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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
3章 地獄に落ちた魂

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52話 黒血の池

 俺が落ちたのは、真っ黒いが生ぬるい、ただの水の中だった。

 悲しそうな顔をした人物が『すべての世界でもっとも罪深い地獄』だと言った場所が、ここなのだろうか。

 ただの、生温かい黒い池ではないか。


 俺は拍子抜けした。

 地獄に落とされると聞いて、少しだけ恐れたのだ。

 確かに、現世では一万人の信者に後追いをさせた。だが、それも無理強いした覚えはない。

 俺が死ねと言ったのではない。


 ただ、俺が死ぬことを宣言し、共に死ねば、魂の段階から俺と同じステージに上がれると約束し、死ぬための毒を与えた。

 だが、強制したわけではない。

 俺が地獄に落とされるのは理不尽だ。

 生ぬるいだけの黒い池なら、そもそも居心地は悪くない。


 しかも、それほど深くはない。

 足が着く。

 俺は、池の中で立ち上がった。


「……あっ」


 思わず声が漏れた。

 立ち上がったのは、俺だけではなかった。

 何十、いや何百という黒い者たちが、池の中で立ちあがった。

 全員、人間の姿はしていなかった。


 鬼のような角の生えた者や、頭部だけが極端に肥大した者もいた。体の半分が溶けたような者も、人間の上半身に大クモの下半身を持つ者もいた。

 どれもが、真っ黒だった。

 俺の声に反応し、近くに居た奴が振り向いた。

 そいつは、背中に瘤を持った、醜く人に近い姿をした化け物だった。


「どうした? 珍しいものでも見たのか?」

「……ああ。あんたたち、化け物か?」


 そいつは笑った。心底おかしそうに笑った。実に不愉快な笑い方だった。


「俺たちが化け物? それは、お前も同じだろう?」


 こいつは何を言っているのだろう。

 俺は自分の手を見た。俺が見知った、普段の手の形はしていなかった。

 武骨なハサミのような形状をしていた。真っ黒で、醜い手の形だった。

 俺はうっかり、顔を手で触った。


 間違いに気づき、慌てて止めようとしたが、俺の長くなった手は顔を貫いた。

 顔を貫いたことすら、気のせいだった。

 鋭く醜い俺の手は、俺の顔にぶつかり、がちりと音を立てた。

 俺は、自分がどんな顔をしているのか知りたくなかった。


「俺も……化け物か?」


 だが、見ることはできなかった。池の水は、黒いだけでなく、暗い。何も映してくれなかった。

 見渡す限りが、ただ黒い池であり、周囲にも何もない。

 自分の姿を知りたければ、教えてもらうしかない。

 知りたかったはずはないのに、俺はたまたま近くにいた見知らぬ化け物に尋ねていた。なぜか、そうしなければいけないのだと感じていた。


「ああ。お前みたいな醜い化け物は見たことがない。きっと、世界中から嫌われる、とんでもない悪い奴だったんだろうな。ひょっとして地獄の王か?」


 ずいぶんと失礼な奴だと思った。

 俺が悪い奴であるはずがない。本当に悪い奴は、死ぬまで死のうとか思わずに生き続ける奴のことを言うのだ。


「地獄の王というのは、閻魔じゃないのか?」


 俺が悪い奴かどうかはひとまず置いておくことにした。議論したところで、意味のないことだからだ。

 地獄の支配者は現世のある宗教では『閻魔』と呼ぶ。また別の宗教では、地獄にいるのは悪魔だと言うこともある。

 所詮は概念なので、信じる人間によっていかようにでも名前を変える。ただ、地獄の支配者を『閻魔』と呼ぶ一部の人々は、地獄をまるで実在する外国のように思い描いていたらしい。

 俺はその国の人々の変わった考え方が好きだったので、あえて『閻魔』の名を出してみた。

 背に瘤のある奴は、首をひねった。


「閻魔っていうのは、聞いたことがないな。お前がそうか?」

「違う。地獄の王の名前だ」

「へぇ……地獄に王がねぇ……本当にいたんだなぁ」


 もともとは、こいつが言いだしたことなのだ。

 俺は少しいらいらしたが、こういった頭の弱い奴の対処法も知っている。まともに相手にしないことだ。

 気長に付き合うことで、俺のことを無警戒に信じるようになる可能性もある。


「もし、地獄の王に仕える気があるなら、口を利いてやってもいい」


 俺はまじめに言った。まじめに、騙そうとした。

 見た目は悪いが、生きて動いている。それだけで、手下にする価値はある。

 だが、そいつはまじめに受け取らなかった。


「はっはっはっ……地獄に来て、そんな冗談を聴けるとは思わなかった」

「冗談? どうしてそう思う?」

「どうしてだって? そりゃ、この池が永劫の苦しみを生み出す黒血の池だからさ」


「『黒血の池』?」

「自分が居る場所のことも知らないのかい? あんた、地獄に落ちたばかりらしいね」

「お前も一緒だろう?」


 俺はいらいらが抑えきれなくなりそうだった。

 明らかに頭が弱い相手に笑われ、しかも俺よりも状況を理解しているということが許せなかった。


「一緒じゃないさぁ。俺ももうずいぶん、この池からやり直している。地獄の怖いところは、何度でもやり直せる機会も時間も与えられるが……何をしようが報われないことだなぁ。それも……地獄で何度死んでも、この池で産れ戻されるからなんだろうな」


 俺は再び自分の体を見た。

 ただ黒い。それ以外は、まったく新しい体だ。

 とにかく酷く醜いらしい。それ以外に、不都合はない。

 現世で地獄として恐れられた場所より、むしろ生ぬるい。


 だが、自由にしていていい。永久に何もない。だが、何をしても報われない。

 確かに辛いだろう。

 考える時間もたっぷりある。

 何度でもやり直しができる。

 なら、やるべきことも見つかるかもしれない。


 俺は地獄に落ちたということを、なんとなく理解した。

 本当に理解できていたかどうかはわからない。

 とにかく、まずはこの地獄のことを知ることが大事だ。

 俺は浅くぬるい、真っ黒い池の中をざぶざぶと歩いた。


 同じところにじっとしていたら、上から地獄に落とされた別の奴が落ちてくるかもしれない。

 落ちてきた奴に潰されて死んでも、やり直しができるらしい。

 ならば、無理に逃げることもないのだろうが、結局何もできないというのは面白くない。

 池は確かに広かった。

 地獄で死ねば、この池から再出発するらしい。


 現世で聞いていたような鬼の姿はなく、悪魔やら魔王といった存在も姿を見せていない。

 いずれそういった連中にも会うかもしれないが、その時は歓迎しよう。

 力を持った何者かがいるという事実があれば、それは希望になりえるのだ。

 仕えればいい思いができるかもしれないし、力をもった存在がいるということは、自分もそうなれるかもしれないと思えるのだ。


 そう考えれば、地獄の王というのは本当に居ないのかもしれないと思うことができた。

 地獄に王はいない。それこそが、地獄の罪なのだ。

 俺はまだ、地獄に落ちたばかりだ。

 何も知らない。すべてを決めつける必要はない。


 まずは歩いてみよう。

 すべては、それからだ。

 俺は池から上がった。

 ようやく池の端にたどり着き、ゆるい傾斜を上って池から出た。

 目の前には、見渡す限り何もない平原が広がっている。


 あるのは地面と、遠くに火山が見える。

 もし火山がなければ、この世界はただ暗いだけなのだろうか。

 そう思えるほど暗かった。

 前方に醜い奴が歩いている。


 俺が最初に話しをした、瘤のある背中もあった。

 黒い体をした連中が一方向に向かって移動している。

 あの方向に、何かあるのだろう。

 俺はまるで何かに引き寄せられるかのように、目的もわからないまま地獄の移動を始めた。

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