1-15 一時の電車旅
車窓の外は白い砂浜と澄んだ海が広がっている。
ダグル湾は海水浴場として冒険者、討伐者共によく利用されている場所だが、生憎今回は景色を見るだけでお預けである。
終点である王都まで後2時間程、乗車したイソド自治区から王都までが片道3時間なので、まだ半分にも達していない。
イゴイチは観光目的がメインなので普通の機関車よりも低速気味なのだが、それでも馬を借りて王都へ向かうよりかは早くつく。
しかし、ここでゆっくりと羽を広げられると思ったら大間違いだった。
「……じー」
「どうしたんだナユタ?」
「今更ですが、何故ハジメの隣がケシアさんなのでしょうか?」
「仕方ないだろ? 指定席なんだから。と言うか本当に今更だな」
この客室の椅子は全部向かい合わせになっており、ナユタとコルト、俺とケシアのグループ、その後ろにギムさんとタイムが座っている構図だった。
つまり、現在俺は女性達に挟まれている状況である。
「更に、ケシアさんがハジメに凭れかかって寝てた時、……わざと、起こさなかったですよね?」
ナユタは直接的には言わなかったが、居眠りしていた時にケシアの修道服に隠された豊満な胸が俺の体にモロに当たってた事を暗に糾弾しているのだろう。
「仕方ないだろ? 彼女の寝顔を見てたら起こしようが無かったんだって」
「ごめんなさいね。つい眠くなっちゃって……」
ばつが悪そうにケシアは謝るが、コルトは彼女をフォローする。
「ケシアちゃんには非はありませんよー。悪いのはこっちですからー」
勿論コルトがこっちと言っているのはナユタの方ではなく俺である。
「ふん。鼻を延ばして、ハジメ凄くだらしなかったですよ」
「そこまで言うか!?」
まあ実際にそんな顔をしてたんだろうとは、自分でも予想していたけどさ。
「まあまあ。そんなとこよりもー、私が買ってきたお弁当でも食べましょうよー」
「キラを渡したのは私ですがね。まあ良いです。頂きます」
手渡された駅弁を開けると、中身は極東の国で言うところの幕の内弁当だった。
焼きサモンの切り身、ダッキーの卵焼き、冷めても美味しいスイラ飯。
シンプルながら栄養バランスも取れており、見栄えもいい食事である。
にしても、イソドで極東の弁当を買うと言うのも雰囲気が欠けるとは思うが、それだけ極東の国の弁当はSLの利用者からの需要が高いと言うことだった。
「はむ。この焼き魚、塩が程よく効いていて美味しいです」
「この卵焼きも出汁が効いていて美味しいですねー。この絶景を見ながら食べるのって贅沢すぎますよー」
和気藹々と談笑しているナユタとコルト。
そして窓際の席に座っているケシアが、車窓に広がっている絶景を目に焼き付けるかのように凝視している。
「本当ですね。ほらあそこ。アークドルファンが泳いでますよ」
肌白い指を海洋哺乳類型モンスターに向けて指差しながら、物静かながらも彼女にしてははしゃいでいた。
二人も釣られてドルファン達の群れを目を輝かせながら見ていた。
「本当だ! いつか皆で海に行きたいですねー」
「わー、良いですねー! 可愛い水着を買って、泳ぎたいです」
「今はエルフの救出が優先ですが。今後の展開次第ですね」
「ナユちゃん、メタいですよ。と言うか、それ私の役目ー」
「ちょっ、こんな所で……」
出番を取られたコルトが軽く涙眼で、彼女が緑茶を危うく溢しかけそうになるのをお構いなしに、顔を赤くしているナユタに抱きつく。
いつから神様がメタ発言の役目を担っているのかは定かでは無いが。
と言うか、そもそもメタって何だ?
まあ知らない方が良いこともあるだろうから、次回からはあえてスルーしよう。
「うん、うまい」
前も言ったような安直な感想に、流石に自分でもうんざりしている。
「ハジメ兄ちゃん。もっと良い感想言えないのー?」
「遊び心がない奴はモテないぞー」
後ろで弁当を食べているタイムとギムさんがからかってくる。
「男はな、多くを語らない生き物なんだよ。これぞ、シンプルイズベストだ」
「無駄にかっこつけてますけど、ダサいですよ?」
「グハッ!」
見事にナユタの一言で玉砕。
回りは朗らかな笑いに包まれ、俺も内心では楽しんでいた。
こんなに幸せな一時も、終点迄の時限付きだと思うと、儚くすら思えてくる。
*
王族に仕える兵士達の集いである『王国騎士団』の総本山にして、王都を治める王族の居住地でもある地、『王家の聖域』に緋色のドラゴンが降り立った。
愛龍シーザーと使い主の総団長フォルネイスが帰還したのだ。
彼の元に一人の女性が歩み寄ってくる。
金髪ショートの古風なメイド服を纏った女は、シーザーから飛び降りた豪傑な主に向けて深く一礼を捧げる。
「フォルネイス様お帰りなさいませ」
「ヴェルノエール。現状の生贄達の様子は」
「ええ。誰一人とも死んでなどおりません。計画に支障はありませんわ」
ヴェルノエールと呼ばれたメイドは、フォルネイスの背後で返答に応じる。
刹那、思索を重ねた後に、フォルネイスは新たな指示を言い渡す。
「そうか。ならば引き続き監視の強化を頼む。奴隷市に出品する商品達以外は、絶対に牢の外に出すでないぞ」
「承知致しました。あと不躾ながら、質問をしても宜しいでしょうか?」
「何だ? 言ってみろ」
「つかぬことをお聞きしますが、城内にエディの姿が見えませぬ。フォルネイス様は彼女の行き先を知っておられますか?」
「エディルナーラか。現在キノウミ鉄道のSLに乗車している。俺が遣いに向かわせた。もうじき王都へつくだろう」
「偵察ですか?」
普段外に出ない性格の彼女が外出するなど珍しい事だった。
ヴェルノエールは彼女が駆り出された意図を瞬時に察知する。
「ああ。厄介物が王都に入り込もうとしている。捉えた生贄達を解放しようとせんとする奴らがな」
「あら、それはいけませんわ。生贄がないと、我が国を救う英雄は生まれませんもの」
「そうだな。国家増兵計画……否、『永生命人計画』を邪魔する害虫どもは、我自ら処分してやるとしよう」
自身の元部下であったイルにすら話していなかった真の計画、罪の無いエルフ達を生贄にして不老不死の討伐者を生み出すという、まさしく禁忌と言うに相応しい実験だった。
実は、この実験には前例があった。
古代の王国の歴史書によると、1800年前に一度だけ当時の国王が『永生命人計画』を部下達に行わせたと記されていたが、結果は完全なる不老不死とは程遠い物で終わってしまった。
確かに一生老いることの無い体は得たが、驚異的な再生能力も手に入れたが、それでも当時の魔術師達の技術では不死には至らなかった。
死を可能な限り先延ばしにするだけのスキル『不老延死』を習得した青年は、自身の過ちの重さに耐えかねて発狂し、一人でイルタディアの半分を壊し尽くし多くの人間達を虐殺したと言う。
何故全部なのではなく半分なのかは、単純に彼の体力が尽きたのが偶々半分だったという説が有力だが、真相を知っているものはとうの当事者だけである。
最初は、流石のフォルネイスも全く信じてはいなかった。
5年前、一人の男が王国騎士団の傭兵としてやって来るまでは。
彼はどれだけ体が負傷しても、直ぐに傷が治ってしまう。
本人は高度な回復魔法によるものだと言い張っていたが、どう考えても討伐者の彼が魔力の消費も無しに、致命傷クラスの傷を一瞬で治せる訳がないのだ。
周囲の者達は多かれ少なかれの違いはあれど、彼の事を伝説上の『不老延死』の青年だと比喩していた。
特に、追放されたイルは特にその傾向が顕著で、その青年に教育と言う後題目の執拗な虐めを繰り返していた。
本来は秘匿しておくべき『不老延死』の情報を、周囲に大っぴらに言いふらしていた。
フォルネイスが彼を追放した一番の理由は、実はこれだったのだ。
ハジメとの件はあくまで表向きに彼を追放する為の動機付けでしかなく、この一件が存在しなくても彼が他のトラブルを起こす事は容易に想像ができる。
計画を邪魔する奴は例え仲間だろうが容赦はしない。
「ふふふ。その時は私とエディも微力ながらお手伝いさせて頂きますわ」
「ああ。期待しているぞ、最強の槍盾達よ」
総団長は自身の部屋の前に辿り着いた。
この部屋の先には従者でもあるヴェルノエール達ですら入る事は認められていない私室、実際に彼女は使い主に一礼をした後に自身達に当てられた部屋へと向かっていった。
一人になったフォルネイスは秀麗な装飾が施された執務台に腰掛け、自身に言い聞かせる様に小声で言う。
「何としても計画を遂行しなければ……、魔王達が動き出す前に。イルタディアを救う英雄を生み出さなければ……」
ここまでお読み下さりありがとうございます!
次回、王都を観光していた主人公達に迫る影。そしてまた別の野望を胸の内に秘めた少女が王都を闊歩する。
お楽しみに(*´∀`)♪
注意※ 5/28(金)と5/30(日)の更新は勝手ながらお休みさせていただきます。
その代わりに本日は通常の2話に加え、補填でもう1話投稿させていただきました。
引き続き小説は執筆していく所存ですので、よろしくお願いしますヾ(*>∇<*)ノ




