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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
1章 文明の滅亡

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37話 新しい世界

 私自身が輝き、以前確認しておいた『最奥の戦士像』の場所へ向かう。

 人々はここまでたどり着いていた。

 何人がたどり着き、何人が犠牲になったのかはわからなかったが、たどり着いた人達がいたことだけは間違いなかった。

 戦士像が置かれていた住居空間の行き止まりまで血の川が続き、戦士像があった場所に、下りの階段が口を開けていた。


「この奥に、何があるの?」

『私にもわかりません。ただ、この城塞を作った古代人が、城塞の陥落と同時に滅亡する覚悟をしていないのなら、この先に抜け道があるはずです』

「種族の滅亡を覚悟できるほど、人間は豪胆ではありません。それは、昔から変わっていない。そうですよね」


 マルレイが私に尋ね、私は頷いた。

 姿かたちは生後半年のはずだが、私が赤ん坊であるという現実はすでに無視されている。どうして、私にはるか昔の人間のことを知ることができると思うのだろう。

 現に知っているのだから、文句も言えないが。


「では、この先に逃げた人たちがいるはずね」

「はい。少なくとも、まだ3000人ぐらいの人々は生き残っているはずですから」


 それが、世界の全人口だ。

 私は、かつてこの世界で人間が栄えた時代を知らないが、現実を目の前につきつけられ、恐ろしかった。

 神話では、人間はたった二人の男女から増えていったということになっている場合が多い。しかし、これから先にこの世界で産れる赤ん坊が、私のように前世の記憶をすべて有しているのでないかぎり、人間が再び数を増やしていくことができるのかどうか、あまりにも疑わしい。


 安心して住める場所が必要だ。

 それは、魔物にも悪魔にも、見つからない場所でなければならない。

 その前に、この場から逃げだせるかどうかもわからない。

 母は私を抱いたまま、暗闇の中へ階段を降りた。

 マルレイとファアも続く。ファアはマルレイの腕から降り、手を引かれていた。

 





 階段は長く、暗かった。

 階段に走る前のタイミングで、私は最後に城塞内部全域にまで感覚を広げ、生物の反応を探った。昆虫や微生物は生きていたが、人間大以上の生物がいるとは思えなかった。

 だから、階段の入口を閉ざした。

 魔物たちは、兵士詰め所から城塞の奥へは進めないはずだが、それでも私は道を閉ざした。そうしないではいられなかったのだ。


 長い階段を下ると、まっすぐに下へは向かっていないことに気が付いた。下には向かい続けている。だが、蛇行している。足元は階段だが、天井は高く、舗装されていないむき出しの地層が見えている。

 階段の角度はきつく、足を踏み外せば、どこまでも落ちてしまいそうに感じる。

 先行して逃げ伸びた人々は、明かりを持っていなかったはずだ。無事に降りられたのだろうか。


 その逃げた人々は、逃げる過程で多くの同胞を殺している可能性もあるのだが、そのことに言及しても仕方のないことだ。もちろん許せることではないが、いまはただ、現実に生きている人々を生きながらえさせる方法を考えなければならない。

 階段は複雑に曲がり続け、実に数時間は下りつづけた。


「キール、こんな階段、本当に昔の人が作ったの? 階段をつくるための道具だって持ち込めないわよ」

『誰かが作ったのは間違いないでしょう。古代の人が、『源魔法』の書を残し、私に知識を授けてくれました。この階段も、大地に呼びかけることで、魔法によって作ったのであれば、不可能なことではありません。私は、むしろこの階段の長さが、古代の人々が関わっている証だと思います』

「そうならいいのですが、あまりにも下り過ぎているような気もします。このままですと、地上があるはずの高さよりも、さらに下に潜ってしまうのではないかと思います」


 城塞は山の上にあった。だからこそ難攻不落であり、追いつめられれば逃げ道はなかったのだ。

 それなのに、地上よりも下にたどり着くということは、数千メートルは下り続けているということになる。さすがにそれは極端なのではないかと思うが、私は実際には下っていない。ずっと母に抱かれているのだ。

 自分の足で下っているマルレイや母の意見を参考にしたほうがいいだろう。ファアも辛そうだった。


『少し休みましょう。この辺りでは、もう血の臭いもしませんし』

「いいわね。でも、食べ物や飲み物があればいいのにね」

「ああ。いいものがあります」


 母は階段に腰を下ろした。マルレイが取り出したのは、ただの木片だった。

 私が魔法で色々と作り出すもっとも原始的な材料だ。『いいもの』と言ったのは、私に働かせるつもりなのだ。

 私はマルレイに望まれるとおりに、木の成長を操り、あり得ない果実を実らせ、木を器にした。器に溜める水は、さすがに母に頼った。






 さらに数時間階段を下り続け、私たちはその先に、うずくまる人影に出会った。

 輝いているのは私だが、私を抱いている母に対して、その人影は救いを求めるかのように立ち上がった。


「ああ……王妃様、ご無事だったのですね」


 下ってきた母の方がいる位置が高いので、その女は母の靴に接吻するかのように頭を下げた。私が最初に知った人のぬくもりである。助産婦かどうかは解らないが、私が産れてから最初に出会った人物だ。


「ええ。ナニー、どうしたの? この先に何かあるの?」


 母は女を『ナニー』と呼んだが、それが女の名前なのか、あるいは乳母などを意味する言葉なのか、私には判断がつかなかった。

 私は、この世界の言語を魔法の力に頼っている。もう脳内で変換されるというより、ごく自然に理解できているのに近い感覚ではあるが、ときおり不思議な言葉がまざるのだ。とりあえず、この女のことをナニーと覚えておく。


「いえ、わかりません。私も、この先には行っていません。王妃様やキール殿下のお姿が見られないため、ここで待つことにしたのです。陛下は、ご無事なのでしょうか?」

「残念だけど、王は来られないわ」


 母は私を見降ろした。私は、すべての状況を母に伝えていたわけではなかった。ただ、父王が殺された瞬間は、私の力を通じて母は見ていた。私は、静かに同意し、さらに付け加えた。


『私たちの後に、人間は一人も生きてはいません。私は道を閉ざしてきました。誰も追っては来られません』


 母とマルレイにのみ、私は念話を放った。ナニーを含むすべての人間に一度使用しているが、私が常に念話で話せるとは思っていないはずだ。

 ナニーは少し緊張気味に、母に対して両手を伸ばした。少し休んだナニーが、疲労した母の代わりに私を抱こうというのだろう。だが、母は私を離さなかった。


「……そうですか。ご立派な王様でしたが」


 私を渡されなかったことに、少し安堵したように見える。やはり、私は気持ち悪い赤ん坊だという噂があるのだろう。それでも、ナニーは王の冥福を祈った。

 生前の父王のことを、私はよく知らない。だが、死んだ後まで悪口を言われるほど、酷い王ではなかったということだろう。


「死んだ人のことを言っても仕方がないわ。人間は、どれだけ残っているの? たぶん、この先にいる人たちが、生き延びた最後の人間たちよ」

「あまり……多くは残っていないでしょう。この先から、悲鳴が聞こえたような気がしたのです。ですから、私は恐ろしくなって、王妃様をお待ちすることにしたのです」

「……そう」


 母は頷くと、階段を下り出した。マルレイとファアも続く。ナニーはなおも戸惑っていたが、結局最後はファアに続いた。






 ナニーと出会った場所から下に、階段で座りこむ人々が目に着いた。母の姿を見て、多くの目に希望が見えたが、立ち上がる気力が無い者がほとんどだった。

 母に着いて来ようという者もいれば、座りこんだままの者もいる。どちらが正しいのか、私にもわからない。

 階段は終わり、広い空間に出た。


 山を下っているにしては下り過ぎだというマルレイの推測が正しければ、ここは地下世界である。

 私は明りを消した。

 あまりにも目立ちすぎる。

 階段が終わり、私たちが行きついた場所は、闇に閉ざされた広大な空間だった。


「……地獄ですね」


 マルレイの言葉が、不吉に響いた。

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