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花の国の花嫁

作者: aqri

 昔々あるところにお花の国に美しい姫がいました。見た目は申し分ないのですが、お花の国はこれといった産業がなく、周囲の国からは田舎者扱いです。

お花の国と同盟を結んでもこれといって得るものがないので姫の結婚の話はあまり進んでいませんでした。

 そんな中王様の努力によりようやく姫の婚約の話が決まりました。なんと相手は宝石の国の王子です。宝石の国はお金持ちなうえ、人気が高くみんなの憧れの的です。王子も美しいと有名です。

 この二つの国は明らかに格差があり周辺の国からは揶揄されていました。姫の顔がいいから、それだけでしょ、と笑われています。


 婚約が決まってからも王子が訪ねてくることはなく、何も連絡がありません。不安になった王様は交流を深めないかと手紙を書きましたが、返ってきたのは「用事があるならそちらが来い」その一行だけでした。望まれた婚約でないことを示すには充分でした。王様は元気がなくなりこのまま姫を嫁がせていいか悩みました。

 そんな父の姿を見ていた姫は父やみんなを不安にさせないため、自ら宝石の国に行くことにしました。しかもお付きの者をつけず一人で行くと言うのです。

 もちろんみんな反対しました。しかし普段聞き分けの良い姫ですが今回は皆の説得には応じません。


「わが国が見下されているのは明らかです。ここは私一人で行って、いかにこの婚約に本気か驚かせる位の意思表示をしなければただの従属国になってしまいます」


 幸い花の国から宝石の国までの道のりはゆるやかで険しくありません。王様たちは悩みましたが姫の意思が固いことに折れ、姫一人で行くことになりました。

 非力な姫に大きな荷物を持っていくことができず、必要最低限のものだけ持って出かけます。愛馬のシルバーと共に行ってきますと手を振る姫は、予想以上に過酷となる道のりであることをこのときはまだ知りませんでした。

 平坦な道のりを行くつもりだったのですが、なんと太陽の国と月の国が戦を始めたのです。戦場の中を歩くわけにもいかず、姫はルートを変えます。

 あまり人が使っていない山を登り、だんだん獣道となり、シルバーに乗り続けることができず、手綱を引きながら歩いている時。


「あ!」


 辺りが薄暗くなっていたこともあり足元がよく見えていなかった姫は、濡れていた草に足を滑らせ崖から落ちてしまいました。

 宝石の国はとても豊かな国です。宝石はとても高価で周辺の国に人気があります。お金があれば国が豊かになり、国力が強く宝石の国は憧れの国です。

 宝石の国の王子は非常に美しいのですが、とてもわがままでした。毎日美しい女性をとっかえひっかえ、心から愛する人なんていません。

 花の国の姫と結婚約の話が出たのも、姫がとても美しいからと言うだけでした。美しい人など毎日見ている王子にとって結婚には全く興味がなく、毎日面白おかしく生きています。

 花の国の姫が訪ねて来ると部下から報告がありましたか正直どうでもいいし忘れていました。

 そんなある日姫が到着したと周囲は慌ただしくなります。一応顔だけは見ておこうと謁見の間に通しました。

 そして入ってきたのはとても美しい女性が1人とゴリゴリのムキムキマッチョな男が一人。男の雰囲気はまるで殺し屋のようで兵士たちもちょっとびびっています。


「嫁ぎ先の国に男を連れてくるとはどういうつもりだ」


 よく来てくれたなどの労りの言葉を言うことなく王子が不愉快そうにそういました。しかし美しい女性は無表情で無言のまま。代わりにゴリマッチョの男が一歩前に出ます。


「男なんぞ一人も連れてきゃーせん、ワシ一人じゃ」


 ドスの効いた声に心臓が止まりそうになりながらそれでも王子は虚勢を張ってフンと悪態つきます。


「お前のことを言ってるんだよ」

「さっきから何を言っとる、ワシが花の国の姫じゃ」


 どこからどう見ても人の首を100はへし折ってきましたと言うような、新兵など裸足で逃げ出す雰囲気をしている男。ふざけたことを言っていると王子の眉間にシワが寄ります。


「そんなわけないだろ」

「確かにドレスはビリビリじゃし、化粧もしとらんけ信じられんかもしれんが、しゃあないんじゃ。道中崖から落ちてのぅ」

「何で生きてるんだよ」


 王子は顔を引き攣らせて突っ込みますが姫(?)は物思いにふけります。


「崖を自力で登ったり熊や狼や闇の一族と戦ったりいろいろあったが、ここにくるまでにボロボロになってのう。失礼は承知、じゃが金も落としてしもうてこの格好でしか来れなんだ」

「いや喋り方おかしいだろ、他にもいろいろおかしいけど。闇の一族って何」


 疑問しかないがとりあえずいいかと王子は美しい女性の方を見ます。女性は先ほどから一言もしゃべらずその場でじっとしているだけです。


「田舎の国の姫は挨拶もまともにできないのか」

「さっきからヌシはなぜ馬に向かって話しかける」


馬。


馬? その場にいる全員が首を傾げました。


「これはワシの愛馬のシルバーじゃい、馬がしゃべるわけなかろうが」

「誰がどう見ても人間の女だろうが」

「ヌシは馬が人間に見えるのか、気は確かか」

「俺じゃなくて誰がどう見ても女にしか見えない。じゃあ聞くが姫はどこにいるんだよ」

「だから、ワシが姫や言うとる」


 全く話が通じないので王子はこの強面の男を無視することにしました。美しい女性に近寄りまじまじと見つめ顔がまあまあだな、とご満悦です。


「先に言っておくがお前に何も期待はしていない。ちゃんと生娘(きむすめ)だろうな? 夜の相手以外はお前のやる事は特にないから部屋から出るなよ」


 はっ、と鼻で笑って腕を掴みました。この国ではいわゆるこういった夜の事情は割とオープンです。そして次の瞬間。


「バカタレがぁ!」


 ゴリマッチョの怒号とともに繰り出された投げ技によって王子がポンと吹っ飛び、壁に激突しました。


「なんぼヌシの所業と言えど、獣と交わるなど言語道断。シルバーはワシの馬じゃ! そして雄! 黙っちゃおれん!」


 姫たちの周りを兵士がぐるりと取り囲みます。何が何だかよくわからない状況ですが、自国の王子が吹っ飛ばされたのだけは事実なので、罪人として拘束しなければいけません。

 しかし兵士たちはゴリマッチョの顔を見てぎょっとします。ゴリマッチョの目から大粒の涙が止まることなく溢れていました。


「望まぬ婚姻だったとしても一目惚れじゃった。それなのにこの仕打ち、胸が張り裂けそうじゃい!!」


 そう言うとゴリマッチョは兵士たちをなぎ倒しながら走り去って行きました。美しい女性も「ヒヒーン」と言いながらその後に続きます。

 うおおおお、と言う獣の咆哮のようなすごい声を上げながらゴリマッチョは城を去りました。

 王子の手当てをしながら兵士たちは思います。花の国はとても恐ろしい軍事力があるのかもしれない、と。

 その日、花の国では騒動がありました。姫が帰ってきたのです、それも質素な服を着て青白い顔色で、あちこち擦り傷切り傷をつけ。そして何より、やせ細っていました。


「どうしたのだ!」


 王様と王妃様、兄は心配して駆け寄ります。


「申し訳ありませんお父様、私はダメな姫です」

「そんなことはよい、すぐに休みなさい!」

「お父様。私は宝石の国には嫁げません。あんなに大見得を切って出たというのに恥ずかしい。でも……」


 姫の目からは、はらはらと涙がこぼれます。ふわりと漂う花の香り、悲しい時に匂うヒヤシンスの香り。紫のヒヤシンスは悲しみをあらわし、今姫が心の底から悲しんでいるのがわかります。

 その後姫の治療をしながら王様たちは話を聞きました。皆から愛されていた姫は大臣、宰相たちも駆けつけ姫の部屋は人が溢れます。姫は語りました、宝石の国での出来事を。


「山道は険しく、ドレスはすぐに破けたりしてしまいました」

崖から落ちて闇の一族と戦っていたのが主な原因です。

「険しい道のりは私の弱い体には堪えました」

そのためいつの間にか筋肉がつきゴリマッチョとなっていました。

「シルバーも私を心配しながらついて来てくれて」

慣れない山道を歩いた影響から普段使わない筋肉を使ったせいでメタモルフォーゼでもしたかのようなシュッとした(し過ぎた)外見となり。

「到着したら、王子を一目見て好きになってしまいました」

熊や狼や闇の一族と戦って覇王のような雰囲気で言葉遣いも違っていましたが。

「でも、王子は……私など見向きもせず……シルバーを寝所に連れて行こうとしたのです……!」


 いろいろ説明が抜けていますが悲しみに暮れる姫はそんな余裕はありません。そして姫の言葉は、そのままの意味で周囲の者に伝わりました。

 姫は悲しみに満ちながら帰って来たので、あっという間に筋肉は落ちて元の姫の見た目に戻り、シルバーも筋肉が落ちて(?)元の見た目に戻りました。服はあまりにもひどい有様を見かねた旅の人が譲ってくれた、質素な服です。


「姫よ」

「……はい、お父様」

「あー……その、人の趣味嗜好はそれぞれだ。豊かな宝石の国は贅を尽くして我々には理解できない趣味が流行っておるのかもしれぬ」


 しいんと静まり返り、非常に残念なものを目の当たりにしてしまった、という空気が辺りを漂います。母と兄は顔を顰め、大臣たちは目頭を押さえて唸り、兵長はぶちまけられた生ごみでも見てしまったかのような顔をしています。


「うむ、我々は相手の事を知らなさ過ぎたな。辛かっただろう、すまない。あー……でも、気にすることはない。花の国の常識ではちょっと、その。うん、難しい問題だから婚約はこちらから破棄するから」

「お父様」


 悲しみと父の愛に姫は泣き崩れ、母に優しく抱きしめられ肩を震わせて泣いていました。


宝石の国の王子って、そういう性癖なんだ……。


 そんな思いを国王、王妃、王子、宰相、大臣、兵長、文官長、その他国の重鎮たち全員が思っているなど宝石の国の王子自身さえ知りませんでした。


 その後、花の国の隣の隣にある砂糖の国の王子と婚約が決まりました。砂糖の国の王子は砂糖菓子が大好きで真ん丸の体型で、コンプレックスから内気な性格の為女性とお付き合いした事がありません。

 二人のお茶会は、それはそれは穏やかに進みました。悲しみに暮れていた花の国の姫は、穏やかで温かい気質の砂糖の国の王子に惹かれ、王子も美しく女性らしい姫に惹かれていきました。

 王子と姫のアイディアにより、乾燥させた小さな花を砂糖に入れて固めることで、紅茶に入れた時ふわりと花が広がり紅茶に花の香りが付加されるという砂糖を完成させました。花の数だけ砂糖の種類が増え、コレクションをする者も増え始め。

 周辺諸国から人気が出たこの砂糖により二つの国は豊かになっていきました。二人の結婚も間近です。


 そんな二人の噂を聞いた宝石の国の王子は二人を呼び寄せます。姫にはいつぞやの謝罪を要求し、砂糖の国には丸々と太った豚が結婚とは何かの冗談か、という挑発文を送り付けて。二人は幸せになったところを見せて見返してやろう、と宝石の国に向かう事にしました。


 王子と姫が到着したと聞いて謁見の間に通せば、一回り大きくなったゴリマッチョと一段と美しくなった女性と絶世の美少女が一人と人の大きさほどある蜘蛛とカマキリを足したような生命体が一体。

 ちなみに後者の美少女は慣れない山道で脂肪が燃焼されシュっとなった砂糖の国の王子、よくわからない生命体は熊や狼や闇の一族や首狩り族から王子を守るためいろいろな部位が鍛えられた王子の愛馬ラドリー(♀)です。

 その十数秒後。案の定ゴリマッチョの怒号が響き宝石の国の王子は全身骨折しました。


 数日後に宝石の国の王子は牡馬に発情し、花の国の姫ほどの美貌の女性には興味がなく、丸々とした体形の男が好きで、牝馬一頭に全軍に攻撃命令を出し、か弱い女性の平手打ちを受けて全身骨折するほど弱く、何だかよくわからない妄言を言うという噂が立ちましたが、砂糖の国の王子と花の国の姫は無事結婚し幸せとなったのでこのお話はめでたしめでたしです。


END

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