1ー7 新たな力、新たな地
「だっ! 誰だぁ!? まさか本当に裏ボスでも出たのか!」
「何言ってるの? 何も聞こえない」
「私もですー。幻聴が聴こえるんだったら、もう一回休みますかー?」
どうやら俺だけにしか聴こえていないらしい。
遠雷のように重苦しい男性の声で、俺の脳内に直接語りかける声の主。
「我をあの小汚ない子悪党の仲間と思っておるのならば心外だが、まあ無理もない。我はゴトク。この妖刀『神喰』に宿りし神である。早速だが、我と契約してみる気はないか? さすれば、うぬには更なる成長が約束されよう……」
「ちょっと待った。武器に宿った神様と契約って、つまりこの刀って契約神器なのか!?」
「え? この刀が契約神器?」
さっきまで気だるそうなナユタだったが、契約神器の単語を聞いた瞬間真剣な表情になる。
「はわわ。さっきの戦闘の影響でハジメさんが可笑しくなっちゃいました……」
天然ぎみなコルトを放っておいて、俺は脳内に響く男の声に注視する。
「いかにも。契約しないならばこの武器を置いてここから立ち去れ。この武器が欲しければ我と契約しろ。この二択じゃ。うぬの好きにするがよい」
正直に言ってドロップしたアイテムは欲しいのは当然なのだが、これが例の契約神器だと言うなら事情が違ってくる。
そもそも討伐者が契約神器を持つことは許されるのだろうか?
「嫌々、だって俺討伐者だし……。そもそもナユタから聞いた話では、冒険者がソロでダンジョンボスを討伐しなきゃドロップしないって……」
「そう。討伐者のハジメが条件をこなせる訳がない」
「あわわ。とうとうナユちゃんまで……」
ゴトクと名乗った神は呆れた様に溜め息をついた。
「はあ。討伐者が冒険者と全く同じ条件な訳が無いだろう? 討伐者は生き返りが不可能故に、ハンデをつけるのは当然じゃ。うぬは死なずにあの蛇を討伐して、ましてや己の命を犠牲にしてまで冒険者を救ったのじゃ。我と契約する素質は十分にある」
「どうやら討伐者の場合は人数とか関係無くて、死なずにダンジョンボスを討伐できればOKらしい。なんか、ゴトクっつー神様から契約しないか迫られてる……」
「そう。じゃあ契約すれば? どのみちハジメの戦闘の幅が広がるのは、私にとっても良いことだから」
他人事の様にナユタは言う。
まあ実際に他人事だから仕方ない。
この刀がまた何らかの呪いにかかっていないという保証もないが、今の俺には力がいるんだ。
あの蛇みたいな狡猾な敵が、今後出てこないとは言い切れない。
魔法濁流だけでは太刀打ちの出来なくなる状況もあるだろう。
何より俺には、生き続ける目的ができた。
もっと強くなって、ナユタと、コルトと、もっとこの世界を見て回りたいんだ。
「……分かった。あんたの力を貸してくれ、ゴトク」
「聞き入れた。我の名は神喰。身を切らずして霊のみを喰らう妖刀なり。魔術に特化したお主なら、我を上手く使いこなせるであろう……。我の命、うぬに託すぞ」
そう言い残してゴトクは黙り混んだ。
なんか一瞬、命を託すとか重々しい事を言っていた気がするが、命の様に大事な愛刀を託すって意味だろう……、多分。
其よりも、身を切らずして、霊のみを喰らう。
俺にはどういう意味なのか、皆目検討も付かなかった。
神喰を腰のベルトに挟むように仕舞う。
よくよく思えば黒魔術師が帯刀していると言うのも奇妙な話であるが、となりに(美少女の)大剣持ちの回復職がいるから今更だった。
「さあ、ゴトクとの契約も済んだことだし、早くデカさんを起こしてここから出よ……」
「あれ!? イデカミさんがいません!」
コルトはあわあわと騒ぎだした。
ナユタは何処から拾ってきたのか、一枚の羊皮紙を手でヒラヒラとさせている。
「置き手紙があった。『急用が出来た。報酬は全部お前達に譲るから、俺は先に撤退させて貰う』……だって」
蛇を倒した瞬間から、俺達が入ってきた大扉も再び開けられている。
俺に気をとられていた二人が気付かなかったのも無理はない。
あれだけ仲間思いだったデカさんの事だ。
きっと蘇生された仲間と合流するために、教会に駆け付けているのだろう。
「そっか。他にもデカさんから色々聞きたかった事が合ったんだけどな……。じゃあこのキラはナユタと俺の二等分で良いか?」
「分かった」
これだけキラがあれば当分食っていくには困らないだろうと、胸を弾ませながら俺は螺旋階段の一歩を踏み出した。
*
300段近くはあっただろうか。
長く険しい階段登りも漸く終止符が打たれた。
螺旋階段を昇りきった先にあったのは、奥にトンネルだけがある空間だ。
トンネルの奥から懐かしい平原の空気が吹いている。
出口が近いことを暗示しているのだろう。
「はー疲れた。ちょっと休憩だ」
遠征に出発する前に道具屋から購入した、皮布製の水筒からキンキンに冷えた水を、同じ店で購入した木製の器に注ぐ。
この水筒にはいくら入れても良いし、なんなら紅茶やビールを入れても良い。
おまけに内部の液体は常に冷えていて、毎日中身を交換していれば液体が腐ることもない。
所謂飲料限定のマジックバックである。
やはりどういう過程でこんな便利な代物が作られるのかは分かる訳がない。
「ぷはー。美味い! ナユタも飲むか?」
「……じゃあ。一杯だけ」
「えっと、ついでに私も良いですか?」
勿論器は俺のとは別物なのだから、そこまで照れる必要もないのに。
ちゃんと多目に5人分は買ってきている。
備えあれば憂いなしってな。
「……美味しい」
「はー、生き返りますねー!」
「よし、じゃあ行くか!」
胡座座りを解いて立ち上がる俺に倣うように、三角座りと女の子座りをしていた二人も立ち上がる。
「分かった」
「はい!」
トンネルの側に突っ立てられている看板に書かれている情報には、「この先 妖精郷 妖精達の隠れ里」とだけ書かれていた。
「妖精郷。以前のイルタディアにはこんな地域存在しなかった」
「そうなのか。俺の世界ではよくおとぎ話の舞台に出てくるぜ。何でもエルフ達が住まう楽園だとか、何とか。まさか実在するとは思わなかったけどな」
「多分。データの用量不足かなにかであっちでは実装できなかったんだと思う」
まーた意味の分からん例えを。
ナユタの世界がどんなものか想像しながら、ジメジメとした薄暗いトンネルを歩き続ける。
幸いながらモンスターが住み着いている様子はないが、寧ろ生物が全くいないと言うのもまた不気味だった。
だがナユタは怖いもの知らずで進んでいくし、コルトは怖がりこそしてもナユタの後ろを追従していく。
寧ろ俺が迷子にならないように二人の後を追っていくと、ついに出口が見えてきた。
「おっと、光が見えてきたぞー」
「! 私が一番乗りする……!」
「ちょっと、ナユちゃんずるいですよー!」
二人とも嬉々爛漫として光の先へと走りだし、俺も心を幼子のように輝かせ洞窟を抜けきった。
その先に広がるのは色とりどりの草花が一面に広がる絶景だった。
「……凄い」
「うわぁぁー! 綺麗ですねぇー!」
「ここが妖精郷。エルフ達の隠れ里か」
俺達の、新境地の冒険が、始まる。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
次回、負傷したおっさん冒険者イデカミの行く末は……
お楽しみにー。




