5. 信じていた彼女の真実
扉を開くと最初に目を丸くしたキテラの顔がこちらを向いた。
「ケイン、これはね。ちがうの……」
慌てる彼女。
しまったと顔を渋くするギルドマスター。
目の前に広がる光景。ここで何が行われていたかは一目瞭然であった。
何かを言わなきゃと思うが口が開かない。誰が最初に動くかお互いに様子をしている中、ギルドマスターが咳払いが響いた。
「あー、その、なんだ。おまえには隠すつもりはなかったんだがな……。彼女には臨時で書類仕事を手伝ってもらっていたんだ」
テーブルの上に築かれた書類の塔。
積み上げられた大量の書類をうんざりした顔でギルドマスターが見下ろす。
「今日はもう大丈夫だ。ケインも今日は帰って休め」
キテラと一緒にギルドを出るが、隣にちらちらと視線を送るだけで何を話せばいいかわからなかった。
「……えっと、ごめんね、隠してて」
押し黙っていると、申し訳なさそうに二ヶ月前からのことを話してくれた。
発端は、ボクがやらかしたクエストだった。
内容は街道沿いに沸いた虫の駆除。一匹一匹は脅威ではないが群れになると旅人を襲うこともある種類だった。
途中まで駆除は順調だった。しかし、予想外だったのは巣の規模だった。刺激された虫たちが一気に広がり、巣を焼き払うまで周囲に被害を与えてしまった。
幸い人への被害はほとんどなかったが、場所が面倒だった。その日、教会のお偉いさんが街へ到着する予定だった。出迎えのために領主が張り切って衛兵を引き連れていた。そして、そこに襲来する虫の大群。
思い出す。報告したときのギルマスの青い顔を。
「それで、ちょっとお手伝いを頼まれて」
知らなかったことだが、ギルドにいた頃の彼女は書類仕事を手伝うこともあったらしい。
「いや、こっちこそ、変な勘違いして……」
「勘違い……?」
結局、何も知らないまま彼女に助けられていた。そんなボクのちっぽけな自尊心を大切にしてくれたのも彼女だ。
謝ればいいのか、何か言えばいいのか。羞恥心で心が一杯になる。
「王都への派遣だったら、ケインの勉強のためだよ。ギルマスがあなたに期待していたのは本当。若いし今から学ばせて、今後の後輩指導にも当たらせようと考えていたんだって」
「うん、そっか……」
彼女の思い違いに曖昧な返事をする。罪悪感でしばらく彼女の顔をまともに見れそうもなかった。
「―――えっと、それであんたは勘違いしてたって?」
「ええ、はい……」
ギルドの建物に遠慮のない笑い声が響く。
あのときのことは様子を見に来たエレオノールさんに一部始終を見られていたらしい。
「いやあ、あのときのあんたの必死な顔といったら、くくくっ」
「そんなに笑わないで下さいよ。そりゃ、まあ、自分がガキみたいなことしたってことぐらいわかってますから」
言い訳をするがにやにや笑いを向けられるばかりだった。
「冒険者の連中はこっちの都合なんて気にしないから、キテラがいた頃はほんと助かったんだけどね。引退したキテラにギルマスも何度か手伝いを頼んだらしいけど、忙しくなったら旦那様との時間がとれなくなるからって断ってたらしいよ」
「そうだったんですか。キテラが、そっか~」
自分でもちょろいとは思うが、知らなかった彼女の思いを聞いてすぐに口元が緩む。そうすると今度は生暖かい笑みを向けられた。
「これからも色々あるだろうけど、二人三脚でがんばりなよ」
「たぶん、キテラに支えられてばっかりだと思いますけどね」
ギルドを出ると家にまっすぐ向かう。
早足で人々の背中を追い越していく。
早く大人になりたいと思った。
自分で自分の面倒を見て、辛いことや苦しいことも一人で引き受ける。そんな人間になろうとした。
だけど、今が、いい。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
キテラがいる。すぐそばにいる。
彼女はこんなボクを受け入れてくれて、ボクも彼女がいれば幸せだ。この時間を守ることのできる自分を目指そう。