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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
5章 新たな守護者 

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77 街の牢の中で

 門番は俺がどこで何をしていたのか、根掘り葉掘り聞こうとした。

 俺は、その大部分に答えられなかった。

 地上にいなかったのだ。

 地獄の様子を伝えたが、俺が言っているのが地獄のことだと、理解できなかったようだ。


「それより、聖者が地獄に連れて行かれた。助けに行くべきだ」


 俺の答えに頭を抱えた門番の兵士に言うと、ますます困惑した顔を見せる。


「待て待て。聖者様は、あの山の頂にいることになっているが、それは伝説だ。実在を信じているのは年寄り連中だけだ。まさか、そんなことができる人物が、本当にいると思っているのか?」


 兵士の言う『そんなこと』は、聖者が生き残りの人間たちを集めて街を作ったという伝説についてだろう。

 サリカたちから聞いていた。

 話を聞けば聞くほど、俺とは程遠い人物だとわかる。

 だが、実在しなかったということはできない。


「俺は見た。地面が割れて、そこから飛び出した大きな魔物が、聖者と思われる老人を連れ去って、地獄に戻ったんだ」

「……夢でも見たんだろう。あんたのことは上に伝える。しばらく不自由になるが、魔物でなければ殺されはしないさ」

「わかった。それと……」

「まだ何かあるのかい?」


 門番の兵士は、ただの下っ端なのだろう。台帳を何度も眺め返し、厄介な仕事ができたとぼやいていた。


「地獄の入り口が開いたとき、魔王と配下の罪人……魔物たちが地上に出た。サリカたちに聞いて貰えばわかる。途中で洞穴を経由して逃げてきたから、俺たちを追ってはこないと思うが……人間を食いたくてたまらない奴らだ。注意したほうがいい」


「……与太話か?」

「信じないなら、俺が言うことはない。牢でもどこでも、連れて行ってくれ。抵抗はしない」

「ああ。そうさせてもらう」


 俺は腰に綱を巻かれ、兵士に連れられて移動した。

 途中で見た街の印象は、原始的というのに尽きる。

 泥と木材、岩を利用した簡素な建物群が並んでいる。

 遠くから見た印象と変わらない。


「人口は10000人ほどかな?」

「そこまでいないと思うが、そんなものかな」


 兵士は、俺と話をしながら、鉄格子に入れた。

 俺は、サリカに与えられた布を外すと全裸に戻る。

 自分の体を眺め回す。

 確認だ。


 俺は、地獄にいた頃は、他の罪人同様歪な姿をしていた。

 死に戻りを繰り返す度にますます異形になっていた魔王は例外だが、俺は徐々に人間の姿に近づいていた。

 だが、一緒に地上に出た他の罪人たちと同程度には歪だったのだ。

 攫われていく聖者に、何かを託されたのは間違いない。


 不思議な力も宿ったのだろう。

 歪な体が、ごく普通の人間のように変化したのも聖者の力に違いない。

 ひょっとして、元に戻ってしまっているのではないか。

 あるいは、人間ではあり得ない部分が残っているのではないかと恐れた。


 幸いにして、そのような心配はなかったようだ。

 俺が入れられたのは、鉄格子がはまった小部屋だ。

 俺は横になって、何もしなかった。

 もともと、勤勉な性質ではない。


 何もできないし、する必要もない。

 食事は出された。

 粗末な食事だと出した兵士が言っていたが、俺には十分美味かった。

 なにしろ、地獄ではどれほどの年月かわからない状態で、ずっと空腹だったのだ。


 ほぼ丸一日、俺は横になっていた。

 一日が経過した頃、俺は金属を打ち鳴らすような騒音に起こされた。

 武装した男が鉄格子の前に立った。

 俺を起こした騒音は、男の着込んだ金属の鎧によって鳴らされていたらしい。


「この男か?」

「はい。間違いありません。ここ10年以上、この男以外に新しい人間は見つかっていませんので」

「そうだな。おい、お前」


 俺が横になったまま首を向けると、厳しい鎧を着込んだ男が、俺を見下ろしていた。

 その横にいる男には見覚えがあった。

 この町にきたとき、俺に色々と尋ねた門番の兵士だ。


「なんだい? もう出してくれるのかい?」

「外で、魔物を見たと言ったそうだな」

「ああ。サリカたちにも聞いてくれ。間違いない」

「サリカとは誰だ?」


 サリカのことは誰でも知っている、というわけではなさそうだ。厳めしい鎧を着た男は、門番の兵士に尋ねた。


「身寄りのない子供たちの1人です。町に住むために森で狩りをしている時に、この男を拾ったそうです」

「孤児を探し出して、話など聞けるものか。おい、答えろ。その魔物は、どんな形状をしていた?」


 俺は横になったまま、体を起こさなかった。

 ただ町にきただけで、拘束される理由がわからない。

 飯をくれるので居心地は悪くない。


 俺は、働きたくないのだ。

 だが、命令口調で問いただされるのは不快だった。

 それが好意的になる理由がそもそもない。


「色んなのがいたよ」

「その中に、蟹の爪を持った魔物がいたか?」

「いたと思うよ。でも、食っても上手くないよ。片腕が蟹のハサミみたいになっているけど、肩から先は瘤だらけの木の枝みたいになっているからね」

「間違いない。生存者の証言と一致する」


 厳しい武装をした男は、眉を寄せて俺の言ったことを書き留めた。

 どうやら、地獄の罪人が獲物を見つけたらしいと、俺は勘づいた。

 それから、俺は牢から出されたが、解放されたわけではない。


 殺風景な部屋に座らされ、魔物とどこで遭遇したか、どうやって逃げたのかを聞かれた。生前に記憶がある。取り調べという奴だ。

 俺は、サリカたちに助けられたと、事実を述べた。

 サリカたちがなんと言おうと、少女たちがいなければ、俺は何もできなかったのだ。


 全てを言い終えると、俺は再び牢の中に戻された。

 今までは、正体不明の怪しい奴として監禁された。

 だが、現在は違う。

 俺に関わっている余裕がなくなったのだ。


 俺はただ1人で牢にいたが、慌ただしく走り回る足音や、時折聞こえてくる兵士たちの怒鳴り声から、緊迫している状況を感じていた。

 ただ、俺は閉じ込められている。

 何もできない。

 夜になった。


「聖者様、いるの?」


 突然、声が聞こえた。

 これまでのように、どこかの壁の向こう側というわけではない。

 かなり近くに聞こえた。

 明かりはない。

 兵士たちは、俺にかまっている場合ではないのだろう。


 食事も半日出ていない。

 俺はただ横になっているだけなので、腹は減っても困ることではない。

 だが、退屈だ。

 俺を聖者と呼ぶ者は、この街の中に、最大でも5人しかいない。


「聖者じゃない」


 俺は、反論しておいた。


「ダマス?」

「ああ。その声は、キャリーかい?」


 声の発生源はわかった。

 俺は気づいていなかったが、頭上に窓がある。

 窓にも格子がはまっており、出ることはできないし、位置が高くて手が届かないが、空気穴のようなものだろう。

 俺が見上げると、痩せこけた、精悍ともいえる、狩人の少女が覗こんでいた。


「やっぱり、ダマス、まだこんなところにいたんだね。逃げた方がいい。魔物が街のすぐ近くで目撃されたって噂なっているよ。ダマスは街にきたばかりなんだから、魔物のこともダマスのせいにされて、殺されるかもしれない」


「そんなことがあるのかい? 俺が、どうやって魔物を呼び寄せるっていうんだ?」

「知らないよ。でも、気をつけて。ダマスはきっと逃げたりしないって、サリカが心配している。ダマスは大丈夫だって思っているけど……大人たちは、何をするかわからない。ほらっ」


 キャリーは言いながら、格子の間から何かを落とした。

 俺は、焼き固められたパンを受け取った。

 あえて硬く焼いたわけではないだろう。孤児の少女たちは、街に貢献しないと、安全な場所で眠ることも許されない。


 少女たちが手に入る、精一杯の食べ物なのだ。

 俺は地獄にいた。

 地上の食べ物は、いまのところ全て美味い。


 その俺と、大して味覚が変わらないのなら、少女たちの食生活がいかに貧しいか知れるというものだ。

 俺は、両手で硬いパンを掴んだ。

 できそうな気がした。


 俺のためではない。少女たちのためだ。

 俺の手の中で、パンは柔らかく、香ばしい匂いをしていた。

 まるで、焼きたての最上のパンのようだ。


「キャリー、受け取れ」

「えっ? ちょっと……何?」


 俺が投げ上げたパンを、キャリーが驚いて格子の間から伸ばした手でつかみ取った。

 さすがに狩人だけあり、素晴らしい反射神経だ。


「えっ? どうしたの? これは……」

「持って帰って、食べるといい」

「それじゃ、ダマスはどうするの?」

「他の物はないのかい?」

「あるけど……まだ調理していない、こんなものしかないよ」


 キャリーは、腰にしばりつけられていた小さな塊を持ち上げた。


「それでいい。上等なご馳走だ」

「……わかった」


 キャリーは、腰につりさげていたネズミの死骸を二つ投げ入れる。

 俺はありがたく受け取った。


「今は時間がない。だけど、ダマスもなんとかして、逃げるんだよ。私たちも、ダマスを逃がせるよう、なんとか挑戦するからさ」

「俺のことはいい。キャリーたちは、自分たちのことを心配してくれ」

「うん。ありがとう、聖者様」

「俺は聖者なんかじゃ……」


 全てを言い終わる前に、キャリーが姿を消した。

 俺は、キャリーに恵んでもらったネズミの死骸を食べた。

 それから三日間、俺の食事はネズミの死骸だけだった。

 三日後、俺はもう、食事は与えられないのだと知った。


 牢の前の通路に、人間が転がった。

 真っ赤な血で通路を染め、肉片と変わり果てていた。

 重そうな体で地面を踏み鳴らしながら、人間を殺したであろう、歪な姿が見えた。

 俺は牢の中にいた。


 だが、安全ではない。

 そいつにとっては、牢は見慣れた存在だろうし、入り慣れた存在でもあっただろう。

 その男は、地獄の前は何人も人間を殺し、死刑判決を受けたのだと語っていた。


 半分は蟹の体に、奇妙な人間の皮膚をもった、実に醜い、地獄の囚人だった。

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