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32話 絶望

 修道女の姿をした悪魔の使いドゥーラは私を抱き上げ、薄気味の悪い笑みを浮かべた。

 私を捕えたつもりなのだろう。

 ドゥーラが見ている前で、私は力を使ったことはない。

 私を脅威と考えているというより、ドゥーラの主人が私を警戒しているということだろう。

 私は、私を抱くドゥーラと共に大勢の人々に取り囲まれながら、城壁のある南方へ向かった。


 二枚目の城壁がある手前の兵士詰め所では、あふれんばかりの人ですし詰め状態になっていた。戦う力を持たない、女子供に年寄りが大半だ。

 戦場の近くにいるより、奥にいた方がいいのではないかと思うが、この城塞には出口が無いと人々は思っている。少しでも早く状況を知りたい。または、死の恐怖をできるだけ多くの人間で分かち合うことで免れたい。そのような意識が人々をこの場に集めているのだろう。


 かつては、母である王妃は人々に聖女としてあがめられていた。

 私を抱く母が通れば、手を合わせて拝む姿も珍しくはなかった。

 この数日の間に、城塞内でどのようなでき事があったのかわからないが、ドゥーラに抱かれる私に、人々は恐ろしいものであるかのように視線を投げかけ、一瞥しただけで目をそらした。

 私は魔物と同様に考えられているらしい。

 それは構わない。だが、私が魔物と思われているということは、母にもあらぬ疑いがかかっているということを意味する。


 私は母の姿を見つけることはできなかった。

 魔法を使えば、母のように強い魔力を放つ人間を見つけるのは簡単だが、私はそうしなかった。

 見つけられなかったときのことを恐れたのだ。

 ドゥーラとその一行は、私を抱いたまま兵士詰め所から第二城壁の外へ出た。

 そこには、戦う姿をした民衆が、真っ青な顔で震えていた。


 兵士詰め所とこの広場で、生き残った人間の7割が揃っていると考えていいだろう。その数はおよそ三千人である。残りの3割は隠れている。ファアもそのうちの一人であると信じたい。

 全体的に武器は不足している。死んだ兵士から剥ぎ取った武器と防具を、もともと戦闘員ではない男達は使用しており、中には私が試しに作ってみたできそこないの武器と防具を身に着けている者も見られた。


 実際に戦闘になれば、抵抗もできずに殺されることが目に見えている。

 広間の上空は、空を飛ぶ魔物が滑降していた。

 辺りは暗い。時刻は夕方のようだ。遠くの稜線が橙色に光っている。

 ただし、上空には厚い雲が立ち込め、まるで夜のように人々に闇を投げかけている。

 上空の魔物たちがただ旋回を続けているのは、強固な守りがあるからではないだろう。魔物たちを率いる何者かの合図を待っているのだ。


 第一城壁と私が勝手に呼んでいる、城塞の南に面した巨大な城壁は、内側にあたる北側に階段が敷設されていた。

 もともとの作りである。私はドゥーラに抱かれたまま、城塞の裏側に、ただの彫像のように刻まれた巨大な戦士像を眺めながら、階段を運ばれた。

 風が強い。ドゥーラも、ドゥーラを守る男達も恐れた。風で流され、地面に叩きつけられて死亡するのを恐れた。


 いまさら、死が怖いという人間の心は、もはや私には理解できないものだった。

 あまりにも長い階段を上り、城壁の南側には、すでに水の漏れ出る隙間もないほどに、魔物や魔獣の群れが密集して押しかけているのを、私は確認した。

 人間に、もはや逃げるという選択肢はないのだ。

 逃げる場所も、その時間もない。許しを請えるような相手ではない。

 この世界の人間の歴史が、私の目の前で終わるのだと絶望的に感じながら、城壁の上で家族と対面した。






 厚く垂れこめた雷雲が稲妻を放つ。一瞬の輝きに、父王が照らし出された。

 城壁の上部は、中央に向かってゆるやかに傾斜している。つまり、中央がもっとも高くなっている。

そのもっとも高く作られた中央に、木で作られた十字の型が撃ち込まれ。父王は鉄の鎖で縛り付けられていた。

 私の見る限り、生きている。だが、衰弱し、意識を失っている。衣服はすべて奪われ、産れたままの姿でさらされている。


 魔物の仕業ではあるまい。

 父を生贄に、助命を乞うため、民衆の手にかかったのだ。

 人間は、時に魔物すら及ばないような残酷な仕打ちを行う。

 父王が縛られた杭の根元に、縛られた母が転がされていた。

 生きるための飲み水を作りだせる唯一の存在を魔物に差し出して、この後どうやって生きていくつもりなのか、私には不思議だった。

 母も生きている。これは当然だ。できれば、死なせたくないのが本音だろう。


 私が連れてこられたことに、母は気づかなかった。男達の足音は聞こえているはずなのだ。

 それでも母は動かず、しばられたまま、ぴくりとも動かない。

 気絶しているのかもしれない。

 あるいは、絶望して動く気すらしないのかもしれない。

 あるいは、たんにふて寝しているのかもしれない。

 母なら、いずれもありそうだった。


 城塞の上は狭く、人間が二人並べばそれ以上の足場はない。

 私を取り巻いていた男達は城壁の上に一列に並び、私を抱えたドゥーラは父王の前、つまり城壁の中央に立った。

 腕に抱いていた私を、手に持ち替え、高く差し上げる。

 私を、誰かの供物としようとしているのだ。


「父なるルーシェルよ!」


 ドゥーラは声高らかに、天から落とされたという大悪魔に呼びかけた。私が世界の魔物や魔族、悪魔のことを知っているのは、長い行軍の間に母から聞かされたからである。

 ドゥーラの口から放たれた言葉に、明らかに男達が動揺する。

 自分たちが、誰の意思で動かされていたのか、ようやく気づいたのだろう。


「ご命令通り、王の一族を捧げます! 約束通り、私に永久の命をお与え下さい!」


 城壁に居並んだ男達が、いまさらながら騙されたことに気が付いた。ドゥーラが何と言って男達をだましたのかは、私には解らない。

 私を高々と掲げて、上空を旋回する魔物たちへ捧げるドゥーラに、男達が近寄ろうとする。


「ドゥーラ、なんのつもりだ? 王の一族を捧げれば、悪魔ルーシェルだけでなく、人間を恨んでいるすべての魔物が、人間に従うと言っただろう」

「少し考えればわかるはずよ。人間を食らう悪魔以外の魔物にとって、王かどうかなんて、意味がないことぐらいね」

「騙したのか!」

「もちろん」


 ドゥーラは動じなかった。男の持つ得物は、私が大量に作りだした粗悪な剣だった。だが、女の肌を貫くぐらいはできるだろう。ドゥーラは動じない。自分が死ぬはずがないと信じているようだ。

 剣を構え、ドゥーラを殺そうとした男に、上空から投げ下ろされた銛が突き立った。

 男は背中から銛を生やしたまま、城壁から魔物であふれる南側へ落下した。


 上空から、巨大な羽ばたきと共に醜悪な生き物が降りてくる。

 真っ黒いドラゴンに乗った、漆黒の姿である。

 いつか見た、黒装束の魔剣士とは全く異なる、闇そのものをまとったような姿だった。

 父がかつて、百鬼を従えると評した悪魔ルーシェルだろうと私は思った。

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