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語り箱~かたりばこ~  作者: 守屋 真倣
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第四章 水の語り 終

 小馬は水場の脇のウマゴヤシの茂みにずっと鼻を埋めている。亜麻色のたてがみに飾った白と黄の花を傾ぐにまかせ、時折、乗り手が思い出したように頬の横にぴくりと揺らす手綱の陰にも知らぬ顔だ。やや声を強め、強引に手綱を引くと、小馬はちょっと首を左右に振り、突かれたようにとことこと高柵に囲われた広場の内を走り始めた。

 野営をしていたタシワナの村人たちは三日前には河の向こうに住居を移し、二か所の焚火の跡がまだくっきりと地面に残っている。いま広場の内は小馬に跨ったシアニひとりだ。

 出立の時の見送りはいらない、できればあまり家人たちの目に触れずに館を出たいと申し出たのはロサリスだった。

 もちろん好都合だわ。だけどせっかくの変装に見物人がいないのは退屈だな―――シアニは、折々広間の扉の傍らに立ち、終にはずっとそこで眺めているダミルの姿には気づいていなかった―――そう、こんなにも静かで誰もいないと、これから()()()()()()のだという事が、それを自分が始めるのだという事が、だんだん信じられなくなりそうだわ。

 でも、私がその気なのと同じくらい、母さんは()()()だ。私がここに来てこの輿入れの真似事を始める前にハーモナで見た母さんは、間違いなくその気だった。

 昼頃、子供たちの誰にも入らせないように、ときつく言いおいて小部屋に入り、半時もしてから着替え終えて出て来たロサリスを見て、バギルの妻はぎょっとしたように立ちすくんだ。シアニも、はっとその姿に見入った。

 出て来た姿はひとまわりも大きく見え、すぐにそれは宝冠のように頭に戴いた編み髪と、思いのほかにかさばった絹の長衣、上から被って顎の下に掛け合わせて留めたベールが首から肩の華奢な輪郭を隠しているせいだと気付いた。頬は数日の内に痩せて削げ、きりりと真っ直ぐな眉の下に、くっきりと睫毛の縁取る灰色の瞳は、見慣れた者の目にも信じられぬほどいつもとは違う面持ちだった。

「よくお似合いですけれど……。」バギルの妻は震え声で言った。「あら―――ベールはこんなに短かったかしら」

「いいのよ。触らないで」

 肩をそびやかしてふたりの前を横切って拝殿へと行くロサリスから、不思議な硬く軽い衣擦れの音がした。

「私、もう先に出るわね。」シアニは茫然と目を見張っているバギルの妻に囁いた。「母様、素敵ね?」

「ええ。でもあれは姫の顔じゃありません。」バギルの妻は胸に手をやり、喘ぎを押さえて言った。

 どこまでやれるかしら―――シアニは馬の上で背を伸ばした―――母さんはふつうにしていても私よりもずっと背が高い。家の者には見られればすぐにわかってしまう。その場に着くまで出て行くのを見られないようにしなくては。橋の向こうから来る迎えの者の目は何とかごまかせないかしら?ともかくもベールを被っているのだし。

 それにしてもどこまでやるつもり、シアニ―――。

 どこまでやれるかしら。どうせなら、コタ・ラート橋に母さん達がたどり着くころには、アガムン達はすっかりアツセワナに向かって引き揚げているのがいい。そして私はどちらからも逃げおおせていなきゃならない。両親からも、怖い、悪い花婿からも。

「シアニ、」

 ダミルが呼んだ。シアニはびくりとした。幼い頃から慕い、従ってきた声に、一瞬前まで胸の内に温めていたはかりごとが儚い夢のように散り去ろうとする。それがただ小半時ここに留まるのが長くなるだけのことだとしても。

「もう、いいだろう?いいかげん中に入りなさい。母様も先生も待っているぞ。」

 シアニは、広間の戸口に立っているダミルを見た。ダミルは、もう何年もシアニが見たことの無い革の鎧で武装を整え、長い剣を帯びていた。広い肩とまっすぐな姿勢に武装がよく似合い、凛々しかった。

「はい、お父様、馬を返して来ます。」

 ダミルはうなずいてくるりと背を向け、広間に入って行った。

 父さんはこの後も私とゆっくり話せると信じているんだわ。その時間の方を大事にしたいから今はそっけないんだわ。

 ダミルの背が扉の内に隠れると、シアニはさっと馬首をめぐらして厩に向かった。

 厩の前にいた門番がシアニに気付いて小馬の手綱を取りに来た。東門は開いている。ロサリスが来てからまだ間もないのだ。

「たてがみの花を取ってあげてね、かゆがっているから。それに水もあげてちょうだい。」

 シアニは鞍から下り、鞍の前に結び付けてあった折りたたんだ背嚢を取り、小馬を門番に預けた。

 門番は珍しそうにシアニを眺めた。

「殿が言ってたっけ。敷布を被ったおかしな子がいても放っておいてやれって」

「そうよ。もう、見ないでくれる?恥ずかしいから。」

 シアニは門番を睨みつけ、笑いながら小馬を引いていくその姿が奥の小さな厩に入るのを見届けてから、大きな馬の仕切りの中に飛び込んだ。

 ロサリスの牝馬が鞍をつけたまま繋がれている。シアニは手綱を取り、そっと馬の名を囁いた。

「ラノマ、ついて来て。」

 シアニに慣れた馬は大人しくついて来た。シアニはそっと門から出、馬場まで引いていくと鞍の上にまたがり、高柵の周りの耕地と果樹園、森を見回した。不思議なくらい誰もいない。

 シアニは鐙を軽く馬の腹に当てて進みださせると、公道まで道を下って行き、左へ馬首をむけると手綱を軽く振って馬を少しづつ早駆けに、コタ・レイナ指して駆って行った。

 

 ダミルは正面の扉の片側を開け、身体を半ば戸に預けて愛しげに外を眺めていたが、東の扉から来たロサリスがエフトプの婦人に挨拶したのに気付くと、外にいるシアニに中に入るように、と声を掛けた。

 がらんとした広間の中で、温厚な婦人は所在無げに膝の上の塵を払っていたが、そっと顔を上げて、およそ二十年ぶりに会う王女の姿を見た。

 戸口に佇んだきりのロサリスに、ダミルは大股で近づいて行った。ロサリスは顔を背け、二、三歩のところで口を開きかけたダミルに、わずかに身を引いて素早く囁いた。「何も言わないで」

 婦人はダミルとロサリスを交互に見比べながら鷹揚に声を掛けた。

「ご安心なさい、奥様。」夫人は同情を込めて言った。「私は沢山お子を見て参りましたから、お嬢さんがどれほど可愛がられて育ったかよくわかります。裏表のない良いご気性、ひと目で好きになりましたよ。どうかお任せください。」

 ダミルは情けなさそうに首を振り、ベールで半ば以上隠れたロサリスの横顔に言った。

「あなたの事をとやかく言うつもりはないが、少しくらい私の口から聞いてやってくれないか、家の者には他に気持ちを伝える術もないのだぞ?あなたは一切の随行も断った。今晩の野営に身の回りの世話をする女もいない。護衛すら認めない。それで皆が得心すると思うのか?」

 ダミルは婦人に聞こえないように囁いた。

「実は向こうの戸の外で皆待っている。皆、せめての別れの言葉も言いたいと願っているし、出来る事ならコタ・ラートの橋まで見送りに行きたいと申し出ている者もいるのだ。」

「やめてください」

 ロサリスは振り向いて言った。

「皆を帰してください。伴をするなどとんでもないことです。わかっているではありませんか。家の者を危険にさらすと。」

 ロサリスは目を瞬いたが、目元を拭わず伸ばした手でダミルの手首を一瞬捉え、言った。

「ダミル、万一のためにアガムンの反撃に備えてください。―――私にあの男をなだめることが出来なかった時のために。」

 ダミルは渋々、自分とわずかの護衛の留守の間、郷の守備をどうするか長たちに指示したことをロサリスに伝えた。

 コセーナの郷で留守を守る各部署の頭たちは、シアニがエフトプを指して舟でコタ・レイナをくだり、ロサリスの馬が出たら、すぐに家畜を広場に入れ全ての門を閉めて守備を固める。高柵の櫓の上には交代で弓手を配置することになっている。これは無論、最も悪くした事態への備えであり、事はコタ・ラートの橋までで食い止めるのが肝心だ。西からは見えぬ火山灰の壁の後ろで、同盟の三郷は不測の事態に備え、準備を進めている。オトワナコスとエフトプからの援軍は三日前からコタ・ラート沿いに橋を目指して発っており、アタラとゴルテもその一日後には橋に向かった。二度目のアツセワナの使者が来て去って行った半月前から、コタ・ラートの壁の背後には物見台の他にふたつの櫓が組まれ、足場が渡され、いざとなったら反撃に転じられるよう準備を進めている。

「あなたには味方がついている。」

 ダミルは安心させるように言い継いだ。が、ロサリスは不確かな面持ちで蒼い顔をわずかにうなずかせた。

 ダミルはふと顔を上げた。

「シアニは何をしているんだ?馬を返しに行くのに手間取っているな。」

「お嫁さまごっこの続きがしたくなったのでしょうかね」背を伸ばしながら婦人が言った。

「可愛らしいことを仰って―――。だけど私も後の時間を考えますと。今晩には下の渡しの、昔のエノン・トード・シレの宿駅で郷の者が待っていることになっています。そろそろ出ないことには。」

 ロサリスが突然室内を横切って河の側の窓辺に耳をすませた。コタ・レイナの方から高く澄んだミサゴの声が、次第に調子を早くしながら二節鳴いたところだった。

「クシュの合図だ。」ダミルが言った。

 ロサリスは心煩わせているうちに失念していた掌中の珠を、あわや失う寸前に思い出したかのように叫んだ。

「ダミル、馬を出してください。あの子はコタ・レイナ橋だわ。」


 シアニは、コタ・レイナ橋の橋台の前で、開けた河の上空いっぱいに響くミサゴの声を聞いた。何か警告を受けたように胸が痛くなり、シアニは、馬の歩みを止めた。橋から河面までは遠く、水の流れは速い。馬の背で高くなった視界からは橋の幅はとても狭く感じられる。うつむいた襟元に金色のブローチが光った。これをこのまま身に着けて逃げれば泥棒と同じことだ。

 シアニは、馬を降り、橋桁の根元に何枚か石を積み、その上に外したブローチを置いていこうとした。

 自分でエフトプの婦人に返すべきだとわかっていたが、今そうするわけにはいかない。計画を駄目にするだけでなく、自分の自由を手放すことになる。

 ふとコセーナの方を見たシアニは、置きかけたブローチを握り込み飛び上がるように立つと、慌てて手綱を手繰って、馬首を橋へと向かせた。コセーナの正面の跳ね橋が少しづつ下りはじめている。両親が彼女の逃走に気付いたのだ。

 馬は慣れない水音を嫌がって後ずさりした。首を撫で、肩を叩いてなだめ、シアニは手綱を短く持ち、馬の横に立って橋をわたりはじめた。ひと月前よりもさらに水量は増え、流れは速い。欄干の無い橋の片側から眼下にうねる青い帯を見ると、吸い込まれそうに身体の中心が分からなくなる。馬の鼻腔から漏れる息、敷板を踏む蹄の反響、橋の下に轟く水の反響―――。

「ラノマ、いい子ね、真っ直ぐ歩いて。」

 シアニは震え声で言った。―――励まして欲しいのは私だわ。いいわ、なら、自分に言おう。自分が聞きたい声で。

「ラノマ、進んで。大丈夫、ハーモナの道より広いでしょう?それに真っ直ぐで平だわ。そうそう―――もう真ん中かしら?どちらにしても前に進めばいつかは終わるわ。」

 目を細めて、水の流れに見入らないようにしながらシアニは進んだ。やがて水の向こうに枯れ草と若草の入り混じった岸が見え、石造りの橋台の足元が見え、水音が後ろへと引いていく。

 もう、終わりよ。やったわ。

 前方が翳り、踏み出した足元に何かの影が下りた。不意に横合いから目の前にすっと長い櫂の柄がさしのばされて行く手を遮った。

「顔を隠して行くのか?」

 わずかに笑いを含んだ声が言った。シアニは顔を上げ立ち尽くした。頭から滑り落ちたベールが力の抜けた手から離れ、肩をつたい、ふっと微風を受けて河面へと下りて行った。

 背後から蹄の音が軽快な節操を刻み、近づいて来た。クシュのサコティーはシアニの手の上から手綱を取り、堤の上へと導いた。シアニの後ろから橋を渡って来た二騎の馬はその横を通り過ぎて止まった。先頭の馬上の乗り手が振り返った。

「ありがとう、サコティー。どうぞ、その子をエフトプまで無事に送り届けてやってください。」

 ロサリスは冷ややかに言った。サコティーはちょっと頷いて、向きを変えて橋のたもとに戻って来たダミルの横に馬を引いて行った。

 ダミルは、茫然としたまま自分を見ようともしないシアニを見下ろして溜息をつき、馬上で背を向けているロサリスに言った。

「娘に言うことはないのか?」

「今後はエフトプの奥様があなたのお母様よ。」ロサリスは振り返らずに言った。その後ろ姿は、凍り付いたように動けないでいるシアニの視野の端に辛うじて映っていた。「ダミル、私はこのまま先に行きます。」

「それなら乗り慣れた馬で行きなさい。」ダミルは目配せし、サコティーはシアニに手綱を握らせ、その背を押した。シアニは馬を引いてとぼとぼと歩いて行き、顔を背けたままの馬上の影の前に止まり、黙って手綱を差し出した。ロサリスは馬を降り、差し出されたその手に触れもせずに手綱を替えた。

「シアニ、乗りなさい。一度館に戻ろう。」ダミルは諦めたように言った。「お前は予定通り、クシュの舟で行くんだ。」

「では、舟着き場で待つ。」サコティーは堤の下の草藪に上げてある舟に戻りながら言った。


 正門から入るとダミルは二頭の馬の手綱をニーサに預けた。

「ロサリスは行った。もうここは閉めてくれ。私は東から発つことにする。万事申し渡した通りにしてくれ。―――シアニ、来なさい。」

 ニーサは主人の馬と自分の粕毛の馬の手綱を取ると、眉をひそめ、口許を引き結んで咎めるようにシアニを見やり、馬の汗ばんだ首筋を撫でながら水場に引いて行った。

 ダミルはシアニを伴って広間に入り、エフトプの婦人に詫びると、娘を宜しく頼むと言って預けた。

「舟着き場でクシュが待っている。その西の口から出られると良いが、そこは今、故あって家の者で混雑している。」

 ダミルが西の扉の前に立ち、両手で押し開けると、外の段に掛けていた者たちが立ちあがり、扉の脇に分かれて戸口を大きく開くのを助けた。外から入る光と外にあふれる人々の数に、シアニはダミルの後ろで立ちすくみ、うつむいた。年寄りから子供まで、男女を問わず自分の足で動ける者は皆そこにいた。彼らの中で前にいる者は遠慮がちに首を伸ばして、暗い広間の奥を覗き込もうとした。

 ダミルは一歩外に出ると、一同を見回して言った。

「皆、ここを引き上げて仕事に戻ってくれ。ロサリスはもう発った―――。皆の気持ちには感謝しているが、会えば辛くなると言って出かけた。かねて言っていた通り、伴をつれずにだ。」

「まさか、女の身でおひとりで……。」ひとりの農婦が仲間を見やりながら恐る恐る言った。

「私はすぐ後を追う。」

 ダミルは強い調子で言った。

 「先に言った通り、この輿入れはコタ・レイナの三郷による境界の監視と警備のもとで行われる。心配はいらない。私はこれを伝えにここに戻ったのだ。これからすぐに出かける。戻るのは明後日か―――場合によってもっと後かもしれん。」

 ダミルは、家人たちに持ち場に戻るように、ともう一度言いおいて、両手で西の扉を閉めた。

「そんな用心が必要なところに行かせただね」年取った農夫が立ち去り際にぽつりと呟いた。

 ダミルは、エフトプの婦人とシアニに振りかえった。

「少し人が落ち着いたら、詰所の前の小さな戸から出なさい。」

 ダミルはシアニに言い、もう一度婦人に頭を下げると、自らは東の戸口から出かけて行った。

「私たちももう出かけなくては。」

 シアニが連れて来られてから叱りもせず、鷹揚に親鳥のようにその横に付き添っていたエフトプの婦人は促した。やんわりとした口調だが、終始一歩も譲らないどっしりとした佇まいだった。

「今晩には下の宿駅についていなければ。舟着き場に下りて行く出口はどこでしたか。」

 シアニは西側の詰所の前の小さな戸を開けて外に出た。小広場に詰めかけた人は大分減っていたが、まだ何人もがうろうろと歩き回ったり立ち話をしていた。シアニは婦人を振り返った。

「小母さま、左の奥の生垣の向こうに見える道がそうです。でも、あそこに行くまで私の先に立ってくださいます?皆に見られたくないの。」

「逃げ出したりするから叱られるんですよ。」婦人は茶目っ気のあるふうにシアニの手をつかむ真似をした。

「今度は逃げやしないでしょうね。」

 そうしながらも、夫人は前に出て、後ろ手にシアニをかばって背の方に押しやった。

「あら、逃げたりしません!」

 シアニは大人しく言い、猫のように柔らかな手を夫人のベールの端のかかった背に置いた。

 年取った婦人は、慕って来る子供の小さな手の感触を久方ぶりに思い出して気を良くした。

「こんな可愛らしい子をからかわせたりするものですか。」丸い胴をゆすって男たちが往来する中を元気にかき分け、工房のはずれの道めがけて歩いて行った。

 シアニは木工所の角の外に途方に暮れたふうに立ってこちらを見ているルーナグに気付いた。たちまちその面からしおらしい装いは消し飛んだ。

「あそこに弟が!お別れを言ってもいい?」

 シアニは言うなり、その直前までセンダングサのように婦人の背中にくっつけていた手を放し、ルーナグに駆け寄った。目を丸くしている少年の日焼けした首に腕を回してもしゃもしゃの頭を引き寄せると素早くその耳に囁いた。

「馬をハーモナとの間の森に繋いでおいて。大きい馬よ。」

 ルーナグが何ひとつ返す間もなく、シアニは婦人のそばに戻って来た。

「ああ、驚いた!」婦人は少なからず気を揉んだおかげで非難がましく言った。

「急に走りだすものだから。ちゃんと私の了解を得てから離れてくださいよ。」そして眉をひそめて、木工所の壁の陰に半ば隠れてこちらを覗いている少年を何度も顧みた。「誰なの、あの子は?」

「弟分―――弟のように育った子なの。」

 シアニは詫びてから、生垣を左に回り込んだ奥の、高柵の間に付けられた南西の小門を示した。小門をくぐるとその奥は、丘の河岸を覆う石垣の間に造られた狭い石段、そしてすぐに河番の詰所の前の木戸。そこを開けてもらうと、狭く蹴上の高い、真ん中のすり減った石段が長く下って行き、それを折り返してさらに下れば川辺の舟着き場に出る。

 番小屋を過ぎた辺りから婦人の饒舌は引っ込んだ。スカートをたくし上げ、シアニなら四、五歩も下る間に一歩ずつの調子で、それでも先に立って石段を下りた。折り返す頃には心身の緊張からか、やや荒い息遣いへと変わり始めたが、桟橋に横づけにされてたサコティーの舟を見ると歓声に似た吐息を吐いた。

「やれやれ、やっとで舟まで来ましたよ。これでゆっくりできます。クシュの舟は速いうえに安心ですものね。」

 サコティーは桟橋の端にかがみ、舟縁を揺れないように押さえた。婦人はシアニに乗るように促した。

 シアニは桟橋に下りきる前から後ろ髪を引かれるふうにのろのろとしていた。やがて、胸に丸めた背嚢を抱え、思い余ったふうに突然言った。

「小母さま、私、お借りしたブローチを忘れて来たわ。さぞ大事な物でしょう?」

 途端に婦人の顔が青ざめ、徐々に厳しくなった。

「そうですとも―――!え、どこに?」

「さあ―――」シアニはサコティーの目を避け、河面に目を漂わせた。「お借りしてずっとつけていたのに思い出せないんです。何の都合で外したのだったかしら―――?」

 ふくよかな頬の下の唇が薄く引き結ばれた。

「瞬きしていないでしっかりこちらをごらんなさい!」厳しい声が囁く。

「広間の暖炉の上か……水場の水盤の脇か……橋の橋台の上だったかしら?」

「ひどい子ね!」婦人はすっかり腹を立てて言った。

「ぼんやりにしてもいたずらにしてもあんまりです。あれは母の母の代にアツセワナで造られたものですよ。イネ・ドルナイルの山の民が持って来た天地開闢以来の金塊を打ち叩いてつくったものです。」

「そうなの?」思わずシアニは身を乗り出した。

「そうなの、ではありません。問題は、人の物を無くしたことですよ。」

 シアニは神妙にうつむいた。桟橋にかがみ込んでこちらに顔を向けているサコティーの目が、どんな風に何を見ているか考えないようにした。怒った婦人の後ろを、ベールが肩の辺まで風で翻る。 

「私、探して来ましょうか?」

 シアニはおずおずと尋ねた。婦人は大息をついたが決然と言った。

「いいえ、私が探して来ましょう。あなたはすぐにクシュの舟で出発なさい。下の宿駅にはじきにエフトプの迎えが到着するはずです。今度は私よりも若くて気の回る者が三人も来ますからね、あなたのぼんやりが少し治るといいけれど―――。私は後で舟を都合して参ります。ここにも舟頭はおりますでしょう?」

 サコティーはうなずいた。

「上の木戸の河番に言えばいい。彼でも、他の者でも応じてくれるだろう。」

 婦人はスカートの裾をたくし上げ、ふうふう言いながら石段を登り始めた。サコティーは厳しい顔つきで顎をしゃくった。

「私、舟は……。」

「怖いはずはないだろう?」

 シアニは水辺にそそり立つ石垣と、その下に滔々と黒く流れる水を見た。そして黙って舟に乗り、背嚢を胸に抱えて座った。サコティーが乗り、舟は桟橋を離れた。

 もうだめだ。水の上は動く檻のようなもの。そしてこの見張りは厳しい。

 河の中ほどの最も速い流れに乗れば、ハーモナの下の未知の土地まであっという間だ。日暮れまでにまだ時間はあるが、遠く離れたエフトプの領土まで行けば、もう容易には戻って来られなくなる。もう諦めるしかないのかしら。

 もともと、私がエフトプに行くことは父さんと母さんの希望だった。誰も困るわけじゃない。ルーナグを待ちぼうけにしてしまうのは可哀相だけれども、あの子にも永遠に助けが来ないわけでもないだろう。私のしたことはただの考えなしの馬鹿なことで、私さえそれが分かれば、丸く収まるのだわ。

 シアニはサコティーを振り返った。初めて会ったときは友達のように気安く話してしまったけれども、この人は両親と同じくらいの齢で、時には敵の目を潜り抜けてイネ・ドルナイルからエフトプへと鉄や物を運んでいた人だ。今の私はお守りをされる迷子でもなければ、まして客でもない。むしろ客に預けられた荷物なのだ。でも、せめて人の姿をした荷物がしょげていたら、船頭は気を紛らわすのに歌ったり物語したりしてくれないものかしら。

 サコティーはほとんど漕がずに岸沿いに舟を行かせていた。漂っているのがごく当然といったふうに舟と共に揺られながらその目は岸に沿って、石垣を過ぎ、丘の斜面を覆う新緑まじりの森を過ぎ、丘の根から流れ込む小川、その奥のハーモナの丸い隆起、そしてその前に川口を備えて横たわる長い二畝の堤を捉えてゆく。

 まるで仕事を忘れているようだわ。私を送り届けることを忘れているようだわ。

 シアニは咳ばらいをした。―――私が乗っていることも。

 しかしサコティーはちらりとこちらを見、櫂をゆっくりとひと漕ぎし、出立の名残に応える贈り物のように川口に舟を寄せた。

 地面の上なら飛び越せる幅だわ。

 シアニは胸の背嚢を握りしめた。

 だけど、踏み切る場所はないし、立てば舟は平衡を失う―――失って水に落ちても泳げるかもしれない。溺れるかもしれない―――捕まるかもしれない。

 シアニはサコティーを見上げた。しかし、サコティーは完全にもの思いにふけっていた。端正な目鼻立ちの上に年月がそぎ落としていった輪郭の丸み、残していった細やかな皺をそのままに、面持ちはまるで少年に戻ったように無防備に追憶に浸っていた。シアニは気の毒に思いながら、思いついた作戦を実行に移し始めた。

「私を乗せてくれたあの堤」

 シアニは行く手の、木苺の枝が滝のように枝垂れた堤を指差した。彼の追憶の風景を変えずに、ある時間のひと節を引っ張って来られるかしら?

「あなたは昔、あそこにハヤを下ろしたんでしょう?アツセワナから逃れて来た王女と一緒だったハヤを」バギルが話していた事の細かな事情を自分は知らない。昼間だったのか、夜だったのかも。

 サコティーは答えなかったが、岸は少しずつ近づいてくる。

「その時は、王女をハーモナに匿う手筈になっていてあなたはこの岸に送り届けたのね。」

 当てずっぽうだわ、間違ってなければいいけれど。

「だけどハヤにはもう王女に付き従う必要はなかった。王女が無事にここにたどり着けば。」

 もう少しだわ―――シアニは手に力をこめた―――でも、こんな作戦は卑怯で、怒らせてしまうかもしれない。

「その時、あなたはハヤに何て言ったの?どんな風にして」シアニは一瞬目をつぶった。

 ―――岸につけてやってみせてくれない?

 シアニの唇の内でその言葉は止まった。だめだ、恥ずかしくてとても言えない。

 サコティーは声をあげて笑った。音も無く水に差し込んだ櫂が舟を大きく岸に寄せた。

「いや、もう忘れてしまったよ。あんまり昔のことだからね。」サコティーは振り向いて快活に言った。「だが、他の娘に言った言葉を思い出したよ。」

 舟は滑らかに堤の間の川口に入り、少し舟尾で淀みを遡って、ぴたりと堤についた。サコティーは櫂の柄を堤に突き立てると、肩をそびやかし大声で言った。

「下りてくれ。君のように人を騙そうとする子を乗せるのは真っ平なんだ。」

 シアニはきょとんとして、サコティーを見上げた。男は顎をあげ、はるかイナ・サラミアスの方へ目交ぜした。「かつてコス・クメイの近くでね。この通りじゃなかったかもしれないが、大した事じゃない。」

 サコティーは岸の奥のハーモナの南のニレの森に続く方を指し示した。

「これが望みなんだろう?舟を下りて行くといい。」

 シアニは背嚢を抱えて堤に跳び下りた。新葉をつけた木苺の若い枝がシアニの新しい服を細い刺で捉まえた。シアニは湿った柔らかい地面を覆う、まだ草丈の短い斜面を登り、藪の根元の隙間をくぐり抜け、少し開けた窪地に出るとニレの森めがけてまっすぐに駆けて行った。


 イスタナウトの杜のある、ハーモナの南の小さな秘密の庭から、シアニは丘の斜面に開いた穴を目指した。

 地下通路の天井は低く、中は真っ暗だ。手燭もない。しかし、この通路は小さかった彼女が前にも通った道だ。かつては恋人たちが通った。

 シアニは地下通路の中に飛び込んだ。シアニの背丈ならまっすぐ立って歩けるくらいの広さ、丸く削られた壁、歩き固められた地面が、光ではない他のものでシアニに見えた。前を行くごとに身体の周りの壁が触れてなぞるように感じとられ、前方の空洞が呼び声のようにシアニを誘うのだった。

 道は右へ少し湾曲しながら行く。一度左に折れる。この辺りは少し湿っている。そして少し上りながら館の建つ土台に沿ってさらに右へと回り込む。

 モーナ、私はコセーナの出口に行かなければならないの―――シアニは念じた。

 道は石で舗装された広い道に行き当たった。シアニは左に道をとった。両手を広げると壁に触れる。道はまっすぐに伸びている。だが、どういうわけか、たった今通って来た小さな通路ほど中の様子が見えない。

 あなたも行ったことがないからね?―――シアニはモーナに尋ねた。

 昔、父さんが子供の頃、いたずらでハーモナの地下室に忍び込んでどんどん入っていったらコセーナの古い番小屋の中に出たと言っていたわ。それこそ灯りも無しで。

 シアニは深呼吸してもう一度闇に眼を凝らし、歩いて行った。道はまっすぐで、むしろ細い道よりも短く終わった。道の終わりにはハーモナとそっくりな梯子があり、もっと傷んだ揚戸があり、上からうっすらと明かりが見えた。シアニは地下通路から這い出した。もう大昔から使われていない炉、卓、土間には使われなくなった道具が少し。小屋の戸を押してみた―――外から塞がれてはいなかった。

 シアニはすぐに開けた畑地から、小屋のすぐ西に広がる木立ちの中に入り、ハーモナとの通用路を窺った。ルーナグは馬を繋いでおいてくれたかしら?

 東門へと登っていく道の脇のカシの木立ちから枯葉色の影がちらちらと端をのぞかせている。シアニは、ルーナグが手綱を持っている粕毛の馬のもとに走って行った。馬はきちんと馬勒と鞍をつけて道に立っている。

 シアニに気が付くと、ルーナグは大袈裟なくらい慌ててきょろきょろと道の上を見回した。

「繋いでおいてくれればよかったのよ。」駆け寄るなりシアニはつけつけと言った。「それにこんな道の真ん中、目立ってしようがないわ。」

「お前、あのばあさんに何をしたんだよ?」

 馬のたてがみを梳き、首を叩いているシアニに、少年はなじるように言った。

「あの後戻って来て、誰彼構わずに“留め針”を見なかったかと聞きまわっていたぜ?おれなんかまるで泥棒をしたみたいに何度も訊かれたんだぞ。」

「あら、忘れ物よ。すぐに見つかるわ。そうね、落ち着いてゆっくりと椅子か壁にもたれれば、すぐにもね―――遅くても寝る前には。」シアニは言いながら馬の腹帯を解き、鞍を引きずり下ろした。「これはいらないわ。」

「何をするんだよ!」

 ルーナグは気色ばんで手綱を引き寄せかけ、途端にわっと声をあげて両手で顔を覆った。シアニは脱いだスカートを手早く巻き取って、背嚢に仕舞い、ルーナグが落とした手綱を拾い上げて左手に持ち、馬の背に置くと、右手でたてがみをつかむなり、むしゃぶりつくように這い上がった。馬は一歩、二歩と前に出て止まった。

「待てよ。」おろおろしながらルーナグは馬勒の咽革を掴んで立ち塞がろうとした。

「こいつはニーサに言われて用意したんだ。お前のじゃない。お前が乗っていったらもう、厩で蹄鉄を履いているのはいなくなるんだぞ。」

「結構だわ。それならなお、急がなくてはね。」シアニは少し苛立ってルーナグを見下ろした。「離れなさい、怪我をするわよ。」

 馬が首を振って頭をもたげたのでルーナグは思わず手を放した。シアニは膝で馬の脇腹を押さえ、手綱を軽く引いてルーナグの右側を抜けた。振り返りはしなかったが、ルーナグの途方に暮れた顔が見えるようだった。道が木立ちの間を抜け、平らな草地に差し掛かった。シアニは手綱を右に大きく引き左膝をぴたりと馬の胴に付け、道から斜めに馬場を横切った。ちらりと肩越しに見た東門は閉ざされている。耕地には人っ子ひとりおらず、コセーナ全体が迫りくる風雲に備え静まっているかのようだった。そのまま柵に沿って馬を駆り、その果てで一度試みたコタ・レイナに通じる道へと、左に馬首を向けた。

 シアニはニーサを真似て上体を前に傾け、小刻みに舌打ちをした。粕毛の馬は次第に速力をあげた。回り込む麦畑のはるか向こうに、すっかり跳ね橋の上がりぴたりと閉ざされた正門が見える。乗り手の注意を察してか、ついそちらに向かおうとする馬の向きをまっすぐ前方に正し、シアニは鋭く舌を打って馬に早や駆けを命じた。正門は飛ぶように左を流れ去った。眼前には木立ちの並ぶ堤とコタ・レイナの水の絶え間ないさざめき、そしてとても細く見える橋だ。

 シアニは手綱の下で両脇のたてがみをしっかり掴んで姿勢を低くした。粕毛の馬は狭い橋のはるか下に轟く水音をものともせずに鮮やかにコタ・レイナの上を駆け抜けて行った。


 コタ・レイナの向こう岸で道はしばらく耕地の横を通り、やがてオトワナコスに向かう道との分岐点を経て森の間に入って行った。さらに行くと道はもう一度分かれた。上のコタ・ラート橋に行くにはまっすぐ西に行けば良かったはずだ。もう一方の道は―――シアニは昔物語の中で聞いた旅路を思い起こしながら考えた。物語の中に全ての道が出て来たわけではないだろうが、分かれたもう一方の道もアツセワナに通じる道のひとつなら、これもコタ・ラートを渡る道だ。中の橋に続く道だ。シアニは右に馬を進めた。やがて両脇を、カシ、シイ、カシワなどの聳える鬱蒼とした森が、日暮れの迫る暗さをより暗くして包み込んだ。道はゆるく登りに差し掛かっている。どこか近くで水辺を見つけ、休まなくては。

挿絵(By みてみん)

 小川の交わる若草の生えた窪地を見つけ、シアニは馬を繋いだ。木切れの端を杭にして地面を少し掘り、枯れて落ちた枝を幾らか拾い集めて葉をしごき、細枝を折ってくみ上げ、枯れ草の乾いた繊維と実を火口に火を熾した。火が回って薪が赤く輝き出す頃、火の周りは夜と森が作る濃い闇に浸っていた。小川の上に抜けた空には雲がかかり、立ちのぼる煙を吸い上げながら濁ってゆく。

「屋根のないところで眠るのははじめてだわ。」シアニは呟いた。

 前の晩につめておいた泉の水を飲み、前の晩に残して取っておいたパンを少し食べた。

 炎が鎮まり、太い枝が赤く熾った炭火になった。水辺の草が一斉に震えた。シアニはスカートを取り出して膝を縮めて座った胸の上から巻きつけ、マントを頭から被った。昼間から高ぶったままの胸の中で、しんと静まった闇の中にいるはずの、この森に住むという獣をひとつひとつ思い浮かべた。狐、アナグマ、猪……鹿、ウサギ。目が冴えてはまどろんではを繰り返し、いつしか白く明けた朝の光のもとで目を覚ました。

 今晩眠りにつく場所こそどこになることやら?だけどハーモナじゃない。

 焚火の跡を埋め、しっとりと冷たくなった衣服を整えて、シアニは馬に跨った。

 コタ・ラートまでまだどのくらいの行程があるのか、シアニにはわからなかった。徒歩ならまる一日はかかるというが、夕べはかなり駆けたはずだ。先に行った両親は夕べのうちにもうコタ・ラートのそばまで行ったのだろうか。日が昇ったのだから、そろそろまた出かけようとするに違いない。

 馬を駆りながら、昨日まではまるで考えなかった心配が頭をもたげてきた。

 もし、追いつけたとしても、どうやって母さんの先を越そう?もう、ベールも無いし、花嫁のふりをするのは無理だ。そして失敗したら?失敗したらどうなるのだろう? 

 いちばんの失敗はこのまま森の中から出られなくなることではなくて?―――胸の奥から可笑しそうな声が囁いた―――昨日巣から飛び出た雛鳥が空に羽ばたかなかったら、明日が来ないだけよ。

 黙っていて。―――シアニはモーナに気短に囁き返した―――わかったわ。悩むのはコタ・ラートをこの目で見てからよ。

 馬は従順だったが夕べほどの速力を出さなかった。それでも太陽が木立ちの上に顔を見せるころ、道は少しずつ下り始め、(こわ)い葉をつけたカシの暗い森は終わり、ナラと白い花をつけた低木の森へとうつり、道は両脇の小川に交互に沿って下りながら、ニレとハンノキの淡い緑の下へと導いて行った。

 道は平らに、広くなっていき、森の際には古い小さな道の合流点がいくつか見られた。小川はいつしか大きく逸れて離れてゆき、低木に覆われた土手の畝の間に消えて行った。左前方の木々が空き始め、そして右前方が空きはじめた。森の奥深くよりも倍もの幅になった道は両脇の森より高く盛られた地面を真っ直ぐに通っていた。シアニは馬の歩みを少しずつゆっくりとして止め、馬から下りた。十分声も聞こえ、姿も見えるところに人々が固まっている。そして二十尋と離れていないところに人の背丈の倍もある壁が黒々と両側に長く聳え立っていた。

 とうとう、コタ・ラートまで来たのだ。だが、何も見えない。灰褐色の壁の上には空が広がっているが、その空の下にあるのが、川なのか、耕地なのかまるでわからない。

 シアニは馬の向きを戻る方へと替え、馬勒をはずした。

「お前、自分の家へは帰れるわね?」

 首の付け根を軽く叩きながら、シアニは半分馬に、半分モーナに聞いた。馬は耳を立て、澄んだ目をじっと一点に向けていたが、軽くそっぽを向いて道の脇に柔らかい草を探った。

 シアニは背嚢を背負い、マントをその上からかけ、頭巾を下ろして編んで首筋に丸めた髪を隠した。そして、道の脇に下りて、藪を縫うように堤の上へと近づいて行った。

 コセーナから続いていた道の果てとその脇に聳える壁、ただ壁の途切れていることでそこにあるとわかるコタ・ラート橋の前が一望に納まる藪の陰で、シアニはかがんで進んでいた姿勢から、そこにしゃがんで止まった。お腹が痛くなり、手足から力が抜けるのを感じた。目に映ったものは気楽に予想していた光景とは何もかも違っていた。

 ロサリスは不本意な婚姻ゆえ、付き添いも家の者の見送りも断り、たったひとりで出かけたのだ。ダミルはロサリスが長年身を寄せていたコセーナの領主として見届けるために同伴したのだ、とシアニは思っていた。他に何が必要だろう?コセーナの中で嫁入りがある時は、花嫁は家族や家族代わりの者に別れを言い、晴着を着てわずかな手回り品を持ち、新たな家に行くだけだ。祝いの言葉が述べられ、酒が振舞われる。その祝いの部分が無く、親しい人たちを残らず後にしてきたのだから、コタ・ラートを渡る時はひとりに違いないと思っていた。それが、どうだろう?

 人がたくさんいる。戦のように完璧に武装をした男たちが集まっている。コセーナで見知った顔の男もいれば、エフトプ、オトワナコスから来たと思われる知らぬ顔、身形の者が大勢いる。その中でシアニは辛うじてダミルを見分けた。厳しい顔つきをし、真っ直ぐな姿勢を革鎧に包んだ大きな姿はすぐに兵たちの間に消えた。ロサリスの姿は見えない。

 橋の前だけではなかった。シアニはすぐ前の堤の斜面の藪から出入りするヨレイルの若者たちを見た。そして、若者ばかりでなく、娘たちも何人かいるのに気付いた。ほとんどは髪を短く切り、シアニのようにズボンをはいた娘もいる。何年も前からここに通い、しまいには半ば住み着くようになった者たちで、シアニが顔を見たのはずいぶん昔のことだ。彼女たちはすっかり日に焼け敏捷で、言葉遣いも少年たちと変わらず、ただ、声と大人びた身体つきから女と分かった。

 これは私の知っている嫁入りとは全く違うのだわ。シアニは動揺しながら考えた。

 母さんとすり替わろうなんてとんでもない!母さんは見送りが無いどころじゃない、見張られているのだわ。ここで皆が準備しているのは、結婚式のはずはない。戦の準備だわ。

 橋の近くから走って来たひとりの娘が仲間の若者たちのところに行き、何か口惜しげにまくしたてている。そろそろと集まって来る者はそこにいた者だけではなかった。壁の根元には三間おきほどに、三、四人の若者たちが固まって位置し、その主だった者が様子を聞きに寄って来るのだった。シアニはひとりの体格の大きい若者の後ろについて、そっと集まった者たちに近づいた。

()()()()だってさ。いい場所をみんな取りやがって!」

「どれくらい、離れるんだい?」シアニの目の前の若者が尋ねた。

「橋の脇の物見台それぞれふたつ分の間をみんな空けろってさ。」娘はぷりぷりして言い、落胆と心配の声が同時に周囲と、辺りの壁に控えて聞いていた者たちから上がった。

「橋から十尋も離されちゃ、だいぶん狙いも力も落ちるなあ。」

「河原に出るのもかい?」拳をつくり、肘を回す仕草をしながら、ひとりが気安く尋ねた。

「駄目だってさ。」

「じゃ、聞かなかったことにしようや。」ぱっと拳を前方に放って答える。

「作戦は?」

 皆が大柄な若者の方に向いた。

「そのままだ。もともと別のものだからな。」

「だけど、ニーサがまだ来ていないよ。遅いなあ。」投擲の仕草を繰り返しながら少年が言った。

「向こうの物見台だって()()()()()()の奴らに占領されちまったし。」

「ニーサなら殿に顔がきくから大丈夫さ。」

 ここにいる者が誰も知らないニーサが遅れている理由を、自分はただひとり知っている。身をかがめて大柄な若者の後ろに隠れたまま、それぞれに持ち場へと引き返す若者たちの間を縫い、堤の藪の間に入り、ますます痛くなったお腹を抱えてうずくまった。この先、見えない壁のむこうから訪れる嵐が何なのか、自分のしたことが何をもたらし、どう収拾することになるのか、まったく見当がつかなかった。

 シアニのすぐ目の前の壁の根元には、報告をした娘を含む三人がいた。

「準備にかかろう。」互いにうなずきあい、そっとある一点に這いよると、ふたりが壁に片側の肩を押し付けるように向かい合ってかがみ、ひとりがその間にかがみ込んで両手で壁を押した。しばらくして鈍い音がしたと見ると、そのままするすると腕が奥に吸い込まれ、低めた頭が消え、肩が消え、這い進む膝の送り出す胴が消え、やがてするりと足の先までが消えた。その後を両脇にいた者が、ひとり、またひとりと後に続く。

 三人目の者の膝が向こうに消えた時、シアニはとっさにその後ろにぴたりとついた。前の者の爪先が蹴った小さな煉瓦の欠片と砂ぼこりが顔に跳ねた。前の足が立ち上がり、退いた、と見るなり、奥に下がっていた平らな壁がぐぐっと押し迫ってくる。

「待って!」シアニは叫び、手を押しやった。奥の壁が止まり、取り除けられ、ぱっと前面を枯れ草越しに明るい光が覆った。シアニはうつむき、目をつぶってむせながら遮二無二前に這った。背中の後ろで背嚢がつかえた。腹這いに近い格好でもがくと堅い煉瓦が腰に膝にぶつかった。前から手が伸びて両脇をつかみ、ずるずると引っ張りだした。

 あっけにとられた顔がみっつ、シアニを取り巻いたが、すぐに娘がその腕をつかんで壁を背にしゃがませた。他の若者たちも枯れた茅の藪の後ろにかがんだ。

「向こうから見られなかったか?」褐色の細面の若者が伸びた髪の陰から黒目がちな目を瞬いて囁いた。

「大丈夫だと思う。」ややずんぐりとした濃い眉の若者がむっつりと答えた。

「あんた、ハーモナの子だね?」シアニの脇にしゃがんでいた娘がじっとシアニの顔を見て言った。

「もっと小さい時に見たことがある。」

 シアニはうなずいた。若者たちはそれ以上何ひとつ詮索しなかった。シアニは三人の顔を見、声に耳を傾け、彼らが望む以上の気配を見せないように心した。

「もっと橋に近寄ろう。」痩せた若者は手招きした。シアニは娘のあとに従ってそっと低い姿勢で立ち、茅の茂みの陰を上流に向かって歩いた。

 十歩も歩くと、右手に聳える壁の根元に、同じように這い出して来る三人組がいた。シアニにはようやく自分の出て来た穴がどんな造りになっていたのか見て取れた。壁の下の煉瓦が胴のやっと通るくらいの大きさに取り除かれ、その穴には板に漆喰を塗った見せかけの壁を押し当てて隠してあった。それを壁の内から押して盾のように前に出し、開いた隙間から出て来るのだった。改めて見ると後方にもそうして出てきた四人が上流の方へ移動し始めている。壁の下に固まって位置についていた者たちは皆、この穴の前で待っていたのだ。

「物見台ふたつ分を空けろ、というのは壁の上からやるつもりなのかな?」がっちりとした若者が娘を振り返って言った。

「オトワナコスの頭の人がそう言ってた。でも、殿さまはどうも本気じゃない。」娘は眉をひそめて言った。

「戦うんだろう?」痩せた若者は意外そうに言った。

「戦うの?」思わずシアニは声をあげた。

 三人は屹となって振り返った。

「壁の後ろに行く穴ならふさいでないぜ。邪魔にならないうちに戻れよ、亀。」

 長い髪の奥で切れ長の目が軽蔑したように見た。訝しむ目、当惑する目、背けられる目が、次々と彼らの後からシアニの前を通り過ぎた。コセーナの羊毛の服の他は皆、木の靭皮を編んだ草履を足に履き、一風変わった、一部が笹葉のように幅広になった細紐のベルトを腰に結わえていた。伸びた髪は束ね、凛としている。

 シアニは黙って彼らに続いた。娘が振り返り、ちょっと手招きしてシアニが追い付くのを待った。

「戦うかどうかなんて私にはわからない。」娘は囁き、腰のベルトをいじった。

「ひい様は、もし、こうだったらどうする?って訊いた。それを戦うことだと思った者もいるし、そうでないのもいる。だけど、戦う気でいる者がいるからには事が起きるだろうし、そうなったら、やめるのは私たち自身じゃない。」娘は橋の方に目配せした。「殿が決着をつけて下さらないと終わらないね。」

「母さん―――姫はお嫁に行くつもりはないのね?」シアニは新たな困惑を巻き起こすのを恐れながら、小声で尋ねた。娘は呆れたように見返した。

「誰のところに?」

「アツセワナのアガムンよ。」

「行くわけないじゃないの!」娘は腹立たしげに囁いた。「ひい様はアガムンがもし橋の真ん中を超えてこちらに来たらどうするって訊いたのさ。そして、あの向こう見ず達が、そんなことさせるものか、と言ったら、存分におやりなさい、って言った。それで十日ものあいだ、壁に穴まであけて準備をしたというわけよ。」そして溜息をついた。「ここまで頑張ったらどうしてもやってみたくなるわね。こうやって毎晩相手が橋の上に現われてからかうのを我慢していたからには。」

 娘は河を指差した。

 火山灰の壁の向こうにあったコタ・ラートは今やシアニの目の前を流れていた。背川(コタ・ラート)妹川(コタ・レイナ)よりも大きく、広い河原を挟んだ堤から向こうの堤までの差し渡しは百尋をはるかに超えていた。低木と草の茂みに覆われた堤の長い傾斜を下った河原には柳の小木や茅の藪の間に丸い石と川砂の洲が縞になっており、その元をたどれば堤に小さな谷を刻んで本流に合流する森から生まれたいくつもの小川であった。水辺は堤からは遠く見えたが、その流れの中心部は青黒く、滔々と刃が切り進むように力強かった。

 太い水の流れの向こうにはこちらと同じように小石と砂の洲と草木の藪、長い斜面が見え、堤の頂があった。堤の上には、シアニがいつどこを眺めても必ずあった覆いかぶさるように広がる森は無かった。均等な高さで立ち並ぶハコヤナギかニレの木立ちの頭が少し見え、その他は何も見えなかった。低い河原からは、向こう岸の堤の向こうに広がっているはずの耕地も丘の城壁も街も見えなかった。

 向いの堤の上は広く均され、斜面から河原にかけて石組の橋台が築かれ、迫持ちの石の橋梁がこちらまで伸びている。コタ・レイナ橋よりも水面からは高く、幅も広い。しかし、欄干は無く、騎馬が二騎と並んでは通れまい。

 若者達は少しずつ橋のそばまで近寄ってきていた。見上げる石壁はどこも平らに見え、シアニにはどこが物見台のある位置なのか分からなかったが、橋まではもう七、八尋と離れてはいなかった。

「ほら、来たぞ」大柄な若者が緊張を漂わせて言った。皆の顔が向こう岸を向いた。

 橋の向こうにきらりと光るものが現れ、ゆっくりと馬を進ませながら、武装をした騎士たちが粛々と列をなし、橋台の上に並びはじめた。光っているのは革の鎧の上に鋲で打ち付けられた鉄の装飾の小片だ。

 シアニは現れた騎士を数えた―――二度やり直し、三度目にひときわ美麗に着飾った騎馬を最後に数え終えた。兜を目深にかぶり、胸に一双の目の図案を打ち出した鉄の板を下げ、緋色の長いマントをまとっている。合わせて十一騎だ。他に随行の者は見えない。花嫁を迎えるのに相応しい介添えの女も。

 若者達はそれぞれに地面に素早くかがみ、草の間に何かを探し、あるいは腰のベルトを探り始めた。シアニは声を掛けてくれた娘を見つけ、近寄って囁いた。

「手伝うわ。何をしたらいいか教えて。」

「丸くて小さい石を集めてくれないかな。」娘は編んだベルトを外し、ふたつに折ったそれを両手の間でのばしながら言った。「キジの卵くらいの大きさのよ。向こうから見つからないようにしてね。」

 シアニは草の間にかがみ、石を探した。草の根が込み合い、石らしいものはほとんど見えない。シアニは少し頭を伸ばして藪の向こうを見た。水辺の近くならもっと見つかる。かがんだままいざるようにして、藪から藪へと移り、ようやくひとつ見つけた。いい大きさだ。それにいい形をしている。

「あんたはキジの卵ほど貴重なわけじゃないけれど、今はありがたいわ。」

 あいさつ代わりに石をけなしながら、隠しに入れ、シアニは心の中で耳をそばだてるもうひとりの連れに呟いた。―――これは本当は使わない方がいいのよね。

 心に返って来る言葉は無かった。


「敵は十一騎いる。しかし堤の向こうは見えない。」物見台からの報告を受け、オトワナコスのゴルテはダミルを促した。

「味方の陣立てを」

 ダミルは橋の左右に振り分けてあった兵を並ばせた。橋からまっすぐに伸びる線上の両脇に三名ずつ、その後方を三名が補い、橋から来る正面の奥にダミルが、両側にゴルテとアタラが位置し、その後方に、三人が位置する。橋の両脇の四つの物見台の上にはそれぞれ二名の弓手が配置される。が、彼らはいざという時までは姿を現さない。

「アガムンをこの壁の内におびき寄せ、逃げられぬように囲み、討つ。」ゴルテが囁いた。

「このような手を使うなら、おれはむしろすぐ橋の前に構えていて、いの一番に奴を討ち取りたい。」

 ダミルは呻いた。

「万が一にも逃げられてはいかん。」アタラは諫めた。「情や、義侠心は脇に置いておきなさい。相手は我らの仇敵ですぞ。―――まだ、向こうが騎馬で乗り込んで来る恐れがある。歩兵では押し切られる。我らは騎乗した方がよい。」

「おふた方、騎乗されよ。」ダミルは言った。「私も馬は用意しておく。」

 武装をしたコタ・レイナの男たちが壁の後方を固め、ゴルテとアタラが馬に乗ってやってくると、ロサリスが歩いて橋に近づいて来た。ロサリスは一同を見ると膝を折って礼をした。

「ダミル殿、コタ・レイナの同胞の皆さま。私の迎えの者は向こう岸に着いた様子。ここでお別れでございます。どうか、私をひとり、この橋を渡らせてください。」

「馬はどうするのだ?」ダミルが思わず尋ねた。「向こうは輿でも用意しているのか?せめて馬くらいは連れて行ったらどうだ。」

「ダミル殿」アタラが遮った。「歩いて出られるという王女の判断は正しい。アガムンは橋の上まで迎えに来るのだろう。彼にも歩いて来てもらうのが好ましい。」

 ロサリスがふとアタラに振り向いた。

「お願いがございます。」

「いや、王女。この上の願いを聞くわけにはいかん。」アタラは不快をあからさまにした。

「私がアガムン殿との交渉を果たした後でございます。―――私にはあの男に先に果たしてもらう約束があるのです。私が向こうに渡っても、それが無事に果たされなくては……。」

「大概になさい。」

「王女、私たちの方であなたにしてもらわねばならないことがある。」ゴルテがダミルを見やって言った。「あなたは橋を渡って行ってはならないのだ。橋を渡ってここまで来るのはアガムンだ。」

 ロサリスは追いつめられたようにとっさに一同を見回した。前面に配置された男たちは皆長い剣を帯びていた。

「アガムン殿が応じる訳がありません。橋の中ほどまで呼ぶのさえ本当は難しい。」

「そうだ。それをあなたにしてもらわねばならない。橋のこちら、この壁の中まで奴を誘い込んでもらいたい。」

「何をなさるおつもりですか」

「あなたと我々の望みは全て一致している。シギル王が亡くなられて以来十七年間の内乱を終わらせると。」

 ゴルテは静かに言い、馬首を巡らせて橋に向かって右側の奥についた。「ダミル殿、指揮をするのはあなたですぞ。」

 物見台の上から見張っていた若者が叫んだ。

「橋の上を向こうからひとり来ます。馬を降りて。」

「アガムンか?」ダミルが尋ねた。

「いいえ、使者と見受けられます。」

 ダミルはロサリスに振り返り、言った。

「ロサリス、頼む。出迎えて会ってくれ。そして、アガムン本人がひとり渡ってこちらに来なければ“門と蔵を司る印”は渡せぬと伝えてくれ。」

「橋きりきりまで来させる、それで堪忍を」

「いや、壁の中までだ」ゴルテが言った。「アガムンが来たらそうやって誘い込むのだ。王女よ、橋の上で交渉すれば我々はあなたと相手の欲する物を失うだけだ。」

 使者は橋の中ほどで一度立ち止まり、様子を見た。ロサリスは壁を出、数歩、橋の上に歩み出た。使者は疑わしげにゆっくりと歩みを進め、ロサリスの前まで来た。

「ロサリス姫。主君アガムンの命によりお迎えに参じました。花婿は橋の向こうでお待ち申しております。」

 ロサリスは頭を高くもたげ、両腕を遮るように広げて使者の目から橋の後ろを隠した。

「どうぞ、アガムン殿にはご自身でここまで来ていただきますよう。約束は橋の上までご自身でおいでになるようにということでした。ここで重ねて申します。約束したものを伴い、私のいる所までおいでくださるよう。そういう意味でございます。」

 まだ年若い使者はロサリスの後方にそそり立つ壁を見やり、くるりと踵を返すと足早に橋の向こうへと戻って行った。


 橋の西のたもとの堤に騎馬は二列に並んでいた。使者が戻っていくと、奥に位置した指揮官は馬首を巡らし、後方に合図を送った。やがて道の向こうからひと固まりの兵があらわれた。ぴったりと固まって歩いて来る一団が橋梁の端のところまでまっすぐ進んで来たところに見えたのは、儀礼用の長い具足羽織を着て二列に並んだ儀仗兵だった。四人なのか、六人よりも多いのか、正面からは測れない。

 指揮官はおもむろに馬を降り、ついて来るように手真似をすると、先に立って橋の上を歩きはじめた。後に従う儀仗兵の一団は足を摺るかのようになかなか進まなかった。橋が河原の上を過ぎ、流れを横切り、最も深く速い水の帯に差し掛かるところで男は足を止め、兜を取った。

 石壁の前に立つロサリスは、下ろした両手を握り合わせた。足元が惑い、その顔が助けを求めるように右後方をちらと仰ぎ見た。石壁の上には誰の姿も無い。その耳が、河原を渡る風が散らす壁の後ろの囁きを聞き取る。

「行ってはならぬ。アガムンをここまで来させるのだ。」

 前方からくる乾いた笑い声が、後ろの叱咤を消し去った。

「ロサリス、はるばる花婿が来たのに、喜ばないのか?私の顔を忘れたか。」

 アガムンは兜を橋の上に投げた。兜は転がって水の流れに吸い込まれるように落ちた。

「約束のものを連れて来たぞ。―――引出物をここに置き、戻れ」

 四人の兵は中にしていたものをそこに残し、向きを変えると速やかに堤の上に戻って行った。

 下方の河原に草群のさざめきが走り、壁の背後は沈黙した。橋の上に残されたのは、目隠しをし後ろ手に縛られた十五、六歳の黒髪の少年だった。

 あっ、とたまらず声を上げかけたが、声は音を持たなかった。ロサリスは我知らず前へと歩き出した。駆られるようにその足は早くなった。

 アガムンはつかつかと少年に歩み寄ると、直に身に着けた粗末なチュニックの襟元をつかんで裂き、肘元まで引き下ろした。

「そら、山の魔物の子、母上に絹を着せてもらえ!」

 腕をつかみ前へと突き放した。少年はよろめき、足をもつらせて倒れかかった。

「そこを動くな」アガムンはロサリスに言った。

「あばずれめ。おれを壁の後ろにおびき寄せてどうしようと企んでいたんだ?そこがちょうど約束の橋の真ん中だ。大人しく此奴が歩いて行くまでそこで待っているんだ。さもないと矢で此奴を射殺すぞ。」

 縛られたまま倒れた少年は起き上がろうと横に転がりかけた。細く鋭い叫びが両岸の興奮のどよめきを切り裂いた。

「駄目よ、落ちるわ!」

「これは見ものだ。」アガムンは笑った。「まるで芋虫だ。」

 少年は丸くうずくまった。わずかに身をよじり、位置を探りながら動きを決めかねている。

「イルガート」ロサリスは叫んだ。「イルガート、私の声を聞いて。左よ。左に転がって直るのよ。」

「は、は、は」

 アガムンは橋を戻りながら言い、振り返って甲高い叫び声をあげ、腕を振り回し、味方の岸から上がる嘲弄を煽った。

 少年はうつ伏した姿勢で額を左右に擦り、目隠しを外そうとした。うなじが、むき出しの肌が湯に打たれたように赤く変わっていく。ロサリスは声音を低くして岸から浴びせられる嘲笑に声が打ち消されるのを防いだ。

「ゆっくり立って。向きを変えるのよ。右へ、右へ。歩いて。まっすぐよ。」

「いいや、這え。犬のように、虫のようにだ!」

 少年は立ち上がり、おぼつかない足取りで歩きはじめた。罵声と励ましの入り混じる中に呼び続けるひとつのか細い声を頼りに、歩き、止まり、向きを直した。

 緩やかに反りあがる橋梁の半ばまで少年は歩いて来た。河のとよみの高まる中で、呼び声が何か危険なものを見つけたように、にわかに切迫を帯びて叫んだ。

「まっすぐよ。ここよ、急いで!」

 矢が後方から河を斜めに横切り、少年の左の腿をかすめた。前へと膝を崩す少年の肩を駆け寄ったロサリスが抱きとめた。

 しかし、先に倒れたのは西の岸から少年めがけて矢を放った男だった。弓を握ったまま仰向けに倒れたその咽からは長い矢柄が突き立っていた。

 東の河原からいくつか頭が出、それをめがけて矢が二、三、河を越してぱらぱらと飛んだが、アガムンの苛立った命令で止んだ。少年を狙った射手を射殺したあと、東の壁の上に現われた弓手はアガムンに狙いをつけていた。河原から、何人かの肌の浅黒い若者たちが橋をめがけてわらわらとつめかけた。彼らは堤を登って石壁の前を横切り橋台の上に這いあがって来た。

 ロサリスは両手を少年の頭の後ろに回し、目隠しを解いた。ロサリスとそう背丈の変わらない位置から、少年は切れ長の黒い瞳で見返した。やせた幼い顔立ちだった。ロサリスはちょっと微笑み、急いで少年の縛めを解くと、マントを脱いで少年の肩を覆った。そのまま橋の上に上がって駆け寄って来た若者ふたりに預け、ロサリスは橋の中心に立った。

 ダミルは壁から駆け出してくると、少年を間にした若者ふたりを急き立てて壁の中に引き込み、橋に向かって叫んだ。

「ロサリス、もういい。戻れ。」

 ロサリスは応えなかった。その目の先には、橋の西側の半ばに立ち、自分に狙いをつける弓手を憮然と見返しているアガムンがいる。

「アガムン殿!」細いながらもその声はアガムンの注意を引くに足りるほど烈しい怒りに満ちていた。

「私はここまで来ました。あなたをアツセワナの主と有らしめる印“門と蔵”の鍵が欲しければここまで来なさい。」

 ロサリスは横を向き、橋の際に歩み寄った。流石にその足元から黒ずんだ流れまでの深さに心奪われたか、ふわりと敷板の上に沈み込んだが、そのまま橋梁の縁を左手で掴みしめ、右手を流れの上に差しのばした。

「あなたが自ら来なければ、鍵はここで捨てます!」

 アガムンは壁の上のたったひとりの弓手を見、ロサリスのはるか遠く、橋の向こうに立つダミルを認めた。驚くでも慌てるでもなく、ただうんざりしたように肩をすくめた。

「あそこに気の毒な男がいる。」アガムンは両岸に聞こえるように、声を張り上げた。「それにまたしても長い弓の使い手だ。ええい、無礼な、人の胸に狙いをつけておいて、ここまで来いとは何事だ?あいつを下がらせろ!」

「ニーサ、下がって。ダミル殿、手出しは無用でございます。」ロサリスは姿勢を変えずに声を張った。弓手は弓を下ろし、壁の後ろに消えた。

 ダミルは仁王立ちにアガムンを睨みすえながら、微動だにしなかった。アガムンは顎を引き、警戒するようにしばらく止まっていたが、左手を剣の鞘口に置いて前に進みだした。ロサリスはいま少し腰を落とし右手を縁に憩わせ、ただその手先だけは水の上に出していたが、アガムンが二間ほどの距離に近寄って来ると、ゆっくり立ち上がり、手を掛け合わせたベールの中に隠し、仇敵の顔を正面から見た。

 ほっそりと長身だった身体はやや肩がかがみ、腰回りがどっしりとしている。灰色の度合いを増した枯葉色の髪は厚みを減らしながらも昔ながらに肩に垂らし、細く長い鼻梁はますます尖り、不機嫌な薄い唇の下まわりに張りのない頬と顎の皮が垂れている。そして間の狭い目が冷たく光っている。

 近寄るほどに警戒を緩め、年月が女の容貌に残していった痛手の度合いを並々ならぬ関心を寄せて探っていたアガムンは、ロサリスが手を隠すのを見ると、その口元から笑みを消した。

「ロサリス、おれのところに来るというのはどのくらい本気なのだ?色の黒い息子に会わせてやったのは別れのけじめをつけるためだ。さっさと約束を果たせ。鍵を見せておれの後をついて来い。」

 ロサリスは一瞬わずかに身を震わせたが、手をそのままベールの下で腰へと移行させた。

 アガムンはひと足前へ踏み込むとその肘を捉えてねじりあげた。ダミルが憤りの叫び声をあげた。

「手を開けてみろ、え?」

 そのまま、ダミルに対して盾のようにロサリスの身体を引き寄せながら、アガムンは囁いた。

「あの男はまだ独り身か。まったくお笑い種だ。ああやって睨んでいるがこちらは仲間のよしみで挨拶したいくらいだ。毎度毎度、お前は同じ資格の者を袖にして別の玩具を弄ぶ。そうやって親父の前で何度もおれに恥をかかせた。いいかげんにしろ!鍵をどこに隠した?」


 若者たちは、目隠しで橋を渡らされた少年を助けようとずっと前から橋の近くに移動していた。矢が河原に、時には堤の斜面に落ちたが、若者たちは前よりも大胆に身をさらしていた。

「このまま石を投げるとひいさんにあたっちまう。」若者たちはやきもきしながら言った。

「そんなことを気にしている場合か?このままじゃ殺される。」

 若者たちはしゃがんで投石器の端を指に結び、石を握った。

「あいつ、何をよこせと言っているの?」娘が訊いた。

「鍵って言ってるぜ。」

 彼らの後ろからずっと遠慮がちだがたゆまずついて来ている小柄な少女がいた。邪魔にならないところで黙ってに石を拾って拳の中にため込んでいたが、この時は顔色を変えて彼らのもとに駆けて来た。その手から小石がこぼれ落ち、その音に皆は振り返った。少女は切羽詰まった顔で彼らを見返し、呻いた。

「鍵はここよ。」

「何だって?」仲間の娘が振り向いた。

「ここよ。鍵はここよ。」シアニは石を放した手で胴着の胸をつかんだ。慌ただしく首から掛けたリボンを引き出そうとした。

「待ちな。」

 娘はシアニを柳の陰に押しやると、ぱっと目立つ草地に走り出、片手を差し上げて叫んだ。

「鍵はここだ!」

 広い河原にコタ・ラートは低く轟き、あらゆる音を柔らかく飲み込んでいたが、娘の細い声は針のように音のうねりに突き立った。他の者はすぐに機転をきかせた。彼らの下の藪から別の若者がすかさず立ち上がり、娘を上回る声で同じように叫んだのだ。

「鍵はここだ!」

「鍵はここにあるぞ!」上のほうで橋のすぐ脇の者が叫び、さらに橋の上で誰かが叫んだ。

「鍵を持っているのはおれだ。」

「下りて取りに来い。」

 シアニは思わず前にでかけた。娘が振り向き声を落として叱りつけた。

「馬鹿、あんたは隠れないと駄目。」

 しかし、橋の上のアガムンが河原を振り向いたのはほんの一瞬だった。

「畜生、駄目だ。」

 声を上げた者だけでなく、いつしか身を隠すのも忘れて出て来た若者たちは橋を見上げた。

 ロサリスが自由な方の手を広げ、別れを告げるように下に向かってゆっくり振り下ろした。わずかに振り向いた首がかぶりを振った。


「虫けらどもが。」アガムンが低く罵った。「あれは嘘だ。そして、これも嘘か?」

 掴まれた右手の代わりに左手で腰のあたりを探しながら、ロサリスはベールごと頭髪をつかまれる痛みに叫んだ。思わず手が頭を庇おうとし、こらえて腰へと戻る。

 ベールが落ち、編み髪をつかんだ男の手が顔を後ろへとのけ反らせた。アガムンの薄い色の目が爛々と光り、鼻にしわが寄り、薄く引きあがった唇から小さく歯がのぞいた。

「おれの家に入り仕えるのがそんなに嫌か?」

「いやよ」ロサリスは言葉を吐き出した。

 髪をつかんだ手が激しく頭を前後に揺さぶり、男の胸の鉄の覆いが額にぶつかった。つと額を伝うものと血の匂いが下りてきた。ぱらぱらと断髪が顔の周りにかかり、白い絹の衣装に点々と血が散った。憤怒と興奮の短い声が耳元を打ち、手をつかんだ手が離れ、服の襟元を捉えて引き裂いた。

 ロサリスは裂かれる絹と同じ高さで笑い声をたてた。重い編み髪の束はのけぞる男の指に絡んで落ち、辱めを加えようとした手は呆けたように動きを止めた。白い絹の下に現われたのは艶やかな萌黄色の神蚕の紬だった。とうに自由になった手で腰の短刀を引き抜き、ロサリスは左手でアガムンの腰のベルトを捉えると革鎧の脇腹めがけて振りかぶった。

 切っ先は革の継ぎ目を少し切り開いたものの、相手に傷を与えるには至らなかった。

 アガムンは女を蹴放し、腰の剣を抜こうとした、が、膝を崩しながらロサリスの手はまだベルトにしがみつき、手繰るように鎧の垂れの間から太ももに突き刺した。アガムンの悲鳴と胸から突きあがった叫びが混じり、柄を伝わる厚い肉の感触は眼間に翳る光とともに消えていった。


 シアニは両手で顔を覆いうずくまった。身体の芯が打ち抜かれたようだ。冷たい恐怖が心中を吹き抜け、四肢の力が抜けていく。

 わーっという雄叫びがシアニの後ろから上がった。横から激しくぶつかった身体に突き飛ばされ、柳の下の草の中に頭からつんのめって落ちた。砂利と泥の混じった湿地に踵が埋まる。横向きに足を引き寄せ、身を縮めた。やがて耳をふさいだ両拳の隙間から、ぶーん、ぶーんと空を切る音が絶え間なく唸り、骨の髄を凍り付かせた。身もだえて背を丸め、顔を上に傾けて見ると、弧を描く影が頭上に舞い、石礫が次々に橋の方へと飛んで行った。シアニは頭を両腕で抱えながら振り返った。ヨレイルの若者たちがあの奇妙な紐のついたベルトを頭上に振り回し、勢いをつけて鞭のように放つと幅広の帯の内から押し出された石が飛ぶのだった。

 橋の上でロサリスは倒れ、アガムンは片足をひきずりながら這うように西の方へと逃げて行こうとしていた。反対側からはダミルが中心へと走って行く。アガムンの行こうとする西の端のたもとには騎馬が列になって控え、主人の命令に従って橋を突破して攻め込もうと構えていた。

「馬に轢かれてしまうぞ、」

「おう、させるもんか」

 若者たちが勢いづいて礫を投げる上を横切って、コタ・ラートの上を矢が飛んだ。物見台の上から弓手たちが向こう岸めがけ矢を放ったのだった。

 ひゅう、と誰かが口笛を吹いた。

「やっと、お館さんたちがはじめたぞ。」

「いつ終わるかなあ。」

「終わるもんか!」

 はしゃいでいるかのような声がシアニの背中を横切った。

「あちらを向く時かな―――石が無くなればな。」

 シアニは起き上がり、這うように川辺に下りた。膝の下にあるはずのごつごつした砂利も、刺す草の痛みも何も感じなかった。目に見えた石を拾い、握る。冷えた手に微かに温かい。さらに握り込むと少しずつ掌に力が戻ってくるようだ。素早く両手に握れるだけ拾い上げ、駆けあがって、戦士たちの足もとに置いた。若者は拾い上げながらちらりとシアニを見、投石器に込めて振り回した。シアニはもう一度藪をくぐって石を集めた。もう一度。下りて行って、上がって、まるでカイツブリみたいに。

挿絵(By みてみん)

「お前たち、引き上げろ。」

 物見台の上の上からニーサの声が言った。

「向こう岸から矢が飛んでくる。藪に隠れながら壁の中まで戻って来い!」

 隣の物見台からも撤収の合図が出た。

「見ろよ、奴ら!」名残り惜し気に橋を振り返った若者たちは気色ばんだ。

 アガムンが引き上げてゆく方で待ち構えていた一騎が向こう岸から橋の上に突進し、アガムンの横をすり抜けて来ようとしていた。しかし、ダミルに続いて壁の中から飛び出して来た男たちが、槍の代わりに手幅ほどの太さの丸太を抱えて突進し、馬の前をふさいだ。橋の周りに降り注ぐ礫に怯えた馬は乗り手をふるい落とし、丸太を転がしてひとりの男を河へと落とし、塞がるもうひとりとダミルの前で棹立ちになり、辛くもロサリスを飛び越えて走り抜けた。石壁の奥は飛び込んで来た馬に騒然となったが、恐怖におののいたわけではなかった。壁の中から得物を手に、次々と男たちが飛び出して来た。


 ロサリスは橋の上にうつ伏していた。額を右手の上に預け、左手を端の縁に預けて横たわっていた。

 ゴルテがその傍らにかがみ、声を掛けた。「ロサリス殿、我らは同じ水を分かち合う同胞だ。」彼は抜き身の剣を手にダミルを加勢に行った。


 西の堤に並んだ騎馬が先頭の失敗に怯む様子は無かった。第二の騎馬が岸を発し、ダミルは続けざまに二本の丸太を横向きに投げ飛ばし、剣を抜いて、馬の脚が鈍ったところに飛び込んだ。驚いて腹を見せた馬の横から鐙を捉え、相手の振りかぶる剣を払いやり、ベルトをつかんでひきずり落とした。自分の背の上を転がり敷板の上に落ちるのをそのままに、馬の捕獲を後の男たちに任せ、足を引いて逃げるアガムンを追った。

「こうでなきゃ。これが戦いってもんだ。」

 退却を渋って石を投げ続けていた大柄な若者は満足げに呟いた。彼の足もとにやって来たシアニは、石をひとかたまりに置いた上に手を止め、顔をあげた。ニーサが引き上げろと言ってから随分ねばっている。あまり続くのでやめ時がわからなくなっていた。

「もうだいぶん向こうに押していってるからここから投げても届かないな。」シアニの後ろで痩せた若者が言った。「こうなったら、橋の上から―――。」

 声が不意に途切れ、重い、柔らかく鈍い音がした。雨の降りはじめのように矢がそこここの地面に刺さっている。

「逃げろ、いや、伏せろ!」大柄な若者が叫んだ。「隠れるんだ」

 残っていた者は一斉に藪や草むらに飛び込み、姿を消した。

 茫然と立ちつくすシアニの耳をかすめ、痛く感じるほど恐ろしい矢羽根の唸りが頬を撫でていった。シアニは藪の中に飛び込んだ。目をつぶり、身体を縮め、矢音が絶えるのをじっと待つ。

 心臓の高まる鼓動とそぐわぬ調子で、心の中に声が、眼間にとらえた光景がよみがえる。

 生きていることはそれ自体が美しいことだ―――バギルが言っていた事だ。

 抜け出た壁の裏に引っ張り出してくれた何本もの手、誇り高く明瞭な眼差し、擦り切れた衣服の中に躍動する肉体、弓矢に劣らぬ石礫の速さ。―――そして瞼にねばりつくように離れない光景―――草むらに仰向けに横たわる褐色の足。

 あのなかの全てのものが静止し、快活な言葉と力は抜け去り、失われた。入れ物はそこにある。が、誰もその中を再び満たすことは出来ない。

 顔を覆った指の間からぽろぽろと涙がこぼれ出た。次から次へと熱く、いくらでもこみ上げて来た。まるでとどまることを知らぬように。そう、あんなに簡単に全てが終わるのだという事を知らぬように。

 母さんが生きているかもわからない。父さんは先頭で敵に突進していった。ふたりとも命を賭けた戦いに臨むからこそ私の安全を図り、エフトプ行きを決めたのに、私がここにいると知ったらどんなに心乱されるだろう。ルーナグもニーサも私が騙した。馬を盗ったりしなければ、ニーサはもっと早くここに着いていたはずだ。

 涙の甘美な陶酔が心の痛みと恐怖をやわらげ、危険さえも忘れさせることをシアニはもう知っていた。そしてその事をすぐに思い出した。泣くのはその怠惰を自分に許すことだ。シアニは悶え、腹を立てた。もう、どうすることもできない。分かっているのは自分がコタ・レイナじゅうのどちらを向いても顔向けできないことをしたという事だ。

 ふと、涼しく乾いた風が、頬に吹きつけ囁いた。

 巣立った雛が飛ばなければ、明日は来ないだけよ―――弓なりの眉の下で一双の瞳がこちらを見た。

 シアニは顔を上げた。いつしか矢音は止んでいる。


 西の岸には微かな異変が起き始めていた。橋のたもとにいた騎馬の後列の幾たりかが、後方を気に掛けて振り返り、徐々に馬首を橋から街道へと巡らし、何かやって来る者を警戒するように街道の方を向いて固まり始めたのだった。弓手たちもいつしか対岸の攻撃をやめ、集まり始めた。彼らは何事かを早急に話し合い、一騎が街道へと下りていった。

 剣を杖に、あと五、六間で橋台までたどり着こうというところでダミルに肩を捉えられ、アガムンが叫んだ。

「ここへ来い、来てくれ。主を助けろ。」

「アガムン、逃げるな。」ダミルが言った。

 アガムンは剣を後ろに払い、敵を追いやろうとしてその重さにひきずられよろめき、倒れた。そのまま剣さえ離して、曲がらぬ左腿を上に横倒しになって頭の上に両手を差し上げた。ダミルはその傍らにかがみ、捉えた手に剣を握らせた。

「見苦しいぞ。援軍がいるなら前へ出せ。だがお前はここでおれと勝負するのだ。」

 騎士が馬首を巡らせて戻って来、叫んだ。

「奴らが来たぞ。あの“青頭巾”の一団だ。」

 右手を上から握り込まれたまま吊り上げられ、首を振っていたアガムンは、それを聞くと顔を上げ、からからと笑った。

「運がおれに回ったぞ。ざまをみろ。今のうちにおれを放して壁の向こうに逃げ込むといい。奴らはおれの手飼いだ……。」

 憎まれ口は騎馬の間で起こった叫びに遮られた。戻って来た騎士は後ろから射貫かれて倒れ、陣容を立て直そうとする騎士たちに次々と矢が襲い掛かったのだった。

 橋の上に打って出ていたコタ・レイナの戦士たちも驚き、何事かと堤の向こうに目を凝らした。仲間割れか、裏切りだろうか。この新たな相手はアガムンの一隊を襲うだけにとどまらず、コタ・レイナにも攻め入るのか?

「見逃してくれ。」

 打って変わって弱々しい声でアガムンは懇願した。今や味方の者で、彼を救いに来る余裕のある者はいなかった。儀礼用の略式の武装しか持たぬ兵たちはたちまち算を乱し、逃げ出す者もいた。

「金輪際、コタ・レイナには手を出さない。いや、今おれと手を組んでくれてもいい。その方がいい。」

「なんだと、恥知らずめ。」

「奴はあんたにとっても敵のはずだ。おれは怪我をしている。戦うのはあんたの流儀じゃあるまい。」

 ダミルはアガムンの剣を持った手首と革鎧の後ろ襟首とをつかんで、ずるずると橋の中へと引きずり戻しながら言った。

「おれの今日の流儀はこうだ。怪我をしたお前を討ってその後でそいつを討つか、そいつのところに逃げ込んだお前も一緒にそいつを討つかだ。」

 アガムンは陸に上がった魚のように身を打って喘ぎ、ひきずられながら右足をばたつかせ抵抗した。そして憎しみをあらわにふり仰いで罵った。

「今に後悔するぞ。ラシース・ハルイーを手に掛け、ロサリスの息子の行方を知る者をおれを殺す間に逃したことを」

「こいつ」ダミルはアガムンの剣をもぎ取って敷板に叩きつけ、襟首をつかんでいた手を突き放した。

 

「あれほどの仕打ちをしながらまだ騙したのか!」

 怒っても高く明朗なダミルの声が、藪の中から出て、涙でぼんやりとした視界で辺りを見回していたシアニの耳に届いた。

 ヨレイルの若者たちは石の壁の向こうに戻って行き、壁の口が次々と閉められていったところだった。シアニは背嚢の中から赤い布の切れを出し、横たわっている若者の胸の上に置き、気付いてくれる人を探して物見台の上を見上げた。ニーサが手にした弓の弦のもとに矢を握って橋の上を見つめている。

 私も皆を騙したわ。オトワナコスやエフトプの偉い人達を騙し、コセーナの家の者をひとり残らず騙したのよ。

 シアニは拳を上げて涙をぬぐい、柳の根元に潜んで指笛を吹いた。ニーサが気付いてこちらを向き、印を認めて顔を悲しげに曇らせるまで、繰り返し吹いた。

 ダミルの声が河原じゅうに響きわたった。

「まだ、騙したというのか?この毛虫毒虫―――ねじくれ蛇喰らいの貪欲サギのウソつきめ!猪口才小賢しい脳みそ些細なミソサザイ、雀と一緒に、飛んでいけ!」

 ありがとう、父さん。行くわ。

 シアニは背嚢を背負い、柳の根元の草藪を分け入った。

 まったく、大した悪口だわ。本当にひどいわ!

 シアニは橋に背を向け、思い切って立ち上がり、草をかき分けてすすんだ。

「さようなら、父さん。守るものはひとつで十分よ。」

 シアニは藪を出て、川砂が長く広がっている洲の上に出、駆け出した。橋の上でダミルがアガムンを丸太投げの丸太のように抱え上げ、コタ・ラートへ投げ込んだのを、彼女は見なかった。対岸で起こった騒ぎが、河を挟んだ合戦よりも橋の上の戦いよりも大きくなり、それが終に一方的な制圧によって静まり、堤の上に現われた奇襲の主が、橋の上から見返すダミルとコタ・レイナの面々の前でくるりと馬首を巡らせ、風体様々な郎党の、戦利品を剥ぎ取り奪い取った馬を牽いていくのを従えて去って行くのも、見てはいなかった。


 堤の上をきれいな一枚壁で覆ったかに見える火山灰の煉瓦の壁は、ところどころ前後にずれてまだ築かれていない部分を残していた。そんな場所は大抵、小高い森の中から流れ込んで来る小川の土手があり、いくつかは大きな石を迫持ちに組んで暗渠をつくり、その上に壁を築こうとしていた。

 シアニは靴を脱ぎ、ズボンを膝の上までたくし上げて、しっかりとした木の棒で深さを測りながら慎重に渡った。小川を遡り、コセーナの方角に向かうことは考えていなかった。

 昼を大分過ぎてから、持って来たパンの残りは食べてしまった。それでもしばらくするとまた痛いほどの激しい空腹が襲って来た。

 今晩には寝る場所の他に食べ物のことを考えなければならない。川辺には食べられる草が幾らか生えていたが、そんなものだけではかえってお腹が疲れてしまう。

 いよいよ自分で魚を獲る時が来た。養魚池の魚を網ですくった事はあったが、自分で網を打ったこともなければ釣りをしたこともない。シアニはコタ・ラートを眺めた。コタ・レイナでさえ、時には二尺近くもあるウグイがとれる。コタ・ラートにはもっと大きな魚がいるのじゃないかしら。だが、こんなに流れの速い場所のわけがない。どこか深い淵のあるところ。草の繁った根元の深み。大きめの小川の流れ込んで来る、そのあたりにいないかしら?

 もう少し下ったところに幅の広い合流点があった。茅の藪の下に水の淀んだところがある。何かいそうだ。どうやって捕まえる?糸なら持っている。しなやかな枝を切って竿にして、虫をつけて垂らしてみる?水筒の籠を作った時のように柳の枝を編んで罠を作って沈めておくことはできるかもしれない。だが、それでうまくいくとしても魚を食べられるのは何時かしら?今晩でないことは確かだ。

 少しずつ翳って冷たくなってくる石の上に腰をおろしてシアニは考えた。魚を食べるのが明日の朝になっても、昼になっても、食べられないよりはいいじゃないの?シアニは罠を編もうと決めた。

 ひと月前に籠を編んだ時のように柔らかく細長い木の枝はもうなかった。枝の上には濃い色の強靭な樹皮が覆い、容易に折り取れなかった。やっとで軸になりそうな枝を数本折った時はもう日が暮れかけていた。魚どころじゃない。火を焚く準備だ。

 よく乾いた流木の枝を折り、割れて朽ちた幹を足で踏んで割り、ようやくかき集めた枯れ草を丸めて何とか火を熾した時にはすっかり日は暮れ、疲れ切っていた。前の晩よりももっと空腹な、寂しく恐ろしい、みじめな野営だった。冷たい風が吹き、小さな火を揺らし、風を遮ろうと出した手の先を焦がした。


 (アニ) (アニ) 雀っ娘(アニナ) 小雀っ娘(シアニナ) 青い空へ飛んでいけ……

 ……夜が過ぎりゃ朝になる

 負けるな 負けるな 雀っ娘

 うまく巧みに お前の知恵でもって

 夜を明かせ 青い空に行け


 マントにくるまり、手をこすりながら、シアニは風の中で歌った。赤い火はただ周囲の闇の恐怖に飲まれないためにあった。モーナは慰めに来てはくれない。モーナは闇を恐れず、人として生きていた短い間も闇に親しみ、空腹を苦にしたこともない。モーナに同情はなく、恐れを蔑み、離れてゆく。


 ヤレ、ホー ヨイ、ホー

 風よ雲を吹け 月の出だ

 戦い果て 眠りの刻に さまよう者を訪う月だ


 良くとおる声が下流から近づいて来た。シアニは歌いやめ、耳をすませた。知っている声だ。

 歌声が止み、小舟に乗った影が近づいてきて岸に止まった。影は風に煽られる火影とその傍らに身を縮めて待ち構える小さな影を覗いた。

「乗るか?アニ」

 シアニはすぐさま立ち上がり、矢継ぎ早に尋ねた。

「サコティー、どこから来たの?どこへ行くの―――コタ・レイナからエフトプに行ったのじゃなかったの?」

 サコティーの差し出した手をつかんで乗った舟の底で、不機嫌な鈍い震動とぴちぴちという気味の悪い音がした。

「そいつを食べるか?」

「食べる!」魚の顔を見つけた驚きの声でシアニはそのまま答えた。「生でなければ。」

 コタ・ラートを遡っていた舟はシアニを乗せるとそのまま流れに沿って下った。サコティーが舟を止め、陸にあがったのは、大きな支流の川口を越した広い河原だった。

「これがコタ・ラートに流れ込む東の岸で最も大きな川だ。森の南北から集まった水の中で最も太い流れがここに流れつく。私の舟は少しの水にも浮く。荷が多くない時はこうやって、時には舟を陸に引いて水から水を渡り、森を抜けることもあった―――これも昔の話だな。」

 サコティーは舟を葦原の中に引き上げ、早速河原の窪地の石の間で火を焚き、葉でくるんだ魚を灰の中に埋めて焼いた。

「ここからしばらく下にコタ・ラートの中の橋がある。エファレイナズがひとつだった時にはそれなりに大きな役目を果たしていた道だ。」サコティーは河の方を指差した。

「よく見えないわ。」シアニは月の光にぼんやりと宙に掛かる影を見て言った。「もう渡る人はいないの?」

「いない。この橋はコタ・レイナから完全に壁で遮られ、向こうには常に見張りがいる。」

 時々襲う空腹と疲れで気の遠くなるほど待ったと思えた頃、ようやくサコティーは魚を灰の中から引き出した。真っ黒に焦げて見える皮の下で身をしならせると、裂けた皮の間から熱い蒸気が噴き出し、真っ白な柔らかい身がのぞいた。熱さに声を上げ、もうひとまわり我慢をして、ふうふう冷ましてから、シアニはわき目もふらずに大きな魚の半身を平らげた。

 

 半分は私に 半分は雀に……


 お腹がくちくなり、眠くなりながらシアニは呟いた。

「知らない歌だな。」

「母さんが、昔歌っていたのよ。」シアニは小声で言い、ふっと黙った。

「アツセワナの農民のことわざかな。」サコティーは言い、河面にわずかに反射する波がしらを眺めた。そして、うつむいて黙り込んでしまった少女に尋ねた。

「どこへ行くつもりだ?」

「分からない。でも壁の中じゃない。」シアニは応え、突然顔をあげて食って掛かるように言った。

「私はもう十五で自分で決めて家を出たわ。下手くそなやり方だったかもしれないけれど、迷惑をかけたかもしれないけれど、そのせいで、もしかしたら人が死んだかもしれないけれど―――。」

 言い出してしまったために止まれなくなってシアニは泣きそうになり、そんな自分に腹を立てた。

 どうして自分の決心を告げる前にこんなに後悔ばかり思いつくのかしら。そして、目の前の男への疑い。

 どうして川上に向かっていたの?戦いが起ることを知っていたの?皆がどうなったか確かめなくてもいいの?私をやっぱり連れ戻しに来たの?あなたは誰の味方?―――彼にだって怪しいところはいっぱいあるのに、自分の落ち度の方が気になって問いただすことも出来ない。

 サコティーは微動だにしなかったが、かえってこちらを見るその目が厳しくなったのがわかった。宙に浮いた言葉に続く気まずい沈黙に、静かだが鋭い声が滑り込んだ。

「どうしてそんなに自分を責める?運命に君が出来ることはたかが知れている。諍いは前の代から種が蒔かれ、天地の気まぐれが時には全ての営みを覆す。君が何人かの思惑通り動かなかったからといって事態が変わるほど皆でくの棒なわけでもない。うぬぼれるんじゃない。」声はたしなめた後、返事を待った。

「―――ちゃんと無事だわ。」シアニは肝心なことを言いきった。

「分かっているならいい。」サコティーは相槌を打った。

「今のは独り立ちをしたぞ、という長い長い宣言だったんだな。それはそうとして、私は拾った客をどこへ連れて行ったものかな。コタ・ラートの向こうに当てはないんだろう?」

 拍子抜けから我に返って、シアニはうなずいた。

「でも、行こうと思っていたのよ。アツセワナやイビスやニクマラを見たかったの。トゥサ・ユルゴナスもよ。」

「アツセワナとイビスは今は容易には近づけないし、向こうが働き手を望んでいても先に匪賊に襲われかねない。」サコティーは注意を促すようにゆっくりと言い、少女の目が揺るがないのを見ると、考えながら言った。

「トゥサ・ユルゴナスはまあまあだな。だが、クマラ・オロに出てコタ・イネセイナまでさかのぼり、トゥサ・ユルゴナスに行くのは途方もなく日がかかる。そしてイズ・ウバールの道は危険だ。ニクマラまでなら送っても良い。コタ・レイナ州と交流は途絶えているがもとは友好的だった。旅人にも篤い気風だ。そこから始めると良い。ただし、着くのは二日後の夜だ。私は昼間はコタ・ラートを旅しない。ここで少し休んだら、河を東に小さな丘が見えるところまで下り、そこで昼間を避けて過ごす。そして夜になったらアツセワナの見張り台とエフトプとをやり過ごし、明け方前に二クマラに着く。私が出来るのはそこまでだ。」

 シアニは両手を合わせ、頭を下げた。

「ありがとう、サコティー。助言はありがたくいただきます。」

 サコティーは了解の合図に微かに頷いた。


 ほんのわずかの時間でシアニはサコティーに起こされ、舟に乗った。空の雲は過ぎ去り、満月が穏やかな光を放っていた。

「人目を凌ぐ船出には今がちょうどいい。全てのものが眠っている。草も木も。」どことなく陽気に男は言った。

「昼間よりも楽しそうだわ。」シアニは言った。

「いつの間にか夜が私の活動する時間になったんだよ。」

「人目を避けて?でも、さっきは歌っていたわね。」

「聞かれていたのかい?」

「あら、聞かせていたのじゃなかったの?」シアニは呆れて言った。「私に気付かせるためだと思っていたわ。」

 男は狼狽したように黙り、力強く漕ぎだした。ほのかな月明かりだけを頼みに、速い流れの河の中心部に舟を進ませた。シアニは長い澪を眺め、しばらくの間期待を込めて耳をすましていたが、規則正しい櫂の音に穏やかな眠りに誘われていった。

 目が開いたのは薄紫の闇の中だった。水の揺らぎに、高く低く、長く吟じるように短い吐息のように声の節がまつわる。


 ヤレ、ホー ヨイ、ホー

 網を引け 網を引け 豊漁だ

 (ヒル)に焼けた背びれは黒く 白い水面を裂く

 魚ははらみ 川床の石に腹を擦る


 ヤレ、ホー ヨイ、ホー

 櫂を漕げ 櫂を漕げ 舟がゆく

 緑郷(ロサルガヤ)に向かう荷は 黄金の種 くろがねの鏃

 そして私の手には赤い絹糸


 沈みゆく日 ベレ・サオに照り映え

 丈夫(ますらお)歌い 老人(コーア―)の拍子木が鳴る

 

 舟から降りるのは誰 この手に取る手は

 あの赤糸を飾った子 私がお下げに結んでおいた


 星の下に夜通し踊る

 陽気な娘(ラキネ) 愛しい娘(レイネ)

 闇の帳が隠すその心

 やがて日の訪れに姉神(ベレ・イナ)の頬に茜さし

 君の瞳にも答えが映る

 否か 応か

 

 シアニはむっくりと起き上がった。

「何をしに行くかはもう決まっているの。探しにいくのよ。」突然、前触れもなく打ち明けた。

「物語の続きを。そしてその歌の続きを。」

 徐々に夜から朝へと領域を譲りつつある河面のうす闇の中で、安定した速さで櫂を漕ぐ男の輪郭に変化は見えない。シアニは困ったように言い足した。

「舟で渡してもらうのに、私にはお礼に上げられるものが無いわ。」


 半分は私に 半分は雀に


 サコティーは歌を変え、陽気な短い節にあわせて舟を岸へと寄せながら言った。

(ハヤ)の礼にハヤが半分―――私にはもう十分だよ。(アニ)、ハヤの娘。」



 

 

 

 

 










 







 

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