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9話 魔術の応用

 翌日のことだった。

 要塞での人々の生活は、さっそく暗礁に乗り上げた。

 まず、井戸が枯れていた。

 山の上に作った要塞である。潤沢に水が使えるなどとは考えるべきではなかったのだ。


「困ったわね。食べ物が一年分あるとはいっても、水が無いのでは生きていけないわ」


 母は人々の訴えを聞き、真剣に悩んだ。水は重い。要塞に井戸があるという情報があったため、最低限の水しか持ってこなかった。

 最低限がどのくらいかといえば、長い道中で使い切り、雨水や湧水を補充し続けなければならない量で、それも城塞に近づくほど手に入りにくくなり、着いた時には使いきっていた。


 母が利用すると決めた城塞の一番奥の大きな部屋には、謁見用に利用するのに、ちょうどいい大きさの玉座があった。

 古代に城として使われていた名残なのだろう。石造りであったため、数百年を経ても、傷む様子はなかった。

 母は玉座で人々の訴えを聞いた。誰かがやらなければいけないことであり、魔物に対する備えで忙しい父王に代わり、当面は王妃が内政を取り仕切ることになったのだ。


「……誰かが、水を汲みに行かなければいけないのかしら……」


 水が無いと訴えたのは、大勢の人々だった。かなりの人数が水が無いために困り、結果として、母の前には20人もの人間が訴えに来ていた。

 困っていたのが20人だけというわけではない。それ以上部屋に入れなかったのだ。

 誰ともなく話しかけた母の言葉に、人々は固まった。


 ようやく要塞に着き、これからの生活の心配をし始めた時である。近くに水汲み場があるとは限らない。周囲の地形を考えれば、水場はかなり遠くまでいかないと存在しないはずだ。

 誰も危険を冒したくはないし、4500人が生きるための水の量が、どれほどの量になるのかもわからない。


『母上、人々を無用に不安にさせることはないでしょう』

「……少し外すわね。すぐに戻るから。この子の様子がおかしいの」


 母は腕に抱いたままの私のせいにして、玉座から立ち上がった。

人々は困惑していたが、赤ん坊の様子がおかしいと言われて、止める者はいなかった。

 私を抱き、母は寝室にすると決めた部屋に入った。

 父と母の荷物は、大量にあったため皆で手わけして運んでいた。母自身が運んだものもある。母自身が運んだ分さえ、まだ整理がついていなかった。


「ちょっと、キールどういうこと? みんなを不安にさせる必要はないって。水がどこにあるか知っているの?」


 母の態度がおかしいと私は思ったが、どうやら本気だったらしい。母は魔術師である。ならば、考えるまでもないかと思ったのだ。


『母上は、水の魔術は使えないのですか?』

「もちろん使えるわよ。でも、この土地は火と水の力は弱いって、あなたが教えてくれたんじゃなかった?」


 魔物に襲われそうになり、火の魔術を使った母に、私は風の魔術を使うよう助言した。だが、今は敵に襲われているわけではない。


『その通りです。攻撃に使えば威力はほとんどないでしょう。ですが、飲み水として利用するだけなら、母上の力であれば、簡単なことかと思いますが』

「『飲み水』? 魔術で?」

『魔術で出した水は、飲めないのですか?』

「いいえ……でも、そんな使い方をしている魔術師はいないわ。魔術は、敵を討ち滅ぼすためにあるのよ」


 だから、この世界の人間は滅びようとしているのだろうとは、私は口が裂けても言う気はない。


『水の魔術を使用していただけませんか?』

「いいわよ」


 母は杖を腰の帯から引き抜いた。私の次に手放さないものである。私はそろそろ手放してもらいたいので、要塞での生活が落ち着いたら、交渉してみようと思っている。

母は呟くように言った。


「水よ!」


 母の前に、小さな水球ができた。水風船の外側を割ったような大きさである。


『力を惜しみましたか?』

「ええ……だって、いまは必要ないでしょう」

『もちろんです。そこのグラスに、誘導できますか?』

「我が導きに従い……グラスを満たせ」


 水球はゆっくりと移動し、母が持参した白磁のグラスを満たした。こんなものを持ってくるから荷物が多いのだろうとは、もちろん私は言わない。


『水に力を与えることは、この地では難しいかもしれません。しかし、水を生み出すだけなら、母上の力でしたら簡単かと思います。母上の力で、井戸を満たせばいいのではないでしょうか』

「……なるほどね」


 魔術を戦いの道具としか考えていなかったというのは、母の責任ではあるまい。王族として、不自由を感じることなく生活してきたことにも問題はあるのかもしれないが、母が学んだ魔術師の教えなのだろう。

 だから、魔術はすたれてしまったのだ。

 この古代の城は、明らかに土の魔術の力がなければ作れない。古代の人間は、魔術を様々に活用してきたはずだ。

 母は杖をしまい、私の頬に自分の頬を寄せた。


「どうして、私のキールはそんなことを知っているの?」


 冗談めかして母は言ったが、私はつい本気で答えた。


『知っていたのではありません。母上が魔術を使うとき、世界の理に働きかける力を感じたのです。その力の声を聴けば、対象を破壊するだけの力ではないことは、明らかでしたので』

「……わからないわ。生意気よ」


 母はむしろ楽しそうに私の鼻をつまんだ。

 再び人々の前に戻り、母は水の心配は必要ないものと宣言した。

 城塞の中にある枯れ井戸に人々を引きつれて移動し、存分に魔力を振るった。

 他の人間が魔術を使えないため、母の実力を比較する対象がいない。だが、母が魔術を使いすぎて疲弊する姿は、私には想像できない。それほど、母の魔力は膨大だった。






 水の問題が解決した後で、私は母に城塞内を詳しく見たいとねだった。

 私は抱かれていただけなので疲労していなかったが、母は長旅の疲れからか、到着した日はゆっくり休みたいと言っていた。

 母がいかに魔力を持っていても、肉体的な疲労は……私なら癒すことができても、無理をすることはない。自然回復する余裕があるときは、その方がいいのだろうと思い、私も一日はのんびり過ごした。

 生活のめどがついた今であれば、少しぐらいのわがままは許されるかみしれないと、母にねだったのだ。


 母は寝室で金属の器に水を注ぎ、さっそく私が指摘した魔術の使い方を、私に言われるまでもなく応用し始めていた。小さな火を作り出し、水をお湯に変えたのだ。

 白磁のグラスにお茶を用意し、湯気を堪能しながらグラスを傾ける母は、とても幸せそうだった。私は母の腕から解放され、床の上にいた。

 母の適応力は素晴らしく、床の上にはチリ一つない。母が風の魔術でゴミを吹き飛ばしたのだ。


「キールのおかげで、毎日体を洗えるかもしれないわね」


 母が選んだ部屋には、個室の浴槽と思われる場所まであった。古代の王は、自分で風呂を沸かしたのかもしれない。


『母上の力です。でも、城のなかに公衆浴場もあるかもしれません』


 力の使い方を指摘したのは私だが、それ以上に母の器用さには驚かされた。

四大元素を操るという魔術は、世界の理に働きかけて自然現象を操るというものだ。私にはその力の動きが見えたが、簡単に制御できるという代物とは思えなかった。

 私にもできるかもしれないが、母はおそらく天才に属する人間だろう。


「そうね。でも、あまりにも広いお風呂だと、私にも沸かせるかどうか自信がないわ」

『母上の他にも、魔術を使える人間がいればいいのですが。あるいは、誰かに教えてはいかがでしょう』

「いい考えかもしれないけど、私は特別魔力の量が多いと言われていたのよ。誰にでも使えるというものではないわ」


 私が母とそんな話をしていた時、玉座の間から母を呼ぶ声が聞こえた。


「あの声は、軍師ちゃんね。いい知らせだと嬉しいのだけど。いまとなっては、我が国の最高頭脳よ。難しいことを言うかもしれないから、キールも一緒に来て」


 母はグラスを置いて立ち上がった。

 立ち上がるとき、掛け声を出したことに気づいて、母は恥ずかしそうに自分の口を塞いでいた。

 母は十分に若いが、やはり疲れているのだろう。


 私は、産れて初めて、母に抱かれずに移動した。

 両手両足で床を這ったのだ。

 おかげで『軍師ちゃん』を少し待たせることになった。

 私のせいではない。母が面白がって、手を叩きながら私を誘導することに固執したのだ。

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