表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
1章 文明の滅亡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/76

35話 援軍と巨人

 人々に動揺が広がるのが、伝わってくる。

 どんな認識でこの広場に集まったのかは、私にはわからない。

 だが、この広場に城壁の上から落下した人間の死体は、間違いなく壁が越えられつつあることを意味している。


「キール、あなたには、はっきり見える?」


 母は、取り囲む人々に聞かれないように、私に囁いた。

 武器を持っている人間がほとんどだが、戦う能力があるわけではない。母が戦えなければ、広場に集まった3000人はなすすべなく魔物に蹂躙されるだろう。


「だぶ」

 私は、かつてマルレイに使用した知覚共有を行い、城壁の上の様子を母に伝えた。

 城壁の上では、懸命な戦いが続いている。

 父が全体を指揮し、城壁に掛かった魔物の手を切断し、頭部を破壊し、下に蹴落としている。

 だが、限界がある。


 眼科の谷と山肌には、魔物たちがひしめき合い、人間の数倍はある巨大な魔物がごく当たり前のように積み重なっている。

 巨大な魔物のほとんどが、まっすぐに立つことができずに地面を這うような移動をしているが、私が一時的に周囲の全魔力を消し去った時に、重力で潰されて体に異常をきたしたのだろう。

 それでも簡単には滅びないのが魔物であり、人間を殺すことをあきらめてはいない。


 急峻な地形は、人間の戦争に置いては大型の投石器や梯子の使用を不可能にしてくれたが、魔物は自らの体そのものが巨大であり、強い。

 魔物の上に魔物が重なり、城壁の下に足場が出来上がりつつある。

 王の振りまわす剣はことごとく魔物を切り裂いたが、その王にも疲労が見え、城壁を守る兵士たちは次々と魔物に食われていく。






 壁の内側に最初に落ちてきた兵士は、最初の犠牲者ではなかった。

 ただ、魔物が食いそこなった最初の餌だったのだ。

 ドラゴンの姿も垣間見えるが、飛ぶことはできないようだ。翼を持つ魔物の姿はない。

 城壁の下に、魔物の土台ができあがる。

 魔物たちの動きが止まった。

 一人の男が、魔物でできた階段を上がってきた。


「ブリュッス男爵……かつて我が家臣だったお前が、私を手にかけようというのか……」


 疲労した王の言葉も、私は空間の振動を操作して母に届けた。

 対峙する者は、人間なのだろうか。

 その者は、剣をかざした。


「人間最後の王は、やはりお前か。国を追われ、兵を失い、まだ俺を家臣だと思っているのか?」

「……なぜ、人間をそこまで憎む……お前も、かつては人間だった」

「単純なことだよ。世界を乱すのは常に人間だ。人間は愚かで醜いくせに、正義や愛を口にする。偽善こそが最大の悪。その悪の権化が人間だと、悪を滅ぼせと、私にこの力を授けたお方が告げた」

「……人間の歴史は終わらんよ。私の息子がいる」

「赤ん坊だ」


 王も剣を構える。

 ブリュッス男爵が撃ちかかる。数合の打ち合いの後、力の差が明らかになる。あるいは、力は互角かもしれない。相手は魔族に身を落とした王の騎士であり、対峙した王はすでに疲労の際にあった。

 男爵の持つ剣が、王の体を切り裂く。


 私を抱く母の手に力がこもる。

 母は声を出さなかった。

 ただ、涙を流した。

 私の上に母の涙が落ちる。


「……王妃様?」


 かつて、私を最初に抱きあげた女が尋ねた。

 母は立ち上がった。


「王が死にました」


 人々は硬直し、空気が凍り付いたかのように静まった。

 どうしてそれが解るのかと、尋ねる者もいなかった。

 母は唯一の魔術師である。


「では……これから……」


 一人が声を上げた。戦う意思の表れである。

 母は私を見た。私は頷いた。


「魔物の群れが城壁を越えてきます。人間の敵う相手ではありません。みな、逃げなさい」

「どこへ逃げろと言われるのですか?」

「……わかりません」

「無責任だ!」


 誰かが声を上げた。

 その時、大量の兵士の体が降ってきた。完全な体ではなかった。ある者は頭部だけになり、ある者は腕だけ、あるいは足だけが人々の頭上に降り注ぐ。

 頭上での魔物の咆哮が、人々に絶望を与える。


「王妃様! 戦うしか……ありません」


 誰かが叫んだ。母はもはや、人々の期待に応えることはできなかった。ただ、私に囁いた。


「キール……お願い……」


 何をお願いしたのか、母自身も理解しているはずがない。

 私は引き受けた。念話を放つ。生き残ったすべての人間たちに向けて、語り掛ける。


『城塞の一番奥に、戦士像があります。その奥に抜け道がつながっているはずです。その先は私もわかりません。ただ、生き延びることができるとすれば、その道だけです。私の騎士マルレイに従って下さい。魔物たちは、私と残った兵たちで引き受けます』


 わずかの静寂の後、人々は我先に動きだす。城壁から死体が降り注いだ後、岩石の体を持った巨兵が落ちてきた。かつて、一体でも兵士たちに抵抗を許さなかった魔物である。

 それが、次々に落ちてきた時、人々は戦意を失った。


 母を残し、母の周囲の人たちも、城塞の奥に飛び込んでいく。

 私は、さらに語り掛けた。

 人々にではない。

 この城塞を築いた太古の民を信じ、私がもてるすべての力を使い、語り掛けた。






 私の声は受け入れられた。

 避難した人々の足が止まる。

 この城塞内には、至るところに石膏の兵士像が飾られていた。

 ただの飾りではない。

 呼びかける者がいなければ、決して動かないだろう。

 呼びかける術は失われたはずだった。


 私の呼びかけがなければ、ただ立ち尽くして滅びるはずだった運命を、私は捻じ曲げた。

 城塞の奥から、次々に石膏の兵士像が飛び出してくる。

 人々は歓喜した。

 だが、魔物相手では足どめにしかならない。

 魔物は、食べることのできない石膏の兵士を狙わず、人間を求めた。

 人々は再度の恐慌に陥った。


 最奥の兵士像も動きだしているはずだ。その奥に、この城塞から逃げ伸びる道があるはずだ。ただし、私も確認はしていない。その時間はなかった。

 賭けるしかない。


「王妃様も、早く」


 私を抱いたことのある女が言った。だが、母は首を振った。


「キールがここにとどまるのなら、私も残ります」

「……まさかっ! さっきの声……」

「キールよ」


 念話での呼びかけを、私がしたことを、人々は気づいていなかったようだ。問題はそこではない。私は、母に語り掛ける。


『私は大丈夫です。まだ、奥の手があります。母上こそ、逃げてください。まだ、魔術を使うまでに回復していないはずです』

「駄目よ。私は母親としても、王妃としても、魔術師としても失格かもしれないけど、最後まで……息子を置き去りにすることだけはしたくないの」


 説得しても無駄なのだろう。

 人々は去った。

 犠牲は最小限に抑えることができたと思うが、それでも、魔物の手から逃れられなかった人々は少なくない。

 広場の奥に、ただ私と母だけが残った。


 目の前には、魔物が次々と落ちてくる。

 階段を使うという習慣はないらしい。

 岩盤の地面に激突し、潰れ、起き上る。

 その繰り返しで、魔物の群れは津波になる。

 山となって盛り上がる。

 城壁の上の兵士は全滅しているのだろう。

 もはや、止める手立てはない。


 私と母の前に、魔物が迫る。

 城壁の内側から飛び出てきた石膏の兵士は魔物に対抗できず、踏みつぶされる。

 私は、魔物に対して立ちはだかっていたはずの、巨大な城壁に語り掛けた。

 城壁が動く。

 壁の裏側に、うっすらと浮かび上がっていた人型が、明確に刻まれ、動きだす。

 体長にして数百メートルの、石造りの巨人が動く。


 どんな魔物でも、その圧倒的な質量に抗う術はない。

 物理的な衝撃が通じない魔物は、実体を持たない魔力のみの存在であることが多い。そのすべては、私が魔力を無効にした一瞬で無力化されている。

 魔物たちは恐慌に陥った。

 動きだした城壁に、全貌を視界に収めることもできない巨人に、魔物が積みあがった山ごと、踏みつぶされる。


 ただし、城塞の防波堤となっていた壁は失われた。

 石の巨人の足元を潜り抜ければ、城塞の中に侵入するのになんの障壁もない。

 城壁の巨人を放てば、守ることはもはやできない。

 これが、ぎりぎりまで私が巨人たちを使わなかった理由だ。


『母上、もういいでしょう』

「そうね」


 恐慌に陥っていた魔物たちの間を縫い、冷静に、城塞の奥に向かおうとしている者たちもいる。おそらくは、もともとは人間であった魔族たちだ。

 母が魔族に襲われる前に、私は撤退を進言した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ