55話 塔の上階へ
塔の高さにやや気圧される。生前にもっと高い塔はいくらでも見ていたが、周囲に人口の建築物が一切ないことを考えると、建築技術が進んでいるとはとても思えない。
しかし、人の手によるものに間違いない。これが巨大な蟻塚だというのならそれはそれで驚きだが、壁面の滑らかさや一定間隔で設置された窓の形は、人間以外の動物が作ったとは思えない。
もっとも、ここは地獄だ。
人間以外にこういった建築物について造詣が深い生物がいても、不思議ではない。鬼とかも、実は手先が器用かもしれない。
そう思ってから、鬼とかいそうなものだが、どうにも出会わないことに気づいた。
地獄はもともと、変な姿の奴であふれているので、鬼なんて初めからいなかったのかもしれない。
地獄の変な奴らを表現するために、鬼、という言い方をしただけかもしれない。
俺は勝手に納得した。
別の言い方をすると、俺は初めから、鬼に囲まれていたのだ。
ならば、いまさら気にすることでもない。
待ちに待った、塔の内部を楽しむことにする。
塔の中は、通路のようになっていた。3方向に伸びているが、すぐに壁に行き止まって見えなくなるのは、通路が折れているのだろう。
迷路のように複雑に入り組んでいるのでなければいいがと思う。
何度も死を繰り返してようやくたどり着いたのに、さらに虐められるのは悲し過ぎる。
しかし、その悲し過ぎる事態が起きたのだと、俺は認めざるを得なかった。
少し通路を進むと、俺に先行して塔にたどり着いていた先輩たちが、点々と転がっていたのだ。
どういう原因かはわからない。
姿かたちが不均一なので、倒れた奴の顔を見ても、苦しんでいるのかそうでもないのかも判断つかない。ただ、動かない。
完全に死亡すると灰のように崩れてしまうので、死ぬのに時間がかかっていることはわかる。
塔の内部に、疫病でも蔓延しているのだろうか。
塔の管理人は何をしているのだろう。そんなもの、はじめからいないのだろうか。いないのだろう。
誰に文句を言っていいのかわからない状況と言うのは、ストレスになる。
俺は、ストレスを感じた。
外に出てやろうか。外に出て、塔に入るなと、外にいる連中に言ってやろうか。
そう思ってから、そんな義理は全くないことに気付く。
面倒なので、放置することにする。
塔の中だろうと、塔の外だろうと、死んだら同じことだ。
もう一度、黒血の池からやり直すのだ。
永遠に、飢餓状態から希望を求めて徘徊するのだ。
そう思えば、怖いものはない。
俺は塔の一階をぶらぶらと歩いた。
周りに、動ける者も動けない者もいなくなっていたので、どこに向かえばいいのかわからなかった。
解らないので、少し立ち止まって考えることにした。
そうすると、なんだか招かれているような気分になった。
一方向から、甘い臭いが漂ってくるような気がする。
甘いものは好きではない。
だが、この場合の甘いものというのは、飢餓状態を癒してくれそうな何かという意味で、文字通りの味覚的な甘さではない。
誘われているのなら、その誘いに乗ることにする。
塔の中で何者かが、塔の主か管理人か、住み着いている住人か知らないが、はるばる訪れてくれた相手をもてなそうというのだ。
無視することもないだろう。
俺は、その方向に向かおうとした。
たぶんだが、塔の中央に向かうことになる。
だが、まっすぐには進めなかった。
塔の内部は、複雑な迷路になっていたのだ。
進みたい方向に壁があり、俺は迂回を余儀なくされた。
たまたま、階段に行きついた。
一階の中央を目指すか、階段を上るか、やはり考えた。というのも、階段の上からも、同じように甘い香りが漂ってきたからだ。
迷う時間は短かったと思う。どうせ、一階の中央にたどり着いても、何かがあるという保証があるはずもない。それなら、二階に上ろうと思った。
自暴自棄になっていたのかもしれない。
というより、地獄に落とされて、何度も死亡し、飢餓状態のまま計画的に物事を考えろと言う方が無理だと思う。
俺が一階から二階へ上ったとき、動く影があった。
仲間だろうか。
いや、一緒に地獄に落ちたからといって、仲間ということにはならない。
黒血の池で誕生を繰り返したからといって、仲間ということにはならない。
だが、敵対をする理由はない。
ならば、地獄の住人たちを、俺は仲間と呼ぼう。
嫌がる奴は無視しよう。
俺は生前の、宗教的なカリスマを勤めた絶対者の寛容な考え方を抱きながら、動く影を追った。
ほんのわずかの間目を離した隙に、その者は俺の死角に入りこんでいた。
俺が地獄で見たどんな奴らより、人間に近かった。
前世の俺が憧れた体形に近く、鎧をまとっていた。
地獄で見たどんな奴より前世の人間に近いそいつは、たぶん地獄で今まで見た誰よりも、人間から遠くはなれた存在だった。
全身を石色の鎧で包み、石色の剣を振り上げ、俺の言葉を聴くこともなく、問答無用で剣を振り下ろしたのだ。
俺は受け止めようか、避けようか、少しだけ迷った。
迷う時間は短かったように思う。
何しろ、あっという間に頭を割られ、迷うことすらできなくなっていたのだ。
目の前が真っ黒に染まり、視界を確保するために顔を拭いた後、俺は黒血の池に戻っていることに気が付いた。
2回目に塔にたどり着くまでに、43回死亡した。
最初にたどり着いた時よりも多くの回数を重ねていたが、苦にはならなかった。
こういうものだと慣れてしまったのだろう。
最初に塔にたどり着いた時より遥かに多く死んだのにも関わらず、2回目の到達には感慨も沸かなかった。
話し相手もできた。
すぐに死んだあと二度と出会うことはなかったので、そいつとは長続きしなかったが、話し相手は割とすぐにできた。周りの連中も、孤独は嫌いなのだと感じた。
死ぬと二度と会えないのは、死んで再生させられる度に、見た目が変わっているのかもしれない。
俺も、実は死ぬ度に顔が変わっているのだろうか。
考えてもわからない。鏡を拾っても、どうせ死ねば落としてしまう。
物欲は無くなりそうだ。
こうして、いくつかの欲をなくして、地獄に落ちた俺の罪は浄化されていくのだろうか。
二度目に入った塔の中は、1回目と変わらなかった。
時間にして数か月は経過しているはずだが、何も変わらない。
本当に数か月経過しているのかと言われれば、俺にもわからない。
地獄には太陽がなく、朝も夜もないため、時間の感覚はない。
一度死んでから、どのくらいの感覚で黒血の池に戻っているのかもわからない。死んで再生する間、俺の意識がないだけで、数日も経過しているのかもしれない。
代り映えはしない塔の中を、俺は前回とは違う通路を歩いてみた。だが、結局は一緒だった。
途中で倒れる同僚の兄さんたちが転がり、完全に死ぬと崩れる。
俺が通りかかるのとちょうど同じタイミングで、一人が崩れた。一人と呼ぶのが適切かどうかもわからない、ごつい奴だった。
俺の足を止めたのは、そいつが崩れたからではない。崩れた後に、細長い木の枝のようなものがあるのに気づいたからだ。
ごく細い木の枝は、縮れた髪の毛のように見えた。色は真っ黒で、人体に張り巡らされた毛細血管のように、複雑に絡み合っている。
死んだあいつの一部だろうか。他の連中は、死んでも何も残らなかった。
あるいは、死んだ奴の命を奪った何かだろうか。
俺は、黒い血管のような植物の一部を見つめていた。
毛玉のような植物が、ずりずりと移動を始めた。
自ら動いているのではないことがわかった。
引っ張られているのだ。引っ張っているものがあるのだ。
毛玉のような植物につながる、蔓のような細い茎が続いている。
俺は、その後を追うことにした。
明日から新作始めます。
異世界転聖は完結まで同じぐらいのペースで続けますので、応援していただけると嬉しいです。
異世界転生して100日間の出来事を書く予定で、タイトルに「100日」ってつきます。
よろしくお願いします。




