2-7 制御不能の感情
本日7本目! いよいよ今章も終盤です! 読破まであと一息ですよ!
エリシアが術を展開すると、贄の祠の地面をあたかも隕石が落ちた後の様に大きく抉りとり、天井を貫かんと言わんばかりに巨大な土人形が顕現しました。
一方の八又大蛇の放った『狂濫狂樂』は光で出来た自身の分身を大量に展開するという物でした。
当然、神様の分身は私達の知るただの影分身にはなり得ません。
一柱一柱が同等の神力を有する分霊であり、元の八又大蛇の命に忠実なる僕なのです。
神様は神力がないと顕現すら出来なくなると言われるので、一度に大量の神力を消化してでも私達を殺しにくるのは、まさに向こうも捨て身の覚悟と言ったところでしょうか。
「向こうが大量に分身を作ったとは言え、寧ろ一体辺りの神力が減少している分、本体も弱体化している筈です」
そう意気込んで『草薙剣』を振るい次々と龍達を切り裂いていきます。
光の龍達は断末魔を上げる事すらも赦されず、儚く散っていきますが、何分量が桁違いなのできりがありません。
「流石ナユタちゃん……あれ? エリシアさんどこ行ったのです!?」
さっきまで隣にいた筈のエリシアがいない事に慌てているアイン。
当然光の龍達は彼女を喰らうために次第に距離を詰めていきます。
「この子を使う時は、いつでも額の紋章を消せるように傍にいなきゃいけないの。ナユタはアインを護っておきなさい!」
「わっ、分かりました」
いつの間にか土人形の肩に飛び乗っていたエリシアは、『虚の巨人』に攻撃の指示を出します。
土人形はずんぐりとした手を大きく振るい、複数の光の龍達を凪ぎはらって瞬殺していきました。
「ふふふ、八又大蛇は何を考えてるのかしら? 死に急いでるの?」
わざわざ自滅しかねない大量の神力を消化する術を使っておいて、寧ろ最初よりも個体の強さは大幅に減少している現象を見ると、エリシアがほくそ笑むのも無理はありません。
しかし、八又大蛇は努めて冷静でした。
リーダー格の龍は狡猾に笑いを浮かべ、私達に自らの余裕の魂胆を語ります。
「この技は単体では下位互換でしかないが、真の強さは一点に群がった時にこそある。氾濫した川の様に、我が分身達はあらゆる物を呑み込んでいくのだ……」
「さあ分身達、下に取り残された二人を呑みこんぢまえぇ!」
「色々と面倒臭そうな討伐者の姉ちゃんは最後に喰らってやるよ! ひゃーひゃっひゃぁ!」
分身達はいっしょくたになって、私達の元へ押し寄せて来ました。
その光景はまるで光の津波、あんなのに呑み込まれたら私達はひと溜まりもありません。
「ちぃ、させるものですか!」
エリシアは土人形に指示して津波に向かって重い鉄拳を下しますが、水面に投げ石の如く津波は鉄拳をひらりとかわし流れ込んで来ました。
「無駄無駄ぁー! こいつの濁流は何もかもを喰らい尽くすまで止まらねんだよぉぉ!」
チャラい龍が勝ち誇った様にゲラゲラと笑い、エリシアは舌打ちをしました。
隣のアインは哀しそうに私を見詰めながら、彼女が謝る理由は何処にもないのに謝ってきます。
「……ナユタちゃん。ごめんね」
「アイン?」
「詠唱 走神の息吹!」
昨日覚えたばかりの掛けた人間の移動速度を上げてくれる呪文を、アインが唱えました。
そうか、これで光の津波から逃げ切れば……否、袋小路に追い詰められてしまうだけですね。
「エリシアさん。ちゃんとナユタちゃんを受け止めて下さいです!」
「どういう事、ちょっと!?」
アインは私をお姫様抱っこをして走り出しました。
しかし、それは逆に光の津波の迫る方……巨大な土人形の佇む方へと。
土人形は私達の方へと巨大な手を向けていきます。
「やぁぁぁ!!」
アインはブーケトスの要領で私を土人形に向かって空高く放ったのです!
いくら移動速度を飛躍的に上げて出来る限りの助走をしたとは言えども、幼女とは言え人間態の私をあの距離で放るのはあまりに無茶……それ以上に取り残されたアインはどうするのですか!?
「よし、ナイスキャッチですわ!」
泥で出来た手で私を無事に捕獲した土人形ですが、私の心のモヤモヤは晴れる事はありません。
「まさかアイン、私だけを助けて自分を犠牲にするつもり……」
「そうみたいね」
あえて私達を突き放すようにエリシアは言います。
「ええ。ナユタちゃんはこんなところでやられちゃ駄目なのです。だから八又大蛇さん。食べるのは私だけにしてくださいなのです」
「……ほう、そんな願いが通用すると思っているのか? この洞窟に入った者は全員喰らい尽くす、それがあの少年の願いなのだ」
「いえ、ここで終わらせるのです。事の元凶を作った私が、全部、何もかもを。あの時イグニス君の誘いを、生への執着を断ち切れなかった私の贖罪で……」
「……お前、もしやあの時の本来の生贄か?」
「因果は巡ってくるってかぁ!? こーりゃ傑作だぜぇ!!」
「エリシア! 早くアインを助けに行かなきゃ……」
「あなたも分かってるでしょ? あいつには勝てないって。私だって最初から神様に勝てるなんて更々思ってもいなかったわ。だけどナユタを見ると、私も頑張れるんじゃないかなって元気付けられたの。きっとそれはアインだって同じ。だからアインは死ぬ事を覚悟して、私達についてきたのよ」
「そんなことありません! アインだってもっと生きたい筈です!」
「ううん。あたしはズルしてここまで生きたんです。だから罪を償わなきゃいけないのです」
「……最後に二人と冒険できて、私とても楽しかったよ。ありがとうエリシアさん、さようならナユタちゃん……」
抗う事すらせずにアインは光の津波に呑み込まれました。
現実を受け入れない、否、分かってても受け入れたくない私は、意識を空へと放り出します……。
*
本当にわたくしって酷い人ですわね。
光の龍達達に呑み込まれるかつての仲間を見ても、然程の感想も抱けない。
まあ二人とはたった二日の付き合いだし、彼女と私の実力差には大きな隔たりがあったから仕方がない事なのでしょうけど。
こうなる事は最初から分かっていたわ。
だけどわたくしはどうしてもナユタを止める事が出来なかった。
単に他人の不幸を見て悦に浸っているだけなのかも知れない、だけどそれだけじゃなかった。
あの時の彼女の顔は、両親を殺された若い頃のわたくしの目と全く同じだった。
何を持ってしても埋められぬ虚無と、復讐心に満ちたその表情。
ふと、倒れ崩れたナユタが再び起き上がったのです。
しかし、その表情はわたくしの知っている彼女ではありませんでした。
「……繋命期間起動。対象ヲ殲滅シマス」
周囲から放たれるのは目映い白銀の光。
まるで魂が抜け落ちた様に彼女の目から光が消えて、深紅に染まっている瞳。
無機質な片言からはさっきまでのほがやかで仲間思いな彼女には考えられない、狂気と殺気が滲み出てくる。
「どうしたんだぁ嬢ちゃん? お仲間が死んじまって気でも狂ったか?」
「そうらしいの。じゃが正気を失った彼女には、巨大な光の龍と化した我らを止める事は出来まいよ」
「あの錬金術の姉ちゃんと一緒にあの世に送ってやるから、安らかに眠りなされ」
彼らなりの情を送っているつもりなのだろう。
しかし、最後通帳を突きつけられてもナユタは臆する事もなく、いえ、喜怒哀楽のどの感情にも当てはまらない感情を喪失した顔で淡々と口を動かす。
「解析完了。対象ヲ殲滅スル予測演習ノ成功率99.95%。即時実行ニ移シマス」
理解不能な言葉を呟いたナユタは『草薙剣』を握り締めて再び土人形から飛び降りました。
光の龍達が脈打ち蠢く光の海に飛び込むなんて自殺行為でしかない。
折角アインが命をとしてまで護ってくれた命を無駄にするのかと、わたくしは彼女の心中であるとしか受け止めませんでした。
彼女の一凪ぎを見るまでは。
「腐っても神様である俺達を殲滅するだぁ? 冗談も休み休み言えよきゃーきゃっきゃ……あがぁ!?」
さっきの彼女の剣劇も素晴らしい物でしたが、今度のナユタの剣使いはもっと攻撃的で、もっと虐殺的な物です。
手に持っている『草薙剣』に自身の白銀の光を纏わせて、巨大な光の大剣を形成したナユタは大きく凪ぎ払う。
剣の軌跡で光の海は両断され、光の龍達やチャラかった龍を始め多くの龍首が一斉に宙を舞う。
以前のナユタは感情で自身の本心を制御していた節がありましたが、現在のナユタには枷がない。
まさしく虐殺兵器の如く動かなくなった蛇達を八つ裂きにしていきました。
「お前……さては、天界の神々が言っていた亡郷の電子姫か……!?」
「私ノ名ハ『:Decillion:』。ソレ以外の名ハ不要デス」
「……ああ、やっぱりそうか。あのイカれた魔王の娘だったか」
「開発者ヲ侮辱スルノハ何人タリトモ許サナイ」
『草薙剣』は残されたリーダー格の龍の首を串刺しにし、既に神力を使いきっていた彼は蘇生する事すら叶わずに、傷口から鮮血にもにた大量の光の雫を溢して倒れていきます。
「……ああ、実に素晴らしい親子愛じゃな……、しかしお前のはちとばかり強すぎる。くれぐれもその愛の力の使い道を間違えるで無いぞ、お前のはこの世界の全てを壊しかねない。昔お前が元の世界の何もかもを壊したようにな……」
そして八又大蛇は動かなくなりました。
「……」
虐殺の限りを尽くしたらナユタは無言で私の方を見上げています。
ここでわたくしも暴走した彼女に殺されるのでしょうか。
ですが、それはそれでありかも知れないと思ってしまうわたくしが心の何処かにいるのもまた事実。
そう身構えたわたくしでしたが、彼女はそう易々と殺してはくれないみたいです。
「……繋命期間終了、通常時ニ移行シマス」
それだけ言い残してナユタは再び倒れ混んでしまった。
わたくしは土人形に地面に降ろすように指示を出して、手を払って額の紋章を拭いとった。
こうする事でこの術は解け、『虚の巨人』は土へと帰るのですわ。
この巨人には感情処か意識すらない、完全なるわたくしの傀儡であり、まさに虚なる巨人なの。
だからわたくしは役目を終えた崩れ落ちる直前の巨人の巨大な手の甲に接吻をして、わたくしの我儘に付き合ってくれた彼を労った。
当然彼は無表情のまま。
だけどひび割れた顔にわたくしには照れ臭そうにしているように見えましたわ。
『虚の巨人』は完全に崩壊して、洞窟中を砂塵と轟音の嵐に満たす。
この洞窟の主もいなくなった以上、この洞窟が消えてなくなるのも時間の問題でしょう。
何もかもが滅茶苦茶になった贄の祠に残されたのは、わたくしと、八又大蛇が残していった遺物らしいばかでかい大剣と、アインが掛けていたレンズが割れてぐちゃぐちゃにフレームが歪んだ眼鏡だけ。
彼らの遺品を腰のマジックバックに入れた後、わたくしは意識の失ったナユタを背中におんぶして今にも崩れそうな洞窟から逃げるために、出口へ早走りで駆け出すその最中にも、わたくしは考え事をしていました。
死に際に八又大蛇が言っていた、ナユタは魔王の娘と言う言葉が頭から離れません。
さっきの暴走した彼女を見た後では、ただの法螺には到底思えませんの。
だけどこの言葉は聞かなかった事にしましょう。
これ以上ナユタを、アインの心を傷付けない為にも。
女同士の約束はきっちりと護りますわよ。
ここまでお読み下さりありがとうございます!




