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4話 魔法の可能性

 私の脳裡に、再び『生命魔法―身体強化』が呼び出される。

 私は、母と話さなくてはと思った。突然母に起こった事態が、私の行使した魔法であることを告げ、その効果がいつまで続くのかわからないことを伝えなければいけないと感じたのだ。

 そのための手段として、魔法で身体が強化できるなら、声帯を強化して話をすればいいと判断した。

 だが、私が呼びだした魔法の下に『知覚魔法―念話』という選択肢が同時に現れた。


 私は少し考えた。この魔法を使えば、声を出さなくても会話ができるのだろう。

 ならば、生後一か月の赤ん坊が普通に会話をするという異常性を、あえて周囲に示す必要もない。

 人間は異質の者を排除しようとする。

 それが王妃の息子であれ、魔法を行使する者であれ、大きく異なるとは思えない。それが、一〇〇年と一か月生きた私の結論である。

 私は、『知覚魔法―念話』を選んだ。






『母上、聞こえますか?』


 私の呼びかけに、元気よく歩きながら人々に声をかけていた母の動きが止まった。


「誰?」


 私の母は、『知覚魔法―念話』の使い手ではなかったようで、直接声に出して答えた。あるいは、私の声を耳で聞いたと思ったのだろうか。


『私です。母上の腕の中にいます』


 母は私を見降ろした。立ち止まり、不安そうに見降ろした。


「……キールなの?」


 私の名前が『キール』ということ自体、私は初めて聞いた。一か月の間、名前を呼ばれなかったことは置いておくことにした。


『私のような息子を持ち、気を悪くされたかもしれませんが、少々魔法を使用しました。母上の体力を回復させ、荷物を軽くしたのです。私にも、魔法の効力がどの程度続くのか、どうしてこのような力があるのかわかりません。油断なされませんよう、お願いします』


 母はじっと私の顔を見つめていた。気持ち悪いと思われただろうか。

 ひょっとして、捨てられるのではないだろうか。

 そこまで私が心配したほど、長い時間、母は私を見つめていた。

 人々が奇異な目で母を追い越していく。

 母は私を捨てないことに決めた。

 私を胸に抱き、耳元で囁いた。


「いつから、そんなことができるようになったの?」

『解りません。生まれた日からできたのかもしれませんが、できると知ったのはたった今です。母上が苦しまれているのを見ていたら、急にできそうな気がしたのです』

「そう……なら、許してあげる」


 母は私の頬に唇を押し当てた。母が息子に与えるものとは、少し違うような気がしたが、さすがに気のせいだろう。


『それから、私が魔法を使うのも、このような形で話ができるのも、他の方に教えるのはお控え下さい。私にも、この力がいつまで使えるのか、わからないのです』 

「ええ。わかっている。私もそのつもりだったから。私のキール。キールは、私だけのものよ」


 母は立派な女性である。ただ、独占欲が強いかもしれない。それが本来の生まれ持った性質なのか、王族であるために持った性癖であるのかは、私には判断できない。

 それを知るための魔法が無いだろうかと念じてみたが、私が予測した『知覚魔法―本性看破』などは表示されなかった。

 あったとしても、使う気になったどうかは別問題である。






 この時から、母はますます私を手放さなくなった。

 もともと母は私を自分で抱いていたがる傾向があったが、他の人間には一切手を出させないということはなかった。

 だが、私が魔法を使うことを知ってから、他の誰が申し出ようとも、母は私を手放さなかった。

 もっとも、馬に乗り戦いに備える男達以外は、すべて徒歩での移動しか手段がなくなった後、赤ん坊の私を邪魔者として見下す傾向が全体に強まってきていた。


 よほどの側近以外には母に声もかけなかったし、私を抱きたいと申し出る人間もいなかった。

 休憩時間には、母は人目もはばからずに私に乳を与えた。母の乳が出にくくなることがないのは、私にとってありがたかった。

 ただ、私に自らの乳を含ませる時、母は必ず私に言った。


「よく飲んで、早く大きくなるのよ。私だけのキール」


 私がただ黙って乳を飲んでいると、母は必ず尋ねた。


「お返事は?」


 とても小さいが、有無を言わさない声だった。

 私は落ち着いて『知覚魔法―念話』を呼び出すことになった。


『はい。母上』


 母はにっこりとほほ笑み、私を抱く手に熱を込めた。






 母の名はブロウ・エルムエット・ティベリウスと言うのだと、母は教えてくれた。ちなみに、私の名はキール・ティベリウスである。母は私に、私自身の名前より母の名前を覚えさせようとしはじめたことが、この世界の人間がいかに追い込まれているのか、私に理解を強いた。

 少しでも強い力を持った者に惹かれるのだ。

 それが、自分の息子でも。

 この世界で生きる以上、私の肝に銘じなければいけないことに違いない。

 





 母ブロウは私に話しかけてくれるが、私が母の言葉をすべて理解できることは、母以外の人々には秘密である。

 したがって、あまり長々と話をしていると、母が奇異な目で見られることになる。

 母は気にしなかったが、私は気にした。このころの母は、私のこと以外にほとんど関心がなかったのだ。






 それでも、母とは色々な話をした。

 ことあるごとに、母は私に自分のことを語って聞かせた。

 母は隣国の王家に生まれ、政略結婚で父王の元に嫁いできたらしい。魔法の才能を持ち、偉大な魔法使いになることもできたが、民衆のために平和な国を築く道を選んだ。

 それが上手く行かなくなったのは、魔物の襲来に対して、人間の国どうしが、結局は協力できなかったことによるとのことだった。


 母は魔術師だったが、この世界の魔術師は火、水、土、風の四大元素に働きかけ、敵対する者を葬り去る用法だけが知られ、私が行った『生命魔法』などは空想の産物にすぎないとされているらしい。

 魔術を使うには力を集め、操作し、放出する魔法の杖と、魔力を変換する魔術の言葉が必要だとされている。私はそういったすべてのことを無視して魔法を使ってしまった。

 思うに、私が使った魔法は、人間が本来持つ力とこの世界の理に働きかけるものに限定していたようである。


 この世界に来る時、私が転生すればバランスが崩れると言われたのは、このことだったのだろう。この世界の人々は、魔術を使うための呪文や杖に固執し、破壊の力を求めてしまったのだ。それゆえ、大変に有用だが、なくてもどうにかなるような、本来の魔法の使用を忘れてしまったのだ。

 私の力が特別大きいだけで、この世界に住む普通の人々には全く利用できないということも考えられるが、魔法の才能に恵まれたと自らが語る母が、私の使う魔法を存在すら知らないのであれば、忘れられてずいぶんと経つのだろう。






 母は私が偉大な魔法使いになれると太鼓判を押してくれたが、そうなるまで人間の世界が存在しているとは限らない。

 人間は魔物との争いに敗れ、母と父は最後の王であるらしい。

 つまり、人間世界の国はすべて崩壊し、母と共に列を作っている民衆以外、人間は存在していないのだ。

 その数は五〇〇〇人だと母は教えてくれた。

 もはや、この世界では人類は滅亡に向かって行進しているのだ。

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