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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
5章 新たな守護者 

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85 魔王との対決

 魔物たちに見つかることを警戒して、俺は少女たちと共に廃墟に隠れ続けた。

 食糧は俺が用意した。

 俺が少女たちからパンくずを受け取り、少女たちに返すと、理由はわからないがふっくらとした美味しそうなパンに変わった。


 一度変わったパンが元に戻ることはなく、俺の分は少女たちが分けてくれた。

 俺自身の食糧としてパン屑をどう捏ね回しても変わらないので、少女たちに与えるという行為が必要なのだろう。

 水についても同じだ。


 少女たちが啜ろうとしていた泥水に俺が手を添えると、綺麗な水に変わった。

 ただし、俺は泥水を啜った。

 俺が直接触れた水は、綺麗にならなかったのだ。

 数日を過ごした。

 魔王配下の魔物たちの姿も見なくなった。


「ダマス、そろそろ逃げないか? レインのことも気がかりだし……もう人間のことはあきらめているんじゃないかな」


 3日が経過したころ、リマが言った。

 ずっと廃墟に隠れているのが、限界になってきたのだろう。

 トットは、自分より幼い子供たちに慕われ、すっかりお姉ちゃんという立場に収まっている。

 サリカはずっと俺のそばにいて、キャリーは慎重に外を伺っていた。


 レインというのは、孤児のなかで魔法を使える数少ない少女だ。

 レインはその能力を買われ、街から逃げる大人たちに連れ去られた。

 俺は瓦礫の間から外を見た。


 街は崩れ、動くものは何もない。

 人間は全て逃げ、魔物の数は多くない。

 魔物とは、俺の同郷の地獄の囚人たちだ。


「……俺は、魔王を知っている。執念深く、決して諦めない。この街には獲物がいないと諦めて、出ていくことはあるだろう。それが確認できない限り、出ていくことは自殺行為だ」

「あたしもダマスに賛成だ。危険すぎる」


 狩人としての才を示したキャリーが、外から視線を転じて俺を支援した。


「サリカは?」

「ダマスに従う」


 リマが尋ねると、サリカは言った。魔王に囚われていたのを救い出してから、サリカは俺から片時も離れなかった。

 トットが尋ねた。


「どうして、ダマスは魔王を知っているの?」


 俺は、少女たちを見回した。全員の視線が俺に向いている。

 口を滑らせたのではない。

 このまま、黙っていることはできないと思い、あえて口にした。誰も聞き咎めなければそれでいいと思ったが、やはりそうはいかなかった。


「魔王は、初めから魔王だったわけじゃない。この街にいる魔物たちは……自分の国では、ごく普通の人間だ。ああ……人間の姿をしているわけじゃない。その国では、ああいう姿をした連中ばかりだから、どんな姿をしていても人間として暮らすことができる。俺も……同じ場所からきた」


 サリカが俺を見つめ、キャリーが舌打ちをする。リマが視線を背け、トットが小さく悲鳴を発した。


「でも……ダマスは人間でしょう?」

「地上……いや、この国にきたときは、俺もあいつらと同じような姿だった。だが、君たちと会う直前……俺たちが聖者と呼んでいたある人物が、俺に何かを託した。はっきりと言われたわけじゃないが……何かを託されたのは間違いないと思う」

「……根拠は?」


 リマが鋭い声で尋ねた。

 俺は、普段から思っていたことを伝える。


「魔王にも、周りの魔物たちにも、特別な力なんかない。力が強く、死ぬことを恐れない以外……パンくずをパンに戻し、汚れた水を綺麗にすることはできない。俺も、自分のためには何の力もない。君たちを助けようとする時だけ、不思議な力で……君たちを助けてきた。この姿もそうだ。俺が望んだんじゃない。君たちを助けられるように、俺たちが聖者と呼ぶあの人が……姿を変えさせたんだ」


 サリカが口を開く。


「リマ、どの大人も、私たちを善意で助けてはくれなかった。恨んじゃいない。そんな余裕がなかったってことはわかる。でも、ダマスが、元々はあいつらの仲間だったからって……ダマスより私たちを助けてくれた大人なんかいなかったでしょ。ダマスを信じられないなら、私はあいつらの餌になったほうがいい」


「わかっているよ。私も……ダマスが敵だなんて思っていない。でも……わかるだろう? トットを見なよ。怖いんだ。サリカ……あんた、ダマスと寝たのかい?」

「リマ、何を言うの?」


 キャリーが口を挟む。サリカは答えず、頬を膨らめた。

 俺が代わりに言った。


「俺が、人間ではないことを知っているのは俺だけだ。そうと知っていて、サリカに手を出したりするはずがないだろう。生まれてくる子供が……人の姿をしていないかもしれないんだ」


 リマが大きく息を吐く。


「わかった。ダマスを信じる。これからも頼む」

「ああ」


 リマが手を伸ばし、俺も自分の手を伸ばそうとして躊躇した。

 自分の手が、クマのような巨大な毛深い手となっているような錯覚を覚えた。

 リマが一瞬怯んだような気がしたのは、錯覚ではないだろう。


 俺が手に目を落とすと、俺の手はごく当たり前の、人間の男の手だった。

 俺は手を伸ばし、リマの手を掴んだ。


 ※


 俺は、昼だろうが夜だろうが、地獄の囚人たちに見つからずに街を出るのは無理だと判断した。

 だが、いつまでも瓦礫の中に住み続けられはしない。

 俺は、腹を括って少女たちに言った。


「キャリー、みんなを誘導して街から出てくれ。サリカ、リマ、トットと子供たちを頼む」

「……わかった」


 キャリーは納得した。


「どうやって逃げるんだよ。途中で見つかるに決まっている」


 リマの疑問は当然だろう。


「俺が惹きつける。多分、見つかるのは……俺だけですむ」


 そう感じた。少女たちを守るためなら、聖者のくれた力が働くだろう。


「ダマスはどうなるの?」

「心配ない。逃げるよ」


 逃げられないかもしれない。だが、そう言えばサリカが心配すると思った俺は断言した。


「わかっていると思うけど……もし街から出られても、ダマスがいないとサリカは戻るし、リマは他の人と喧嘩するだろうし、私は自分を優先する」


 キャリーの言葉はきつかったが、それは俺に死ぬなと言っている。


「ああ。街の外で会おう。あいつらさえいなくなれば……幸せに暮らせるさ」

「ダマス、じゃあ。私たちは先に行っている」


 サリカの言葉に、俺は安堵した。

 キャリーが立ち上がり、少女たちが続く。

 外は明るい。

 暗かったからといって、結果は変わらないだろう。


 俺は、瓦礫から出ていく少女たちを見送った。

 最後に俺も出る。

 少女たちが走り去った方向に、俺も走り出す。

 何も起こらなかった。


 俺は、少女たちの背中を追うように走り続けた。

 少女たちは止まらず、子供たちが転べば、抱き上げて走り続けた。

 それだけ、必死なのだ。

 俺は、子供たちが無事に逃げられるように祈った。


 子供たちの足が軽くなったように見えた。

 背中を風が押している。

 俺の背中は誰も押さず、俺の足は重いままだった。


「よう。どこにいく? クマコウ」


 街の壁が見えてきた。

 俺が街にきた時とは違い、壁はあちこちで崩れていた。

 先頭のキャリーが壁の割れ目にたどり着くのを俺が見た時、俺の前で砂煙が上がり、地響きが生じた。

 少女たちは振り返らない。俺の前に降りた奴のことに、気づいていない。

 俺は安堵した。


「魔王、空を飛べたか?」


 俺の前に立ったのは、いつからか魔王と呼ばれ、自らも魔王を名乗り、死に戻る度に醜悪に変化する男だった。


「いや。どうやら、地上では体が軽くなるらしい。飛べはしないが、軽く地面を蹴っただけで、下手に落ちれば死ぬぐらいの高さに飛び上がった。それより……今までどこにいた? 噂じゃ、俺の邪魔をした人間の男が、クマコウじゃないかってことだったが……そんなことはないよなあ?」


 魔王の言葉に、俺は違和感を持った。

 俺は、自分の手を見た。

 毛に覆われた大きな丸い手に、指ではなく鉤爪が生えていた。


「ああ。俺じゃない」


 俺は咄嗟に言った。魔王の邪魔をして、サリカを逃したのが俺だと知られれば、俺は殺されるだろう。

 俺自身のために、聖者の力が働いたことはない。

 俺は、死ぬのが怖かった。


 自分が、醜い姿に戻ってしまったことは理解していた。

 だが、地上で知り合った少女たちと、2度と会えなくなるのは怖かった。


「そうか。なら、今までどこにいた? 今まで、姿を見せなかったよな? 地上の人間たちは脆弱だ。まさか、殺されたわけじゃないよな? 死んで地獄に戻ったら、簡単には出てこられないだろう?」


「あ、ああ。道に迷っていた。俺は……方向音痴なんだ。ようやくこの街にたどり着いて、魔王がここだって思ったのさ」

「ちっ……そうか。てっきり地獄に死に戻って、地上に戻ってきたのかと思ったぜ。地獄から地上にくる別の道ができたかと、期待したんだがな」


 俺は胸を撫でおろす。もし、死に戻っていたと言ったら、どうやって地上に戻ったのかと、追及されるところだった。

 俺の視線の先で、最後の少女が壁の向こうに消えた。

 俺は、魔王に言った。


「俺を探していたのか?」

「ああ。クマコウは強いからな。頼りにしていたんだぜ。それで、どこに行こうとしていた? まるで、ミツバチの巣を見つけたみたいな勢いだったじゃねぇか」


 魔王はゲッゲと笑った。

 クマは蜂蜜が好きだという、遥か昔の知識による冗談なのだろう。

 俺も愛想笑いをしたが、現在の顔で笑っていると伝わるかどうかはわからない。


「……いや。魔王が見つからないから、人間たちを狩りに行こうとしていたのさ。いるんだろう? あっちに」


 俺が、少女たちが逃げた方向を前足で示す。

 魔王が振り向き、肩をすくめた。


「ああ。いるだろうぜ。だが……まだ食うものはある。腹が空いたなら、一緒に来い。狩りに行くのはそれからでいいだろう。俺たちは獣じゃない。狩りをするのは生きるためじゃない。奴らをいたぶるためだ。そうだろう?」

「……ああ。そうだな」


 魔王はにたりと笑う。


 俺は、魔王の考え方に震えながら、反論もできなかった。

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