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17話 岩石と植物

 風の魔術を食らいながらもびくともしない魔物は、母に向かって吠え、標的を母に定めた。

 ただでさえ母を中心に光っていたので、母は目立った。私の責任でもある。

 魔術を当てられた一体だけでなく、すべての魔物が母に向かった。

 母は私を抱き、立ち尽くした。この地で放てるもっとも強力な魔術が通用しなかったのだ。


「土よ!」


 それでも、母は必死に頭を働かせ、対応を取ろうとした。

 兵士たちが魔物のいく手を阻もうとするが、目的を定めた魔物の足をとめることはできなかった。


「我が呼びかけに応じ、壁となり立ちふさがり、我と我が子を傷つけんとする者を阻み、その自由を奪え」


 しかし、母の魔術は発動しなかった。

 私が見る限りでは、地面が岩盤であるため、命令を聞かせるには魔力が足りなかったようだ。地面が土や砂であれば、さぞかし強固な壁が地面からせり上がったはずだ。

 岩盤の地面を変形させるには、それなりの魔力が必要らしい。この地で使うのなら、より小規模の魔術で足止めするか、チリやほこり、空気中に漂う土の成分を使役したほうが効果は大きいはずだ。


 いま、それを伝える時間がないのは残念だ。

 魔物は母の目の前に迫り、母は身長で兵士の倍、体積で8倍、重量で24倍はある相手に、腰を抜かして座りこんでしまった。


「王妃様!」


 叫び、動いたのは兵士たちの誰でもない。軍師のマルレイだった。


「だぶっ!」


 私が叫んだのは、私は魔物に対抗する魔法を使用する寸前だったからだ。

 マルレイが母と私の前に、つまり魔物との間に立ち、大きく両腕を広げた。

 それで止まる魔物ではない。

 マルレイの体が、母の頭上を飛び越えた。

 魔物がマルレイの体を殴打したのだ。


 私の魔法が完成し、魔物はバランスを崩して倒れた。

『基礎魔法―浮遊』である。ただ物体の重さをなくすだけの、実に基本的な魔法であるが、強大な重量を武器にしている魔物は、まともに動けなくなって空中でくるくると回転しだした。


『母上、いまの状態なら、魔術を使って弱らせることもできると思いますが』

「……嫌よ……キール、お願い」

『解りました』


 続いて、私は『生命魔法―強制成長』と『生命魔法―変質』を同時に使用した。手には、ドングリをずっと握ったままである。

 私の手から、にょきにょきと木の枝が伸びた。この魔法の素晴らしいところは、植物の成長に必要な栄養は、魔力で代用できることである。


 つまり、魔力が強い者が使うほど、いくらでも巨大に成長する。もし、その効果がなければ、ドングリの実の中に詰まっている栄養素が底をつくまでが成長の限界となるだろう。ドングリから木の芽に変わったとしても、魔物に対しては何の威力も発揮できないはずだ。

 私の手のから伸びた木は、大木とはならずに蔓のように枝を複雑にからめながら伸びた。これが『生命魔法―変質』の効果である。

 私の手から伸びた枝は絡み合い、巨大な腕のように岩石をまとった魔物の体にまとわりつき、ほぼ空中に浮かんだままの魔物を拘束した。


 私はさらに魔力をドングリに込めた。

 木は成長を続け、母に向かってきた魔物たち、新たに城壁を乗り越えた魔物たちを、すべて絡めとった。

 広場に、岩と木で織りなす、不格好なオブジェが出来上がった。

 魔物はまだ生きている。

 だが、動くことはできなかった。

 巨大な魔物に手も足も出ずに苦戦していた兵士たちが歓声を上げた。

 兵士たちが、腰を抜かした母を助け起こす。


「さすがは王妃様」

「ああ。このような時代に、実に稀有な魔術師でおられる」


 口々に兵士たちがほめそやす。この時には、私の手の中のドングリはすべて木の枝に姿を変え、誰も私が魔法を使ったのだとは考えていないようだった。

 父王が兵士を割って近づき、母の肩を抱きしめた。

 母は言葉もなく、ただその抱擁を受けた。


 母自身は、実際は何もしていない。何もできなかったのだ。魔術師として、自信は持っていたはずだ。

 だが、何もできなかった。

 だから、私はすべてを自分でやるのは、ためらったのだ。

 母は茫然としていた。


『母上、軍師マルレイが……』

「あっ……そうね……マルレイが……あなた、マルレイが私を庇って大変なことに」

「うん? ああ……大人しく、キールの子守でもしていればいいものを。ブロウが戦場にキールを連れてこなければならなかったということは、結局子守もできなかったということだろう。実に無能な女軍師だな」


 父王は酷い言い方をした。魔物に殴られ、背後の壁に叩きつけられたマルレイを、誰も省みもしなかった。

 この城塞を、人間最後の拠点にしようと言いだしたのは軍師マルレイだと聞いている。この地を知っていただけでも、その知識量が常人には比べる相手もいないだろうことが推測される。


『母上……マルレイを……』

「ええ。わかっている。でも、いまは……仕方ないのよ」


 母は私に言った。確かに、その通りなのだろう。

 兵士に囲まれ、まるで聖母のようにあがめられては、安易に動くこともできない。かつて、平原で魔物を退治した時は、民衆に支持された。

 今度は、兵士にである。

 父王も、脱帽しているようだ。

 母は戸惑っていたが、この状況を悪くは思っていないのだ。


「あの魔物、このままで大丈夫でしょうか?」


 兵士の一人が、樹木に囚われた岩石の魔物を不安げに見上げた。まだ、拘束されただけで死んでいるわけではない。

 弱っているわけでもないので、木が岩石に負けて脱出されれば、脅威が繰り返されるのだ。


「そんなこと、ブロウにませておけ」


 父王は豪快に笑い、公衆の面前で母の唇を奪った。

 母は言葉を発することもできず、抱いていた私の頬をつついた。

 なんとかしろと言う意味だろう。


『あの魔物、殺しますか?』


 私は気が進まなかった。人を殺しているとはいえ、すでに無力化しているのだ。

 母はうなずいた。父王と唇をあわせたままうなずいた。

 簡単なことだった。

 魔物を拘束している木の枝に根を生えさせ、魔物の体内から栄養を吸収するように操作した。

 魔物を栄養に変え、樹木は音をたてて成長し、魔物は動くことを止め、養分を吸い取られて、体を覆っていた岩石が地面に転がり落ちた。

 最後の一体が木の栄養に化けた時、兵士たちが母の名を連呼し始めた。


「……一体、どうやったの?」


 ようやく父から解放された母は、私に尋ねた。


『魔物を殺したのは植物の力です。私も、少し手を貸しました。ひょっとして、忘れられた魔法の系統かもしれません。母上も、尋ねられても誤魔化してください。何より、魔物の体を栄養に成長した木で、しばらく薪の心配はしなくていいのですから』

「……そうね」


 母は私の頬に口づけすると、兵士たちの喝さいを浴びるために、杖を持つ手を高々と掲げた。

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