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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
4章 地獄からの脱出

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66話 裏切り

 頭上から弱い光が降り注ぎ、地面から突き立った細い岩を照らしている。

 地獄の中でもこのあたりは涼しく、湿気が多い。この先には、おそらく氷結地獄となっている。

 暑さと寒さが拮抗する奇跡のような場所にあるのは、おそらく石筍だ。


 降り注ぐ光は地上からのものだろう。地上と地獄の間にできた、ごく僅かの隙間から滴り落ちる水滴に含まれる成分が、長い年月をかけて地表近くまで聳え立つことになったのだろう。

 十年前に地上から降りてきた、岩壁に挟まれた階段には戻れなかった。塔を築くまでに、あまりにも遠くまで逃げてきてしまった。


 しかも、地上に出れば人工の要塞があり、魔物たちに占拠されている。魔物たちが現在でも住み着いている可能性が高いと、私は考えた。


「陛下、ここでしょうか?」


 マルレイが、遥か高を見上げて尋ねた。


「はい。この石筍と地上までの距離は僅かに10メートルほどです。ここが最も確実に地上に至れる場所でしょう」

「しかし陛下……石筍自体が一キロ以上の高さがありますよ。どうやって一番上まで登るのです?」

「陛下の魔法ででしょ」


 隣にいた治療術師のファニーが口を挟んだ。栄養が足りていないらしくひょろひょろとした体つきだが、美しい少女に成長している。


「それしかないでしょうね。人々を集めてください」

「承知しました。しかし……残念ながら半分が力尽きています」

「……なぜ?」


 マルレイの言葉に、私は戦慄した。塔から旅立つのに半分に及ぶ人々を置いてきた。この旅に耐えられないと自ら申し出たからだ。

 塔を出た数は、僅か100人に過ぎない。


 塔に残った人々は、考えたくはないが、ゆっくりとした死を受け入れるしかなかったのだ。

 せめて100人となった最後の人間たちの数を減らすまいと、私は魔王と手を組んだのだ。

 それなのに、マルレイの言葉では、半分がすでに死んでいることになる。


「陛下は先頭を歩き……もっとも危険な場所に居続けられたので、気づかなかったのかと思いますが……人々の残った体力の見込みが、甘かったと考えざるを得ません」

「……力尽きた方々のこと、マルレイは知っていたのですね?」

「陛下がお心を痛めないよう、取り計らせていただきましたので」


 つまり、マルレイが情報を操作し、人々の死に私が気づかないように仕向けていたのだ。


「ここかい?」


 私は、亡くなった人々の冥福を祈り始めた。まるで私の祈りを妨げようとするかのように、魔王が私の背後に迫っていた。

 マルレイが素早く、魔王と私の間に入る。


 マルレイは騎士という肩書きではあるが、実際に戦闘能力があるわけではない。魔王が攻撃を加えれば、ほんの一撃、私に届くのを遅らせることしかできないだろう。だが、その一撃の違いで、私ならなんとかできると考えているのだ。


「ええ。全員でたどり着きたかったのですが……」


 魔王への警戒を見せないように努力しながら、私は答えた。


「仕方ねぇさ。役には立ったんだぜ。何しろ、聖者様を守る俺たちの栄養になったんだからな」

「……まさか……」

「食ったさ」


 魔王は、口の中から一本の骨を取り出した。人骨であることを、私は確信した。


「裏切ったのですね」

「待て待て。俺は誰も殺していないぜ。死体を食っただけだ」


 言いながら、手にしていた人骨をばりばりと噛み砕く。


「確かですか?」


 私はマルレイに尋ねた。

 マルレイは、小さく首を振った。


「生きている人間を……食べたのを見ました」

「仕方ねぇだろう。腹が減っていたんだ。ほんの、1人か2人だ。おい……待てって……」


 魔王の言葉は、私には届かなかった。私の判断ミスで、人々を魔王の餌食にしてしまった。

 今の私なら、地獄の獄卒たちが相手でも、犠牲を出さずに切り抜けられたかもしれない。


 塔に10年閉じこもっている間に、私は自分の力も測れなくなってしまったのだ。

 周囲を静寂が支配した。

 錯覚ではなかった。


「……へい……か……」


 マルレイの消え入りそうな声に、私は自分の周囲が凍りつきつつあることを理解した。


「舞え」


 大気の元素が振動し、温度をあげる。凍りつきつつあったマルレイに生気が戻る。

 すぐそばにいたはずの魔王は、素早く距離を取っていた。


「俺が食ったのは最低限だ。あんたを守るための体力が必要だったのさ。それに、そいつは弱っていた。勝手にくたばったはずの奴だけだ」

「信用できません。炎よ、掴め」


 魔王の体を包むように炎の腕が伸びる。


「やっちまえ」


 魔王が言うと、周囲から魔物たちが飛び出してきた。


「岩よ。鋭い歯で私を守れ」


 私が命ずると、私とマルレイに飛びかかろうとしていた魔物たちが地面から生えた石柱に貫かれた。

 魔物はしぶとく、貫かれたぐらいでは死なない。だが死ななくとも、動きは止められる。

 鋭い岩に貫かれた魔物たちを抜け、私は魔王を追った。魔王は、岩槍からも炎の腕からも逃れていたのだ。


 ※


 岩に貫かれた魔物の群を抜けた時、背後で苦しそうな声が漏れた。

 背後の人間は1人しかいない。

 私は迷わず振り向いた。


 地面から生えた岩の槍に貫かれたままの魔物の腕に、マルレイがとらわれていた。

 巨大な魔物だ。手のひらだけで、マルレイの体を包み込んでいる。


「大気、風、振動と光よ。我が指となれ」


 私が複数の元素に命じて指から光の刃を生み出すと、指の動きに合わせて鞭のようにしなう。

 マルレイの苦しそうな頭部のみを露出させた、いかつい手を切り裂く。


 光の刃は私の指の延長だ。

 マルレイの体に巻きつき、解放された細い体を空中で絡め取る。

 そのまま引き寄せると、マルレイの体が私にぶつかった。


「申し訳ありません」


 マルレイがぐったりとしながらも私に謝罪する。


「申し訳ないことなどありません。私の注意が散漫だったのです」


 事実、私は背後にマルレイがいることを忘れて飛び出してしまった。


「しかし……魔王を……」

「……そうですね」


 私の小さな体では、いつまでもマルレイを抱えていられはしない。

 10歳の子どもにしても、小さいのだ。マルレイはすぐに地面に降りた。だが、衰弱している。立ち上がれないでいる。


「動けますか?」

「はい。いえ……足手まといになります」

「わかりました。石の中の戦士たちよ。私の元に集まり、マルレイを守れ」


 私が命じると、地面から数十の石像が立ち上がった。

 塔を守っていた戦士の像たちより、巨大で強そうだ。

 やはり、私の力は指向性を持たせることにより、強くなっている。


「安全な所に。マルレイが動けば石像も従います」

「……はい」


 私はすぐに魔王を追おうとした。だが、足が動かなかった。

 マルレイの様子が気になった。責任感が強い彼女は、私の足手まといになることを、なによりも嫌う。

 このまま残していいものだろうか。


 魔王が去った方向に進もうとした私の足が止まった。

 私は振り向こうとした。

 その動きが阻害された。

 私のもっとも信頼する者が、私の背中に触れていた。


「陛下……ご武運を」


 マルレイは、私に振り向くなと言ったのだ。私は頷き、地面を蹴った。

 足に魔力を流して筋力を引き上げ、風を体に受けた。


 ※


 地獄の大地は赤い。

 だから、見ることはできなかった。

 血が流れたかどうかはわからない。大地に変化はない。


 ただ、人間の死体が横たわっていた。

 一つではない。

 複数だ。数えられない数ではない。


 だが、私の脳が数えることを拒否した。

 死体が続き、その先に魔物がいた。


「裂けよ」


 私は風に乗って、筋力をはるかに超えた速度で駆けながら、たったいま人間を手にかけて殺した魔物を上下に分断した。

 魔物は一体だ。


 一体で、地面に横たわる多くの死体を作り出したのだ。

 私が分断された魔物の元にたどりついた。

 さすがに魔物だ。上半身だけになりながら、私を見て笑った。


「魔王は? ほかの魔物はどこです?」

「げっげっ……人間は美味かったぜ……」

「あなたも人間でしょう……」


「そんなことは忘れたよ。地獄で罪を償えるのは……人間がいないからだ。俺たちが罪を重ねるのは、お前たちが生きたまま地獄に来たからだ。死ぬだけでは生ぬるい。俺たちに罪を犯させた罪を償え」

「魔王は? 魔王はどこです?」


 私の問いに答えない魔物を問い詰めた。


「わからないか? 地上には、大量の餌があるぜ……」


 言ってから、魔物は体液を吐いた。死んではいない。魔物は簡単には死なない。おそらく、より苦しみを味わい、罪を償うためだろう。もっとも、この魔物の罪はもはや償える大きさではない。

 私は後方を振り仰いだ。


 地上に向かって伸びた石筍に、ダニのようなものが張り付いているのが見えた。

 魔物だ。

 その先頭に、巨大な姿がある。


 魔王だ。

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