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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
2章 塔の支配者

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38話 地獄

 その世界は暗かったが、一切の光がなかったわけではない。

 遠くに見える炎の柱や、空を赤く染め上げる地底火山などが光源となり、周囲の様子はわかる。

 荒れ果てた大地が続く、荒涼とした世界だった。


『地獄ですか?』


 私が尋ねると、母が答えた。


「ええ。地下にあると言われていた、世界でも最も過酷な場所よ。魔物や魔族といった悪しき存在の故郷とも言われているわ。人間の世界に出てきたのは、生まれ故郷のあまりの過酷さに、人間の世界を奪うことにしたのだという説もあるわね」

「そうですね。その話が本当なら、現在の地上よりは安全かもしれません。ですが、そもそも人間が生きられる環境ではないでしょう。あの頑丈な魔物たちが生活できないようなところなのです。長くいるわけには行かないでしょう」


 マルレイも説明をくわえる。どうやら、この世界には地獄というものが現実として存在するらしい。私はほんの半年前に、地獄に行くのは免除されて天界への階段を登ることを許されたばかりだが、あらためて地獄に来ることになるとは思わなかった。

 ただし、前世で想像されていたような、魂を清めるための場所ではなく、地下世界であるらしい。

魔物や魔族といった存在が一般化している世界で、地獄が現実に存在するとなれば、この世界の人々は、死んだ魂がどうなると考えているのだろうか。


 逆に私は興味を抱いたが、そのうち知ることもあるだろう。何より、いまは生きなければならない。

 私は人間を探した。一か所にまとまってくれていると楽だったが、残念ながら分散してしまったらしい。生き延びた中に、この地獄で積極的に生きようとしてリーダーシップを発揮し、人々を分散させた者がいたのであれば見上げたものだが、私たちが降りた地面についた痕から判断する限り、すでに何者かに襲撃され、ちりぢりに逃げたようだ。


「キール殿下、いかがいたします?」


 母でさえ、突然降りてきてしまった地獄に、ただ茫然と立ち尽くしているだけだったが、騎士マルレイは冷静に今後の方針を私に尋ねた。だが、私はそもそも地獄の存在さえ知らなかった。具体的な方針は立てられない。


『私たちの安全を確保するのと同時に、分散した人々を集めなければならないでしょう。この地獄で、協力しあわずに生きていけるとは思えません。すでに、何かに襲われたようです』

「……そうですね」


 マルレイも、地面の痕跡に気づいていたのだ。新しい巨大な足跡は、私の知るいかなる動物にも適合しない。もちろん、私はこの世界の動物をほとんど知らないのだが。


「では、まず拠点を作りましょうよ。落ち着ける場所がないと、生きた心地がしないわ」

「そうですね。でも……ここはすでに襲撃されています。この地獄に、安全な場所があるでしょうか?」


 不安げなマルレイに、母は笑いかけた。


「なければ作ればいいわ。ねっ、キール」

「だぶ」

「……なるほど」


 山頂の城塞を作ったのが、古代の人間であり、その力はほぼ魔法によるものであることを、私は疑っていなかった。

 土がある場所なら、魔法で家を作ることは難しくない。母はそのことを言ったのだ。母だけでもできるだろう。私が感じる限りでは、地獄の全域かどうかはわからないが、土と火の力が強い。


「では、少しこの辺りを散策してみましょうか」

「あの……私も同行しないといけませんか?」


 心配そうに尋ねたのは、まだ体を階段から地獄へ移していないナニーだった。

階段にいた他の人間たちは、着いてくることもできなかった。それだけ疲労していたのだし、消耗していた。階段の一番下までついてきただけでも、無理をしているに違いない。

 ナニーは母よりだいぶ年齢は上で、恰幅のよい女性である。普段は頼もしい女性なのだろうと思えるが、現在は普段というのにはかなり無理がある状況だ。


「ここにいてもいいけど、どこが安全かはわからないわ。ねぇ、キール」

『はい。本人の納得するようにさせたほうがいいでしょう。私たちのそばが安全とは限りません』


 母は私にうなずき返したが、ナニーは了解されたと思ったのか、階段を昇っていった。その階段は、どこにも続いてはいない。ただ、少なくとも大型の魔物に襲われることはないだろう。

 大型の魔物以外になら対抗できるかといえば、ナニーには無理だとわかっていても、私にはどうしようもない。

 結果として、ナニーと階段でうずくまっている人間たちだけが生き残るという可能性も、十分にあるのだ。






 私たちは母である王妃、騎士マルレイ、治療術師ファアという四人で、闇に閉ざされた広大な地下空間に足を踏み入れた。

 実在する地獄である。私の前世で語られていた、人間が現世の罪を償うためにほぼ永遠に苦しむ場所というのとは違うだろう。


 だが、魔物たちの故郷であり、あまりにも過酷な環境に、人間よりもはるかに頑丈な魔物たちが逃げだし、結果として地上にあふれるというのだから、私が認識している地獄より恐ろしいところなのかもしれない。

 全くの闇ではなく、ところどころに立ち上る炎の明かりで、周囲はぼんやりと見える。始終闇に覆われて、太陽の光が届かないのであれば、かなり寒くなっても不思議ではないが、むしろ温かった。これも、立ち上る炎のおかげなのだろう。


 視界を確保するために光を発することは難しくなかったが、マルレイが留めたし、私も同意見だった。

 地獄に現在でも住んでいる魔物がいることは間違いない。先行した人々は、何者かに襲われたのだ。ということは、地上に逃げださないだけの強さを持った魔物がいるということだ。


 これまでに私が使ってきた魔法では、歯がたたないこともあり得る。

 しかし、すでに地獄内部に散った人間たちを探さなければならない。種族としては、最後の人間たちなのだ。一人でも多く、救わなければならないだろう。






 私が母に抱かれて荒野を行くと、かなり先に巨大な人影が見えてきた。あまり比較する対象がないが、足元で逃げ惑っている人間たちが、魔物のくるぶしほどの背丈しかないことを考えれば、怪獣映画に出てくる超人並みの大きさはありそうだ。もちん、私が怪獣映画を見たのは、前世でのことである。

 人々が追われている。だが、人々の悲鳴も聞こえないし、巨人の足音もしない。それだけ離れているのだ。


 私が遠く離れた巨人を見ることができるのは、警戒してごく普通に『遠視』と『夜行性の目』を使っていたからである。マルレイも母も、全く気づいてすらいない。

 ただ、時折地面に、人体の欠片らしきものが落ちていた。それはあまりにも生々しかったが、気づいていたのは私だけである。


 私は早く駆けつけ、生きている人間をなんとかして救出しようとした。事態の切迫さを伝えるために、マルレイと母に感覚を共有してもらった。

 二人は驚いて立ち止まったが、すぐに私のしたことだと理解した。

 はるか先に、巨人と、逃げ惑う人々がいることを理解した。ちなみに、ファアは眠っていた。


 地獄の環境が、あるいは地獄の空気があわなかったのか、単に疲れていたのか、ファアは眠っていた。眠っていてよかった。まだ遠いが、近づけば、大人でも直視できないほど凄惨な光景が広がっていることを、私は疑わなかった。

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