1―2 契約神器の少女
本作をお読み下さりありがとうございます。
百合要素注意です。
「はぁー、気持ち良いですぅー」
「ここの宿は食事が美味しい事で有名でしたけど、まさかシャワーの水圧も完璧だったとは……」
「おやーナユちゃん。ちょっと大きくなりましたー? どれどれ……」
「ちょっ。触らないで下さ……んんっ」
すまん。ちょっと頭の整理をさせてほしい。
どうして俺がこういう窮地に陥っているのか、俺自身がさっぱり分かっていない。
何故俺はナユタと同じ部屋にチェックインしているのか。
何故ナユタと別の女の子の声が、水が跳ねる音とともに浴室から聞こえるのか。
何故俺は無駄に座り心地の良いチェアに腰掛けながら、無心で外の景色をボーと観ているのか。
頭ざましにルームサービスのコーヒーを一口含むが、思ったよりも苦くて噎せた。
*
「ああ。ごめんなさいね。今日は一部屋しかあいてないんですよ」
宿屋の恰幅の良いおばちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。
ちょっと奮発してこの街で一番お高い宿(と言っても王国の宿の相場よりは安い)に止まろうと言うことになったのだが、あいにく部屋が満杯だったのだ。
「じゃあ仕方ないか。俺は野宿するからナユタだけで泊まって……て」
「いえ。三人分で宿泊お願いします。同じ部屋で構いません」
キラをテーブルの上に置きながら、さらっととんでもない発言をぶっこんできた。
おばちゃんが目をぱちくりさせて俺達を交互に眺める。
「えっ? あなたとこの子の二人じゃないの?」
「夕食の時間までにはもう一人合流する予定ですので、私が彼女の料金を先払いしておこうかと思います」
「あら。お連れさんがいるのね。じゃあそういうことなら任せて頂戴。おばちゃんも料理を頑張っちゃうわ」
いや、宿屋で先払いなんて認めていいんかよおばちゃん。
おまけに俺の知らないナユタの連れ(恐らく女)が合流するなんて聞いてないぞ。
この時点で男一人と女二人が同室に泊まるっていう、端からみたら勘違いされるだろう展開になってしまったよ。
実際に、おばちゃんから部屋の鍵を受けとる時に「あなたモテモテだわね。昔の私の旦那みたい」なんてあらぬ誤解を受けてしまった。
*
「へー。思ってたより結構大きいんだなー。部屋が」
「ここの宿はこの街一番の人気の宿ですから。値段が多少は張りますが、食事が美味しい事で有名です」
「げっ、ここシングルベットが一つだけかよ。仕方ないか、俺はあそこのソファで寝るか……何してるんだナユタ?」
彼女の体格の二倍はあるだろう不釣り合いな大剣を床に寝かして、その前で修道女みたいに両手を組んで正座をしていたのだ。
ナユタの信仰している宗教の仕来たりなのか、自身のルーティンか何かなのかなと見当外れな予想をしながら経過を見守る。
「神よ。今暫くその身を我が神器に現せ」
いきなり中二臭い呪文を唱えたかと思ったら、大剣が眩い光に包まれた。
光が消えた場所に座っていたのは、ナユタよりも背が高くて俺より少し低い位の、金髪ロングヘアーの少女だ。
髪には奇妙な髪飾りが付けられており、マントが付属した薄手の赤色のワンピースを纏った可憐な容姿。
ナユタとは違って二房のたわわな果実を携えた、冷静な彼女とは対比した朗らかな美少女である。
「ふぅー。漸くこの姿になれたー。あれ? この人だれですか?」
「彼はハジメ。色々あって私と同行することになりました」
「そっかー。あたしはコルトです。ナユタさんの契約神器に宿る女神です。ハジメさんこれから宜しくお願いします!」
……は? この剣が実は美少女女神だった?
展開が急すぎて理解が追い付かない。
「ナユタ。これって一体……」
「契約神器という希少な武具はご存じですか?」
「ああ、それはなんかの本で読んだことがある。曰く、神様の御霊が宿った強力な武器で、神と契約した勇者に神は強大な力を授けるだろう……って、てっきり神話上の話なんだと思ってたんだが」
「その通り。神々と契約した者だけが所持を赦される神器です。以前私がダンジョンの宝箱から入手したのがこの大剣なのです。と言っても、未攻略ダンジョンを一番最初にソロで攻略した人だけが入手できる、特殊な武器ですが」
また出た彼女の無意識ダンジョン無双自慢話。
それって要するに、攻略情報も不明瞭のタイマン状態でダンジョンボスを最初に討伐した人だけが入手できる超プレミアものって事なのか。どんな縛りプレイだよ。
どうりで市場に情報が出回る事が無いわけだ。
討伐者がソロで未攻略のダンジョンに潜入なんて自殺行為でしかないし、運良く入手した冒険者も誰かに武器を奪われるリスクを考えたら、余程の馬鹿でもない限り大っぴらに語る訳もない。
「つまり、契約神器に契約している女神を呼び出したって訳か……、何で?」
「私とコルとの個人的な契約です。モンスターがいない場所では普通の人間と同じように行動をしたいという、彼女の意思を組んでいるのです。全ての契約神器が好き好んで神体を降ろす訳ではありません」
「だって武器のままでは美味しいご飯を食べれませんしー。ナユちゃんとイチャイチャ出来ませんからー!」
つまり、そう言うことらしい。
説明するのも疲れた。
「要するにさっき見せたいって言ったのは、契約神器の事なんだな?」
「他に何かあると思ったんですか?」
「いや、別に」
「だけど今日はいつにも増して酷いですよー。ドラゴンの血が身体にくっついちゃってさ、もうベトベトですぅー」
「ごめん。それじゃあ、ご飯の前にシャワーでも浴びてく?」
「さんせーい。折角だからナユちゃんも一緒に入りましょうよー」
「分かった。ハジメは誰かが入ってこない様にこの部屋で監視しておいて下さい」
余程長い付き合いなのだろうか、あのナユタさんがほんの一瞬だがタメ口でコルトと会話しているという事実に、一番驚かされた俺だった。
*
そういう過程を経て、俺はここにいるのだった。
全くもって意味が分からない展開だ。
「はー、スッキリしたー!」
「お待たせしました。次はハジメが入ってきてください」
脱衣所から勢いよく飛び出したコルトは肩が出ている形状のパジャマ姿、少し遅れて出てきたナユタはゆったりした青色のネグリジェの上にノースリーブ白衣を重ねた格好。
しっとりと濡れた髪から高級そうなシャンプーの匂いが漂って、男の自分が彼女達の艶姿を見てしまった事にちょっと罪悪感を覚える。
「……いや、俺は飯を食ってからでいいや。ボチボチ食堂が開く時間だし、そろそろ動こうぜ。あとコルトは上にカーディガンでも羽織っておいた方が良いぞ。風邪引くから」
「神様は風邪なんて引きませんよーだ。あだぁ!?」
神様が思いっきり足の小指を壁にぶつけた。
今更だが、こんなに煩くしてお隣さんから怒られないのだろうか。
「コル。神様だからではなく、馬鹿だから風邪を引かないのでは?」
「ふぇ、ナユちゃん酷いー」
すっかり冷えてしまったコーヒーを飲み干して、俺は席を立った。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
※訂正 挿絵追加に伴い、ヒロインの服装描写を変更。2021/05/09