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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
5章 新たな守護者 

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80 街の人々

 街の人間は避難しているらしい。

 どこに避難したのかは、キャリーにもわからないようだ。

 街から出ているだろうとキャリーは言った。

 魔物に街が占拠されたら、街の外にはほとんど魔物はいないはずだからだ。


 地獄から出てきた魔物の数は多くない。

 大量に魔物が出る前に、聖者が身を挺して穴を塞いだのだ。

 地上に出たわずかな魔物から人間たちを守るために、聖者は俺に力を託したのだろう。

 土と岩で作られた街は、俺には粗末に見えたが、建物はしっかりとしていた。


 50年前に出現してから、一度も立て直ししていない建物が多いらしい。

 キャリーが産まれるずっと前のことだし、俺はずっと地獄にいた。

 50年前に出現したと言うのがひっかかった。


 人間が大勢で作り上げたのではなく、聖者のような力のある奴が一瞬で作ってしまったのではないかと想像できた。

 人間の数が足りず、使われていない建物もまだ多かったが、食糧が足りず、口減らしのために孤児は一定年齢で街から追い出されるという。


 嫌な世の中だ。

 俺は確かに地獄に落とされた罪人だったが、この街の規則を定めた大人たちほど酷いことはしていなかったと思う。

 聖者は、本当にこの街を守りたかったのだろうか。


 俺は疑問に感じながら、街の中心部を目指した。

 高い建物はない。

 権力の象徴を作らなかったのではないかと感じた。


「ここからだよ」


 キャリーは慎重に進んでいるのが、後をついている俺にもわかった。

 真っ直ぐに伸びる大きな通りを避け、あえて入り組んだ路地に入り、建物の角を曲がるたびに聞き耳を立てた。

 時に戻り、時に動かずにやり過ごす。

 俺に声をかけた時は、ほぼ街の中心に位置する場所だった。


「何がある?」

「街の広場だ。捕まった人たちは、縛られて広場に転がされている。サリカも、きっと一緒にいる」

「わかった」


 俺はさらにキャリーに従い、ゆっくりと街の中央広場に近づいた。

 建物の中に入る。

 どの建物も、人はいない。

 いるとすれば魔物という名の囚人だ。


 俺とキャリーが入ったのは、中央広場に面した建物だ。

 壁に空いた灯り取りの穴を覗く。

 広間の中央に、人間たちが転がされていた。

 縛られていない。


 縛る必要がないのだ。

 俺は、人間たちが転がっているのを見た。

 血が流れている。

 手足から、血が流れ続けている。


 手足の腱を切られている。

 2度と手足を使えることはないだろう。そうなっても構わない。

 魔物たちは、そう考えている。

 人間は食糧だ。

 それ以上の価値を見出していない。


「サリカがいない」

「見せて」


 俺は場所を譲った。

 キャリーが穴から覗き、顔を顰めた。


「魔物もいないね。もう、食べられちゃったのかな……」

「どこかに連れて行かれたのかもしれない。どうしてだろう?」

「わからないよ。サリカが生かされていて、別のところにいるなら……魔物の子どもを産ませるつもりかもしれない」

「……そうだな」


 俺は、否定できなかった。

 地獄の囚人だったからわかる。

 地獄では、欲望を削られた。

 死んでいる時以外に眠ることは許されず、常に飢えた。

 地上に出て、眠り、飢えも満たされたなら、残るは性欲だ。


「キャリー、サリカを探してくれ。手を出さなくていい」

「うん。でも、ダマスはどうするの?」

「見捨ててはいけない」

「あいつらを助けるつもり? どうして?」


 キャリーは、広場を指差した。

 キャリーが『あいつら』と呼ぶのは、手足の腱を切られた人間たちだ。

 キャリーから見ると、自分達を虐げてきた憎い奴らなのだろう。

 魔物の餌になろうと、味方ではないのだ。


「サリカを助けたい。でも、助けられる人たちを見捨てて、サリカが喜ぶとは思えない」

「それは違うよ。サリカは、あたしたちだけいればいい。あたしたちと、ダマスだけしか仲間だと思っていない。あたしも一緒だ。ダマス、罠かもしれない。魔物たちだって、頭を使うかもしれない。人間たちを誘き出す罠だったら、ダマスは無駄死にすることになる。サリカだって、助けられない」


「……わかった。気を付ける。キャリーも、注意してくれ」

「知らないよ。忠告はしたからね」


 キャリーは言うと、俺に背を向けた。


「あれが罠なら、俺がひっかかれば、キャリーは動きやすくなるだろう」

「……ばか」


 キャリーの呟きが寂しげに響いた。

 俺は、キャリーが出てしばらくしてから、建物を出た。


 ※


 俺は、建物から広場に移動した。

 誰も気づかないはずがない。

 街の中央に造られた広場は、池とベンチが造られた憩いの空間なのだろう。

 ただ、一隅に手脚の腱を切られ、逃げることもできない人間たちが積み上げられている。


 俺は人間たちに近づいた。

 何人かは意識を失っている。

 死んでいる者もいるかもしれない。


 だが、生きている人間もいた。

 年老いた者が多い。

 成人した者たちと子供たちは、街から逃げ出していると信じたい。


「……あんたは……」


 俺に向かって、すぐに助けを求めるほど楽観視してはいないのだろう。

 人間の山の中に居た1人が俺に尋ねた。

 禿げ上がった頭と、顔の周りを覆う白い髭が印象的だ。

 顔は老いているが、肉体はしっかりとしており、むしろ筋肉質だ。

 半裸で、他の人間の上に仰向けに倒れている。


「どれぐらい生きている?」

「近づくな。我々に構うな。若い奴は、逃げろ」


 男はしわがれた声で言った。

 本当に、老人たちは若者を逃すためにとどまったらしい。


「生きたまま、食われるんだぞ」

「そ、そんなこと……」

「最も苦しい方法で殺される。ギリギリまで、死なせてはもらえない」


「し、しかし……」

「あんたたちがそんな目に遭うのを、孫たちが望むと思うのか?」

「た、助けておくれ……」


 男の下に埋もれていた老婆が言った。

 俺は歩み寄る。


「ま、待て。それ以上近づくな」


 男は止めた。

 俺は無視した。

 老人の言うことは、正しかった。

 俺が人間の山に向かっていた先に、黒い影が落ちた。


 鰐だ。

 ワニのように口が突き出て、ごわごわとした皮膚をした、醜い魔物が落ちてきた。

 どこから落ちたのかはわからない。

 俺は止まらなかった。


「餌が増えた」


 ワニ人間は、げっげっと笑った。俺は止まらない。

 ワニ人間の手が伸びた。


「退け」


 俺を捕まえよとしていたワニ人間の足元が、つるりと滑った。

 上下が逆さまになるほど激しく転び、地面を抉った。

 人間たちではなく、ワニ人間の血で地面が染まる。

 逆さまになったワニ人間をかわして、人間の山に至る。


「逃げるぞ」

「せっかくだが、わしらは動けん」

「どうして?」

「どうしてって……どうしてだ?」


 白い髭面の老人が、自分の両腕を眺めわたした。ここに積まれた人間たちは、逃げられないように手足の腱を切断されている。俺はそう聞いていた。人間たち自身もそう思っていたのだろう。

 だから、戸惑ったのだ。手足が自由に動く状況に、何が起きたのかわからなかったのだ。


「逃げろ!」


 俺が大きな声を出すと、老人たちが立ち上がった。

 山に積み上げられていた老人たちが、次々に立ち上がったのだ。

 中には、死んでいる者もいるだろう。


 俺はそう思っていた。

 だが、実際には死んでいる者はいなかったようだ。

 老人たちが立ち上がった後、地面には誰もいなかった。

 老人たちが散り散りに逃げようとする。


「あんたも一緒に」


 最初に俺に話しかけた禿頭の老人が、俺の肩に手をかけた。


「いや。俺はサリカを助けにきた。サリカという少女を知らないか? まだ若い、剣を使う少女だ」

「今の世の中、武器を取らない女は生きられない。誰でも剣を使う。それより、あんたは何者だ? まさか、聖……」


「違う。あんたたちは先に行け。まだ、捕まっている者を、俺は探す」

「ああ。なら、あの建物を目指せ。魔王がいる。もし、まだ生きているなら、あそこに囚われている。だが、期待はするな。魔王の目的は、食糧でなければ魔王の子を産ませることだ」


 老人は、一方向を指さした。

 その先には、時計台を思わせる高い塔だった。

 魔王というのは、城っぽい建築物が好きなのかもしれない。

 人間たちが去った。


 切られていた手足が治っていた理由は、俺にもわからない。

 俺が塔に向かおうとした時、ワニ人間が地面に倒れた。

 横倒しに倒れ、頭を上げた。


「お前……クマ野郎か?」


 ワニ人間に、突然尋ねられた。

 俺は凝視した。

 地上に出て、普通の人間を見慣れてきた。

 だから、地獄の囚人は全部同じに見えていた。


 だが、人間よりはるかに個性豊かな連中だ。

 俺は思い出した。

 一緒に苦しみ、何度か一緒に死んだ。


「ワニちゃんか?」


 俺たちは、クマ野郎、ワニちゃんと呼びあう間柄だった。


「どうした? まるで、人間みたいになっちまって」


 ワニ人間が、俺の背中をたたく。

 痛い。

 尋常の力ではない。


「ワニちゃん、ちょっと話がある。魔王に聞かれたくないんだ」

「わかった。こっちに」


 ワニちゃんは、広場の人間たちを監視していたはずだ。

 あるいは、近づく人間がいれば、捕まえて魔王に届ける必要があるはずだ。

 だが、忘れたのだろう。


 地獄の囚人なら、ごく当たり前にあることだ。

 ワニちゃんは、俺と肩を組みたがった。


 肩を組み、俺たちは木陰のベンチに座った。

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