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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
5章 新たな守護者 

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82 魔王

 サリカは生きている。

 無事ではない。

 全身から血を流し、あまりにも血の量が多く、肉体のどこまでが無事なのかもわからない。


 サリカは、壁に磔にされていた。

 何人かの女たちが、同じように磔にされている。

 ただ、間違いなく生きており、動いているのはサリカだけだった。


「おい! 魔王! 美味そうな餌を持ってきた。交換だ!」


 ワニちゃんは恐れ知らずだ。

 不細工で歪なワニちゃんが可愛く見えるほど醜い魔王に向かって、俺を投げつけた。

 俺は投げ飛ばされた。

 空中で受け止められる。耳元で響いた声は、聴きなれた、だが二度と聞きたくない声だった。


「うまそうな奴なら、自分で食えばいいだろう。交換とは、どういうことだ?」


 魔王は俺を物でも扱うように、ワニちゃんに向かって投げ返した。

 俺はなすがままに身を委ねた。

 ワニちゃんの後頭部が見える。

 どうやら、ワニちゃんは俺を受け取らずに避けたらしい。


「こいつは、俺が知っているクマ野郎だ。友達を食えるはずがいなだろう」

「友達? 人間と馴れ合うのか? ただの餌だぞ」


 魔王はげっげっと笑った。


「人間なんかと、友達になんかなるものか! こいつを見ろ!」


 叫んだのはワニちゃんだ。

 俺は、床に投げ出された状態から起き上がった。

 俺の頭を掴もうとしたワニちゃんの腕が空振りする。


 元々、視界が極端に狭いのだ。

 かわすのは簡単だ。

 俺は立ち上がった。


「魔王、その子を放せ。その子だけでいい。他の子は……残念だけど、仕方がない」


 俺は、ワニちゃんの前に出た。

 ワニちゃんの言葉から、魔王は俺の正体を探ったのだろう。


「……貴様、地獄の罪人か? その姿はなんだ?」

「知りたければ教えてやる。その代わり、サリカを解放しろ」


 俺は、魔王の背後の壁に、手足を杭で打ちつけられているサリカを見た。

 サリカの目が俺を捕らえている。

 口がかすかに動いた。


『逃げて』


 そう言っているのがわかった。


「サリカだと? どれだ?」


 魔王は壁を振り返る。

 真っ赤に染め上げられた壁が、みじろぎをした。

 そう感じた。


 魔王が腕を振るった。

 壁が壊れた。

 肉片が飛び散った。


「ああ! 石と混ざって、不味くなるじゃないか!」


 ワニちゃんは、純粋に食事を楽しもうとしていたようだ。

 魔王はそうではない。

 女たちを苦しめるのに、すでに飽きていたのかもしれない。

 何よりも、俺を苦しめたいのだ。


「約束だ。もらっていく」


 俺は、岩の瓦礫と無数の肉片の中から、サリカを抱き上げていた。

 一糸まとわず、身につけているのは血液だけだ。

 赤い肉体に、俺は唾を飲んだ。

 それが、食欲なのかどうか、自分でもわからなかった。


 大量の瓦礫と、ごちゃ混ぜになった肉片に飲み込まれ、死んでいても不思議ではない。

 むしろ、魔王が殺すつもりだったのは間違いない。

 ただ、俺はサリカを助けられると感じていた。

 魔王の所業が、俺がサリカを助けるために必要なことなのだと感じていた。


 結果として、俺は瓦礫と肉片でもみくちゃにされていたサリカを発見し、抱き上げたのだ。

 壁に打ち付けられていた痕は残っていない。

 元々、傷などなかったのかもしれない。

 考えている場合ではない。

 俺は、サリカを抱き上げて言った。


「ワニちゃん、悪い。サリカはもらっていく」

「貴様! 約束を破るのか! どうやって姿を変えた? 教えるという約束だったはずだ」


 ワニちゃんが、瓦礫だらけになった肉片に肩を落としている一方、魔王は吼えた。

 あまりにも、一方的な言い草だ。


「サリカを殺そうとしただけだろう。俺が助けたら、約束を守ったことにするのか? 虫が良すぎるだろう」

「貴様! おい、ワニ、そいつを逃すな」


 魔王の命令に、ワニちゃんが飛び上がる。

 魔王に服従していなくても、命令されれば逆らえないのだろうか。

 俺は、サリカをしっかりと抱いて、とにかく逃げようとした。

 足元が滑った。


 血で溢れていた。

 転んだ。

 俺が肩から床に落ちたところで、衝撃で脆くなっていたのか、床が抜けた。

 俺はサリカを抱いたまま、街の支配者の屋敷の地下室に転がり落ちていた。


 ※


 真っ暗い瓦礫の下で、俺は頑丈な床を支える柱に守られ、奇跡的に無傷だった。

 奇跡ではないだろう。これも、聖者が分けてくれた力に違いない。

 俺は、サリカを抱きしめていた。

 落ちた衝撃か、元々弱っていたのか、気絶していた。


 周囲は完全に闇に閉ざされている。

 足の下に滑らかな石の感触があるので、地下室として作られていた空間だと想像できる。

 痛む場所があっても、俺は無傷だ。

 むしろサリカが心配だった。


 はっきりと見ていないので断言はできないが、俺が助けた時はほぼ全裸だった。

 全裸だと断言できないのは、血で真っ赤に染められ、服を着ているのかどうかすら、見てもわからなかったのだ。

 ただ、サリカは怪我をしていたはずだ。


 壁に打ち付けられていた。

 手足に楔を打ち込まれていた。

 全身を染める血の、多くは自分の血だろう。

 俺の周りに木の柱が落ち、たまたま俺の周囲だけ、身動きできる空間ができていた。


 暗いので見ることはできないが、サリカの体を感触で抱き寄せる。

 血で滑る。

 ぬめぬめとした液体が俺の体にまとわりつくが、サリカの体はしっかりとした弾力のある、魅惑的な肉体だった。


 手で探る。

 サリカの手があった。

 俺は、傷に触れないように慎重に手を撫でた。

 楔を打ち込まれていたはずだ。傷の具合を確かめたかったのだ。


 ところが、サリカの腕には傷どころか皺すらなかった。

 そんなことがあるだろうか。

 もう片方の腕をとり、さする。


 傷はない。

 足はどうだろう。

 俺は、サリカの腰から足を撫でた。


「うっ……」


 サリカが呻く。

 傷に触れただろうか。

 俺は、さらに慎重に足にふれる。

 どうやら、傷らしいものはない。


「サリカ、俺がわかるか?」


 俺は、サリカの耳元で囁いた。


「……ダマスなの? どうして?」

「助けにきた」


 サリカが手を上げ、俺に触れようとする。

 暗くて見えないはずだ。

 俺は、サリカの手を俺の顔に押し当てた。


「嘘でしょう?」

「本当だ」

「どうして……」


 サリカが、先ほどと同じ問いを繰り返した。

 同じことを尋ねたのは、俺が答えなかったからだろう。


「話は後にしよう。ここは、魔王がいた場所の地下だ。逃げようとしたが、床が崩れた。俺たちがここにいることは、魔王が知っている。掘り出して捕まえようとする前に逃げる。サリカは動けないだろう。俺がなんとか……」


 『逃げ道を探す』そう言おうとした。

 その前に、サリカの両手が俺の頭を挟んだ。

 俺の頭を捕まえた。

 唇に、温かく柔らかいものが押し当てられた。


「私は大丈夫。痛いところはどこにもないよ。ダマスの力でしょう?」


 どうやら、本当のようだ。

 俺が力を使わなくてもいいと言いたいのだろう。


「俺は何もしていない」

「嘘よ。ダマスがやったんでなければ、骨まで砕けていた手や足が、元通りに動くわけないもの」

「いや、それは、俺じゃない」


 本当に怪我が治ったとしたら、それは聖者の力だ。

 俺の力ではない。

 だが、否定し続けても不毛な言い合いになるだけだ。

 俺は、サリカに告げた。


「それでも、血をだいぶ流しただろう。しばらくは動かない方がいい」

「大丈夫だよ。すっごく、いいものをもらったから」

「いいもの?」

「これ」


 サリカは言うと、再び唇を重ねた。俺の口に舌を入れ、唾液を啜る。

 サリカの唇が離れるが、どんな表情をしているのかは見ることができなかった。


「……わかった。逃げる方法を探そう。手伝ってくれ」

「うん。あっ……私、裸だ。興奮する?」


 サリカは言うと、俺の手をとって、体に触れさせようとした。

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