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3. 離れる二人

「やったな、ケイン」

 

 満面の笑みでナッシュさんが肩を叩いてきた。

 うっす、とボクも笑顔でうなずいた。

 

「指名依頼が来るようになったんだってな。今度のクエストはアートランド商会らしいじゃないか。あそこはこの町以外でも顔が利く。おまえの評判聞いて新しい依頼が来るはずだ」

 

 あたりを見回した後、ナッシュさんが顔をよせて声をひそめた。

 

「ところで、王都に派遣されるってのは本当なのか? 他のやつらもそのことで噂している」

 

 三日前、ギルドマスターから呼び出しを受けた。

 普段入らないギルドの一番奥の部屋に入ったときは緊張した。

 

『もっと稼ぎたくないか?』

 

 もちろん、とうなずいた。すると、一ヶ月ほど王都に行ってみないかと打診された。

 魔術や錬金術など多くの分野でいえることだけれど、王都のほうが進んでいる。地方は五年、十年遅れているといわれていた。

 冒険者ギルドにおいても、地方のギルドは王都のギルドに嫉妬というか羨望といったものがある。

 

 そして、今回、王都のギルドから人手を貸して欲しいと頼まれたらしい。もちろん急な話に戸惑った。それにキテラのこともある。

 

『妻と相談してから決めさせてください』

 

 そういうと、ギルドマスターは困った顔をした。急ぎの仕事らしく、なるべく早く返事を出したいらしい。

 だめそうなら別の人間に話を振るとほのめかされた。

 だから、ボクはうなずいてしまった。

 初めから受けるつもりだったし、きっとキテラも喜んでくれるだろうと思った。

 

 ボクは有頂天だった。

 選ばれた人間にしか上ることが許されない階段を、ボクは上ることができる。

 扉は開かれたのだ。あとは自分の頑張り次第でどこまでも上っていける。

 

「え……、キテラは残るの?」

 

「うん、だって、この家のこともあるし、それに王都への旅費も支給されるのは一人分でしょ」

 

 休みの日は王都でどうやってキテラと過ごそうかなんて浮かれていたボクにつきつけられた否定の言葉。

 わかっている、別にずっと別れて暮らすわけじゃないんだから。

 

「もしも、お金がたまって自由になる時間が増えたら一緒に行こうよ。そのときはケインが王都を案内してね」

 

 明るく言う彼女の笑顔はいつもとちがって見えた。それは鈍いボクでもわかった。

 でも、急な話だったから離れられない用事があっても仕方がない。そんな風に理解のある大人の振りをした。

 

「……わかった。頑張ってくるよ。今度は二人でいこう」

 

 出発の前日、夢を見た。

 目の前に階段が続いていた。ずっと先に望むものががあった。

 ボクは上る。

 だけど、後ろを振り返ると、キテラが寂しそうにボクを見上げていた。

 そのまま進むべきかキテラのところまで戻るべきか迷ったところで目が覚めた。


 ボクはずっとキテラに守られていた。自分ひとりでも大丈夫なんだと彼女に見せたかった。

 だいじょうぶと、自分に言い聞かせて王都へと出発した。



 それから、一ヶ月、慣れない王都での暮らしは刺激的だった。見知らぬことばかりにふれて、自分の世界がどんどん広くなっていく充実感に満たされた。

 

 帰り際、王都のギルドマスターからも声をかけられた。


『いい仕事をしたね』


 たったそれだけだったけど、ボクにとっては確かな自信となった。

 

 町に帰り、ギルドマスターに報告すると満足気にうなずいてくれた。その印象を裏付けるように、待遇がぐんとよくなった。今まで受けることができなかったクエストにも参加させてくれ、難しい仕事も任されるようになった。

 忙しくなった分、キテラと話す時間が減ったのは仕方がない。

 

 すべて順調だった。

 

「エレオノールさん、精算お願いします」


 あいよと軽い返事と一緒にうけとる。クエストの完了証明書に素早く目を通し、受付印をリズムよく押していく。

 

「あんたがこっちに精算しにくるのも久しぶりだねぇ」


 彼女が担当する一階の受付カウンターでは、一般依頼の処理をする。最近では特殊な依頼ばかりが多く、エレオノールさんと話すことも減っていた。

 

「ほんとに立派になったもんだ。やっぱりあんたはなにか持ってるって思ってたけど、粉かけとけばよかったかねぇ」

 

「エレオノールさんなら素敵な人が見つかりますよ」

 

 報酬の銀貨を受け取る。数を数えることなく懐の革袋に放り込んだ。もう、銀貨の一枚二枚で何かを感じることもなくなっていた。

 

「あたしもそろそろ厳しい年になってきたからねぇ。キテラに任せて受付嬢を引退しようかしら」

 

「え…………」

 

 聞いてない話だった。

 どうしてキテラの名前が出てくるのかがわからなかった。

 

「ここでひさしぶりにキテラに会ったんだよ。彼女がいれば、あたしも助かるんだけど……。もしかして、何も聞いてなかったのかい?」

 

 しまったという顔をするエレオノールさんに何て返事をしたかよく覚えていない。

 

 

 家に向かう道を歩いていても、まだ心は動きを止めたままだった。

 キテラについては他のひとたちからも聞けた。

 

『ほかのやつらも噂してるよ。あんたが王都に出張ってた一ヶ月の間、ギルドマスターと一緒にいるところを見かけたって』

 

 ギルドマスターの部屋から出てくるところをみたらしく、うつむき気味に歩く彼女は話しかけられる雰囲気じゃなかったそうだ。

 

 

 賑やかな大通りをはずれて日当たりの悪い路地を通る。

 狭く曲がりくねった道には雑然と物が置かれている。誰に取られてもこまらないようなガラクタばかりだった。

 数人の子供たちがきゃあきゃあと甲高い声があげながら、横を通り抜けていった。こんなところで子供を育てている親もいる。

 今までのボクもその一部だったが、もう違うぞ。大きな商会にも気に入られ、大口の依頼も指名されるようになった。そうすれば、こんなところからはおさらばだ。まともな家に住んで、いい家具もそろえよう。

 

「おかえりなさい」

 

 ドアをノックする前に扉が開いた。

 キテラが笑顔で出迎えてくれた。


 その笑顔は初めて会ったときと変わらないものに見えた。


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