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異世界転聖 ~100歳で大往生した聖人が、滅亡寸前の異世界を救うために転生しました~  作者: 西玉
1章 文明の滅亡

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26話 治療術師ファア

 診療所から連れてこられたファアは、謁見の間の床の上にうずくまって眠っていた。

 隣に、修道女の恰好をしたまだ若い女が付き添っている。診療所でも見かけた。ドゥーラという名前だった。

 母が姿を見せると、ドゥーラは恭しく頭を下げた。

 私とマルレイを見ると、軽く会釈した。


 魔術師として、また聖女としてあがめられつつある母と、気持ち悪いと評判の息子、最近解雇された軍師、の取り合わせである。ドゥーラの態度は妥当なものだろう。

 私とマルレイはすぐに床で眠りこけているファアの元に行こうとしたが、母は止めた。まず玉座に腰かけ、ドゥーラに話しかける。

 なるほど、王族としての作法があるのだろう。


「ご苦労です。診療所の運営は、上手く行っているようですね」

「はい。兵士の方々からは大変感謝されておりまして、今日もこのようにお招きいただき、ありがとうございます」


 ドゥーラは再び深く腰を折った。私はファアの様子が気になった。二人の声は、石の壁に囲まれた室内で、大きく反響している。それなのに、うずくまったきり反応しない。


「いま、危険な状態の患者はいませんか?」

「はい。それも、このファアのおかげです。どうやら、治療術師としての力に目覚めたようです。手をかざしただけで痛みが治まり……昨晩では、手足を失った兵士さんの手足が戻っているという奇蹟まで起きました」

「それは凄いですね」


 母は、マルレイに抱かれている私をちらりと見た。治療術師の能力の限界を超えた現象だとわかったのだろう。事実、私は昨晩、兵士たちの失われた手足を復元させた。

 ただし、復元の魔法には代償を伴うらしいことが、『源魔法』の書には書かれていた。失った手足を戻すというのは、困難なことだったのだろう。おそらく、私が戻した兵士たちは、寿命を削られている。それに気づかなかったのは私の誤算だが、戦える人間が一人でも必要な時だ。


 ちなみに、ドゥーラは私がファアと兵士たちを癒していた時、すっかり眠っていた。ファアが覚醒した瞬間も寝ていたので、私が覚醒させたのを知らないのだ。

 私が手足を復元させた兵士も、ファアの力だと思っているのだ。


「それで、お呼びになられたのは、どのようなご用件でしょうか?」


 ドゥーラは、私の嫌いな表情をした。

 私は、聖職者が欲望を剥き出しにする瞬間が嫌いだった。

 食べなければ生きられないことはわかる。欲が無ければ、文明の発展がなかったことも理解できる。だが、聖職者にありながら、私腹を肥やそうとする者が私は理解できない。

 ドゥーラは、私が前世で嫌というほど見てきた者たちと同じ顔をしたのだ。まだ若い尼僧のように見えるが、心は欲に囚われている。


「私が呼んだのは、ファアという少女よ。あなたではないわ。この子ね?」


 私の気持ちを察してくれたのではないだろうが、母はやや冷たくドゥーラを突き放した。


「私はこの子の保護者ですから」

「そう。では、ドゥーラに命じます。ファアを起こしなさい」


 私は『知覚魔法―魔力検知』を行った。相変わらず私と母の力ははっきりとわかるが、問題はファアだ。

 昨晩はあれだけ力強く輝いていた魔力が、見る影もなくくすみ、しぼんでいる。昨晩、同じものを見ていれば、私はファアに魔術の素養があるとは感じなかったはずだ。


『母上、ファアをドゥーラから離したほうがいいかもしれません』

「簡単にはいかないわ」


 母も慣れたもので、私の言葉に対して、眉一筋動かさずに答えた。

 私は、ファアの不調の原因が、働きすぎだろうと思っていた。まだ、幼い少女である。自分に奇蹟の力があると知れば、有頂天になるのは当然だ。ドゥーラに見せたのだろう。ドゥーラは、その意図はわからないが、限界を越えてファアを働かせたのだ。

 迂闊だった。ファアの力を知った段階で、きちんと保護すべきだったのだ。


「いえ。ただ寝ているだけですから起こすのは簡単です。ファアや、起きなさい。王妃様の御前なんだよ」

『母上、止めさせてください』

「わかっているわ。ドゥーラ、この奇蹟の子とは、またゆっくり話す機会もあるでしょう。今は、あなたの労に報いることを考えましょう。もはや、黄金も地位も意味を持ちません。何か望むものはありますか?」


 ドゥーラはファアから手を離した。ファアはぐっすりと眠っている。まるで、魂を抜かれたかのようだ。

 問われたドゥーラは、少し考えた。考え、やはり私の嫌いな顔をした。


「私が望むものなどありません。ですけれど……診療所の兵士さんたちには、どうしても栄養が足りません。できましたら、食べ物をたっぷりと配給していただきたいのですが」


 母はまず、私を見た。私はうなずいた。


「いいでしょう。それから、ファアはとても疲れているようです。ここにはキールもいますし、遊び相手になれるでしょう。少しの間、私に預けなさい」

「そうですか……そうですね。このままでは、診療所に置いても使い物には……いえ、上手く力も出せないでしょうし……解りました。少しの間でしたら」


 ドゥーラは腰を折り、母は改めて、食料については約束した。

 マルレイは黙っていたが、私と母の間でやりとりがあったことに気づいていたようだ。私が頼むまでもなく、床の上で眠っているファアに近づいた。






 ファアの眠りが、ただの疲労による睡眠ではないことに私は気づいていた。

 魔力が極端に弱くなっている。

 魔術を使い続けると、危ない状態になるのかもしれない。だが、それだけとは思えない。


『母上、あのドゥーラという方は、どのような人なのですか?』

「タイプなの?」

『ふざけている場合ではないのです』


 母は、事あるごとに私をからかおうとする。ドゥーラは、この世界のなんらかの神に仕える立場だろう。この世界の宗教のことを、私は知らない。どんな人間なのか気になった。

 ひょっとして、ファアに消えない傷を負わせているのではないかと恐れた。


「私はよく知らないわ。マルレイ、ドゥーラのこと知っている? どんな人?」


 騎士マルレイは私を床に置き、ファアを抱き上げた。私がそうするように、指で私に指示をした。私はマルレイの意を汲んで、ハイハイして部屋に戻りながら話を聴いた。


「神に仕える婦人の意味で神婦だというのは、我々が国を捨てた後で名乗りだしたようです。それ以前の神に仕える者たちは、真っ先に殺されてしまいましたし、精神的な支えも必要でしょうから、誰も否定はしませんでした。いまでも、診療所を開いて役に立とうとしています」

「それは表向きでしょう? 信用できるの?」

「さあ……ただ、診療所を開いたのは、ただ周りにそう期待されただけのような印象はありましたね。好きでやっているわけではないとか……愚痴を言っていたのを覚えています」


 決め手はない。だが、私はドゥーラの存在に疑問を持った。

『知覚魔法―魔力検知』

 私は、心配していたとおりにファアの魔力が消えているのを確認した。

『知覚魔法―魔力検知―応用―呪い検知』

 ファアの体がぼんやりと光る。体の中に、何かが埋まっている。


「ばぶ」

「どうしたの?」


 母が私を抱き上げた。


「あばだぁ」


 私が頼むと、母はファアに私を近づけた。念話は使っていない。どうして私の意図を理解できたのか、実は私にもわからない。

『生命魔法―治癒―応用魔法―細胞操作』

 私は、ファアの体内で光る場所に、手を伸ばした。

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