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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
2章 塔の支配者

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40話 地獄に巣食う者たち

 人間に酷似した肉体をもった巨大な生物、というだけではないのだろう。巨人の肉体を見ただけでもその圧倒的な力は想像できるが、地面ごと揺らせるはずがない。生身の生物ではなく、やはり魔物ということなのだろう。

 私は母に抱かれたまま、土に呼びかけた。


 地面の土を硬化する。巨人を飲み込むために柔らかくなっていた土が、コンクリートのように固まる。

 地響きが止まる。

 いつまでもというわけには行かないし、これで巨人が死ぬということもないだろう。そんな生易しい相手ではない。

 だが、私たちが逃げるぐらいの時間は稼げたと信じたい。

 私が母に呼びかけると、まるで待っていたと言わんばかりに母は巨人が埋まった場所から遠ざかりはじめた。気持ちは解る。






 空気に働きかけて前方の大気を浄化した上で、母の身体能力を引き上げる。母はまさに飛ぶように走り、マルレイとファアに追いついた。


「マルレイ、みんないるの?」

「王妃様、お元気ですね」

「たぶん、キールの力よ」

「……そんなことまで。いえ、いまさら驚くことではないですね。植物に、ならないはずの実をつけさせることも簡単におできになるのですから」


 母は簡単にマルレイを追い越した。私はマルレイのつぶやきを聞いていたが、すでに意識はもっと先に伸ばしていた。

 空間を歪めて遠くを見ていたのだ。

 巨人を恐れて逃げ惑う人々は、幸いにも同じ方向に逃げている。これだけ少なくなった人間が、さらにばらばらになるのはさすがに恐れたのだろう。


 私としてもありがたい。その先に、最初の襲撃でばらばらになった別のグループがいるのもありがたい。これで、人間の数は一気に倍になった。

 問題は、そのグルーブは別の魔物に囚われているかもしれないことだ。

 人々が逃げていく先に、すり鉢状のくぼみがある。


 あまりにも巨大な窪地に、魔物の巣だと気づかないで足を踏み入れてしまった人間たちが、ある者は腰まで、ある者は首までが埋まっている。

 その上、窪地の底に不気味な複眼が覗いている。

 巨大なアリジゴクだと思って間違いない。


『母上、よろしいですか?』

「……何が?」


 私は了承を待たなかった。

 風に語り掛け、背後から風を動かし、母と私にかかる重力の負荷を消した。

 私と母は風に流されて、逃げ惑う人々の頭上を流れ、先頭にたどり着いたところで私は重力を戻した。


「ちょ、ちょっとキール、びっくりするじゃない。こういうことをするときは、もっとちゃんと説明してよ」


 母は私を叱ったが、驚いたのは母よりも、母が頭上を越えて目の前に降りたのを目前にした人々である。


「お、王妃様、魔術師というのは、こんなこともできるのですね」

「ま、まあね。それより、みんな、あの巨人は大丈夫。しばらくは追って来られないから落ち着いて。そうでしょう?」


 最後の問いかけは、相変わらず私に対してだ。私は補足した。


『はい。ただし、これ以上進むと、別の魔物の罠に落ちるでしょう。すでに囚われている人々がいるようです。私たちは助けに行かなくてはいけません。それまで、ここで待っていてもらうほうがいいでしょう』


 もちろん、母だけに聞こえるようにしている。私は地上で、城壁に囲まれた広場で人々に逃げるよう訴えた一度しか、母とマルレイ以外の人間には語り掛けていない。混乱を招くのは、すでにわかっている。


「……『助けに行かなくては』いけないの?」


 母は、こっそり私に尋ねた。


『いけません』


 私がきっぱりと告げると、母はあきらめた。


「……ここで待っていて。この先に、魔物の巣がある。ちょっと行って、助けてくるわ」

「なんと! さすが王妃様、よくお分かりです」

「しかも、簡単に助けてこられるのですね」


 人々は母をあがめた。


「……キールがね」


 という母の呟きは、誰にも聞こえていないようだった。






 人々の応援を受けて、母は私を抱いて前に進む。

 その先には、私が見た通り、すり鉢状の巨大な窪地に、沈む人々の姿があった。

 柔らかい砂地なのだろう。全員が、とにかくすり鉢状の窪地から上がろうとしている。


「助けてください! 埋まってしまう!」


 母を見つけた人々が助けを求める。どうやら、流砂にでもはまってしまったのだと考えているようだ。窪地の中央にいる、恐るべき魔物には気づいていない。

 確かに、6本の脚を持つアリでさえ抜け出せなくなる罠だ。人間の体では、何もできずに沈んでいくしかない。


 人々を助けることはできるだろう。すくい上げることはできるだろう。

 だが、現在は窪地の奥で静かに獲物が落ちてくるのを待っている巨大な魔物を、怒らせる結果になる。

 私の力が及ぶとは限らない。

 先ほどの巨人に対して、私は有効な手立てを思いつかなかった。結果的に地面に埋め、動きを奪った。ただ、それだけだ。


 あの巨人に対して、私は殺さなかったのではない。殺せないと感じたのだ。

 地獄の魔物のすべてに対して、私が無力とは限らない。地上の魔物も、もとは地獄で暮らしていたはずなのだから。

だが、この地獄の過酷な環境が地上よりも快適だと感じる魔物には、通じない可能性もある。

 しかし、助けないという選択肢はない。


 私は土に語り掛けた。

 人々を飲み込もうとしている大地に語り掛け、少しだけ密度を増し、摩擦を上げた。すり鉢状に形を成している窪地の砂が、途端に硬くなる。

 もがきつつも沈んでいた人々の動きが止まる。

 地面を固めたものの、コンクリートのように固めたわけではない。むしろ、通常の地面より少し柔らかいだろう。もし、すでに土の中に頭の先端まで埋まってしまった人々がいれば、あまり硬くしてしまうとその人たちは生き埋めになってしまう。


 すべて埋まってしまっていても、自力でなんとか這い上がれる程度の硬さに、這いあがれなくても私がその存在に気付く程度の身動きができる硬さにとどめたのだ。

 結果は上々で、腰までが埋まっていた人々は難なく大地に上がり、首までが埋まっている人を引きあげた。

 さらに土から次々に手が生えてくる。


 なかなかに気持ちの悪い光景だが、すべて生きている人々である。

 その数は、50人を越えている。

 それだけの人間を飲み込んだのだ。

 恐ろしい砂地である。

 私は、人々がすべて地面から引き上げるのを、待ち遠しい思いで見つめていた。

 母には、窪地の敷地に入らないよう告げてあった。母はよろこんで了承した。






 人々がすべて地面の上に助け出されるまで、中央にいる魔物には大人しくしていてほしかった。人々が地面の上に出てしまいさえすれば、後は地面を固める私の魔力と、魔物との力比べである。

 だが、魔物はそれほど甘くはなかった。


 餌として待ち構えていたのだろう。

 人間たちが助け出され、逃げていくのを黙って見ていてはくれなかった。

 人間を飲み込む巨大なアリジゴクを作りだした魔物が、すり鉢の底から姿を見せた。

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