23話 母と子
『母上、軍師マルレイに本気で腹を立てているのですか? それとも、父の怒りを鎮めるために芝居を打ったのですか?』
部屋に戻るまで待たず、私は母に聞いてみた。道中は明るかった。私が光っているからである。
私を抱いて連れ出してしまったため、兵士詰め所は闇に包まれているだろう。
母は答えなかった。私の呼びかけに答えないということは、いままでの記憶にはなかった。
ひょっとして、母は私に対しても怒っているのだろうか。
部屋に戻り、母は私を抱いたままベッドに向かった。ベッドに私を寝かせると、黙って服をはだけた。
『母上、勝手なことをして申し訳ありませんでした』
母は私を抱き上げた。
私の口に乳房を押し付ける。
相変わらず、すべすべして気持ちがいい。
だが、いつもは乳首を口に含ませてくれる。
私は、母の柔らかい胸の肉に埋もれそうになった。
「……私は駄目ね」
母はぽつりとつぶやいた。私の前で、母が弱音を吐くことは珍しくない。私の前でしか言わないのだ。少し前に、マルレイがほとんど同じことを言ったのを思いだした。
『……何があったのです?』
「何もないわ。ただ……あなたのパパと二人で……色々した後、あなたがいないことに気づいて……血の気が引いたわ。キールのことは信じているし、心配することはないと思っても、頭に血が登ってしまった。パパの方が落ち着いていたぐらいよ。こんな時勢に、赤ん坊をどうにかするような非常識な人間がいるはずがないって。でも、私は逆に腹を立てた。こんな時勢だから、赤ん坊が欲しくなって……盗もうとする人間がいるかもしれない」
私は母の肉に埋もれたままだった。手をばたばたを動かし、肉の山から顔を出した。
目の前に、母の綺麗な乳首が出ていた。うっすらと母乳がにじんでいる。
『……申し訳ありません』
「キールの成長を、私は見届けることができるのかしら?」
母が、生死についての心配を口にしたのは初めてのことだった。すべての人間が抱いている漠然とした不安だ。
いままでに抱いていなかったとは思えない。だが、これまでは逃げ続けていた。
これからは、立ち止まって戦わなければならない。
これは、大きな違いだ。
生死にかかわる不安が、母を不安定にしたとしても責めることはできないだろう。いつ、民衆から同じことを問われるかもわからない。
その時に、何も答えないというわけにはいかないのだ。
私は答えられず、母の乳首を口に含んだ。
「キールにもわからないことがあるのね……」
『5日後、大きな戦いが始まるでしょう。マルレイと、さきほどそれを確認していました』
「そう……キールは、マルレイのことが好きなのね」
母は私の頬を撫でた。話の論点が全くかみ合っていないことは明白だ。母が真剣に向き合いたくないのだと、私はあえて話を戻さなかった。
私の口には、母の母乳の味が広がっていた。
『信頼できます』
「そうね。でも……キールにはもっと別の女性のほうがいいわ。マルレイの体形では、あまり多くの子供を産めないと思うから。減ってしまった人間がこれからするのは、動物と何も変わらないわ」
私は戸惑った。まず生き延びることが先決だ。そのための算段をしなければならないはずだが、生き残れれば、母の言う通りになるだろう。
私が妻を持つということは、100年以上考えずに来たのだ。
女性に触れることを考えて、緊張した。
いまも、乳首に吸い付いているわけだが、将来のことを考えると、赤ん坊としての必要な行為すら緊張してしまう。
『母上、診療所にファアという少女がいます。夜が明けたら、お目通り下さい』
「……新しいお嫁さん候補? 駄目よ、キール。いくらこんなご時世だからって、ハーレムを作るようなことは人として駄目。誰かひとりにしなさい。それとも、マルレイはあきらめるの?」
『……治療術師としての素質があるはずです。力の一部は目覚めています。私は治療術師を知りません。正しい力の使い方をしているかどうか、私にはわからないのです』
「キールはいつでも真面目なのね。冗談だったのだから、少しは照れたりしてもいいのよ。キールなら……ハーレムを作りたいと言いだしても、みんな受け入れるわ。あなたの力がなければ、きっと人間は生き残れないでしょうから」
『……私も照れていますよ』
「そう?」
母は私の口から乳首を奪い、高く持ちあげた。
私を眺め渡したが、私が照れた兆候を探されても、私も困るのだ。
「……どこも変わらないわ」
『どこが変わっていると思ったのですか?』
「おちんちん」
『母上!』
「冗談よ」
母は、久しぶりの笑顔を見せた。私が慌てたのがおかしかったのだろう。
私を肩に抱き、背中をポンポンと叩く。私は、はしたなくもげっぷをした。
「そろそろ寝ましょうか。もうとっくに寝ていないといけない時間よ」
『それと……軍師マルレイが死にかけていたので、私が勝手に癒しに出かけたのです。マルレイに罪はありません。どうかお許しください』
「それは、マルレイを見た時に解っていたわ。だから……ひょっとして嫉妬したのかもね。何も考えずに、気が付くとマルレイをぶっていた。明日、謝らなけれればね」
母は私をベッドに寝かせ、隣で横になった。
このままだと、父王の寝る場所がない。私が指摘すると、母は言った。
「どうせ、今夜はもう戻らないわ。戦いのことで頭がいっぱいでしょうし……それに、王の相手をする女は何人もいるのよ。私が知らないと思っているようだけど、もう私もどうでもいいわ。私にはキールがいるもの。キール、パパみたいになっちゃ駄目よ」
私は母を見つめた。母は真剣に言っている。目を瞑り、眠ろうとしていた。
私は明かりを消した。光っていたのは魔法を使った私自身だったので、私が魔法を終わらせれば部屋は暗闇に包まれる。
「我慢できないときは、ママに相談してね」
色々と考えさせる物言いをして、母は私の唇に口を押し当てた。
赤ん坊にするキスとしては、どうにも不相応に感じられた。




