引かれていた。
でも、司が思うヤバい状況はそこでは無い。その路地の奥だ。
人気の少ない路地、薄暗く、湿っぽい。あそこは何となく怖い、近づかない方が良い。
そんな"思い"が"黒"を生み出していたからだ。
毎日通学で商店街を通っているとはいえ、わざわざその路地に近付く必要もない。それ故にそこに居た"黒"は以前から消えずにそこに居た。
あのまま路地の奥に連れて行かれれば、良くない事が起きる。
どんな事が起きるかは想定出来ないが、不良二人組は自業自得だとして佐山先輩に良くない事が起こるのは間違っている。
無視して通り過ぎる事は簡単で、他人だと切り捨てるのは楽だ。
それでも、司はその状況を見捨てる事が出来なかった。
「ねえ、嫌がってるじゃん。離してあげなよ」
不良は大抵こう言った場合、声を掛けた者に向かって牙を剥く。案の定この二人組もそうだった。
話を省くが、結局揉み合いになり、その隙に先輩を逃す事には成功した。
側から見れば、襲われている女学生を不良二人組から救い出したと見えなくも無い。
「女子生徒を不良から守ったんだから誇れよ、モテるぜ?絶対」
「…その不良が"ノビてなけりゃな」
揉み合いになった際に不良に先に手を出された。二体一、立ち向かっても逃げても不利だ。
だから、拳一発おみまいしてやっただけの事。
不思議と昔から力が強く、鍛えている訳でも無いのに体はしっかりと筋肉が付き、腕力には自信があった。
その力を人間相手に奮った事は無い。
せいぜい重たい物を持ち上げたり、坂道で自転車で漕ぐ時に立てらなくて済む程度の力の使い方だ。
素人の拳、たまたまクリーンヒットでもしたのだろう。拳を当てられた不良は勢いで後ろに立っていた不良2もろとも壁に激突し多分、気を失っていた。
「そう言えば、噂では気を失うまで殴ったとかなんとか言われてたな…」
「そんな訳ねーのに…、ラッキーパンチだっただけだってのによ」
佐山先輩事件の真相を知るのは殴った司、助けられた先輩、ノビた不良二人、通行人数名。
その話を聞いた玉響高校の生徒、後は伝言ゲームだ。どこで尾鰭が付いたかは知らないが、男子生徒は不良を気が失うまで殴って、そのまま帰ったと。そんな感じの話になってしまっている。
「っていつまで項垂れてんだよたかちー。元気出せよ」
「クソ…、俺なんか手も繋いだ事もねぇーのによ」
透の言葉にたかちーは嘆く様に呟いた。
「たかちー顔は悪くないんだから身なり直せよ、知らん人から見たら近づき辛いんだよ」
そう、顔は決して悪くない。悪いのは総合印象だ。
刈り上げたサイド、キラリと光るピアス、ボタンを開けたシャツ。
「今どきヤンキーファッションは印象悪いぜ、なぁ?」
「うるせぇ、俺はコレがカッコよくて好きなんだよ」
「そのプライドのせいで女が近づいてこないんだろ?」
「……っう」
刺さる人には刺さるファッションだか、生憎玉響高校生徒には刺さらなかった。言葉が詰まるのも、言い返せないのも自分の中で少しながら自覚があるからだ。
「なぁたかちー、ちょっとこっち来い」
「なんだよ急に?」
司の呼びかけに、ギーっと椅子を引いて近づいてくる。
「良し、そこで止まれ。俺が思うに、たかちーの印象が悪い理由はここだろ?」
そう言って司はたかちーの髪の毛に軽く触れる。
逆立てた髪の毛はワックスとジェルで針の様に鋭く尖っていた。
「痛って!針かよ!」
「おい、俺の努力の結晶に触んな!」
「確かに、たかちー尖り過ぎだな。俺がセット変えてやろうか?」
透の髪型は爽やか系だ。自然と髪の毛を遊ばせている。
「って事で帰り商店街寄ってたかちーの為にワックス買おうぜ」
「それ良いね、俺も賛成するわ」
司の提案に透が乗ってくる。たかちーに逃げ場はない。
「ちっ、俺がモテる為ならしゃーねぇな」
「モテるかどうかは知らねえよ。てか、別に俺達誰もモテてないよな?彼女もいねーし」
不良を殴ったと噂の司に、ガラの悪いたかちー、茶髪でお調子者の透。割とクラスでは浮いた存在である事を3人は知らない。
「ま、彼女なんかといるよりお前らと連んでる方が楽しいからいいけど」
「うわぁー、なんかすげぇ負け犬の遠吠えっぽいぞ、司」
「うるせぇよ」
そう言って司は食い掛けのカレーパンに再度かぶり付く。