81 地獄の囚人ワニちゃん
俺とワニちゃんは、何度死んでも互いがわかったほど仲が良かった。
魔王に従ったのは、2人とも魔王が恐ろしく、逆らえなかったのだ。
「クマ野郎、人間は食べたかい? 地上に行けば、人間っていう素晴らしいご馳走があるって、魔王が言っていただろう。誰も本気にはしていなかったけど、本当だったんだなあ」
俺と肩を組んでベンチに座り、ワニちゃんは目を輝かせながら言った。
「ワニちゃんは、人間を食べたのかい?」
ワニちゃんの言い方からすると、間違いはなさそうだった。
だが、信じたくなかった。だから、確認した。
「もちろんだよ。地上に来て、人間を食べないなんてことがあるかい? クマ野郎は、そんな形になっちまったから、心配して聞いたのさ」
「……そうか。俺は食べていない。ワニちゃん……地上にいる奴らは、死んだら生き返らない。死んだ奴は、きっと地獄に落ちるんだ。ワニちゃんたちも一緒だ。ワニちゃんも、地上で死ねば、また地獄に落ちる。その時、人間を食べていたら、今まで死に続けて、精算した罪がまたぶり返してくると思わないかい?」
俺は、地獄で繰り返し死んだ。
繰り返し死ぬことで、罪の清算をしているのだと、俺は感じていた。
「それはただの噂だろう。地獄で何度死んだって、罪が軽くなりはしなかったよ。どうせ、地上で死んだらまだ繰り返し死に続けるんだ。それなら、腹一杯、美味しいものを食べたっていいじゃないか」
「……ワニちゃん……それは、魔王が言っているのかい?」
「魔王は何も言わないよ。ただ命令するだけさ。美味しそうな人間が来たら、連れて来いって。そういえばクマ野郎、美味しそうだな」
歪んだワニの表情が、さらにぐにゃりと曲がった。
牙が大きく露出する。
赤い舌が覗き、涎が垂れる。
「俺は、見かけだけだ。中身はワニちゃんと一緒だよ。美味くない」
「まあ、そりゃそうか」
本当にそうなのだろうか。
俺にはわからなかった。
事実、俺が捕まっていた牢を破壊した蟹のような囚人は、俺を食べようとした。
「ワニちゃんがいてくれてよかった。俺のことを分ってくれる」
「そりゃそうだよ。おいらたちは、友達だろう」
「そうだな」
「じゃあ、行こうか」
ワニちゃんは、俺の肩を抱いたまま立ち上がる。
「ワニちゃん、行くって、どこにだい?」
「言っただろう。美味しそうな奴が来たら、連れて来いって、魔王の奴が言っているのさ。大丈夫。クマちゃんは不味いんだろう。でも、美味しそうに見えるから、おいらは連れていかなくちゃいけないんだ」
「……そうか」
ワニちゃんは、俺が知っているワニちゃんだった。
素直で、愚かで、それ故に、生前は多くの罪を犯しただろう。
俺は、ほぼ人間の姿になった。
ワニちゃんのような大きな顎も牙もない。
すでに捕まっている状況だ。
無理に逃げても、怪我をするだけだろう。
俺は、黙って運ばれることにした。
「生きている人間は、まだいるのかな? 特に……女の子とか、美味しそうだろう?」
俺は、担ぎあげられながら尋ねた。
ワニちゃんは、俺を捕まえてもやっぱりワニちゃんだった。
「クマ野郎も、やっぱり食べたいんだな。女の子もいるはずだ。でも、特に美味しそうな女の子とかは、魔王の奴が独り占めしているよ」
「そこには行けないのか?」
「俺も知らない。でも、これから魔王のいるところに連れて行くんだ。本人に聞いてみればいい」
「ああ。そうだな」
ワニちゃんは、俺を魔王のところに運ぶ。その結果、俺が魔王に食べられることになるとは考えていないようだ。
確かに、サリカを探して回るより魔王に聞く方が早い。
もし逃げて、サリカに辿りつく途中でワニちゃん以外の囚人に見つかれば、俺は殺される。
このまま、ワニちゃんに連れていかれる方がましだろう。
「そういえば、ここに不味そうな人間たちが積んでなかったかい?」
ワニちゃんは、老人たちが積み上げられた広場を振り返った。
すでに、全員が逃げ去っていた。
「いや。わからない」
「そうか。まあいいや」
ワニちゃんは、やっぱりワニちゃんなのだ。
※
俺は、ワニちゃんに担がれて運ばれた。
さして大きくも立派でもないが、しっかりとした建物に入る。
途端に、悲鳴が耳についた。
「ワニちゃん、誰かが悲鳴をあげているよ」
「ああ……生きているのがいるんだな」
ワニちゃんはのんびりと言った。
確かに、生きているのだ。
ワニちゃんの歩みは揺るがない。
早くも遅くもならず、ただ俺を運ぶ。
サリカの声が聞こえたような気がした。
叫んでいる。
つまり、生きている。
「ワニちゃん、魔王の奴が、美味そうな女の子を独り占めしているんだろう?」
「ああ。そうだ。そのうち、おいらが魔王になるさ」
ワニちゃんは言った。だが、本気ではない。
どうやって魔王になるのかは、考えていない。
「魔王のところに行けば、まだ生きている美味そうな女の子がいるぞ」
「そうだろうな」
「そこに俺を連れて行けば、美味そうな女の子と交換してくれるかもしれないな」
「そうかな? クマ野郎と美味そうな女の子を、交換してくれるのかい?」
「俺だって、今じゃ美味そうだろう?」
ワニちゃんは、担いだ俺をじっと見た。
「そういえばそうだ。よし、クマ野郎と女の子を交換してもらおう。美味そうな奴がきたら、連れてこいって魔王が言ったんだ。美味そうな女の子と交換だ」
多分、ワニちゃんは自分が非常に望みの薄いことを口走っていることを理解していない。
だが、俺の望みは達せられた。
ワニちゃんは、俺を担いでばたばたと走り出した。
ワニらしいのは見た目の印象とおおきな突き出た顎だけで、ワニの俊敏さも瞬発力も持ち合わせてはいないが、ワニちゃんはどたどたと走った。
目の前に扉が現れた。
ワニちゃんは、止まらなかった。
突き出た上下の顎が扉にぶつかり、強引に扉を開けた。
この開け方に問題はない。
ワニちゃんの顎の長さと腕の短さでは、取手を掴むことは無理なのだ。
「誰だ!」
魔王が振り返る。
魔王を見たのは初めてではない。
魔王は、地獄にいた時から魔王と名乗っていた。
悍ましくも気持ち悪い。
どれだけの罪を犯せば、これほどまでに醜い姿になるのだろう。
だが、俺の視線は魔王に向かなかった。
魔王の先に、壁に磔にされ、血みどろの姿で泣き叫んでいるサリカの姿を見つけていた。




