2. 目指した先にあるもの
朝の早い時間、ギルドの掲示板前で張り出されたクエストを見比べていた。
ボクらの仕事はいわばなんでも屋だった。危険な仕事もあればただの雑用なんてものもある。リスクとデメリットを天秤にかけて実入りのいい仕事を探し出すことができて一人前の冒険者だと最近わかるようになってきた。
「ふわあぁぁ」
昨日のクエストの帰りが遅かったせいもあって、あくびがもれてしまった。少しがんばりすぎているような気がする。
「なんだ、緊張感がないな」
声をかけてきたのは先輩のナッシュさんだった。
ナッシュさんはボクと同じように冒険者ギルドに属していて、新米のころから色々と相談に乗ってくれた人だった。
「おまえ、眠たそうな顔してるな」
そういうナッシュさんも眠たそうだった。
伸び始めたひげが顎や頬を青々とさせている。
聞けば、昨日は夜まで飲み明かしたらしい。
「おまえも最近はつきあいが悪いな。家に帰ればキテラさんの作った夕食が待ってるもんな。ったく、冒険者だっていうのに堅実な暮らししてるよな」
ナッシュさんは独身だった。顔や服装をみれば、まあ、独身だろうと納得できる。
「そういや、おまえ今週もずっとクエスト受けまくってるらしいな。疲れをためてると思わぬ失敗があるから気をつけろよ」
「あんまり稼げるクエストがないので数ばっかりこなしちゃってるだけですよ。ナッシュさんの方は?」
「ぼちぼちだな。思ったよりも稼げてはない。酒場のつけがたまってるし、ギルマスから誰もやりたがらないクエスト押し付けられたよ」
めんどうくさそうにつぶやく。冒険者ギルドは酒場もかねているせいか、手近でいいやとここで食事を済ませるものも多い。
稼いだ金をすぐに落としていくので、まるで鵜飼いの鵜だというのがギルドメンバーの定番ジョークだった。
「あー、どかんと一気に稼ぎたいたいな。それで、引退していい家でのんびり暮らしたいもんだ」
ナッシュさんはしみじみとつぶやく。ボクもしみじみとうなずいた。
「ところでさ、ガウのこと知ってるか」
「え、ガウがどうしたんですか?」
低い声でいうナッシュさんからは嫌な予感がした。
ガウはボクよりも少し先にギルドメンバーになったやつだった。とにかく自信過剰で鼻持ちならない男だったけれど、実際に剣の腕は良かった。
ボクはやつにライバル心を抱き、あいつも同じだった。ボクらは互いに嫉妬と羨望をぶつけ合い、こいつにだけは負けたくないと思っていた。
「冒険者やめるんだとよ」
だから、ナッシュさんの告げた言葉が信じられなかった。あの自信家のガウが、自分からだなんて。
「ウソじゃねえよ。下手打って足にケガしちまったんだ」
呆然とするボクの前で、ナッシュさんは顔をしかめて怖い顔をする。
返事をするボクの声には元気がなかった。冒険者が引退するときは一山当てて笑顔ででていくやつ。それとひっそりといなくなるやつの二種類だけだ。
危険な仕事だとは知っている。だけど、それが見知った人間の身に起きたことで怖くなる。次はおまえの番だと言われたような気がした。
「まあ、これでライバルが減ったんだ。喜べ、クエストの取り合いもなくなる」
「……そうですね。あいつなら新しい仕事でも頑張れるでしょうね」
落伍した人間を嘲笑うことなんてできず、この場を慰めるだけの言葉を口にする。
この日は仕事を早めに切り上げた。昼すぎの道はにぎわっていて、通りを道行くひとは誰もが楽しそうで充実した顔をしていた。
にぎやかな雑踏の中で栗色のふわふわの頭を見つけた。
驚かせてやろうと、足音を忍ばせて近づく。しかし十歩手前で、彼女の顔がこちらをむいた。
「あっ、ケイン、今帰り?」
まったく驚いた様子もなくほにゃほにゃとした笑顔を向けてくる。やっぱり彼女の勘が鋭いというのは確かなようだった。
「荷物、もつよ」
差し出した手に彼女が持っていた買い物籠の重みがのせられる。中からは肉や野菜、パンがのぞいている。
「持ってくれてありがとね。じゃあ、わたしはケインの右手を持ってあげましょう」
すばらしい口実だった。多少の気恥ずかしさを感じながらもこのチャンスを逃したくなかった。
「ケインの手はおっきいね。それにごつごつして、剣を握る手の平になってる」
そういって握ってくるキテラの手は小さい。ボクの指と彼女のほそい指先が絡み合う。
この小さな手を守りたいと思った。
でも、それができているか自信がなかった。今は自我に振り回されているばっかりの子供でしかない。
もう少し歳をとって大人ってやつになったら、誰も傷つけず、他人も自分も守って生きていけるのだろうか。ボクは早く大人になりたかった。そうしてすべての望みをかなえて、毎日ずっとキテラと楽しく過ごすんだ。
「ボクは変わらないよ。キテラがいればそれでいいや」
湧き上がる気持ちのままを口にした。
隣を歩く彼女が子猫のような瞳でボクを見る。
「いや、特に理由はないけど……なんとなく」
思い切って言ってみたけれど、やっぱり恥ずかしくなってしまった。
「そっか、わたしもケインがいればいいよ。もしも、大失敗して社会の敗北者になっても大丈夫だからね」
「縁起でもないこといわないでよ」
「だって、ケインってば野心家だからね。いつか名を上げて有名になってやるっていってたじゃない」
村を出て、冒険者ギルドの門をたたいたとき未来は輝いて見えていた。
「言ってたけどさ……。世の中いいことばっかじゃなくて、でも悪いことだけでもないのも知ってるよ。頑張ればなんとかなることもなくて、でも頑張れたほうがいいわけだし」
難しい顔をしながらいろいろ言っているうちに頭がこんがらがってきた。いいたいことがいえないもどかしさを、彼女のひとことが助けてくれる。
「つまり、どんなに能力や才能があっても、うまくいくとは限らないってこと?」
「そう、そんな感じ!」
キテラからの助け舟におおきくうなずいてみせる。
「ケインは冒険者。よっ、未来の大英雄!」
演技のはいったキテラの声援にうははと笑ってみせた。
「だからね、わたしはケインが失敗しても成功してもいいの。ケインは努力ができる人だけど、それじゃどうにもできないことがあるから」
「だいじょうぶさ。運はわりといいほうだから」
「ほんとに?」
「間違いない」
だって、キミと出会えて結ばれたんだから。
さすがにその言葉は恥ずかしくて口から出さずに飲み込んだ。
本当は言ったほうがいいんだろう。気持ちはちゃんと伝えるべきだ。
でも、隣でゆったりと微笑むキテラを見ていると言わなくてもいいかなってなる。もしかしたら、全部お見通しなのかもしれない。
「ねえ、ケイン」
「なに?」
「ケインは……あまり変わらないでね……。それでいいから。ケインが立派な冒険者になってもならなくても、わたしは満足だよ」
彼女にしては不安そうな言葉だった。
やっぱり、さっきの言葉を伝えたほうがいいのだろうか。キテラだったらさらりと正直に口にのせてしまうのだろう。だけど、ボクが口にするとどこか作り物っぽさを感じてしまう。
「大丈夫、だよ」
今の気持ちを上手く言葉にできない代わりに少しだけ強くキテラの手を握る。
彼女も握り返してきて、そのまま手をつなぎながら家に帰った。
ボクらの家に二人で一緒に玄関をくぐると、「おかえり」と「ただいま」をお互いに言うと笑顔が戻った。
そうさ、ボクは努力することだけは得意だ。こつこつと日々を積み上げていけばいい。
そんなとき変化が出た。