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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
2章 塔の支配者

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39話 最後の人間たち

 走っていては間に合わない。それに、地獄の空気は決して清浄ではない。母やマルレイの肺に負担をかけたくない。

 私は、私を含めた四人の重さを無くした。歩いているうちに、突然体が浮き上がる。人間は歩くとき、無意識に下にむかって地面を押している。自分の重さがなくなれば、どうしても体が浮いてしまうのだ。


 直後に母が風を呼んだ。私の意図を素早く理解してくれたのだ。

 風に運ばれ、私たちは人間を捉えようとしている巨人の近くに降りた。巨人の足元だが、踵側である。巨人の後頭部に目でもない限り、見つからない。


「お、王妃様?」


 母を見つけた男が、せき込みながら近づいてきた。母は偉大な魔術師として認知されている。巨人から逃げ惑っていた人々にとっては、まさに聖女の降臨かと思われたはずだ。

 周囲には、踏みつぶされたと見られる人間の体が転がっていた。少ない数ではない。

それでも、人々は集まってくる。巨人に見られている正面の人々は別にして、背後にいた人々は、母の周りに集まってくる。その数は、10人を越える。


「酷いところに来たものね。階段から降りて、待っていてくれればよかったのに。ばらばらになった理由はやっぱり……これ?」

「はい」


 母が巨人の背中を指さした。巨人は動きを止めていた。屈みこみ、足元を覗き込んだ。

 巨大な顔が、闇に彩られてますます不気味になった醜い顔が、母と人々を見て笑った。感情のほどは定かではない。食べ物だと思ったのか、遊び相手だと思ったのかもわからない。

 両手には一人ずつ人間を持っているが、どちらも胴体でねじ折れ、赤い内臓で上半身がぶら下がっている。


「まだ、他にも生きている人たちがいるわよね?」


 母は、私がもっとも望んでいることが解るかのように尋ねた。ここにいる、十数人が最後の人間ではないと信じたい。


「……わかりません。ちりぢりに逃げました。私たちがあの長い階段から降りるのを待っていたように、この化け物が現れました。恐ろしくて誰も動けませんでしたが、最初の一人が捕まると、簡単に引きちぎられ、手を真っ赤にして……それが面白かったらしく、私たちを捕まえようとし始めました。私たちは固まって逃げていたので、追ってきたようです。別の方向に逃げた人たちもいたでしょうが……生きているのかどうかはわかりません」


 不自然な体勢で、巨人は私たちを睨み、顔を近づけようとした。

 体勢が不自然だったため、前方に転んだ。すさまじい音と、地響きと、砂ぼこりが上がる。


「……王妃さま、お助けを」


 わずかに生き残った人々が、かすかな助けを請う。

 この人々も、つい最近王と王妃を裏切り、魔物に差し出そうとして城壁に縛りつけて転がしたのだが、そのことは忘れてしまったのだろうか。

 母は覚えているのかもしれない。だから、少し不機嫌に言った。


「キール、頼むわ」


 土と火が強いこの地で、私はやはり土を選んだ。

 勝手に転倒した巨人が、やはり楽しそうに顔を上げる。

 地面で倒れ、手をついた姿勢の巨人が、砂に沈む。

 大地に働きかけ、巨大な質量をもつ巨人を埋める。


 巨人は抵抗を試みたが、知能は低いらしい。手足が土の中に沈むまで、もち上げることもせずに眺めていたのだ。大部分が沈んでから抵抗しても、容易には抜け出せない。

 人々の目の前で、地面からただ巨大な顔が生えている。

 顔だけで、人間の身長の十倍はある。

 恐ろしくも、やや間の抜けた光景に、勇気ある人々は歓声を上げた。地面に落ちていたものを拾い、巨人の顔に投げつけた。


 それは石であることもあり、泥であることもあり、ひしゃげた人間の腕であることもあった。

 だが、あくまでも一時しのぎにすぎないことを、私は母に伝えることができなかった。私自身も、確証がなかったのだ。

 巨人が口を開けた。

 人々の顔色が変わった。

 巨大な顔に駆け寄ろうとした人々が、腰を抜かした。不吉なものを感じ取ったのだ。

 巨人が咆哮する。


 空気が振動する。

 もっとも近くに駆け寄っていた人間の耳から出血したのを確認し、私は空気を遮断した。

 巨人の声が届くまでの間に、真空の壁を作る。音は振動で伝わる。

 巨人の声のすべてを無効化はできなかったが、鼓膜を破るほどの力は持たなかった。


 巨人を飲み込んだ周囲の土は柔らかい。私は追加で壁を作り、巨大な顔を覆った。さすがに、これでは声で攻撃することもできないだろう。

 しかし、自分の声で弱い生物を攻撃できることを知っているのだ。人間と類似した外見に似合わず知恵は回らないかという印象を受けたが、この地獄の生物を印象だけで判断しないほうがいいようだ。






「キール殿下、お疲れさまです。ファア、負傷した人たちに治療を」

「はい」


 マルレイが母の腕の中にいる私に一礼し、ファアに命ずる。遊びたい盛りのはずのファアも、弱音を吐かずに手に意識を集中させていた。倒れている人々に向かう。

 この場で、生き残っているのは15人だった。

 少なすぎる。


『母上、他にも逃げた人々がいるはずです』

「ええ。全員探すの?」

『一人でも多く』

「……でも、その後はどうする? 地上にもしばらくは戻れないでしょう? ここが地獄だってことは私もわかるわ。あの魔物たちでさえ逃げだしたくなる環境で、私たちは生きられるの?」


 母が私を抱きしめ、私に囁くように呟いた。

 もっともな疑問である。

 私は、生きられると思っていた。私の魔法が、地上と変わらずに働くのであれば、この地下空間でも、世界の理は変わらないと考えていいはずだ。

 水も食べ物も作りだせるし、空気も浄化できるだろう。


『安全な場所をまず確保することです』

「ここは地獄よ」


 安全な場所などない。母はそう言いたいのだ。私も同意見ではある。


『安全な場所がなければ、作るしかないでしょう』


 私の声は、母と当時にマルレイにも聞こえるようにしている。人々の様子を見ていたマルレイが、私の言葉にうなずき返す。意味を了解したのだと私は思った。

 その時、地面が揺れた。

 地中に体の大部分を埋めたはずの巨人が、動きだそうとしていた。

 いや、動くためにもがいているのだ。

 体をゆすっている。

 その振動が、周囲の地面をゆらしている。

 考えられない力だ。


「みなさん、離れて! 巨人から離れるのです」


 マルレイが叫んでいた。母も巨人に背を向けようとした。気持ちはわかるが、私は止めた。

 巨人に一番近い場所にいたのは、ファアだった。

 マルレイがファアに駆け寄る。ファアが手をかざした人を、私が回復させた。

 息をしている人間全員を、私は半ば強制的に治療し、手足が潰れている者は復元させた。


 結局、私の魔法はこの世界に伝わる治療術の在り方を正しく再現していないのだ。私が治療を施すときは、そもそも私の手は光っていない。治療術は、本来の魔法とは別の力だと考えて良いだろう。

 もし魔力に依存しないのなら、ファア以外の人間にも使えるのかもしれない。もし、ファアに感じた魔力が別のものだとすれば、治療術以外の魔法も使えるようになる可能性もある。


 半ば死にかけだった人間までもが立ち上がる。寿命は縮んだのだろうが、本人は意識しないだろう。生き残った人間は20人に増えた。

 母は、それでもゆっくりと後退する。

 ファアとマルレイが、私たちの居る場所に到達した。


「ファアが治療をあきらめた人が、突然起き上り、走りだしましたが、あれはキール殿下ですか?」

「だぶ」

「さすがです」

「マルレイ、先に行った人たちを誘導して。一か所に集まるように。他の人たちを探さなければならないから」

「はい。殿下と王妃様はどうします?」

「……キールの指示に従うわ」


 ついに、母は赤ん坊の私の意思に従うと言いだした。まあ、ずっとしてきたことではあるが、正式に認めたのは始めてだ。母自身も気づいたのか、少しだけ笑っていたのは、生後半年の私に従うという事実がおかしいのだろう。マルレイは真顔でうなずいた。


「ならば安心です」

「どういう意味?」

「……いえ」


 言葉通りに解釈すると、母の判断では安心できないとなる。


『私が決してマルレイを見捨てないことを、よく知っているのです』

「へぇえ」


 私はマルレイのことを気遣って釈明したが、どうも逆効果だったようだ。ますます母は私の体をぎゅっと抱きしめた。マルレイが赤面して一礼し、人々を追った。ファアの手を引いている。

 その反応も、生後半年の赤ん坊に向けるものとは言い難いような気がする。

 マルレイが走りだしたとき、地面が揺れた。

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