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51話 罪人の転生

 無数の屍の上に、俺の栄耀栄華は築かれた。

 俺以外に、生きる価値のある人間などいなかった。

 家畜同然の豚どもだ。

 俺に仕え、俺のために死ぬ人間に囲まれて、俺は幸福になった気持ちでいた。

 今ではカルト教団と呼ばれる、新興宗教の教祖が俺だ。


 奇蹟なんか起こせない。

 ただ、当然のことを芝居がかった動作をつけて言うだけで、俺は特別な存在だとみなされた。

 俺は特別だ。

 人間を支配するために生まれたのだ。

 ずっとそう思っていた。






 俺の取り巻きは、普段は十人程度だが、俺に従う信者は一万人を越えているはずだ。

 教義なんてものは適当だ。

 色々な聖書や経典から、都合のいい部分だけを取り出して、それらしく振りかざせば、自ら考えることを放棄した連中は従った。

 最初は、キリスト教の一派を名乗っていた。一番都合がよかったからだ。


 そのうち仏教を取り入れ、ヒンディー教を学び、最終的にイスラム原理派の思想を取り入れた。

 じっくり考えると、辻褄なんかあっていない。

 経典にまとめた。

 文字は大きくした。

 年寄りに見やすいような配慮、ではない。


 文字が大きいということは、一ページに収まる文字数が少なくなるということでもある。

 一枚の紙面に入る情報量が少ないということは、当然ページ数が多くなるということだ。

 全体の辻褄があっていないことが、ばれにくくなると考えた。

 実際、上手く行った。

 経典が分厚くなったおかげでまともに読む奴はいなくなったし、一部に妄信的に俺を信じている連中は、内容がおかしくても指摘しなかった。


 信者と呼べる奴はどんどん増え、金も集まった。

 俺は良い気になった。

 信仰心なんかかけらも持ち合わせていなかった。


 俺は宗教家ですらない。

 ただの詐欺師だ。

 だが、成功者にはすべてが与えられる。

 その俺の、天狗になった鼻をへし折ったのが、あの男だ。






 様々な大宗教の責任ある立場の者に認められた男がいると聞かされ、俺は会いたくなった。

 俺は、一緒の価値観を共有できる人間を探していたのだ。

 そいつの噂を聞いた段階で、俺と同じに違いないと感じた。

 俺と同じ意味で、本物だろうと考えた。

 この世に、本物の聖人などいるはずがない。


 世界中から聖人と認められる以上、よほどの策士なのだ。

 あるいは、俺を上回る、詐欺師でかつ俗物なのに違いない。

 俺は会うことにした。

 どれだけの金を積もうと、会ってみることにした。


 意外だったのは、金は要求されなかったことだ。

 最初は信用させるところから始めるのだろうと、俺は気を引き締めて、その男に会った。

 その男は、ただの老人だった。

 すでに90歳を越えているはずなのに、しっかりとした足取りで杖も使わずに歩き、穏やかな微笑みを俺に向けた。


 俺は、その男も騙した。

 その男は、俺のことを立派な指導者だと誉めたたえた。

 俺が詐欺師だとばれなかった。だから、俺の勝ちだ。

 そのはずなのに、俺の心は晴れなかった。

 その男と会って以来、俺は心から笑えなくなっていた。


 ある日、男が死んだと聞いた。

 男の財産は一切なく、葬儀も本人は密葬を希望していたと知った。

 ちょうど100歳になる誕生日に、まるで住んでいた家に戻るかのように、穏やかにこの世から旅立ったと聞いた。


 信じられなかった。

 そんな生き方が、そんな死に方が、あっていいはずがない。

 本当に、その男がそんな死に方をしたのなら、俺はどうなるのだ。

 男は本人の望み通りにはならなかった。葬儀には、数万人の人々が駆けつけのだから。






 俺は、その男のすべてを否定したかった。

 理由はわからない。

 男の人生を肯定してしまうと、俺のすべてが否定されたような気になるからだろう。


 実際には、男は俺を認めていた。初めて会った時から、しわだらけの顔を屈託なく笑顔にして、俺に語り掛けてきた。

 俺のことを尊重し、俺を尊敬すると言った。

 俺は、男の言葉を聞けば聞くほど、辱められているかのように感じた。






 男が死んだあと、俺も死ぬことばかりを考えるようになった。

 悲しみに沈んで、男の後を追おうと思ったのではない。

 むしろ逆だ。俺は、死に方によってしか、男を越えられないと感じていた。

 俺は死ぬのだ。死んで、あの男を越えるのだ。


 そう思った時、俺の死に方は決まった。

 俺に従うすべての者を巻き込んで、一緒に死ぬのだ。

 あの男の葬儀には、数万人の人間が出席した。


 俺の葬儀には、一万人の人間が殉教するのだ。

 数では負けている。だが、あの男は見送られただけだ。

 俺は、死者たちに守られて、次の世界に行くのだ。






 俺は死んだ。俺の死は、狂気の集団自殺として語られることになると、死んでから知った。






 死んだ後は魂になり、俺は悲しそうな表情とした人物と会った。

 顔の印象はない。俺はてっきり、俺が死に方を決める理由となったあの男かと思った。

 俺はその名を口に出して呼んだ。その人物は、悲しそうに首を振った。


「あの方は、二度と苦しむ必要はなかったのに、再び旅立ちました。すべての世界のうちでも、もっとも罪深い世界だというのに」


 俺は、その男と同じ世界に行くことを望んだ。


「あなたとあの方は違います。行く世界を選ぶことはできません。あなたには、地獄が待っているでしょう。すべての世界で、もっとも罪深い地獄です……ああ、ひょっとしたら、あの方に会えるかもしれませんね……」


 その人物が少しだけ笑うと、俺はとてつもなく不安になった。

 体はもうないはずなのに、俺は落ちていると感じた。

 気が付くと、俺は真っ黒い池に落ちていた。

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