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73 洞窟の中で

 熊の冬眠用だと思っていた穴の底が抜け、落ちた先は明らかに人の手の入った通路だった。

 明かりはレインが灯す杖の先端だけのはずだったが、暗くなると俺の全身がほんのりと光っていることがわかった。


 崩れて落ちた場所から先は、左右上下とも、石畳で覆われている。

 レンガではないが、意図的に石を嵌め込んで、凹凸がなくなるように仕立てた通路が伸びている。

 天井が崩れたものの、埋まってはいないため左右と言っていいか前後と言っていいかわからないが、二方向に進むことができそうだ。


「それ、どうやっているの?」


 天井に空いた穴を見上げながら、杖をかざしたレインが尋ねた。


『それ』とは、俺が光っていることだろう。

「わからない。やろうと思ってしているわけじゃないんだ」

「光るのを止めることもできないってこと?」

「そうなるな」

「聖者様の証だよ」


 サリカが口を挟んだ。サリカは、剣を担いだ少女だ。


「だから、違う」

「うん。聖者様の伝説にも、全身が光っているなんて記述はなかった」


 レインが言うと、俺の体は徐々に光を失っていった。


「あっ……消える」

「意図して、光らせられる?」

「やり方がわからない」


「魔法を使ったことは?」

「ない」

「じゃあ、イメージしてみて」


 レインに言われた通り、俺は光ることをイメージした。

 すると、イメージ通り指先が光った。


「へぇ……凄いね。言語も道具も使わなくても、魔法を使えるんだ。まるで……なんでもない。その不思議な力を持つお兄さんは、ぼくたち、どうすべきだと思う?」


 突然レインが尋ねた。

 尋ねられても、俺が知るはずがない。

 だが、5人の少女の動きが止まり、全員が俺を見ていた。

 泣いていたトットという幼い子まで、真剣な顔つきで俺を見ている。


「地獄……いや、地の底から、魔物が出てきた。君たち以外にも、人間は近くにいるのかい?」

「聖者様が、人間の生き残りを集めた街がある。50年以上、魔物は出なかった。みんな油断している」


 サリカが言った。


「なら、警告しなくちゃいけない。ここは何かの通路かな? どこに繋がっているか、知っているかい?」

「分からない。オレたちも、こんな通路があるなんて知らなかった。ただ、街を目指すなら、方角はあっちだ」


 自らをオレと言うのは、槍使いの少女リマだ。

 地上の戦闘で武器を失っている。


「行ってみよう。すぐに追っ手が来る」

「聖者様は……ごめん、違うんだったね。あなた、名前は?」

「俺の……名前?」


 質問したキャリーを見つめ、俺は眉を寄せた。

 思い出せない。

 俺に名前があっただろうか。

 俺を呼ぶ者は、名前では呼びなかった。


「まさか、名前がないなんてことは……」

「723号……そう呼ばれていたような記憶があるな……」


 俺を鞭打つ、獄卒の顔が思い浮かぶ。

 地獄に落ちてからではない。それは、前世の記憶だ。

 前世から、俺は長い間名前では呼ばれていなかった。


「それ、名前じゃないね」

「なんでもいい。私たちの恩人だろう。そう呼ばれたいなら、そう呼ぶけど」

「いや……できれば、忘れたい」


 俺を鞭打つ獄卒を思い出せば、殺意が湧いてくる。

 どうしたわけか、殺意が浮かぶのと同時に、俺の中から何かが抜け落ちるような感じがした。


「わかった。なら、なんて呼べばいい?」

「好きに呼んでくれ。できれば、さっきの呼び方はやめて欲しい。それ以外でだ」

「じゃあ、ダマスって呼ぶ」


「サリカ、それは……」

「いいだろう。私たちの父の名だ」

「君たちは、姉妹なのか?」


 俺は驚いて尋ねた。5人全員が、見た目も印象も違うためだ。

 サリカが首を振る。


「血はつながっていない。ダマスは、私たち孤児を集めて世話をしてくれた施設の父だよ。先日死んで……新しい父に馴染めなくて、逃げてきたんだ」

「……いい人だったのかい?」

「うん。とっても。よろしくね。新しいパパ」


 サリカははにかむように笑うと、俺の手をとって握った。

 こうして俺は、ダマスと呼ばれることになった。


 ※


 5人の少女達は、順番に名乗った。

 剣を担いだ少女が一番年長で、サリカという。

 黒髪が珍しく、普段の精悍な顔つきとは裏腹に、人懐こい笑みを見せる。

 槍を使っていたが失った少女はリマで、目立つ赤毛をしている。


 サリカより年下だが、もっとも体格に恵まれている。

 弓を持った小柄な少女はキャリーで、体つきは小さいが、幼いという印象はない。

 小柄ですばしっこそうに見える。

 杖を持った少女はレインで、鋭い眼光は賢そうに見せる反面、親しみにくさも滲ませている。

 幼い少女はトットといい、よく変わる表情と彫りの深い顔立ちが印象的だ。


「俺たちは、街に向かっているのかい?」


 通路は真っ直ぐに伸びていた。

 俺は自ら光るため、一行の先頭を歩いていた。


「街がどっちかわからないよ。真っ直ぐにしか進めない。そうだろう?」

「うん。背後から、魔物が追いついてくるかもしれないし」


 背後でサリカとリマが言葉を交わしていた。

 方向は、サリカたちにもわからないらしい。

 無理もないだろう。

 太陽も月もない地下で、方角を知る方法はほとんどないのだ。


「魔物か……どうして、あれが魔物だと思うんだ?」

「魔物でしょう。人間ではないし、動物でもないでしょう」


 背後から、最後尾を歩いているレインが発言した。

 魔力の節約と称して灯りを灯していないが、何の道具もなく灯りを灯せる唯一の存在である。

 ずっと持っている杖がなければ魔法は使えないらしいというのは、俺には意外だった。


「ああ……そうかもしれないな」


 俺にとっては、追ってきているのは魔物ではなく、かつての同僚だった。

 俺と同じ人間で、ただ地獄での罪が精算されていないために、異形のままなのだ。

 それも、俺も同じだ。

 俺はただ、聖者に託されただけだ。


「ダマス、何か知っているの?」


 サリカが、俺の背中を突いた。

 腰回りに麻布を巻いているだけなので、背中は剥き出しだ。

 振り返ると、サリカが屈託なく笑っているのがわかった。


「いや。何も知らない」


 俺は、思わず視線を背けた。

 人懐こいサリカの笑みが、とても眩しく見えた。


「……分岐だ」


 歩き始めてしばらくして、俺は足を止めた。

 真っ直ぐだった通路が、二つに分かれていた。

 左右にではない。

 一つの道はまっすぐ、やや斜め上に向かっており、もう一つの道は、なだらかに降っている。

 少し斜めにずれれば、問題なく上の道を選べる。


「下だな。私たちの街は、山間の盆地にある。上に向かったら、山の中に出ちゃうだろう」


 サリカが言った。


「風が吹いているね。下からじゃないかな。上に行っても、行き止まりかもしれない」


 弓を使うキャリーが言った。

 武器を見ても立ち振る舞いも、狩人を連想させる少女だ。


「下に行った方がいいのかい?」

「うん。そうだね」


 サリカが言い、後続の少女達を見つめた。

 全員が頷く。それは、同意したというより、任せてしまっているように見えた。


「なら、上だ」

「どうして?」


 サリカが不満を漏らす。俺は振り向いた。


「下に行った方がいいとみんなが思うから、上に行くんだ。不満なら、休憩しよう。俺は、その方がいいと思う」

「……どうする?」

「いいよ。休憩しよう。何か考えがあるんだろう」


 キャリーが言うと、特に異論は出なかった。

 俺はやや斜め上になっている通路に入り、腰を下ろした。

 俺の周りに、少女達が座る。


 俺は、皮膚に意識を集中させ、静かに灯りを消した。

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