1ー14 進展と後退
朝日が昇った頃、漸くイルは目を覚ました。
壮絶なる兄弟喧嘩に敗れた彼は、洞窟の手前の草原で倒れた状態で気絶していた。
ハジメの魔術濁流を近距離でもろに喰らったと言うのに、討伐者の彼が即死しなかったのは、生まれつき高度な魔術威力と魔術耐性を有していたからだ。
実際、巻き込まれた並大抵の人間でしかない雇われの盗賊達の多くは即死、もしくは王国病院へ入院の措置を採らざるを得なくなった。
「はあ、はあ。あの野郎、今度あったら絶対にぶっ殺す!」
「悪いが、君にはもう今度は無いよ」
イルの背後から貫禄のある男の声がした。
侮辱された苛立ちで声の主の胸ぐらを掴みかかろうとするが、直ぐに顔を真っ青にして深く顔を下げた。
「あんだぁ……、たっ、大変失礼致ししましたフォルネイス様!」
フォルネイス=ドラクレアスは、王国騎士団の総団長であり、つまりイルの上司であった。
額につけられた傷跡が、歴戦の勲章の様に映える壮年の男は、彼の分りやすい態度の変わりようにうんざりした顔を見せる。
「全く、君には失望したよ。かの偉大なるマテリアル一家も地に落ちた者だ。本日より君に委託していた国家増兵計画の担当責任者は解任。私が新たな国家増兵計画の担当責任者として、国王様直々に任命された」
「そ……そんな」
「ただ対象の回収に失敗しただけならばまだフォローもできた。しかし、職務中に全く関係の無い私怨によって暴走し、部下達の命も危険に晒した。人の上に立つ者がやるべき事じゃ無いのは分かるね?」
「待ってください! もう一度だけ吾輩にチャンスw……ひゃあ!」
懇願するイルを一蹴するように、フォルネイスの背後に佇んでいた巨大なドラゴンが火を吹いた。
厳つい見た目だが普段は温厚な彼の愛龍であるシーザーだが、総団長が気に食わない相手には容赦がない。
「今度はないと言っただろ? 並びに、王国魔術団副団長の役職も解任された。君にはもう王国に居場所はないのだよ」
「それだけはご勘弁を! ヒラでも、雑用でも良いので仕事を下さい!」
「金が欲しいのなら討伐者でも始めたらどうだ? 最も、貴方を雇ってくれる物好き何てまず存在しないだろうが。そうそう、エルク卿から君へ伝言を頂いていた」
「……父上から?」
「貴方はもうマテリアル家の人間ではない。二度と家に帰ってくるな。追放だ。……だとよ」
「それはあんまりだ! どうか慈悲を!」
「私に言わないでくれ。家族間のトラブルは家族間で解決しなさい。それでは、ごきげんよう。無能君」
それだけ言い残してフォルネイスは、愛龍のシーザーに跨がり空を跳んで去っていった。
一人だけ取り残されたイルは、積もりに積もった嫉妬と憎悪で顔を歪める。
「おっ、おのれ……此方がへりくだっていれば良い気になりやがって……、総団長も、煩い親父も、クソな弟も、ぶっ潰してやるから覚悟しろよぉぉ!」
*
「ひぁぁぁっ!?」
「……どうしたのですか? いきなり変な声を出して」
ジト目でナユタが俺の方を視てくる。
「何かさ、めっちゃ強い殺気に襲われた気がしたんだ……」
「戦いの後で疲れてるんですよー。今日は景色の良い車窓でも眺めながら、ゆっくり休みましょうー」
ホームの売店で購入した弁当を片手に、コルトが女神の様な微笑みを浮かべる(実際に女神なんだけど)。
「そうだな。そうするよ」
何故俺達が駅のホームで待機しているのか、理由を話すと少し長くなる。
昨日ギムさんが盗賊から聞き出した情報と言うのが、捕らえられたエルフ達は明日の王都にて開かれる奴隷市に売りに出される予定、というとても非道的な内容だった。
つまり、俺達がその奴隷市に潜入して妖精郷のエルフ達を解放するという作戦だ。
その為にまずは王都へ行かなければならないのだが、妖精郷から王都まではかなり遠い道のりである為、歩きではエルフ達を助けるのが間に合わなくなる。
それならいっそ王都へ向かう電車に乗って移動しようという事になり、王都が終着点になるキノウミ鉄道の蒸気機関車イゴイチに乗車する事になったのだ。
現在俺達がいるイソド自治区も、キノウミ鉄道の駅がある都市の一つである。
といっても妖精郷からここまでは徒歩で行くしかないので、ナユタに走神の息吹を使って貰った上で夜中に移動してきたが、ここからは悠々自適に電車旅を満喫できる訳である。
「おーい。遠くから煙がいっぱい出てくるのが見えるよー」
「あれはSLって言うんだ。石炭を燃やした熱を動力源にしているんだよ。まあ現在は魔法で作った炎の蒸気だけで動いているんだけどな」
「へー、エスエルかっけえ!」
駅のポスターに書いてあった情報をそっくりそのままタイムに聞かせる。
どうやらこのSLは元々異世界からやって来た鉄道好きの冒険者が、ダンジョンで稼いだ大金をはたいて職人達に作らせた物であり、現在は乗車料をとって一般に開放している。
イルタディアには元々SLは存在しなかった事もあり、物珍しさに釣られて多くの討伐者達が、以前の世界の懐かしさに釣られて冒険者達にも愛用されている。
商売が上手いなあと感心していると、ケシアがSLに興味津々な様子で言った。
「もうすぐ到着しそうですね」
「あれが幻の蒸気機関車イゴイチ。まさか実際に乗れる日が来るとは夢にも思いませんでした」
「さあナユちゃん! 早速乗り込みましょう!」
興奮気味のコルトを制止するように、新聞紙を片手に持っていたギムさんが注意を入れる。
「こらこら。出てくるお客が先だぞ。あと他のお客に迷惑だからホームでは走るな」
「はーい」
小さく舌を出してる様子が可愛らしいコルト。
客車の扉が開くと色々な人が降りてきた。
普通の人間に混じって人外種の利用者の姿も僅かながら確認された。
人外種とはそのままの意味で、人外の姿をした人間の事である。
一般の魔物と人外種の違いは、『冒険者ギルド』に登録しているかそうでないかなのだが、その為の条件として人間と同等かそれ以上の知能を持ち合わせていないといけない。
つまり知能の低いゴブリンやオーク等は人外種とは名のれないのだ。
まあごく一部で人間並の知能をもったゴブリンが登録された事例もあるから、一概にとは言えないが。
ケシアとタイムみたいなエルフは頭が良い種族なので、当然人外種である。
「じゃあ私が一番乗りですね、よっと」
「えー、ナユちゃんばっかりずるいですー」
「ぼっ、僕も僕もー!」
降りてくる客が居なくなったら我先にとナユタは飛び乗って、彼女に続いてコルトとタイムが入っていった。
「さあ、お嬢もどうぞ。レディーファーストだぜ」
「いえ……お嬢と呼ばれるのなんか恥ずかしいので、ケシアでいいですよ?」
「そっか。じゃあお先にどうぞ、ケシアお嬢様」
わざとらしくギムさんは執事の様にお辞儀をする。
ははは、と照れ臭そうにケシアは電車に乗った。
彼女の後にギムさんが乗り、最後に俺が乗車する。
こうして、一時の楽しい蒸気機関車イゴイチの電車旅が始まった。
*
ハジメ達が乗った客車に乗り合わせていたのは、銀髪セミロングの古風なメイド服を纏った齢20代後半の女性だった。
一見場違いな格好ではあるが、初対面だと言うこともありハジメ達は彼女と目を合わせても、気にせずにそのまま通り過ぎた。
『フォルネイス様。貴殿の予想通り対象と遭遇しました。いかがなさいますか?』
『遠隔念話』と言うスキルを用いて、声を発する事もなく彼女は使える主に返答を求める。
『今は泳がせておけ。王国についたら我々自ら彼らを処分する』
返ってきたのは、王国騎士総団長の声なき声だった。
周囲からはボーとしている様にしか見えない彼女だが、黙々と彼女の任務は遂行されているのだ。
『了解。引き続き対象の偵察に当たります』
通信が終了したと同時に、出発の汽笛が鳴り響く。
ここまでお読み下さりありがとうございます!
次回、一時の楽しい電車旅。その裏で着実と進む陰謀とは……。
お楽しみに(*´∀`)♪
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